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第1話:ようこそ、非効率な異世界へ。最適化を開始します。
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チカチカと点滅する蛍光灯が、やけに目に染みた。
時刻は午前3時を回ったところ。キーボードを叩く音だけが響く静まり返ったオフィスで、俺、佐伯 航(さえき わたる)は朦朧とする意識を必死につなぎ止めていた。
「…仕様変更、だと…?」
デスクに叩きつけられた仕様書(と呼ぶにはあまりに雑なメモ書き)を見て、乾いた笑いが漏れる。明日納期のシステムに、このタイミングで根本的な変更。クライアントの鶴の一声。上司は「まあ、顧客満足のためだから。佐伯くんならやれるよな?」と無責任な言葉を残してとっくに帰宅済みだ。
(やれるわけ、ないだろうが…)
胸の中に渦巻くのは、怒りよりも諦めに近い感情。これが、俺の勤めるIT企業――いや、業界全体がそうなのかもしれないが――の日常だった。終わらない残業、積み重なるタスク、常態化した休日出勤。まさにデスマーチ。
コーヒーを呷る。もう何杯目か分からない。カフェインで無理やり覚醒させた脳みそは悲鳴を上げ、視界の端が時折ブラックアウトする。指先は痺れ、肩は石のように凝り固まっている。ここ数週間、まともに寝ていない。
(ああ、駄目だ…効率が、悪い…)
思考がまとまらない。この状況を打開するための最適解が見つからない。いや、そもそも最適解など存在しないのかもしれない。ただ、身を粉にして働くしかない。消耗品のように。
ふと、自分の顔がディスプレイに映り込んでいるのに気づいた。三十代前半のはずなのに、目の下には深い隈が刻まれ、頬は痩け、生気のない顔。まるで幽霊だ。
(こんな生活、いつまで続けるんだ…?)
疑問が頭をもたげる。だが、すぐに打ち消した。考えるだけ無駄だ。このプロジェクトが終わったら、少しは休めるだろうか。いや、また次のデスマーチが待っているだけか。
ガタン、と椅子が軋む音。隣の席の同僚が、ついに限界を迎えて突っ伏したらしい。誰も、何も言わない。それが日常だった。
俺は再びキーボードに向かう。カタカタ、カタカタ…
指を動かす。思考する。コードを書く。デバッグする。
だが、もう限界だった。
視界が急速に狭まっていく。耳鳴りがひどくなる。心臓が嫌な音を立てている。
(ああ、これは…まずい…)
霞む視界の中で、蛍光灯の明かりがやけに眩しく感じられた。まるで、迎えに来た光のようだ、なんて場違いなことを考えた。
そして、ぷつり、と。
意識は完全に途切れた。
システムエンジニア、佐伯航。享年32歳。死因は、おそらく過労死。
あまりにも、あっけない最期だった。
◆
「……ん…?」
意識が浮上する。
最初に感じたのは、身体の軽さだった。まるで羽毛にでもなったかのように軽い。あれほど酷かった肩こりも、頭痛も、倦怠感も、すべてが嘘のように消え去っていた。
(あれ…俺、生きてる…? いや、でもあの状況は…)
ゆっくりと目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、どこまでも広がる青い空と、緑の草原だった。柔らかな風が頬を撫で、草の匂いが鼻腔をくすぐる。オフィスとは全く違う、清浄な空気。
(…どこだ、ここ?)
混乱しながら、上半身を起こす。見慣れたスーツではなく、簡素だが動きやすそうな服を着ていることに気づく。自分の手を見る。心なしか、肌艶がいい。過労死寸前だった男の手とは思えない。
(まさか…とは思うが…)
いわゆる、異世界転生、というやつだろうか?
フィクションの世界の話だと思っていたが、こうして自分が当事者になると、現実味が湧かない。状況を整理しようと試みるが、情報が少なすぎる。
「現在地、不明。状況、異世界転生の可能性大。身体的異常、なし。むしろ健康体。所持品、着衣のみ。目的、不明…」
SEの癖で、現状を箇条書きにして整理しようとする。だが、肝心な情報が欠けている。
その時、目の前の空間が淡く光り始めた。
驚いて身構える俺の前で、光は徐々に形を成していく。それは、直径30センチほどの、銀色に輝く球体だった。
『…システム起動。ダンジョンマスター適性確認。適合を確認しました。』
球体から、直接頭の中に響くような、無機質な声が聞こえた。女性の声のようだが、感情は一切感じられない。
「だ、誰だ? ダンジョンマスター…?」
『私はダンジョンコア。あなた様をサポートする存在です。あなた様は、この世界において新たなダンジョンマスターとして選定されました。』
ダンジョンコア。ダンジョンマスター。
ファンタジー系のゲームや小説で聞き覚えのある単語だ。つまり、俺はこの世界でダンジョンを運営する役割を担うことになった、ということか?
