この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第23話 解呪への挑戦

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俺の力強い言葉に、リゼットの虚ろだった瞳がかすかに焦点を結んだ。彼女は信じられないといった顔で俺を見つめている。その視線には、期待よりも戸惑いと疑念の色が濃かった。

「……諦めるな、と?あなたに何が分かる」

彼女の声は、乾いてひび割れていた。

「私は二年間、あらゆる治療を試してきた。だが、結果はいつも同じだった。一時的な気休めの後、さらに深い絶望が待っているだけ。今度も、同じことの繰り返しだ」

彼女の言葉は、これまでに積み重ねてきた無数の失敗と、裏切られてきた希望の重みを持っていた。それを前にすれば、俺の言葉などただの根拠のない慰めにしか聞こえないだろう。

だが、俺は引かなかった。

「いいえ、同じではありません」

俺は彼女の呪われた左手を、今度は恐れずに、両手でそっと包み込んだ。氷のような冷たさが伝わってくる。

「確かに、俺の水はあなたの呪いを完全に消し去ることはできなかった。ですが、一時的にでも呪いの進行を押し返し、あなたの苦痛を和らげた。これは、紛れもない事実です」

俺は彼女の目を見つめ、自分の考えを一つ一つ言葉にしていく。それは、ただの願望ではない。創生の力を分析して導き出した、俺なりの仮説だった。

「あなたの呪いは、あなたの生命力を糧にしている。だから、俺の水であなたの生命力を活性化させれば、呪いの力と拮抗することができる。つまり、この水は、呪いと戦うための『武器』にはなるんです」

リゼットの瞳に、わずかな光が宿った。彼女は、俺が何を言わんとしているのかを理解し始めていた。

「ですが、武器だけでは戦争には勝てない。敵の大将……つまり、あなたの体に巣食う呪いの『核』のようなものを破壊しなければ、根本的な解決にはなりません」

「呪いの核……」

リゼットが、その言葉を繰り返した。

「はい。その核を破壊するためには、きっと別の何かが必要です。特殊な薬草か、古代の儀式か……今はまだ分かりません。ですが、手掛かりは必ずあるはずです」

俺は、彼女を包んでいた手を強く握った。

「俺は、その方法を必ず見つけ出します。だから、あなたも諦めないでください。戦う武器は、俺が提供し続けます。あなたはただ、希望を捨てずに、その時を待っていてくれればいい」

それは、誓いだった。俺が、俺自身の意志で立てた、初めての大きな目標。一人の人間を、絶望の淵から必ず救い出すという、固い決意の表明だった。

俺の言葉に、リゼ-ットは息を呑んだ。彼女は、ただ呆然と俺の顔を見つめている。これまで、誰も彼女にそんなことは言ってくれなかったのだろう。「気の毒に」「もう打つ手がない」と誰もが匙を投げた呪いに、正面から「必ず見つけ出す」と断言した男は、俺が初めてだったに違いない。

「……なぜだ」

しばらくして、彼女は絞り出すように尋ねた。

「なぜ、見ず知らずの私のために、そこまでしてくれる。あなたに、何の得があるというのだ」

その問いに、俺は少しだけ微笑んだ。

「困っている人が、目の前にいるから。ただ、それだけですよ」

俺は立ち上がり、彼女を見下ろした。

「それに……あなたの気持ちは、少しだけ分かる気がするんです。理不尽に、自分の大切なものを奪われて、居場所を失う辛さが」

俺の言葉に、リゼ-ットははっとしたように顔を上げた。彼女は俺の瞳の奥に、自分と同じ種類の痛みを見出したのかもしれない。

彼女はしばらくの間、黙って何かを考えていた。その表情は、絶望と希望の間で激しく揺れ動いていた。やがて、彼女はゆっくりと立ち上がると、自分の頬を伝っていた涙を、呪われていない方の手で乱暴に拭った。

そして、俺の前に立った時、彼女の顔はもう絶望に打ちひしがれた女のものではなかった。強い意志と誇りを取り戻した、一人の騎士の顔に戻っていた。

「……分かった。あなたの言葉を、信じよう」

その声は、まだかすかに震えていたが、力強かった。

「このリゼット・フォン・アイゼン、最後の希望を、あなたに託す」

彼女はそう言うと、騎士の礼法に則り、俺に深く頭を下げた。

「つきましては、一つ願いがある。解呪の方法が見つかるまで、私もこの村に滞在させていただきたい。そして……」

彼女は顔を上げ、真剣な目で俺を見据えた。

「あなたの護衛を、この私に務めさせてはもらえないだろうか」
「護衛……ですか?」

思いもよらない提案に、俺は目を丸くした。

「そうだ。あなたのような規格外の力を持つ者は、いずれ悪意ある者たちに狙われる可能性がある。この身は呪われているが、剣の腕はまだなまってはいない。あなたが私に希望をくれるというのなら、私は剣であなたを守りたい。これは、私の騎士としての矜持だ。そして、あなたへの、せめてもの恩返しでもある」

その申し出は、彼女なりのけじめのつけ方なのだろう。ただ助けられるだけの無力な存在ではなく、対等な立場で、自分の役割を果たしたいという強い意志の表れだった。

俺は、断る理由など見つけられなかった。むしろ、彼女のような屈強な騎士がそばにいてくれれば、これほど心強いことはない。

「……分かりました。謹んで、お受けします。リゼットさん」

俺がそう答えると、彼女は初めて、ほんのわずかだが、微笑んだ気がした。それは、長い冬の終わりに咲く、雪割草のような、儚くも美しい微笑みだった。

このやり取りを静かに見守っていた村人たちから、温かい拍手が起こった。村長が、満足げに頷いている。

「話は決まったようだな!リゼット殿、ようこそミストラル村へ!あなたも、今日から我らの仲間だ!」

村長の歓迎の言葉に、他の村人たちも「歓迎するぞ!」「よろしくな!」と声をかける。リゼットは、突然の歓迎に少し戸惑いながらも、その温かい雰囲気に、強張っていた表情を和らげていった。

こうして、俺の日常に、一人の訳ありな女騎士が加わることになった。

俺はポーション屋の店主。彼女は、その用心棒。

呪いを解くという、途方もなく困難な目標に向かって、俺たちの二人三脚の挑戦が、この辺境の村ミストラルで、静かに始まった。
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