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第59話 撃退、そして情報
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「―――全員、伏せろ!」
リゼットの絶叫が広場に響き渡った。俺たちは咄嗟に地面に身を伏せる。直後、幹部の体から放たれた闇の衝撃波が、嵐のように広場を薙ぎ払った。
ゴオオオオオッ!
凄まじい突風が吹き荒れ、自警団の盾が弾き飛ばされ、店の屋根瓦が吹き飛んでいく。俺は咄嗟にノエルを庇うように覆いかぶさった。背中に叩きつけるような衝撃が走り、息が詰まる。
やがて風が止んだ。俺は恐る恐る顔を上げる。
そこに立っていたのは、もはや先ほどの幹部の姿ではなかった。
彼の体は闇の魔力によって異形へと変貌していた。身長は三メートル近くまで巨大化し、皮膚は黒曜石のように硬質化している。失われたはずの左腕は、鋭い鉤爪を持つ禍々しい闇の腕となって再生していた。その瞳は、憎悪の炎を宿した二つの赤い宝石のように爛々と輝いている。
「……面白い。面白いぞ。我が身を捧げ『奈落の欠片』の力を解放したのは、何年ぶりのことか」
その声はもはや人間の声ではなかった。地獄の底から響いてくるような、重く歪んだ反響音。
「これは……まずいなんてもんじゃないな」
ノエルが顔を青ざめさせて呟いた。『奈落の欠片』。おそらく、彼らが信奉する邪神か何かの力を宿した禁断のアーティファクトなのだろう。幹部は自らの命を削ることを代償に、人外の力を手に入れたのだ。
「ルーク、もう一度あれを!」
リゼットが叫ぶ。だが、俺は首を横に振った。
「ダメだ!創生水はもうほとんど残っていません!」
先ほどの一撃で、革袋の中身は使い果たしてしまった。新たに生成するには時間がかかりすぎる。
絶望的な状況。ギムリも自警団の男たちも、その圧倒的な存在感を前に金縛りにあったように動けない。
「さあ、第二幕の始まりだ。まずは貴様からだ。女騎士」
異形の幹部はリゼットに狙いを定めた。その姿がふっと消える。
「速い!」
リゼットが反応するよりも早く、幹部は彼女の背後に回り込んでいた。その闇の鉤爪が、無防備な背中を狙って振り下ろされる。
誰もがリゼットの死を覚悟した。
その、刹那。
ガキン!!
甲高い金属音が響き、幹部の鉤爪が火花を散らして弾かれた。
リゼットと幹部の間に、巨大な戦鎚が割り込んでいたのだ。
「……年寄りを忘れちゃいかんのう」
ギムリが、片腕で振るったとは思えないほどの剛力で戦鎚を構えていた。彼の額には脂汗が滲んでいる。
「ギムリさん!」
「わしに構うな!今が好機じゃ!」
ギムリがこじ開けたほんの一瞬の隙。リゼットは即座に体勢を立て直し、異形の幹部との距離を取った。
「……ほう。まだ動ける者がいたか。頑丈なドワーフよ」
幹部は忌々しげに舌打ちした。だが、彼の狙いは変わらない。
「だが、お前たちの悪運もここまでだ」
彼が再び動こうとした、その時だった。彼の巨体がぐらりとよろめいた。
「ぐ……っ!?」
異形の幹部は苦痛に顔を歪め、胸を押さえた。その黒曜石のような皮膚に無数の亀裂が走り、そこから闇の魔力が霧のように漏れ出している。
『奈落の欠片』の力はあまりにも強大すぎた。彼の肉体は、その力に耐えきれず内側から崩壊を始めていたのだ。
「……ちっ!時間切れ、か」
幹部は悔しげに吐き捨てた。彼は憎悪に満ちた目で俺たちを一人ずつ睨みつけると、特に俺の顔を、その目に焼き付けるようにじっと見つめた。
「覚えておけ、『創生の源』よ。この借りは必ず返す。我らが主が、必ずやお前をその手に収めるだろう。その時、この村は……血の海に沈むことになる」
それは呪いの言葉だった。
「待て!」
リゼTットが追いかけようとするが、もう遅かった。
幹部の体は急速に黒い霧へと変化し始めた。そして風と共に、森の闇の中へと溶けるように消えていった。
後に残されたのは、彼の不吉な予言と、破壊された広場の惨状、そして俺たちの心に刻み込まれた深い疲労と無力感だけだった。
「……逃げられた、か」
リゼットが悔しそうに剣を下ろす。
