元社畜、異世界でダンジョン経営始めます~ブラック企業式効率化による、最強ダンジョン構築計画~

夏見ナイ

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第25話:工房の炉に火が入り、そして狼煙は上がる

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ジンがフロンティアでガルバス会長との二度目の接触を試みているであろう間、俺のダンジョンは、まるで嵐の前の静けさのように、穏やかな日常と地道な発展を続けていた。しかし、水面下では、着実に変化の波が押し寄せていた。

その変化の中心地の一つが、新設された工房だ。
ゴブジは、もはや斥候訓練よりも工房での作業に熱中しているように見えた。彼の前には、コアがDPを消費して設置したばかりの「ミスリル対応溶解炉」が鎮座している。通常の炉よりも高温を発生させることができ、内部は特殊な耐熱素材で覆われている。

「うぐぐ…! も、燃えちまう…!」
ゴブジは、耐熱性の分厚い革手袋(これもDP生成品)をはめ、火箸で真っ赤に熱された坩堝(るつぼ)を必死に抑えながら、炉の中の温度を調整していた。彼の小さな額には、汗が玉のように浮かんでいる。その傍らでは、ジンが(松葉杖をつきながらも)口うるさく指示を飛ばしていた。
「へたくそ! 温度が高すぎんだよ! ミスリルは繊細なんだ、じっくり、均一に熱を加えねえと、すぐにダメになっちまうぞ!」
「ひ、ひぃ! わ、わかってるって!」

どうやらジンは、盗賊としての経験の中で、金属の扱いについても多少の知識があるらしい。ゴブジにとっては、厳しいながらも実践的な指導者となっているようだ。

数時間に及ぶ格闘の末、ついに最初の「試作品」が完成した。歪な形をした、小さな銀色の塊。ミスリル銀のインゴット…と呼ぶにはあまりに不格好だが、確かにそれは、特有の鈍い輝きと、魔力を帯びたオーラを放っていた。

『分析結果:ミスリル銀インゴット(低品質)。純度は低いですが、精錬プロセス自体は成功しています。ゴブジのスキル「素材加工」がLv.1に上昇しました。』

「おお…! やった、やったぞ!」
ゴブジは、完成した(?)インゴットを手に、歓声を上げた。その顔は、煤と汗で汚れていたが、達成感に満ち溢れていた。
「ふん、まあ、最初にしては上出来か。だが、まだまだだな。」
ジンは、ぶっきらぼうに言いながらも、どこか満足げな表情をしていた。

この小さな成功は、大きな一歩だった。これで、採掘したミスリル原石を、ダンジョン内で付加価値の高いインゴットへと加工できるようになったのだ。ガルバス商会との交渉においても、これは強力なカードとなるだろう。

一方、訓練スペースでは、ゴブキチがスケルトン部隊との連携訓練に励んでいた。
「スケルトン隊、散開! 敵(コアが投影した仮想敵)を包囲しろ! 突出するな、連携を意識しろ!」
ゴブキチの声は、以前よりも落ち着きと威厳を増している。スケルトンたちは、彼の指示に従い、滑らかな動きで仮想敵を取り囲んでいく。

(よしよし、指揮官らしくなってきたな。)

俺はダッシュボードで訓練の様子を監視しながら、彼の成長に目を細めた。もちろん、まだ課題はある。時折、感情的になって指示が雑になったり、複雑な状況判断に迷ったりすることもある。だが、リーダーとしての責任感が、彼を確実に成長させているようだった。

リナとミリアの「授業」も、相変わらず続いていた。
「ミリアちゃん、すごいわ! もう簡単な絵本なら一人で読めるじゃない!」
「えへへ、リナ先生が教えてくれたからだよ!」
ミリアは、驚くべき速さで文字と数字を吸収していた。彼女の知的好奇心は旺盛で、リナが用意した教材だけでは飽き足らず、俺が持つ(前世の)知識についても、色々と質問してくるようになった。
「ワタルさん、あの『でんき』っていうのは、なあに? 空が光る魔法(雷のことらしい)とは違うの?」
「それはだな…」
俺は、子供にも分かるように、電気の基本的な概念(電池や発電機、電線など)を説明してやる。ミリアは、目を輝かせながら、熱心に耳を傾けていた。彼女の知性は、間違いなく常人離れしている。そして、時折見せる鑑定眼の片鱗も、ますます顕著になってきていた。例えば、俺が試作した罠の部品を見て、「これ、なんだかチクチクする感じがするね。触ると危ないかも」と、その危険性を正確に言い当てたりするのだ。

(彼女の存在は、やはり大きな可能性を秘めている…)

そんな、それぞれの成長と変化が見られる、穏やかな時間が流れていたある日の午後。
突如、ダンジョン全体に警報が鳴り響いた!

