この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第25話 森の賢者

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リゼットが村に滞在し始めてから、一週間が過ぎた。彼女はすっかり村の風景の一部となっていた。

早朝、俺のポーションを顔を歪めながら一気に飲み干す。その姿はもはや村の朝の名物詩だ。その後、彼女は自らに課した務めとして、村の周辺の警備を黙々とこなした。その姿は、呪われているとは思えないほど凛々しく、村の子供たちの憧れの的になりつつあった。

創生水のおかげで、彼女の呪いの進行は完全に止まっていた。しかし、それはあくまで進行が止まっているだけ。呪いそのものが消えたわけではない。効果が切れれば、再び呪いは彼女の生命力を蝕み始める。彼女は、見えない敵との終わりなき消耗戦を強いられている状態だった。

「このままでは、駄目だ」

ある日の午後、俺は店のカウンターで薬草の図鑑をめくりながら呟いた。このままでは、リゼットは一生、あの不味い泥水を飲み続けなければならない。それは、彼女にとってあまりにも過酷な運命だ。根本的な治療法を、一刻も早く見つけなければ。

俺の薬草学の知識は、大神殿で学んだ基礎的なものだけ。古代の呪いを解くような、特殊な薬草の知識など持ち合わせていなかった。専門家の助けが必要だ。

俺は店をエリアナに任せると、村長の家を訪ねた。

「呪いを解く手がかり、ですか」

俺の話を聞いた村長は、腕を組んで深く考え込んだ。

「わしらのような辺境の村の者に、そのような知識があるとは思えんが……。いや、待てよ」

彼は何かを思い出したように、顔を上げた。

「そういえば、村の猟師たちが話しているのを聞いたことがある。この村の東に広がる森の奥深くに、一人の賢者が住んでいる、と」
「賢者、ですか?」
「うむ。何百年も生きているエルフで、どんな薬草にも通じているお方だとか。だが、それはあくまで噂話だ。実際にその姿を見た者は、この村には誰もおらん」

エルフの薬師。その言葉に、俺の心に希望の光が差した。長寿のエルフならば、古代の呪術に関する知識を持っているかもしれない。

「その森は、何という名前なのですか」
「『迷いの森』じゃ」

村長は、その名を口にするのをためらうかのように、声を潜めた。

「その名の通り、一度足を踏み入れると二度と出てこられないと噂される、忌み嫌われた森だ。木々が奇妙な生え方をしていて方角が分からなくなり、幻覚を見せるキノコや、人を喰う植物も生えているという。村の者は、よほどのことがない限り決して近づかん」

危険な場所だということは、すぐに理解できた。だが、今の俺にためらっている時間はない。

「村長さん。俺は、その『迷いの森』へ行ってみようと思います」
「なんと!?無茶だ、ルーク殿!あなた様にもしものことがあれば、この村は……!」
「それでも、行くしかありません。リゼットさんを救うためには」

俺の決意が固いことを見て取ると、村長は深いため息をついた。彼は俺を止めることはできないと悟ったのだろう。

「……分かった。ならば、村一番の猟師であるエリアナの父親に、森の入り口まで案内させよう。彼なら、森の浅い場所の危険については熟知しておる」

村長の家を辞し、俺はリゼットに森へ行くことを伝えた。彼女は俺の話を黙って聞いていたが、俺が「一人で行ってくる」と言いかけたところで、それを遮った。

「待て」

彼女の青い瞳が、まっすぐに俺を射抜く。

「私の護衛対象を、一人で危険な場所へ行かせるわけにはいかない。私も、同行する」
「しかし、あなたの体は……」
「創生水のおかげで、剣を振るうのに支障はない。それに、森に潜む危険は、魔物だけとは限らん。私がいれば、あなたの役に立てるはずだ」

その言葉に、迷いはなかった。彼女は、ただ守られるだけのか弱い存在であることを、自らの矜持が許さないのだ。俺は彼女の意志を尊重することにした。

「分かりました。一緒に行きましょう」

俺たちが森へ向かうという話は、すぐに村中に広まった。村人たちは、口々に心配の声を上げた。

「ルーク様、どうかお気をつけて!」
「リゼット様も、ご無理なさらないでください」

彼らは、俺たちのために森で役立ちそうなものを、次々と持ってきてくれた。保存食、丈夫なロープ、松明、解毒作用のある薬草。エリアナは、目に涙を浮かべながら、手作りの歪んだお守りを俺とリゼットに渡してくれた。

「これ、持ってて。そしたら、きっと帰ってこれるから」

俺はその小さなお守りを、大切に懐にしまった。この村の人々の温かい気持ちが、何よりの力になる。

翌日の早朝。俺とリゼットは、村人たちに見送られながら出発した。エリアナの父親である猟師のダリルさんが、無言のまま先導してくれる。彼は口数の少ない男だが、その背中からは確かな信頼感が伝わってきた。

半日ほど歩いただろうか。ダリルさんが、不意に足を止めた。

「……ここから先が、『迷いの森』だ」

彼の指さす先を見て、俺は息を呑んだ。

それまでとは、明らかに森の空気が違う。木々はどれも奇妙な形にねじ曲がり、まるで苦悶する巨人のように枝を伸ばしている。地面は湿った苔に覆われ、足を踏み入れるのをためらわせるような、甘く腐ったような匂いが漂っていた。太陽の光は鬱蒼と茂る葉に遮られ、森の内部は昼間だというのに薄暗い。

「この先は、俺も入ったことがねえ。聞いた話じゃ、まっすぐ歩いているつもりでも、いつの間にか同じ場所に戻ってきちまうそうだ」

ダリルさんはそう言うと、俺たちの顔を一人ずつ見た。

「ルーク様、リゼット様。どうか、ご無事で」

彼はそれだけを告げると、深く一礼し、村へと引き返していった。

俺とリゼットは、二人きりで森の入り口に佇む。不気味な静寂の中、時折、名前の分からない鳥の不吉な鳴き声が響いた。

「……行こうか」

リゼットが、腰の剣の柄に手をかけながら言った。その顔に、恐怖の色はない。騎士としての覚悟が、彼女を支えていた。

「ええ」

俺も頷き、一歩、森の中へと足を踏み入れた。ひんやりとした、湿った空気が肌を撫でる。

エルフの賢者は、本当にこの森の奥にいるのだろうか。俺たちの前には、未知の危険と、かすかな希望だけが広がっていた。

俺とリゼットの、本格的な冒険が始まろうとしていた。それは、ただ一人の女性を救うための、小さな、しかし困難な旅路だった。
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