「…サポート、と言ったな。具体的には何をしてくれるんだ?」
『ダンジョンの生成、維持、拡張。モンスターの召喚、配置。罠の設置。侵入者の検知、撃退補助。DP(ダンジョンポイント)の管理、及びダンジョン運営に関わる各種情報の提供を行います。』
淡々と説明するコア。なるほど、ダンジョン運営に必要な機能は一通り揃っているらしい。
「DP…ダンジョンポイントとは?」
『ダンジョンポイント、略称DPは、ダンジョン運営における基軸通貨です。ダンジョンの拡張、モンスター召喚、罠の設置など、あらゆる活動にDPを消費します。DPは、ダンジョン内に満ちる魔力を吸収する、または侵入者を撃退することで獲得できます。』
「魔力? 侵入者…?」
『はい。この世界には魔力が満ちており、ダンジョンコアはそれを吸収しDPに変換する機能を有します。また、ダンジョンに侵入する存在――モンスターや冒険者などを撃退することでも、その存在が持つ魔力をDPとして獲得できます。』
ふむ。魔力吸収による自然獲得と、侵入者撃退による獲得。後者の方が効率は良さそうだが、リスクも伴うだろう。
「現状のDPは?」
『初期DPとして、1000DPが付与されています。』
1000DP。これがどれくらいの価値なのか、今の俺には判断できない。
「コア、お前の名前は?」
『私はダンジョンコアです。特定の名称は設定されておりません。』
「そうか。じゃあ、今日からお前のことは『コア』と呼ぶ。いいな?」
少しの間、沈黙があった。
『…了解しました、マスター。これより、私を『コア』と呼称してください。』
なぜか、ほんの少しだけ、声に温かみが灯ったような気がした。気のせいかもしれないが。
「よし、コア。まずは現状確認だ。俺が使える機能、ダンジョンの初期状態、周辺環境、その他必要な情報をリストアップしてくれ。フォーマットは…まあ、分かりやすく頼む。」
ついつい、いつもの癖で指示を出してしまう。
『了解しました、マスター。情報を整理し、表示します。』
コアがふわりと浮き上がり、俺の目の前に半透明のウィンドウのようなものが現れた。まるでSF映画のインターフェースだ。
**【ダンジョンマスター:ワタル】**
* 状態:健康
* 称号:駆け出しのダンジョンマスター
* 所持DP:1000
* 保有スキル:ダンジョン構築Lv.1、モンスター召喚(スライム)Lv.1、罠設置(落とし穴)Lv.1
* ダンジョンコア:コア(初期状態)
* 支配領域:半径10メートル(初期)
* 現在地:アトランティス大陸辺境・名もなき草原
* 周辺情報:半径1キロメートル以内に知的生命体の反応なし。小型の動物、低級モンスター(ゴブリン等)の生息を確認。
**【ダンジョンコア:コア】**
* 状態:正常
* 機能:ダンジョン管理、DP生成補助、情報提供、マスターへの簡易サポート
* 特殊能力:自己進化(条件不明)
**【初期ダンジョン設備】**
* ダンジョン入口(不可視化設定可能)
* コア安置室(地下1階層中央、初期防御壁あり)
…なるほど。ワタル、というのが俺のこちらの名前らしい。スキルは最低限。モンスターもスライムだけか。罠も落とし穴のみ。支配領域も狭い。まさに初期状態だ。
「コア、このインターフェース、カスタマイズは可能か? ログ表示機能や、アラート機能、各種パラメータのグラフ表示なんかを追加したいんだが。」
『申し訳ありません、マスター。現在のコアの機能では、そこまでのカスタマイズは実装されておりません。コアの成長、または特定のアイテムやスキル獲得により、機能拡張が可能になる場合があります。』
「そうか…まあ、仕方ない。現状の機能でやるしかないな。」
少し残念だが、無い物ねだりをしても仕方ない。まずは、この与えられた環境で最善を尽くすしかない。
俺は改めて周囲を見渡した。どこまでも続く草原。遠くには森が見える。空は高く、雲がゆっくりと流れていく。平和で、のどかな風景だ。
だが、油断はできない。低級とはいえモンスターがいる。冒険者という存在もいるらしい。この身一つで、どうやって生き延び、ダンジョンを運営していくか。
(…待てよ?)