戦いは終わった。俺たちは村を守り切った。だが、それは完全な勝利ではなかった。敵の幹部を取り逃がし、そして彼らに俺たちの戦力と俺の力の詳細を完全に把握されてしまった。
そして、彼が最後に残した言葉。
「ノエルさん」
俺は崩れ落ちそうになる体を叱咤し、ノエルの元へ歩み寄った。
「『我らが主』。彼が言っていた言葉が気になります。彼らの目的は、やはり……」
「……うん」
ノエルは厳しい顔で頷いた。
「おそらく、彼らは『奈落の蛇』の中でも幹部クラスの集団に過ぎない。その上に教団全体を統べる『教主』、あるいは彼らが神と崇める存在がいるはずだ。そして、その『主』とやらが、何らかの理由で君の創生の力を欲している」
それは、この戦いがまだ序章に過ぎないことを意味していた。
俺たちは敵の幹部を撃退した。だが、その代償として、より大きな、そしてより邪悪な存在にその存在を知られてしまったのだ。
「そして、もう一つ気になることがある」
リゼットが険しい表情で口を開いた。
「奴は言っていた。『この私に、ここまでさせたこと』と。まるで、あの異形の姿になることをためらっていたかのような口ぶりだった。そして、『奈落の欠片』の力は彼の体を蝕んでいた」
その言葉に、俺たちははっとした。
「もしかしたら」
ノエルが、一つの可能性に思い至る。
「彼らが欲しているのは、ルークの創生の力そのものだけじゃないのかもしれない。『奈落の欠片』のような強大すぎる闇の力を完全に制御するための『器』として……あるいは、その力の暴走を抑えるための『安定剤』として、君の力を必要としているとしたら?」
その仮説は、全てのピースを一つにはめ込む、恐ろしいほどの説得力を持っていた。
「『聖女の呪いを完成させるため、純粋な生命力を持つ『器』』」
俺は、森で捕らえた斥候が漏らしたあの言葉を思い出していた。聖女の呪い。器。それらが俺の力とどう繋がるのか。
謎は深まるばかりだった。
だが、確かなことが一つだけあった。
俺たちの村は、今や世界を揺るがすかもしれない巨大な陰謀の最前線になってしまったのだ。
俺は静かに拳を握りしめた。休んでいる暇はない。敵は必ずまた来る。その日に備えて、俺たちはもっと強くならなければならない。
リゼットの絶叫が広場に響き渡った。俺たちは咄嗟に地面に身を伏せる。直後、幹部の体から放たれた闇の衝撃波が、嵐のように広場を薙ぎ払った。
ゴオオオオオッ!
凄まじい突風が吹き荒れ、自警団の盾が弾き飛ばされ、店の屋根瓦が吹き飛んでいく。俺は咄嗟にノエルを庇うように覆いかぶさった。背中に叩きつけるような衝撃が走り、息が詰まる。
やがて風が止んだ。俺は恐る恐る顔を上げる。
そこに立っていたのは、もはや先ほどの幹部の姿ではなかった。
彼の体は闇の魔力によって異形へと変貌していた。身長は三メートル近くまで巨大化し、皮膚は黒曜石のように硬質化している。失われたはずの左腕は、鋭い鉤爪を持つ禍々しい闇の腕となって再生していた。その瞳は、憎悪の炎を宿した二つの赤い宝石のように爛々と輝いている。
「……面白い。面白いぞ。我が身を捧げ『奈落の欠片』の力を解放したのは、何年ぶりのことか」
その声はもはや人間の声ではなかった。地獄の底から響いてくるような、重く歪んだ反響音。
「これは……まずいなんてもんじゃないな」
ノエルが顔を青ざめさせて呟いた。『奈落の欠片』。おそらく、彼らが信奉する邪神か何かの力を宿した禁断のアーティファクトなのだろう。幹部は自らの命を削ることを代償に、人外の力を手に入れたのだ。
「ルーク、もう一度あれを!」
リゼットが叫ぶ。だが、俺は首を横に振った。
「ダメだ!創生水はもうほとんど残っていません!」
先ほどの一撃で、革袋の中身は使い果たしてしまった。新たに生成するには時間がかかりすぎる。
絶望的な状況。ギムリも自警団の男たちも、その圧倒的な存在感を前に金縛りにあったように動けない。
「さあ、第二幕の始まりだ。まずは貴様からだ。女騎士」
異形の幹部はリゼットに狙いを定めた。その姿がふっと消える。
「速い!」
リゼットが反応するよりも早く、幹部は彼女の背後に回り込んでいた。その闇の鉤爪が、無防備な背中を狙って振り下ろされる。
誰もがリゼットの死を覚悟した。
その、刹那。
ガキン!!