『緊急警報! 緊急警報! ダンジョン外周部、西側エリアに複数の高エネルギー反応を探知! タイプ:ヒューマン! 人数:4名! 推定ランク…Cランク相当のパーティです!』

Cランクパーティ!
FランクやDランクとは比較にならない、中堅クラスの冒険者だ! しかも4人組。これは、これまでの侵入者とは次元が違う脅威だ。

ダンジョン内に、一気に緊張が走る。訓練中だったゴブキチやゴブジ、工房にいたジン、授業中だったリナとミリア、そして後方支援のゴブゾウとスライムたち…全員が動きを止め、コア安置室の俺に注目する。

「ついに来たか…!」

俺は、即座に戦闘態勢への移行を指示した。

「全モンスター、第一戦闘配備! ゴブキチはスケルトン部隊を率いて、ボス部屋前の広場で待機! ゴブジは斥候として先行し、敵の構成と動きを詳細に報告! スラきち、スラに、粘液・潤滑液サポート準備! ゴブゾウは後方支援、負傷者が出たら回復泉へ運べ!」
「リナ、ミリアを連れてコア安置室の最奥へ避難! 絶対に出てくるな! ジン、お前も下がっていろ! 怪我人に無理はさせられん!」

各々が、慌ただしく動き出す。リナは不安げなミリアの手を引き、奥の部屋へと姿を消した。ジンは、悔しそうな顔をしながらも、指示に従って壁際へ移動した。

「コア! 敵の侵入経路は!?」

『西側通路から進入! 速度は速く、迷いなくダンジョン深部へと向かっています! 罠ゾーン(第一階層のもの)は…通過しました!』

「なんだと!? 罠ゾーンを突破したのか!?」

『はい、リーダーと思われる重戦士が、罠の存在に気づく前に、強引に突進。潤滑床で僅かに体勢を崩しましたが、そのままスパイクピットの偽装を破壊し、落とし穴を飛び越えました! トリップワイヤーも力ずくで引きちぎった模様です!』

なんと…! Cランクの重戦士ともなれば、小細工なしのゴリ押しで、第一階層の罠ゾーンを突破できてしまうのか!

「くそっ…! 第一階層の罠は、もはや通用しないと考えた方がいいな!」

『敵パーティ、ボス部屋前の広場に到達! ゴブキチ隊と接触します!』

ダッシュボードのモニターに、戦闘が開始される瞬間が映し出された。
広々とした空間の中央で、ゴブキチ率いるスケルトン部隊8体が防御方陣を組んで待ち構えている。そこへ、4人の冒険者が突入してきた。

先頭は、巨大な戦斧(バトルアックス)を構えた、筋骨隆々の大男(重戦士)。
その後ろに、軽快な動きで弓を構えるエルフの女性(弓使い)。
さらにその後方には、ローブ姿で杖を持つ、魔力反応の高い人間(魔術師)。
そして、最後尾には、法衣を纏い、メイスと聖印を携えたドワーフの老人(神官)!

(重戦士、弓使い、魔術師、神官…! バランスの取れた、典型的な中堅パーティだ! しかも、神官がいる!)

これは、最悪の組み合わせだ。神官の存在は、スケルトン部隊にとって致命的となる。

「ゴブキチ! 神官を狙え! スケルトンを盾にしてでも、まずあのドワーフを潰せ!」
俺はマイクで指示を飛ばす。

『グオオオ! 分かってる! スケルトン、突撃! あのチビ(神官)を狙え!』
ゴブキチは、的確にターゲットを指示した。スケルトンたちが、神官めがけて突進していく。

だが、冒険者たちの連携は素早かった。
「来るぞ! 前衛、抑えろ!」
重戦士が雄叫びを上げ、戦斧を振り回してスケルトンたちの突撃を受け止める。骨が砕ける鈍い音が響くが、スケルトンは怯まない。

「援護する! マルチプルアロー!」
エルフの弓使いが、一度に数本の矢を放つ! 矢は正確にスケルトンたちの急所(頭蓋骨や脊椎)を捉え、数体が動きを鈍らせる。

「サンダーボルト!」
魔術師が詠唱し、雷撃がスケルトンの一体に直撃! バチバチと音を立てて、骨が黒焦げになり、崩れ落ちた!

