この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第81話 聖女の目覚め

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聖女セシリアの意識回復。その報せは王都中に瞬く間に広がり、絶望に沈んでいた人々の心に一年ぶりとなる希望の灯をともした。大神殿の前には噂を聞きつけた民衆が集まり始め、女神への感謝と聖女の回復を祝う祈りの声が夜通し響き渡っていた。

だが、その熱狂の中心である聖女の私室は対照的に静まり返っていた。俺は魂の戦いで消耗しきった体を、リゼットの肩を借りてようやく支えている状態だった。

「ルーク、もう限界だろう。少し休め」
「……ええ。ですが、まだ……」

俺の視線はベッドの上で穏やかな寝息を立てるセシリアに注がれていた。彼女の最後の言葉。「本当の戦いは、これからです」。その言葉が重い楔のように俺の胸に突き刺さっている。

「分かっている。だが、お前が倒れては元も子もない」

リゼットの言葉に、ノエルも頷いた。

「そうだね。ひとまず君は回復に専念して。後のことは私たちに任せて」

仲間たちの気遣いに、俺は頷くしかなかった。老神官長が俺たちのために大神殿で最も賓客をもてなすための豪華な部屋を用意してくれていた。俺は仲間たちに両脇を抱えられるようにして、その部屋へと向かった。

部屋のソファに体を沈めると、どっと疲労が押し寄せてきた。魂が肉体に戻ってきたばかりで、まだ完全に馴染んでいないような奇妙な感覚。俺はそのまま深い眠りに落ちていきそうになった。

その時だった。部屋の扉が控えめにノックされた。

「……ルーク様。聖女セシリア様がお目覚めになられ、あなた様にお会いしたいとおっしゃっております」

侍女の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。意識が戻ったばかりで、すぐに?

俺たちが戸惑っていると、扉が静かに開かれ、老神官長に付き添われたセシリアが自らの足で立っていた。彼女は眠っていた時の寝間着ではなく、聖女としての清らかな純白の衣を身にまとっている。その姿はまだ十歳にも満たない少女とは思えないほど、神々しいまでの威厳に満ちていた。

「……セシリア様。ご無理をなさっては」
「いいえ、神官長。もう大丈夫です。そして、話さなければならないことがあります」

彼女の声はか細いが、揺るぎない響きを持っていた。俺たちは彼女を部屋の中へと招き入れた。

セシリアはまず俺の前に立つと、深く、深くその小さな体を折り曲げて頭を下げた。

「ルーク。私の魂を絶望の闇から救い出してくださり、心から感謝いたします」

その丁寧で心のこもった礼に、俺は慌てて彼女の肩を支えた。

「顔を上げてください。俺はやるべきことをやっただけです」
「いいえ」

彼女は顔を上げ、俺の目をまっすぐに見つめた。その瑠璃色の瞳には、俺の魂の奥底まで見通すかのような深い叡智の光が宿っている。

「あなたはただ私を救っただけではありません。私の魂の世界で呪いの核と対峙したことで、その記憶の一部をご覧になったはずです」
「記憶の一部……?」
「はい。『奈落の蛇』がこの私を使って何をしようとしていたのか。その全てを、です」

彼女の言葉に、俺たちは息を呑んだ。聖女の魂は呪いの培養炉にされながらも、敵の計画の全てをその内側から見ていたのだ。

「彼らの真の目的は『奈落の冠』を作ることだけではありません。それは計画のほんの第一段階に過ぎないのです」

セシリアは、ゆっくりと、しかしはっきり と語り始めた。

「彼らの最終目的。それはこの大神殿の地下深く……禁断の聖域に封印されし『古代の遺物』をその手に収めること」
「古代の遺物……?」

神官長が訝しげに眉をひそめた。

「そのようなもの、わしは聞いたことがないが……」
「大神殿のほんの僅かな者しか知らない最高機密だからです」

セシリアは静かに告げた。

「その遺物の名は『邪神の心臓』。かつて、光の女神様が世界を創りし時に戦い、封じ込めたとされる古の邪神の、力の源泉そのものです」

その言葉に、部屋の空気が凍り付いた。邪神の心臓。そんな神話の中の存在が、この大神殿の地下に?

「『奈落の蛇』は、その心臓の封印を解き、その力を取り込むことで彼らが信奉する『奈落の主』をこの世に完全に復活させようと企んでいるのです。もし、それが成されればこの国どころか、世界そのものが終わります」

俺たちは、その陰謀のあまりにも壮大なスケールに言葉を失った。

「私がかけられた呪いは大神殿の守りを内側から弱め、聖域の結界を無力化するための陽動に過ぎませんでした。そして、彼らは待っていたのです。私を救うために大神殿の全ての戦力が儀式に集中する、その瞬間を」

彼女の瞳が鋭い光を放った。

「彼らは今、この瞬間こそ大神殿の守りが最も手薄になっていると確信しているはずです。私が目覚めたことであなたたちが勝利の安堵に浸っている、この一瞬こそが彼らにとって最大の好機なのです」

その言葉は予言だった。聖女としての絶対的な確信に満ちた、未来の宣告。

俺の背筋を冷たい汗が伝った。

俺たちは勝ったのではなかった。敵の掌の上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。聖女の治療は、彼らの最終目的を達成するための最後の引き金でしかなかった。

「……まさか」

リゼットが窓の外に視線を向けた。王都の夜景は静まり返っている。だが、その静寂が嵐の前の不気味な静けさに感じられた。

その、刹那だった。

ゴゴゴゴゴゴゴ……!

大神殿全体が激しく揺れた。それは地震ではなかった。地下の遥か深い場所から突き上げてくるような、邪悪な魔力の爆発。

同時に大神殿の外から、人々の絶叫と建物が破壊される轟音が津波のように押し寄せてきた。

「な、何事だ!?」

神官長が狼狽の声を上げる。

リゼットが窓際に駆け寄り、外の様子を確認した。そして、絶望に顔を歪ませた。

「……敵襲。それも本隊だ。王都の四方から、同時に……!」

窓の外。平和だったはずの王都の夜景は、今やいくつもの黒い煙と燃え盛る炎で、地獄の業火のように染まっていた。

聖女セシリアの予言はあまりにも正確に、そしてあまりにも早く、現実のものとなった。

「ルーク」

セシリアが俺の名を呼んだ。彼女の顔に恐怖の色はない。ただ、聖女としての揺るぎない覚悟だけがあった。

「本当の戦いが、始まります」

俺は消耗しきった体に無理やり力を込めて立ち上がった。

仲間たちが俺の隣に立つ。

王都の、そして世界の運命を懸けた最後の決戦。その火蓋が、今、切って落とされた。
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