ここで、俺はある考えに至った。
(ダンジョンマスター…ダンジョン運営…これって、ある意味、システム開発やプロジェクトマネジメントと似ているんじゃないか?)
限られたリソース(DP)を使って、目標(侵入者の撃退、ダンジョンの維持発展)を達成する。そのために、最適な設計(ダンジョン構造、罠配置)を行い、リソース(モンスター)を管理し、効率的な運用(連携、育成)を目指す。問題が発生すればデバッグ(原因分析と修正)し、改善を繰り返していく。
(そうだ…これは、俺が前世で嫌というほどやってきたことじゃないか!)
ただし、今回はクライアントも、無茶な仕様変更を押し付ける上司もいない。すべて、俺自身の裁量で決められる。
(…作るなら、徹底的に効率化されたダンジョンだ。)
頭の中に、前世の過酷な労働環境がフラッシュバックする。あの非効率、不条理、精神的な消耗…。もう、あんな思いは二度としたくない。
(モンスターだって、使い潰すようなやり方はしない。適切なタスク管理、負荷分散、ローテーション…そうだ、シフト制も導入しよう。休息は重要だ。疲弊したモンスターではパフォーマンスが落ちる。それは、非効率的だ。)
俺が目指すのは、最強のダンジョン。しかし、それは単に強力なモンスターや罠を揃えるだけではない。
(無駄な戦闘は避ける。最小限のリソースで最大の効果を上げる。侵入者を効率的に排除し、安定的にDPを稼ぐ。ダンジョン内は常に整理整頓され、モンスターは適切な管理下で能力を発揮する…。)
まさに、システム化されたダンジョン。
(そして何より、俺自身が楽をする。自動化できるところは徹底的に自動化する。コアのサポート機能も拡張していきたい。俺は司令塔として、全体の最適化に注力する。)
そう、目指すは「ホワイト」なダンジョン運営だ!
前世では叶わなかった、理想の労働環境(?)を、この異世界で実現してやる。
「よし…決めた。」
俺は立ち上がり、決意を新たにした。
「コア、目標を設定する。俺たちは、この世界で最も効率的で、最も洗練されたダンジョンを構築する。そして、俺は安楽なダンジョンマスターライフを手に入れる!」
『…マスターの目標設定を確認しました。全力でサポートいたします。』
コアの声が、心なしか弾んでいるように聞こえた。気のせいかもしれないが。
「さて、何から始めるか…まずは、この草原にポツンといる現状は危険だな。最低限の安全確保と、ダンジョンの基礎を固める必要がある。」
SEの思考が回り始める。
要求定義:安全確保、ダンジョン基盤構築。
基本設計:コア安置室を防衛拠点とし、最初のダンジョンフロアを構築する。
詳細設計:まずは最低限の壁と、シンプルな罠、そして最初のモンスターを配置する。
「コア、現在地を中心に、地下1階層の構築を開始する。広さは…そうだな、まずは10メートル四方くらいでいい。壁と天井、床を生成してくれ。コストは?」
『地下1階層(10m x 10m x 3m)の基本空間生成に必要なDPは、50DPです。』
「安いな。よし、実行してくれ。」
『了解しました。ダンジョン構築を開始します。』
コアが輝きを増すと、俺たちの足元の地面が静かに陥没し始めた。土が魔法的な力で圧縮され、壁となり、床となり、天井が形成されていく。まるで3Dプリンターで出力されるように、空間がみるみるうちに形作られていく。
目の前で繰り広げられる光景は、まさにファンタジーそのものだ。しかし、俺の思考は冷静だった。
(この生成プロセス、もう少し効率化できないか? 並列処理とか…いや、今は考えるだけ無駄か。)
数分後、目の前には簡素ながらもしっかりとした石造りの部屋が出来上がっていた。広さは指示通り、10メートル四方ほど。中央には、コアが静かに浮かんでいる。
「これが、俺の最初のダンジョンか…」
がらんとした、何もない空間。ここから、俺の異世界での新たなプロジェクトが始まるのだ。
まずは、この殺風景な空間に、何を加えるべきか。考えることは、山積みだ。
時刻は午前3時を回ったところ。キーボードを叩く音だけが響く静まり返ったオフィスで、俺、佐伯 航(さえき わたる)は朦朧とする意識を必死につなぎ止めていた。
「…仕様変更、だと…?」