そして、ドワーフの神官が、聖印を掲げて祈りを唱え始めた!
「おお、聖なる光よ! 不浄なる者どもを打ち払いたまえ! ターン・アンデッド!」

眩い光が放たれ、スケルトン部隊全体を包み込んだ!
次の瞬間、光に触れたスケルトンたちが、まるで塩をかけられたナメクジのように、次々と白煙を上げて崩壊していく!

「なっ…!?」
俺も、ゴブキチも、愕然とした。わずか一撃で、スケルトン部隊の半数以上が消滅したのだ!

『グ、グオオオ…! 骸骨どもが…!』
ゴブキチが動揺している。残ったスケルトンも、明らかに動きが鈍っている。

(これが、神官の力か…! スケルトンは、やはりアンデッド対策持ちには相性が悪すぎる!)

「ゴブキチ! スケルトンは捨てろ! いったん後退! ゴブジ、援護!」
俺は、被害が拡大する前に、撤退を指示した。

だが、時すでに遅し。
重戦士が、残ったスケルトンを戦斧で薙ぎ払い、ゴブキチに迫る!
「リーダー格はこのゴブリンか! 終わりだ!」

ゴブキチは必死に棍棒で応戦するが、Cランク重戦士のパワーと技量の前には、赤子同然だった。棍棒は弾き飛ばされ、ゴブキチは戦斧の柄で腹部を強打され、壁まで吹き飛ばされた!

『グハッ…!』
ゴブキチが、苦痛に呻きながら蹲る。

その時、天井近くの壁の影から、ゴブジが飛び出した! 手には、骨のダガーが握られている。狙いは、重戦士の無防備な背中!

「させん!」
だが、エルフの弓使いがそれを見逃さなかった。放たれた矢が、ゴブジの肩を正確に射抜く!
『ギッ!?』
ゴブジは悲鳴を上げ、ダガーを取り落とし、床に転がった。

万事休すか…!
モンスターたちは次々と倒され、残るは負傷したゴブキチとゴブジ、そして戦闘能力のないゴブゾウとスライムだけ。

冒険者たちは、勝利を確信したように、ゆっくりとこちら(コア安置室の方向)へ歩を進めてくる。

「よし、雑魚は片付けたな。コアはどこだ?」
重戦士が、油断した声で言った。

(くそっ…! ここまでか…!)

俺が、最後の手段(コアの自爆機能、あるいは俺自身の転移脱出)を考え始めた、その時だった。

「待ちな!」

声が響いたのは、俺のすぐそばからだった。
松葉杖をついたジンが、いつの間にか俺の隣に立っていたのだ。その手には、新しい鋼鉄製の短剣が握られている。

「ジン!? お前、下がっていろと…!」

「へっ、見てられねえんでな。それに、こいつらは俺の獲物かもしれねえ。」
ジンは、不敵な笑みを浮かべ、松葉杖を捨てた。まだ足は完全ではないはずだが、その立ち姿には、先ほどの盗賊とは違う、鋭い殺気が漂っていた。

「お前…まさか…!」

ジンは、俺の言葉を無視し、冒険者たちに向かって言い放った。

「よう、久しぶりだな、『鉄の拳』の連中。リーダーのゴルド、弓使いのシルフィ、魔術師のマルク、神官のドルガン…全員、顔は覚えているぜ。」

冒険者たちが、驚いたようにジンを見た。
「な、何者だ、貴様!?」
重戦士のゴルドが、警戒して斧を構え直す。

「俺か? 俺はジン…しがない盗賊さ。だが、お前らには、少しばかり『借り』があってな。」
ジンの目が、氷のように冷たい光を放った。

「今日ここで、その借りを返させてもらうぜ!」

そう言うと、ジンは信じられないほどの速度で駆け出した! まるで、怪我などしていなかったかのように!

予期せぬ展開。ジンの乱入。そして、彼の口から語られた、冒険者たちとの因縁。
事態は、俺の想定を遥かに超えて、混沌とした局面へと突入しようとしていた。
俺は、ただ呆然と、その光景を見守るしかなかった。
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