無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第四十九話:戦後処理と「辺境の悪魔」

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ヴァイスラントの勝利の熱狂が落ち着き始めると、アッシュはすぐさま冷徹な戦後処理に着手した。彼の頭の中では、この勝利をいかにしてヴァイスラントの、そして自分自身の利益へと転化させるか、その計算が高速で回転していた。

最初の標的は、この戦争の元凶、バルツァー伯爵だった。
アッシュは、捕虜にした伯爵の私兵の中から、騎士団長ダリウスと内通していた密偵カイルが特定していた数名の騎士を呼び出した。彼らは、伯爵への忠誠心よりも、自らの保身を優先するタイプの人間だった。アッシュは、スキルで彼らの「恐怖」と「自己保身」の感情を正確に読み取り、そこに囁きかけた。

「お前たちの主君、バルツァー伯爵は、グランツ帝国と手を組み、この帝国を裏切った。その罪は万死に値する。お前たちも、その反逆の片棒を担いだ共犯者だ」

騎士たちの顔が、恐怖で青ざめる。
「だが」とアッシュは続けた。
「お前たちには、罪を償う機会を与えてやろう。伯爵の売国の証拠を、俺に差し出すんだ。グランツの密使と交わした密約書が、城のどこかにあるはずだ。それを見つけ出し、俺の元へ届けろ。そうすれば、お前たちの罪は不問とし、自由の身を約束する」

それは、悪魔の取引だった。仲間を売るか、共に破滅するか。彼らの心は、アッシュの言葉によって完全に掌握された。

数日後。解放された騎士の一人が、夜陰に紛れてヴァイスラントへと戻ってきた。その手には、バルツァー伯爵の署名と、グランツ帝国の印が押された、生々しい密約書が握られていた。

「よくやった」
アッシュは、その決定的な証拠を受け取ると、約束通り、その騎士に金貨数枚を与えて解放した。

次に、アッシュは、捕虜として捕らえていた将軍ゲルハルトを利用した。彼は、ゲルハルトに二通の手紙を書かせた。
一通は、グランツ帝国の皇帝へ。そこには、今回の侵攻が自らの独断であったこと、ヴァイスラントの反撃によって軍が壊滅したこと、そして、これ以上の敵対行動はグランツ帝国にさらなる破滅をもたらすだろうという、敗軍の将としての悲痛な報告が綴られていた。

もう一通は、帝都のヴェルヘイム公爵家へ。そこには、追放されたはずのアッシュが辺境で強大な軍事力を築き、グランツ帝国の大軍さえ退けるほどの脅威となっているという、警告に満ちた内容が記されていた。これは、アッシュの存在を、彼を追放した家族に再び意識させるための、巧妙な一手だった。

「……あなたは、本当に恐ろしい方だ」
アッシュの一連の謀略を目の当たりにしたセレスティアは、もはや感嘆を通り越して、畏怖の念を抱いていた。
「あなたは、この勝利を、帝国とグランツ帝国、そしてあなたのご実家を同時に操るための駒として利用している。全てが、あなたの掌の上で踊らされているかのようだわ」

「褒め言葉として受け取っておこう」
アッシュは、静かに笑った。

アッシュは、解放したゲルハルトと彼の部下たちに、これらの手紙を持たせて送り返した。そして、最後の仕上げとして、バルツァー伯爵を捕らえるために、ガイウスとサイモンに精鋭部隊を授けた。
密約書という動かぬ証拠を手にした今、バルツァー伯爵の捕縛は、もはや帝国への反逆者を討伐するという「正義」の行いとなっていた。

バルツァー伯爵は、自領に逃げ帰ってきたグランツ兵の残党から、ヴァイスラントの信じがたい勝利を聞き、恐怖に震えていた。そして、ダリウス率いる騎士団が、公然と自分に反旗を翻したことを知り、完全に孤立無援となった。
彼が城から逃げ出そうとしたその時、ガイウス率いるヴァイスラントの精鋭部隊が、城門を突破した。

もはや、まともな抵抗はなかった。ダリウスが内から城門を開け、残った兵士たちも戦意を喪失していた。
バルツァー伯爵は、自室で震えているところを、あっけなく捕らえられた。

「き、貴様ら……反逆者め……!」
最後まで醜く罵る伯爵の前に、ガイウスは静かに、アッシュから預かった密約書を突きつけた。
それを見た瞬間、バルツァーは全ての血の気を失い、その場に崩れ落ちた。

バルツァー伯爵の身柄と、売国の証拠は、サイモンによって帝都へと護送されることになった。
「アッシュ殿。この大役、必ずや果たして参ります」
サイモンは、アッシュに対して、もはや罪人としてではなく、真の主君に対するかのように、深く頭を下げた。

こうして、ヴァイスラントに仕掛けられた戦争は、アッシュの完璧な勝利と、敵の完全な破滅によって幕を閉じた。

この一連の事件の噂は、帝国中に瞬く間に広まった。
「北の辺境で、追放された公爵家の三男が、売国奴の伯爵を討ち、グランツ帝国の大軍を撃退したらしい」
「なんでも、彼は魔法で炎の嵐を呼び、敵軍を一瞬で焼き尽くしたとか」
「いや、彼は銀色の獣を従えており、その獣が敵の将軍の首を刎ねたのだと」

噂は尾ひれがつき、アッシュ・フォン・ヴェルヘイムの名は、いつしか神話的な響きを帯びるようになっていた。
そして、貴族たちの間で、彼は一つの異名で呼ばれるようになった。

『辺境の悪魔』

それは、彼の冷徹かつ完璧な勝利に対する、畏怖と、恐怖と、そして僅かな嫉妬が入り混じった、最高の称号だった。
かつて「出来損ない」と蔑まれた少年は、今や、帝国の誰もが無視できない、恐るべき存在として、その名を歴史に刻み始めたのだ。

アッシュは、そんな外界の喧騒には関心を示さず、ただヴァイスラントの再建と発展に没頭していた。
だが、彼が望む平穏な日々が、もはや訪れないであろうことを、彼自身が誰よりも理解していた。
この勝利は、彼を、より大きく、そして危険な舞台へと引きずり出すための、序曲に過ぎなかったのだから。
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