デスクに叩きつけられた仕様書(と呼ぶにはあまりに雑なメモ書き)を見て、乾いた笑いが漏れる。明日納期のシステムに、このタイミングで根本的な変更。クライアントの鶴の一声。上司は「まあ、顧客満足のためだから。佐伯くんならやれるよな?」と無責任な言葉を残してとっくに帰宅済みだ。
(やれるわけ、ないだろうが…)
胸の中に渦巻くのは、怒りよりも諦めに近い感情。これが、俺の勤めるIT企業――いや、業界全体がそうなのかもしれないが――の日常だった。終わらない残業、積み重なるタスク、常態化した休日出勤。まさにデスマーチ。
コーヒーを呷る。もう何杯目か分からない。カフェインで無理やり覚醒させた脳みそは悲鳴を上げ、視界の端が時折ブラックアウトする。指先は痺れ、肩は石のように凝り固まっている。ここ数週間、まともに寝ていない。
(ああ、駄目だ…効率が、悪い…)
思考がまとまらない。この状況を打開するための最適解が見つからない。いや、そもそも最適解など存在しないのかもしれない。ただ、身を粉にして働くしかない。消耗品のように。
ふと、自分の顔がディスプレイに映り込んでいるのに気づいた。三十代前半のはずなのに、目の下には深い隈が刻まれ、頬は痩け、生気のない顔。まるで幽霊だ。
(こんな生活、いつまで続けるんだ…?)
疑問が頭をもたげる。だが、すぐに打ち消した。考えるだけ無駄だ。このプロジェクトが終わったら、少しは休めるだろうか。いや、また次のデスマーチが待っているだけか。
ガタン、と椅子が軋む音。隣の席の同僚が、ついに限界を迎えて突っ伏したらしい。誰も、何も言わない。それが日常だった。
俺は再びキーボードに向かう。カタカタ、カタカタ…
指を動かす。思考する。コードを書く。デバッグする。
だが、もう限界だった。
視界が急速に狭まっていく。耳鳴りがひどくなる。心臓が嫌な音を立てている。
(ああ、これは…まずい…)
霞む視界の中で、蛍光灯の明かりがやけに眩しく感じられた。まるで、迎えに来た光のようだ、なんて場違いなことを考えた。
そして、ぷつり、と。
意識は完全に途切れた。
システムエンジニア、佐伯航。享年32歳。死因は、おそらく過労死。
あまりにも、あっけない最期だった。
◆
「……ん…?」
意識が浮上する。
最初に感じたのは、身体の軽さだった。まるで羽毛にでもなったかのように軽い。あれほど酷かった肩こりも、頭痛も、倦怠感も、すべてが嘘のように消え去っていた。
(あれ…俺、生きてる…? いや、でもあの状況は…)
ゆっくりと目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、どこまでも広がる青い空と、緑の草原だった。柔らかな風が頬を撫で、草の匂いが鼻腔をくすぐる。オフィスとは全く違う、清浄な空気。
(…どこだ、ここ?)
混乱しながら、上半身を起こす。見慣れたスーツではなく、簡素だが動きやすそうな服を着ていることに気づく。自分の手を見る。心なしか、肌艶がいい。過労死寸前だった男の手とは思えない。
(まさか…とは思うが…)
いわゆる、異世界転生、というやつだろうか?
フィクションの世界の話だと思っていたが、こうして自分が当事者になると、現実味が湧かない。状況を整理しようと試みるが、情報が少なすぎる。
「現在地、不明。状況、異世界転生の可能性大。身体的異常、なし。むしろ健康体。所持品、着衣のみ。目的、不明…」
SEの癖で、現状を箇条書きにして整理しようとする。だが、肝心な情報が欠けている。
その時、目の前の空間が淡く光り始めた。
驚いて身構える俺の前で、光は徐々に形を成していく。それは、直径30センチほどの、銀色に輝く球体だった。
『…システム起動。ダンジョンマスター適性確認。適合を確認しました。』
球体から、直接頭の中に響くような、無機質な声が聞こえた。女性の声のようだが、感情は一切感じられない。
「だ、誰だ? ダンジョンマスター…?」
『私はダンジョンコア。あなた様をサポートする存在です。あなた様は、この世界において新たなダンジョンマスターとして選定されました。』
ダンジョンコア。ダンジョンマスター。
ファンタジー系のゲームや小説で聞き覚えのある単語だ。つまり、俺はこの世界でダンジョンを運営する役割を担うことになった、ということか?
