ワールド・リクリエイター 〜不遇職『地形師』は、サーバーごと世界を創り変える〜

夏見ナイ

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第5話:霧中の道標

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『忘れられた神殿』という無謀な目標を掲げたカナデたちは、まず地道なレベル上げから始めることにした。推奨レベル15のクエストに、レベル5のまま挑むのは自殺行為に他ならない。目標は、ひとまずの区切りであるレベル10。

三人が次に選んだクエストは、クエストボードに貼られていた『鉱山に巣食うコボルドの討伐』。推奨レベルは8。今の彼らにとって、少しだけ背伸びをした難易度だ。討伐対象は鉱山を根城にするコボルド20体と、そのリーダーであるコボルド・マイナー。さらに、副次目標として鉄鉱石10個の納品も依頼内容に含まれていた。

「コボルドは集団で襲ってくるから厄介よ。しかも、狭い坑道での戦いになるから、ケンの範囲魔法も使いにくいわね」
鉱山へ向かう道中、メイプルが懸念を口にする。
「問題ない。一体ずつ確実に処理すればいい。メイプルが前線を維持してくれるなら、俺は単体攻撃に集中する」
「まあ、そうなるわよね。カナデ、坑道での戦いだけど、何かできそうなことある?」

話を振られ、カナデは少し考えてから答えた。
「まだ何とも言えませんが……。坑道という閉鎖空間は、ある意味で俺の得意なフィールドです。壁も床も、全てが武器になり得ますから」

彼の言葉に、メイプルとケンは頼もしそうに頷いた。ゴブリンの洞窟での一件以来、二人はカナデの『地形師』としての能力に絶対の信頼を寄せてくれていた。

アークライトから西へ一時間ほど歩くと、岩がちな山脈の麓に、古びた鉱山の入り口が見えてきた。入り口には錆びついたトロッコのレールが敷かれ、廃鉱となって久しいことがうかがえる。

「よし、行くわよ!」

メイプルの号令で、三人は薄暗い坑道へと足を踏み入れた。内部はゴブリンの洞窟よりもさらに狭く、大人二人がやっとすれ違える程度の幅しかない。壁には所々、松明が灯っており、それがコボルドたちの生活の痕跡を示していた。

早速、カナデは新しいスキルを試すことにした。
「スキル、『アナライズ・グラウンド』」

彼が壁に手をかざすと、視界の端に半透明のウィンドウが展開され、地形の情報が文字列となって流れ込んでくる。

【地形情報】
・構成:岩石(75%)、土(20%)、鉄鉱石(5%)
・硬度:6/10(ディグによる掘削可能)
・特記事項:表層から深さ2メートル地点に、純度の高い鉄鉱脈を検知。

「……すごい。壁の中に何があるかまで分かる」
思わず声が漏れた。これは、想像以上に強力なスキルだ。

「どうしたの?」
「この壁の向こうに、鉄鉱石が埋まってるみたいです。クエスト分は、戦闘しながらでも集まりそうですね」
「へえ、宝探しみたいで面白いわね!」

三人が慎重に奥へ進むと、前方の暗がりから、甲高い鳴き声と共に数体の影が飛び出してきた。犬のような頭部に、つるはしを持った二足歩行の獣人。コボルドだ。数は五体。狭い通路で、完全にこちらの進路を塞いでいる。

「私が引きつける!」

メイプルが盾を構え、先頭のコボルドが振り下ろすつるはしを受け止める。ガキン、とけたたましい金属音が響き、火花が散った。彼女が一体を引きつけている間に、残りの四体が左右から回り込もうとする。

「させるか!」
ケンが杖を構えるが、メイプルが邪魔になって魔法の射線が通らない。まさに、メイプルが懸念していた通りの状況だった。

しかし、その瞬間、カナデが動いた。
「メイプルさん、一歩下がって!」

カナデはメイプルのすぐ後ろの地面にスコップを突き立て、驚異的な速度で地面を掘り下げていく。そして、掘り出した土を『モウルディング』で左右の壁へと叩きつけた。

ズズン、と地響きのような音と共に、坑道の壁が内側へとせり出してくる。あっという間に、通路の幅が半分ほどになった。もはや、敵は一体ずつしか通ることができない。

「グェ!?」

回り込もうとしていたコボルドたちが、せり出してきた壁に阻まれて身動きが取れなくなる。敵の陣形は完全に崩れ、ただの縦一列の棒になっていた。

「カナデ、ナイス!」
「これなら!」

メイプルは正面の敵一体に集中し、ケンの『ファイアボール』がその後ろのコボルドを正確に貫いていく。敵の集団戦術は完全に無力化され、彼らはただの的となった。ものの数分で、五体のコボルドは光の粒子となって消えていった。

「すごいわ、カナデ! まるで要塞の防衛戦みたい!」
「地形を変えることで、敵の行動を制限する。有効な戦術だ」

興奮気味のメイプルと、冷静に分析するケン。二人の賞賛を受けながら、カナデは自分の戦術がまた一つ、新たな段階に進んだことを実感していた。ただ罠を仕掛けるだけでなく、戦場そのものの構造をリアルタイムで変化させる。これこそが、地形師の真骨頂なのかもしれない。

一行はその後も、カナデが作り出す即席のバリケードや隘路(あいろ)を駆使し、コボルドの集団を危なげなく撃破していった。鉄鉱石も、『アナライズ・グラウンド』で鉱脈を見つけては掘り出し、あっという間にノルマの10個を確保してしまった。

やがて、坑道の最深部にある広場にたどり着いた。そこには、一回り大きな体躯を持ち、頭にヘッドライトを付けたコボルド・マイナーが、十数体の部下を率いて待ち構えていた。

「ボスのお出ましね。数が多いわ……」
メイプルが警戒を強める。広場はこれまでの通路と違って開けており、小細工は通用しにくい。真っ向からの総力戦が予想された。

「ケン、大技の準備を。メイプルさん、時間を稼いでください。俺も、少し仕込みをします」
「分かったわ!」
「任せろ」

メイプルが雄叫びを上げて突撃し、ボスのヘイトを引きつける。その間にケンは後方で詠唱を開始した。カナデは、二人の邪魔にならないよう、広場の壁際を走りながら『アナライズ・グラウンド』を発動させた。

(硬度は問題ない。掘れる……! なら!)

