この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第70話 聖女との対面

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ゲオルグが去った後の聖女の私室には、気まずいながらも確かな安堵の空気が流れていた。大神殿を蝕んでいた膿の一つが、ようやく排出されたかのようだった。

俺は再びベッドの傍らに座り、眠り続ける聖女セシリアの様子を注意深く観察していた。彼女の呼吸は穏やかで、その寝顔は安らかそのものだ。だが、俺の創生の力が彼女の体内で呪いと拮抗しているだけで、根本的な解決には至っていない。

「ノエルさん、どうですか」

俺が声をかけると、ノエルは聖女の手首にそっと指を当て、魔力の流れを読んでいた。彼女の表情は依然として険しい。

「うん、やっぱりね。リゼットの時と同じだ。呪いの核が魂のすごく深いところに寄生している。しかも、リゼットの時よりも巧妙に、魂そのものと融合しようとしている感じだ。下手に刺激すれば、魂ごと傷つけてしまうかもしれない」

その診断に、老神官長が息を呑んだ。

「そ、そんな……では、手の施しようがないというのか」
「いいえ」

ノエルはきっぱりと首を横に振った。

「方法はあります。リゼットの時と同じように、呪いの核を無効化できるだけの強力な『正の生命力』を直接ぶつけるんです。月光草のような、特別な霊薬がね」
「月光草……! ならば、すぐにそれを!」

神官長が希望の光を見出したように身を乗り出すが、ノエルは静かにそれを制した。

「残念ながら、私たちが持ってきた月光草はもう残っていません。あれは一月に一度しか咲かない、極めて希少なものなんです。それに……」

彼女は聖女の顔を心配そうに見つめた。

「この子の呪いはリゼットのものより遥かに強力で、進行も早い。一月も、とても保たないでしょう」

再び部屋に絶望の影が差す。だが、ノエルは続けた。

「でも、諦めるのはまだ早いよ。月光草に匹敵する霊薬は他にも存在するはずだ。王都の、それも大神殿の書庫なら、失われた古代の文献が眠っているかもしれない。そこに何か手がかりがあるはずだ」

その言葉に、神官長ははっとしたように顔を上げた。

「……禁書庫か」
「禁書庫?」
「うむ。大神殿の地下深くに、一般の神官は立ち入りを禁じられた特別な書庫がある。そこには建国以前からの、古代の魔術や薬学に関する危険な知識が封印されておる。もしかしたら、そこに……」

「案内してください」

俺は即座に言った。一刻の猶予もない。

その日の午後から、俺たちの戦いは新たな局面を迎えた。ノエルと俺は神官長の特別な許可を得て、大神殿の禁書庫に籠ることになった。そこは、何百年もの間人の目に触れることのなかった膨大な知識の海だった。俺たちは聖女を救うための、たった一つの答えを探して古文書の山に没頭した。

一方、リゼットは、大神殿の警備体制の見直しに着手していた。

「あまりにも杜撰すぎる」

彼女は神官長と神殿騎士団長を前に、忌憚なく指摘した。

「邪教徒が聖女様に呪いをかけられたということは、この大神殿の内部に奴らの手引きをした者がいるか、あるいは気づかれずに侵入できるほどの致命的な抜け穴があるということだ。それを塞がなければ、いくら治療法を見つけてもまた同じことの繰り返しになる」

彼女の指摘は的確で、誰も反論できなかった。神殿騎士団はリゼットの指揮のもと、警備ルートの再編と不審者の洗い出しを始めることになった。

俺たちはそれぞれの持ち場で、見えない敵との戦いを始めた。

それから、三日が過ぎた。

俺とノエルは寝る間も惜しんで文献を読み漁ったが、決定的な手がかりはまだ見つかっていなかった。リゼットの調査も難航しているようだった。

そして聖女セシリアの容態は安定しているとはいえ、意識が戻る気配はなかった。俺は一日に数回彼女の元を訪れ、創生水を飲ませて生命力を補い続けた。そのおかげで、呪いの進行は完全に食い止められていた。

その日も、俺は夕暮れ時に彼女の私室を訪れていた。いつものように杯に創生水を注ぎ、彼女の体を支え起こす。

「セシリア様。今日の分ですよ」

俺は意識のない彼女に、語りかけるように言った。その行為に意味などないのかもしれない。だが、そうせずにはいられなかった。

俺が創生水を彼女の唇にそっと流し込んだ、その時だった。

「……ん……」

か細い、本当に小さな呻き声が彼女の唇から漏れた。

俺ははっと息を呑んだ。そして、固唾をのんで彼女の顔を見つめる。

ゆっくりと、本当にゆっくりと、彼女の長い睫毛が震え始めた。そして、固く閉ざされていたその瞼がわずかに持ち上がった。

現れたのは、夜空の色を映したような深い瑠璃色の瞳だった。その瞳はまだぼんやりとしていて、焦点が合っていない。だが、確かに俺の姿を捉えていた。

「……あなたは……だあれ……?」

か細く、しかしはっきりと彼女は尋ねた。

聖女セシリアが、意識を取り戻した。

一年もの間閉ざされていた意識の扉が、今、開かれたのだ。

俺は言葉を失い、ただ彼女の瞳を見つめ返すことしかできなかった。

「……よかった」

ようやく俺の口から、その一言が漏れた。

「本当に、よかった……」

俺の創生水を飲み続けたことで、彼女の魂が少しずつ力を取り戻し始めていたのだ。

聖女は俺の顔をじっと見つめていた。その瞳はまだ幼い少女のものだが、その奥には常人には計り知れないほどの深い叡智と、そして悲しみの色が宿っているように見えた。

「……ありがとう、ございます」

彼女はそう言って、ふわりと微笑んだ。

その微笑みは、まるで暗闇を照らす月光のように穏やかで、そして神々しいまでの美しさを湛えていた。

俺は、その笑顔を守るためにここまで来たのだと改めて実感した。

聖女との初めての対面。それは、これから始まる本当の戦いのほんの序章に過ぎなかった。だが、俺たちの心には確かな希望の光が、この日初めてはっきりと灯ったのだ。
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