元社畜、異世界でダンジョン経営始めます~ブラック企業式効率化による、最強ダンジョン構築計画~

夏見ナイ

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第26話:盗賊の牙、司令塔の目、そして乱戦の代償

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ジンが松葉杖を捨て、戦場へと躍り出た瞬間、ダンジョン内の空気は一変した。それは、単に新たな戦力が加わったというだけではない。彼の放つ鋭い殺気と、冒険者たちへ向けられた剥き出しの敵意が、空間そのものを変質させたかのようだった。

「ジン…! 生きていたのか!」
重戦士ゴルドが、驚愕と、そしてどこか苦々しげな表情で叫んだ。どうやら、彼らは本当に旧知の仲らしい。それも、良好とは言えない関係性の。

「ああ、生きてるぜ、ゴルド。お前らがしくじってくれたおかげでな。」
ジンは短剣を構え直し、低い姿勢でゴルドを睨みつける。その動きには、先ほどまでの怪我人とは思えないほどの俊敏さが宿っていた。

「貴様、あの時の…!」
弓使いのシルフィも、目を見開いてジンを見ている。

「お喋りはそこまでだ。まずは、一番邪魔な奴から消えてもらうぜ!」
ジンは、会話の隙を突き、再び疾風のように駆け出した! 狙いは、最後尾で聖印を構え直そうとしていた神官ドルガン!

「させるか!」
ゴルドが戦斧を振りかぶり、ジンの進路を塞ごうとする。だが、ジンはその動きを読んでいたかのように、直前で鋭角に方向転換! ゴルドの脇をすり抜け、ドルガンへと肉薄する!

「シルフィ! マルク!」
ゴルドが叫ぶ。エルフの弓が引き絞られ、魔術師の杖が輝きを放つ。だが、ジンはそれを予測していた。彼は、床に転がっていたスケルトンの残骸(骨)を蹴り上げ、それを盾代わりにして矢を防ぎつつ、同時に魔術師の詠唱を妨害するように牽制の短剣を投擲した!

「くっ…!」
シルフィの矢は骨に弾かれ、マルクは詠唱を中断せざるを得なかった。その一瞬の隙が、致命的だった。

ジンはドルガンの懐に飛び込み、鋼鉄の短剣を逆手に持ち替え、神官の喉元を目がけて突き出した!

「ぐ…がっ…!?」
ドルガンは、咄嗟に聖印で防御しようとしたが、ジンの動きはそれを上回っていた。短剣は聖印を弾き飛ばし、その勢いのままドルガンの首筋を浅く切り裂いた!

致命傷には至らない。だが、ドルガンは大量の血を吹き出し、聖印を取り落としてその場に崩れ落ちた。もはや戦闘不能だ。

「ドルガン!!」
ゴルド、シルフィ、マルクが同時に叫ぶ。パーティの要である神官が一瞬で無力化されたことに、彼らは激しく動揺していた。

「よし! よくやった、ジン!」
俺は思わずマイク越しに叫んだ。ジンの、あまりにも鮮やかな手際に舌を巻いた。あれが、Dランク級(あるいはそれ以上?)の盗賊の実力か!

(だが、油断はできない! 敵はまだ3人いる!)

「コア! スライム部隊、行動開始! ゴルドとシルフィの足元に粘液集中! マルクの詠唱を徹底的に妨害しろ!」

『了解! スラきち、スラに、粘液射出開始!』

壁際や天井の影から、二体のスライムが粘液弾を連射する! ゴルドは足元の粘液に気を取られ、シルフィは回避行動を強いられる。マルクは、飛んでくる粘液を避けながらでは、まともに魔法を詠唱できない。冒険者たちの連携が、完全に崩れた!

「ゴブキチ! ゴブジ! 今だ! 立て! あのデカブツ(ゴルド)を抑えろ!」
俺は、負傷して蹲っていたゴブリンたちに檄を飛ばす。

『グ…グオオオ! まだだ! まだやれる!』
ゴブキチが、脇腹の痛みを堪えながら立ち上がり、再び棍棒を握りしめた。
『ギ…! や、やる!』
ゴブジも、肩の矢傷を押さえながら、床に落ちていた骨のダガーを拾い上げる。

ジンの予想外の奮闘と、スライムたちの的確な援護、そして俺からの叱咤激励が、彼らの闘争本能に再び火をつけたようだ。

「行くぞ、ゴブジ!」
「オ、オウ!」

ゴブキチとゴブジが、重戦士ゴルドに二人で連携して襲いかかる! ゴブキチが正面から棍棒で打ちかかり、ゴブジがその死角からダガーで足を狙う。ゴルドは足元の粘液と二体のゴブリンの猛攻に、防戦一方となった。

「シルフィ! マルク! 援護しろ!」
ゴルドが叫ぶが、シルフィは粘液と、天井から奇襲を仕掛けてくるスラきちの攻撃に手一杯で、まともに弓を構えられない。マルクも、スラにの執拗な粘液妨害によって、詠唱がままならない。

「チッ…! 面倒な奴らだ!」
ジンは、神官ドルガンを無力化した後、少し距離を取り、戦況を冷静に観察していた。そして、最も厄介な魔術師マルクへと狙いを定める。
彼は、壁際を音もなく移動し、マルクの背後へと回り込もうとする。

(いける…! このまま押し切れる!)