カナデの頭の中に、大胆なプランが閃いた。彼はコボルドたちの注意がメイプルに集中している隙に、広場の地面を掘り始めた。しかし、ただ掘るのではない。彼は、ボスであるコボルド・マイナーの周囲を、円を描くように掘り進めていく。深さ一メートルほどの、円形の溝だ。

「グルルァァ!」

コボルド・マイナーが、メイプルの盾に巨大なつるはしを叩きつける。メイプルのHPが大きく削られた。

「まだか、ケン!」
「あと少しだ……!」

その時、カナデの作業が完了した。コボルド・マイナーとそのすぐ近くにいた数体の取り巻きが、円形の溝によって他の仲間たちから完全に孤立していた。まるで、舞台の上にいる演者のように。

「今です!」

カナデの合図と共に、ケンの詠唱が完了する。
「――凍てつく吹雪よ、敵を打ち据えよ! 《ブリザード》!」

ケンの杖から、極低温の冷気が渦を巻いて放たれる。その魔法が狙うのは、カナデが溝で孤立させた、コボルド・マイナーとその側近たちのみ。他の取り巻きには被害が及ばない、完璧な範囲指定だった。

「グギャアアア!」

猛烈な吹雪に巻き込まれたコボルドたちは、瞬く間に動きが鈍り、やがて氷の彫像と化した。ボスを含めた中核部隊が、一瞬で無力化されたのだ。

「すごい! やったわね!」
残りの取り巻きは、リーダーを失って統率が乱れ、もはや敵ではなかった。メイプルとケンが危なげなく掃討し、クエストは見事クリアとなった。

「カナデのあの溝、すごかったわね! まるで敵を分断するお堀みたいだった!」
「ああ。あれがなければ、ケンの魔法に多くの敵を巻き込むことはできなかっただろう」
「いえ、二人が時間を稼いでくれたおかげです」

互いの働きを称え合い、三人の絆はまた一段と深まった。
このクエストの達成で、三人のレベルは念願の10に到達した。街に戻って報告を済ませると、報酬の金貨と、ボーナスとして高品質な『つるはし』を手に入れた。地形師のスキルにも使えるらしい。スコップよりも、掘削速度が上がるようだ。

装備を新調し、ポーションを可能な限り買い込み、全ての準備を整えた三人は、ついに約束の地、『霧深い森』の入り口に立っていた。

森の入り口は、まるで異界への扉のように不気味な雰囲気を漂わせていた。一歩足を踏み入れると、昼間にもかかわらず、深い霧が立ち込めて視界が数メートル先までしか効かない。じっとりとした湿った空気が肌にまとわりつき、どこからか聞こえてくる不気味な獣の鳴き声が、冒険者たちの恐怖を煽っていた。

入り口付近では、いくつかのパーティが途方に暮れたように立ち尽くしている。

「だめだ、これ以上は進めねえ。コンパスもマップも狂っちまう」
「さっき仲間の一人がちょっと離れただけで、もうどこにいるか分からなくなった。声も届かねえんだ」

噂は本当だった。この森は、プレイヤーの方向感覚を奪い、パーティを分断させる。それこそが、このクエストの本当の難易度なのだろう。

「……すごい霧ね。本当に前が見えないわ」
メイプルが不安げに呟く。
「うむ……」
隣でケンが、珍しく落ち着かない様子で周囲を見回していた。彼はプロット通り、極度の方向音痴だった。この霧の中では、たとえ一本道でも迷う自信がある。

だが、カナデだけは落ち着いていた。彼は新しいつるはしを手に、静かに言った。
「大丈夫です。道が見えないなら、道を創りながら進めばいい。俺が、皆さんの道標になります」

カナデは森の入り口の地面に、つるはしで大きく矢印を刻み込んだ。街の方向を示す、帰りのための道標だ。そして、一歩、霧の中へと足を踏み入れた。

「行きますよ」

彼は進むべき方角を定めると、数歩進むごとに、地面に小さな印を刻んでいく。あるいは、道の脇の木の幹を少しだけ削り、目印にする。霧で視界が効かなくとも、足元の感触と、自らが創り出した物理的な道標を頼りにすれば、迷うことはない。

メイプルとケンは、カナデが決して離れないように、彼のすぐ後ろについていく。深い霧の中、聞こえるのは三人の足音と、カナデがつるはしで地面を削る、リズミカルな音だけだった。

誰もが引き返した絶望の森を、彼らは着実に、一歩一歩、奥へと進んでいく。
どれくらい進んだだろうか。濃密な霧が、ほんの少しだけ薄くなったように感じられた。そして、その霧の向こうに、巨大な影が見えた。

それは、蔦に覆われた石造りの建造物。自然物ではあり得ない、人の手によって作られた、巨大な門のようなものだった。

「……あれは」

カナ.デの呟きに、メイプルとケンも息を呑む。
長い間、誰の到達も許さなかった『忘れられた神殿』が、今、ついにその姿を彼らの前に現そうとしていた。
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