甲高い金属音が響き、幹部の鉤爪が火花を散らして弾かれた。
リゼットと幹部の間に、巨大な戦鎚が割り込んでいたのだ。
「……年寄りを忘れちゃいかんのう」
ギムリが、片腕で振るったとは思えないほどの剛力で戦鎚を構えていた。彼の額には脂汗が滲んでいる。
「ギムリさん!」
「わしに構うな!今が好機じゃ!」
ギムリがこじ開けたほんの一瞬の隙。リゼットは即座に体勢を立て直し、異形の幹部との距離を取った。
「……ほう。まだ動ける者がいたか。頑丈なドワーフよ」
幹部は忌々しげに舌打ちした。だが、彼の狙いは変わらない。
「だが、お前たちの悪運もここまでだ」
彼が再び動こうとした、その時だった。彼の巨体がぐらりとよろめいた。
「ぐ……っ!?」
異形の幹部は苦痛に顔を歪め、胸を押さえた。その黒曜石のような皮膚に無数の亀裂が走り、そこから闇の魔力が霧のように漏れ出している。
『奈落の欠片』の力はあまりにも強大すぎた。彼の肉体は、その力に耐えきれず内側から崩壊を始めていたのだ。
「……ちっ!時間切れ、か」
幹部は悔しげに吐き捨てた。彼は憎悪に満ちた目で俺たちを一人ずつ睨みつけると、特に俺の顔を、その目に焼き付けるようにじっと見つめた。
「覚えておけ、『創生の源』よ。この借りは必ず返す。我らが主が、必ずやお前をその手に収めるだろう。その時、この村は……血の海に沈むことになる」
それは呪いの言葉だった。
「待て!」
リゼTットが追いかけようとするが、もう遅かった。
幹部の体は急速に黒い霧へと変化し始めた。そして風と共に、森の闇の中へと溶けるように消えていった。
後に残されたのは、彼の不吉な予言と、破壊された広場の惨状、そして俺たちの心に刻み込まれた深い疲労と無力感だけだった。
「……逃げられた、か」
リゼットが悔しそうに剣を下ろす。
戦いは終わった。俺たちは村を守り切った。だが、それは完全な勝利ではなかった。敵の幹部を取り逃がし、そして彼らに俺たちの戦力と俺の力の詳細を完全に把握されてしまった。
そして、彼が最後に残した言葉。
「ノエルさん」
俺は崩れ落ちそうになる体を叱咤し、ノエルの元へ歩み寄った。
「『我らが主』。彼が言っていた言葉が気になります。彼らの目的は、やはり……」
「……うん」
ノエルは厳しい顔で頷いた。
「おそらく、彼らは『奈落の蛇』の中でも幹部クラスの集団に過ぎない。その上に教団全体を統べる『教主』、あるいは彼らが神と崇める存在がいるはずだ。そして、その『主』とやらが、何らかの理由で君の創生の力を欲している」
それは、この戦いがまだ序章に過ぎないことを意味していた。
俺たちは敵の幹部を撃退した。だが、その代償として、より大きな、そしてより邪悪な存在にその存在を知られてしまったのだ。
「そして、もう一つ気になることがある」
リゼットが険しい表情で口を開いた。
「奴は言っていた。『この私に、ここまでさせたこと』と。まるで、あの異形の姿になることをためらっていたかのような口ぶりだった。そして、『奈落の欠片』の力は彼の体を蝕んでいた」
その言葉に、俺たちははっとした。
「もしかしたら」
ノエルが、一つの可能性に思い至る。
「彼らが欲しているのは、ルークの創生の力そのものだけじゃないのかもしれない。『奈落の欠片』のような強大すぎる闇の力を完全に制御するための『器』として……あるいは、その力の暴走を抑えるための『安定剤』として、君の力を必要としているとしたら?」
その仮説は、全てのピースを一つにはめ込む、恐ろしいほどの説得力を持っていた。
「『聖女の呪いを完成させるため、純粋な生命力を持つ『器』』」
俺は、森で捕らえた斥候が漏らしたあの言葉を思い出していた。聖女の呪い。器。それらが俺の力とどう繋がるのか。
謎は深まるばかりだった。
だが、確かなことが一つだけあった。
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