俺は、ダッシュボードで戦況を監視しながら、勝利を確信しかけていた。
だが――

「舐めるなよ、小僧ども!」
マルクが叫んだ! 彼は、粘液攻撃を避けながらも、短い詠唱で何かを発動させた!

「ライト・バースト!」

マルクの杖を中心に、眩い閃光が炸裂した! それは、攻撃力こそないものの、強烈な光と衝撃波で、周囲にいた者たちの視覚と聴覚を一時的に奪う魔法だった!

『グギャアアア!?』『ヒィィィ!?』
ゴブキチもゴブジも、そして粘液攻撃をしていたスライムたちも、突然の閃光に目を焼かれ、耳を押さえてその場に蹲ってしまった!

「くっ…!」
ジンの動きも止まった。彼は咄嗟に目を庇ったが、それでも強烈な光と音の影響は免れなかったようだ。

俺は、コア安置室のモニター越しだったため直接的な影響はなかったが、この状況はまずい!

「好機だ! 体勢を立て直すぞ!」
ゴルドが叫び、粘つく足元にも構わず、ゴブキチとゴブジに追撃を加えようとする! シルフィも、ようやく弓を構え直し、ジンを狙う!

(まずい! このままでは逆転される!)

だが、俺に打てる手は、もはや限られていた。
モンスターたちは一時的に戦闘不能。ジンも動きを止められている。

その時だった。

「……グ……オ……」

広場の隅で、これまで戦闘に参加せず(できず)、ただ震えているだけだったゴブゾウが、ゆっくりと顔を上げた。彼の目は、普段の怯えた光ではなく、どこか虚ろで、焦点が合っていないように見えた。

そして、彼は、コア安置室とは逆方向――ダンジョンの、まだ俺も探索していない奥深くへと続く通路――に向かって、ゆっくりと歩き出したのだ。

「ゴブゾウ!? 何をしている! 戻ってこい!」
俺はマイクで呼びかけるが、ゴブゾウはまるで聞こえていないかのように、ふらふらと通路の闇へと消えていった。

(一体、どういうことだ…!? あいつ、まさか逃げたのか? いや、それにしては様子が…)

だが、ゴブゾウの不可解な行動を気にする余裕は、今の戦況にはなかった。
冒険者たちは体勢を立て直し、反撃に転じようとしている。

「ジン! 大丈夫か!?」
俺が呼びかけると、ジンはようやく目を開き、忌々しげに舌打ちした。
「ちっ…やられたな。あの魔法使い、なかなか厄介だぜ。」

「もはや、ここまでか…!」
ゴルドが戦斧を振り上げる。シルフィの矢も、再びジンを狙っている。

(万事休す…!)

その瞬間――

ゴオオオオオオオオオオ!!!!

ダンジョンの奥深くから、地響きのような、凄まじい雄叫びが響き渡った!
それは、ゴブリンの声ではなかった。もっと大きく、もっと野太く、そして、計り知れないほどの怒りと憎悪を孕んだような、恐ろしい咆哮だった!

その咆哮に、冒険者たちはもちろん、ジンも、回復しかけていたゴブキチやゴブジも、そしてモニター越しに見ている俺でさえも、動きを止めてしまった。

何かが来る。
とてつもなく、強大で、危険な何かが。

ゴルドが、顔面蒼白になって叫んだ。
「な、なんだ…!? この気配は…!?」

シルフィは弓を構えたまま震え、マルクは杖を握りしめて後退った。

そして、ゴブゾウが消えていった通路の奥から、二つの巨大な、赤黒い光点が、ゆっくりとこちらへ向かってくるのが見えた。

「…おいおい、冗談だろ…」
ジンが、乾いた笑いを漏らした。その顔には、もはや余裕の色はない。

俺は、ダッシュボードに表示される、未知のエネルギー反応を示す警告ランプを睨みつけながら、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。

Cランク冒険者パーティとの戦闘。それは、予想だにしなかった闖入者(ちんにゅうしゃ)の出現によって、全く新しい、そして遥かに危険な局面へと突入しようとしていた。
このダンジョンには、まだ俺の知らない秘密が、そして脅威が、眠っているというのか…?
俺たちの戦いは、まだ終わっていなかった。いや、本当の戦いは、これから始まるのかもしれなかった。
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