この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第72話 治療方針

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聖女セシリア自身の口から、呪いの正体とその目的が明かされた。その衝撃的な事実は、すぐに老神官長にも伝えられた。

「『奈落の冠』……なんと、恐ろしいことを……!」

話を聞いた神官長は顔を青ざめさせ、わなわなと震えていた。彼もまた、事態が自分たちの想像を遥かに超えた、国家を揺るがす大陰謀であったことに戦慄を隠せないでいた。

その日の夜。再び、俺の部屋となった大神殿の一室に俺、リゼット、ノエル、そして神官長が集まり、今後の治療方針について最終的な会議が開かれた。ランプの灯りが、四人の真剣な顔を照らし出している。

「結論から言うよ」

口火を切ったのはノエルだった。彼女はテーブルの上に広げた人体図のようなもの――魂の構造を図式化したエルフの秘術図――を指さしながら、断言した。

「聖女様の呪いを解く方法は一つしかない。彼女の魂の世界に直接入り込むんだ」
「魂の世界に……?」

神官長が信じられないといった顔で聞き返す。魂への干渉は神の領域とされる、最も危険な禁術の一つだ。

「そう。呪いの核は彼女の魂と複雑に絡み合っている。外からの力だけでは完全に引き剥わすことは不可能だ。だから、内側……つまり、彼女の精神世界に術者が直接ダイブして、呪いの核を叩くしかない」

その方法はあまりにも荒唐無稽で、危険すぎた。もし失敗すれば術者も、そして聖女自身も魂ごと砕け散り、二度と意識が戻らなくなる可能性がある。

「そんな危険な真似、一体誰ができるというのじゃ!」
「……私と、ルークなら、できる」

ノエルは静かに、しかし自信に満ちた声で言った。

「私の知識と術を使えば、人の魂の世界への『扉』を開くことができる。そして、その扉を通り抜け呪いと戦うことができるのは、この世界でただ一人……創生の力を持つ、ルークだけだ」

その言葉に、部屋にいる全員の視線が俺に集中した。

俺が、聖女の魂の中へ?

正直、恐怖を感じなかったと言えば嘘になる。だが、ノエルの瞳は俺ならできると固く信じていた。

「ルークの創生水はただの生命エネルギーじゃない。彼の魂の純粋な祈りが込められている。だから、他人の魂の世界に入っても拒絶反応を起こしにくい。むしろ、聖女様の魂はルークの力を歓迎するはずだ。そして、その力は闇の呪いに対する最強の武器になる」

彼女の計画はこうだ。

まず、ノエルが特殊な魔法陣と薬を使い、俺と聖女の魂を同調させ精神世界への道を開く。
次に、俺が魂だけの存在となり彼女の精神世界へとダイブする。
そして、精神世界の奥深くに巣食う「呪いの核」を見つけ出し、俺の創生の力の全てをぶつけてそれを破壊する。

それはもはや治療というよりは、魂の次元で行われる壮絶な戦いだった。

「……待て」

それまで黙って話を聞いていたリゼットが、低い声で制した。

「その計画は、あまりにもルークにばかり負担をかけすぎてはいないか。彼がもし精神世界で敗れればどうなる? 彼の魂は……」
「……戻っては、これないだろうな」

ノエルは、その残酷な可能性を静かに肯定した。

「そんな危険な賭け、認められるわけがない!」

リゼットが激しく反論する。彼女は俺の身を誰よりも案じてくれていた。

「リゼットさん……」
「だが、他に方法はないんだ!」

ノエルも一歩も引かなかった。

「このままでは聖女様は確実に死ぬ。いや、その魂は『奈落の冠』へと作り替えられ、この国は滅びる。ルークが背負うリスクは確かに大きい。でも、その先にあるものを考えれば……やるしかないんだよ!」

二人の意見は真っ向から対立した。俺の安全を最優先に考えるリゼットと、国と聖女の未来のために最善だが最も危険な道を選ぶノエル。どちらの言い分も正しかった。

部屋の中は二人の緊迫した議論で、張り詰めた空気に満ちていた。神官長はただ狼狽えるばかりで、何も言うことができない。

俺は静かに二人の議論を聞いていた。そして、ゆっくりと立ち上がった。

「……やります」

俺の声に、リゼットとノエルがはっとしたように俺を見た。

「ルーク! お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!」
「分かっています。危険なことも、失敗すれば二度と帰ってこれないかもしれないことも」

俺はリゼットの目をまっすぐに見つめた。

「ですが、俺は行きます。それが俺にしかできないことなら。そして、それがセシリア様を救う唯一の道なら」

俺の心はもう決まっていた。聖女の、あの天使のような微笑み。俺に「ありがとう」と言ってくれたか細い声。それを思い出すだけで、恐怖などどこかへ消えていった。

「俺はただのポーション屋です。困っている人を、見過ごすことはできない。ただ、それだけですよ」

それはリゼットが初めてミストラル村を訪れた時、俺が彼女に言った言葉と全く同じだった。リゼットはぐっと言葉に詰まり、悔しそうに唇を噛んだ。

俺は今度はノエルに向き直った。

「ノエルさん。俺はあなたの計画に乗ります。ですが、一つだけ条件があります」
「……何かな」
「俺が精神世界で戦っている間、現実世界の守りをあなたとリゼットさんにお願いしたい」

俺はテーブルの上に広げられた王都の地図を指さした。

「俺が儀式を始めれば『奈落の蛇』は必ずそれを察知し、妨害に来るはずです。それも、これまでにない最大戦力で。その時、俺と聖女様は完全に無防備になります。その攻撃から俺たちを守ってほしいんです」

俺の魂の戦いと、仲間たちの現実世界での戦い。二つの戦場。その両方で勝利して、初めて俺たちの完全な勝利となる。

俺の提案に、リゼ-ットとノエルは顔を見合わせた。そして、同時に深く頷いた。

「……分かった。それがお前の覚悟ならば」

リゼットが静かに言った。

「ルーク。お前の魂は私がこの剣に懸けて必ず守り抜く。だから、お前は必ず帰ってこい。私たちの元へ」

その言葉は命令であり、祈りだった。

「うん。任せて、ルーク」

ノエルも力強く微笑んだ。

「君が魂の世界で迷子にならないように、私が最高の『道標』になってあげる。そして、現実世界の敵は私とリゼットで、一人残らず食い止めてみせるよ」

治療方針は決定した。

それは俺たち三人の、それぞれの能力と、そして互いへの絶対的な信頼がなければ決して成立しない究極の連携作戦だった。

老神官長は俺たちの覚悟を前にして、ただ涙を拭うことしかできなかった。

「……分かった。大神殿の、いや、この国の未来、全てをお主たちに託す。必要なものがあれば何でも言え。王家の宝物庫すら開けさせてみせよう」

彼は震える声で、全面的な協力を約束した。

俺たちの最後の戦いが、間もなく始まろうとしていた。それは一人の少女の魂を救い、一つの国の運命を決める、あまりにも重い戦い。

俺は窓の外に広がる王都の夜景を見つめた。無数の家々の灯りが、まるで星のように輝いている。

この光を絶望の闇に沈ませるわけには、いかない。

俺は静かに、しかし強く拳を握りしめた。
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