「…サポート、と言ったな。具体的には何をしてくれるんだ?」
『ダンジョンの生成、維持、拡張。モンスターの召喚、配置。罠の設置。侵入者の検知、撃退補助。DP(ダンジョンポイント)の管理、及びダンジョン運営に関わる各種情報の提供を行います。』
淡々と説明するコア。なるほど、ダンジョン運営に必要な機能は一通り揃っているらしい。
「DP…ダンジョンポイントとは?」
『ダンジョンポイント、略称DPは、ダンジョン運営における基軸通貨です。ダンジョンの拡張、モンスター召喚、罠の設置など、あらゆる活動にDPを消費します。DPは、ダンジョン内に満ちる魔力を吸収する、または侵入者を撃退することで獲得できます。』
「魔力? 侵入者…?」
『はい。この世界には魔力が満ちており、ダンジョンコアはそれを吸収しDPに変換する機能を有します。また、ダンジョンに侵入する存在――モンスターや冒険者などを撃退することでも、その存在が持つ魔力をDPとして獲得できます。』
ふむ。魔力吸収による自然獲得と、侵入者撃退による獲得。後者の方が効率は良さそうだが、リスクも伴うだろう。
「現状のDPは?」
『初期DPとして、1000DPが付与されています。』
1000DP。これがどれくらいの価値なのか、今の俺には判断できない。
「コア、お前の名前は?」
『私はダンジョンコアです。特定の名称は設定されておりません。』
「そうか。じゃあ、今日からお前のことは『コア』と呼ぶ。いいな?」
少しの間、沈黙があった。
『…了解しました、マスター。これより、私を『コア』と呼称してください。』
なぜか、ほんの少しだけ、声に温かみが灯ったような気がした。気のせいかもしれないが。
「よし、コア。まずは現状確認だ。俺が使える機能、ダンジョンの初期状態、周辺環境、その他必要な情報をリストアップしてくれ。フォーマットは…まあ、分かりやすく頼む。」
ついつい、いつもの癖で指示を出してしまう。
『了解しました、マスター。情報を整理し、表示します。』
コアがふわりと浮き上がり、俺の目の前に半透明のウィンドウのようなものが現れた。まるでSF映画のインターフェースだ。
**【ダンジョンマスター:ワタル】**
* 状態:健康
* 称号:駆け出しのダンジョンマスター
* 所持DP:1000
* 保有スキル:ダンジョン構築Lv.1、モンスター召喚(スライム)Lv.1、罠設置(落とし穴)Lv.1
* ダンジョンコア:コア(初期状態)
* 支配領域:半径10メートル(初期)
* 現在地:アトランティス大陸辺境・名もなき草原
* 周辺情報:半径1キロメートル以内に知的生命体の反応なし。小型の動物、低級モンスター(ゴブリン等)の生息を確認。
**【ダンジョンコア:コア】**
* 状態:正常
* 機能:ダンジョン管理、DP生成補助、情報提供、マスターへの簡易サポート
* 特殊能力:自己進化(条件不明)
**【初期ダンジョン設備】**
* ダンジョン入口(不可視化設定可能)
* コア安置室(地下1階層中央、初期防御壁あり)
…なるほど。ワタル、というのが俺のこちらの名前らしい。スキルは最低限。モンスターもスライムだけか。罠も落とし穴のみ。支配領域も狭い。まさに初期状態だ。
「コア、このインターフェース、カスタマイズは可能か? ログ表示機能や、アラート機能、各種パラメータのグラフ表示なんかを追加したいんだが。」
『申し訳ありません、マスター。現在のコアの機能では、そこまでのカスタマイズは実装されておりません。コアの成長、または特定のアイテムやスキル獲得により、機能拡張が可能になる場合があります。』
「そうか…まあ、仕方ない。現状の機能でやるしかないな。」
少し残念だが、無い物ねだりをしても仕方ない。まずは、この与えられた環境で最善を尽くすしかない。
俺は改めて周囲を見渡した。どこまでも続く草原。遠くには森が見える。空は高く、雲がゆっくりと流れていく。平和で、のどかな風景だ。
だが、油断はできない。低級とはいえモンスターがいる。冒険者という存在もいるらしい。この身一つで、どうやって生き延び、ダンジョンを運営していくか。
(…待てよ?)
