この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第43話 増える移住者

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ミストラル村の噂は、バルトロのような行商人たちの口を通じて、風が種子を運ぶように、ゆっくりと、しかし着実に大陸の隅々へと広まっていった。

最初は、ただの与太話だった。辺境の寂れた村が、突如として奇跡の郷に生まれ変わったなどと、誰も本気にはしなかった。だが、バルトロが持ち込む品々が、その噂がただのホラ話ではないことを雄弁に物語り始めた。

ノエルが監修し、創生水の力で育った薬草は、既存のどんな薬草よりも薬効が高く、たちまちのうちに高値で取引されるようになった。ギムリの聖水鍛冶が生み出す武具は、その驚異的な性能から、腕利きの冒険者や騎士たちの間で垂涎の的となった。「ミストラルの鋼」は、いつしか伝説の金属オリハルコンにも匹敵するブランドとして、その名を轟かせ始めたのだ。

本物の品々は、噂に説得力を持たせる。

そうなると、人々の反応は変わってくる。「泥の聖者」がいるという癒しの郷。高品質な薬草と、奇跡の武具が手に入る村。そんなミストラル村に、興味を抱く者たちが現れ始めるのは、当然の帰結だった。

最初に村を訪れたのは、一人の引退した老冒険者だった。彼は若い頃の無茶が祟り、古傷の痛みに長年苦しめられていた。どんな名医にも治せないと言われた痛みが、俺の創生水を一杯飲んだだけで、嘘のように消え去った。

「……信じられん。十年ぶりに、痛みのない朝を迎えられたわい」

彼は涙を流して喜び、そして言った。

「ルーク殿。わしは、この村で余生を送らせてはもらえんだろうか。この穏やかな空気と、温かい人々の中で、静かに暮らしたい」

もちろん、断る理由などない。村長も、彼の豊富な冒険の知識は、自警団の若者たちにとって良い刺激になるだろうと、その申し出を快く受け入れた。

それを皮切りに、ミストラル村には、様々な事情を抱えた人々が、少しずつ訪れるようになった。

ある者は、不治の病に侵された家族を救うため。
ある者は、ギムリの作る最高の武具を求めるため。
またある者は、都会の喧騒と陰謀に疲れ果て、この村の穏やかな生活を求めて。

元宮廷魔術師を名乗る男は、派閥争いに嫌気がさし、知識を純粋に探求できる場所を求めてやってきた。彼はノエルの薬草学と俺の創生水に深い感銘を受け、ノエルの研究小屋に入り浸るようになった。

夫を戦争で亡くした若い未亡人は、幼い子供たちを育てるための安全な場所を求め、この村にたどり着いた。村の女性たちは彼女を温かく迎え入れ、マルタさんが営む小さな食堂で、一緒に働くことになった。

俺たちは、訪れる者たちを拒まなかった。村長は、彼らがこの村のルールを守り、村に貢献する意志がある限り、新たな住人として受け入れることを決めた。村の外れには、新しい家が次々と建てられていく。かつては十数軒しかなかった家々は、いつしか五十軒を超えていた。

村の人口が増えれば、活気が生まれる。パン屋ができ、小さな酒場ができ、雑貨屋ができた。エリアナの父親であるダリルさんは、猟師の傍ら、村の建物を一手に引き受ける大工の棟梁として、忙しい毎日を送っていた。

村は、もはや「辺境の寂れた村」ではなかった。それは、様々な過去を持つ人々が集い、互いに支え合いながら新しい生活を築き上げる、「再生の郷」とでも言うべき場所へと変貌を遂げていた。

俺の『奇跡の泥水亭』は、そんな新しい村の中心であり続けた。

「ルーク様、こんにちは。今日は妻の偏頭痛がひどいそうで」
「ルークさん、このハーブ、新しいポーションの味付けに使えないかしら?ベリーの香りがするのよ」
「ルークの旦那!新しいミスリルの鉱石が手に入ったぜ!こいつで、最高の義手を作るんだ!」

店を訪れるのは、もはや顔なじみの村人だけではない。新しく移住してきた人々も、何の隔たりもなく、俺を頼り、慕ってくれた。俺は、そんな彼ら一人一人と向き合い、ポーションを渡し、時には人生相談に乗ることもあった。

リゼットは、新しく加わった屈強な若者たちを自警団に迎え入れ、その組織を拡大・強化していた。彼女の指導のもと、ミストラル村の防衛力は、辺境の村としては規格外のレベルに達しつつあった。

ノエルは、元宮廷魔術師と共に、薬草畑のさらなる改良と、新しい薬の開発に没頭していた。二人の天才的な頭脳が合わさったことで、ミストラルの薬草学は、日々目覚ましい進歩を遂げていた。

ギムリは、自分のための義手作りを着々と進める傍ら、移住してきた武具職人見習いの若者に、ドワーフの鍛冶技術を教え始めていた。彼の鍛冶場は、新しい技術を生み出す聖地となっていた。

そして俺は、そんな頼もしい仲間たちと、新しい村人たちが織りなす日常を、カウンターの中から見守っていた。

ある晴れた日の午後。俺は、店の前のベンチに座り、エリアナと一緒に「太陽の実」を食べていた。

「人がいっぱい増えて、村が賑やかになったね、お兄ちゃん!」

エリアナが、口の周りを果汁でべとべとにしながら、嬉しそうに言った。

「ああ、そうだな」

俺は、目の前に広がる光景に目を細める。自警団の訓練に励む声。子供たちのはしゃぎ声。新しい家の建設に打ち込む、槌の音。どこからか聞こえてくる、パンの焼ける香ばしい匂い。

その全てが、この村が「生きている」証だった。

追放されたあの日、俺は世界から拒絶されたと思った。だが、違った。世界は、こんなにも広く、温かい。

俺は、失われた腕の再生を諦め、それでも前を向いて槌を振るうギムリの背中を思い出す。都会の人間関係に疲れ、この村で子供たちと笑い合う未亡人の顔を思い出す。

この村は、一度何かを失った者たちが、もう一度、新しい何かを見つけるための場所なのかもしれない。俺自身も、そうだったように。

俺は、食べ終えた「太陽の実」の種を、手のひらで見つめた。この小さな種が、豊かな土壌と水と光を得て、やがて大きな実りをもたらすように。この村もまた、様々な人々を受け入れ、さらに大きく、豊かになっていくのだろう。

そんな穏やかな感慨に浸っていた俺は、まだ気づいていなかった。

急成長する辺境の村ミストラル。その存在が、外の世界の大きな組織の目に留まり、新たな波乱を呼び込むことになるということを。

平和な日常は、永遠には続かない。だが、今の俺たちには、その波乱に立ち向かうための、仲間と、力が、確かに備わりつつあった。
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