ここで、俺はある考えに至った。
(ダンジョンマスター…ダンジョン運営…これって、ある意味、システム開発やプロジェクトマネジメントと似ているんじゃないか?)
限られたリソース(DP)を使って、目標(侵入者の撃退、ダンジョンの維持発展)を達成する。そのために、最適な設計(ダンジョン構造、罠配置)を行い、リソース(モンスター)を管理し、効率的な運用(連携、育成)を目指す。問題が発生すればデバッグ(原因分析と修正)し、改善を繰り返していく。
(そうだ…これは、俺が前世で嫌というほどやってきたことじゃないか!)
ただし、今回はクライアントも、無茶な仕様変更を押し付ける上司もいない。すべて、俺自身の裁量で決められる。
(…作るなら、徹底的に効率化されたダンジョンだ。)
頭の中に、前世の過酷な労働環境がフラッシュバックする。あの非効率、不条理、精神的な消耗…。もう、あんな思いは二度としたくない。
(モンスターだって、使い潰すようなやり方はしない。適切なタスク管理、負荷分散、ローテーション…そうだ、シフト制も導入しよう。休息は重要だ。疲弊したモンスターではパフォーマンスが落ちる。それは、非効率的だ。)
俺が目指すのは、最強のダンジョン。しかし、それは単に強力なモンスターや罠を揃えるだけではない。
(無駄な戦闘は避ける。最小限のリソースで最大の効果を上げる。侵入者を効率的に排除し、安定的にDPを稼ぐ。ダンジョン内は常に整理整頓され、モンスターは適切な管理下で能力を発揮する…。)
まさに、システム化されたダンジョン。
(そして何より、俺自身が楽をする。自動化できるところは徹底的に自動化する。コアのサポート機能も拡張していきたい。俺は司令塔として、全体の最適化に注力する。)
そう、目指すは「ホワイト」なダンジョン運営だ!
前世では叶わなかった、理想の労働環境(?)を、この異世界で実現してやる。
「よし…決めた。」
俺は立ち上がり、決意を新たにした。
「コア、目標を設定する。俺たちは、この世界で最も効率的で、最も洗練されたダンジョンを構築する。そして、俺は安楽なダンジョンマスターライフを手に入れる!」
『…マスターの目標設定を確認しました。全力でサポートいたします。』
コアの声が、心なしか弾んでいるように聞こえた。気のせいかもしれないが。
「さて、何から始めるか…まずは、この草原にポツンといる現状は危険だな。最低限の安全確保と、ダンジョンの基礎を固める必要がある。」
SEの思考が回り始める。
要求定義:安全確保、ダンジョン基盤構築。
基本設計:コア安置室を防衛拠点とし、最初のダンジョンフロアを構築する。
詳細設計:まずは最低限の壁と、シンプルな罠、そして最初のモンスターを配置する。
「コア、現在地を中心に、地下1階層の構築を開始する。広さは…そうだな、まずは10メートル四方くらいでいい。壁と天井、床を生成してくれ。コストは?」
『地下1階層(10m x 10m x 3m)の基本空間生成に必要なDPは、50DPです。』
「安いな。よし、実行してくれ。」
『了解しました。ダンジョン構築を開始します。』
コアが輝きを増すと、俺たちの足元の地面が静かに陥没し始めた。土が魔法的な力で圧縮され、壁となり、床となり、天井が形成されていく。まるで3Dプリンターで出力されるように、空間がみるみるうちに形作られていく。
目の前で繰り広げられる光景は、まさにファンタジーそのものだ。しかし、俺の思考は冷静だった。
(この生成プロセス、もう少し効率化できないか? 並列処理とか…いや、今は考えるだけ無駄か。)
数分後、目の前には簡素ながらもしっかりとした石造りの部屋が出来上がっていた。広さは指示通り、10メートル四方ほど。中央には、コアが静かに浮かんでいる。
「これが、俺の最初のダンジョンか…」
がらんとした、何もない空間。ここから、俺の異世界での新たなプロジェクトが始まるのだ。
まずは、この殺風景な空間に、何を加えるべきか。考えることは、山積みだ。
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異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!
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「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」
主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。
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「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」
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そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)
かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!
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