元社畜、異世界でダンジョン経営始めます~ブラック企業式効率化による、最強ダンジョン構築計画~

夏見ナイ

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第26話:商談のテーブルと、少女の秘めたる目

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ジンがフロンティアへ発ってから、約十日が過ぎた。ダンジョン内は、あの激戦が嘘のような落ち着きを取り戻し、各々のルーティンが淡々とこなされる日々が続いていた。それは、俺が目指す「システム化されたダンジョン」が、少しずつ形になりつつある証拠でもあった。

工房では、ゴブジがすっかり「職人」としての顔つきになっていた。ミスリル対応溶解炉の火加減もマスターし、ジンから盗んだ(?)金属加工の知識と、彼自身の器用さによって、日に日に品質の高いミスリルインゴットを生産できるようになっていた。保管庫には、鈍い銀色の輝きを放つインゴットが、着実に積み上げられていく。

「よし、今日のノルマ達成だな。」
ゴブジは、額の汗を拭い、満足げに完成したインゴットを眺めた。彼のスキル「金属精錬」はLv.2に上がり、生産効率も向上していた。彼はまた、スケルトンの骨や牙を使った武器・防具の改良にも取り組み始め、ゴブリンたちの装備は、以前とは比較にならないほど強化されつつあった。

訓練スペースでは、ゴブキチが「対魔法戦闘訓練」に悪戦苦闘していた。コアが投影する仮想のファイア・アローやサンダーボルトを、スケルトン兵を盾にしたり、回避行動を取ったりして凌ぐ訓練だ。
「ぐわっ! また食らった! クソッ、あの光る棒、避けにくいんだよ!」
「リーダー! 感情的になるな! 冷静に敵の詠唱モーションを読め!」
俺のマイクからの叱咤が飛ぶ。まだまだ課題は多いが、それでも彼は必死に食らいつき、リーダーとして部隊を守る術を学ぼうとしていた。

一方、ミリアとリナの関係は、ますます良好になっていた。ミリアは、リナに対して完全に心を開き、姉のように慕っている。文字や数字の習得も驚くほど早く、簡単な計算ならこなせるようになっていた。そして、彼女の『鑑定眼』の片鱗は、日常の些細な場面で、より頻繁に見られるようになっていた。

「リナお姉ちゃん、このお茶、なんだか飲むとホッとする匂いがするね。」
「あら、本当? これはカモミールっていう、リラックス効果のあるハーブなのよ。よく分かったわね。」
「ワタルさんが持ってた、あの黒くて硬い石(鉄鉱石)、なんだかゴブジ兄ちゃんがカンカンしてる石(ミスリル原石)よりも、力が弱い感じがする。」
彼女の発言は、もはや偶然や感覚だけでは説明できないレベルに達していた。対象の本質的な性質や価値を、無意識のうちに見抜いているのだ。

(この才能…やはり、ガルバス会長に伝えるべきか…? いや、まだだ。交渉が有利に進む切り札として、今は隠しておくべきだ。)

俺は、ミリアの才能に気づいている素振りは見せず、あくまで保護者として、穏やかに接し続けた。

DPも順調に回復し、現在は920DPまで蓄積されていた。ミスリルインゴットの生産が軌道に乗ったことで、精神的な余裕も生まれていた。地下二階層の設計図も、コアとの議論を重ね、かなり具体的な形になってきている。水場と暗闇、そして罠コンボを組み合わせた、陰湿かつ効率的なフロア。完成が待ち遠しい。

そんな、ある意味で充実した待機フェーズを送っていた、ある日の午後。
ついに、ジンから待ち望んでいた連絡が入った。

『マスター! ジンから緊急連絡です! ガルバス会長との二度目の接触に成功! 会長からの返答を得ました!』

コアの報告に、俺は身を引き締めた。工房にいたジン(本体)、授業中だったリナも、緊張した面持ちでコア安置室に集まってきた。

「内容は!?」

『解読します…「マスターへ。やったぜ。会長、娘の髪飾りを見て、少し冷静になったようだ。こちらの提示した条件(素性、目的、取引内容)を伝え、ミスリルのサンプルも見せた。奴さん、さすがは大商人だ、目の色が変わったぜ。返答はこうだ…『取引には応じる用意がある。ただし、娘の安全が確認できるまで、全面的な信用はできない。まずは、娘の声を聞かせろ。それが確認できれば、具体的な交易条件について話し合おう。場所は、フロンティア郊外にある、我々の管理する古い倉庫でどうだろうか。日時は三日後。お前たちの代表者一人と、護衛若干名で来い。こちらも最小限の人数で臨む』…だとさ。どうする、マスター?」』

「…声を聞かせろ、か。そして、限定的な場所での面会…」

俺は腕を組んで考え込んだ。会長側も、慎重に事を進めようとしている。こちらの素性を探りつつ、娘の安否を確認し、そして取引のメリットを吟味するつもりだろう。

「娘の声…録音できる魔道具はあるのか、コア?」

『はい。簡易的な録音・再生機能を持つ魔道具なら、30DPで生成可能です。』

「よし。ミリアに、父親へのメッセージを録音してもらおう。内容は…『パパ、元気だよ。ワタルさんたちが助けてくれたの。早く会いたいな』…みたいな、当たり障りのないものでいい。安心させることが目的だ。」

「問題は、面会だな…」
俺は続ける。「俺が行くわけにはいかない。ジン、お前に行ってもらうしかない。」

「俺がか? また?」
ジンは、少し面倒くさそうな顔をした。

「そうだ。お前が交渉役だ。護衛は…ゴブジをつけよう。彼の隠密能力があれば、万が一の時にも役立つだろう。」

「ゴブリンを護衛に、ねぇ…まあ、あのチビなら、足手まといにはならんだろうが。」
ジンは、ゴブジの実力を認め始めているようだ。

「リナ、君にも同行してもらいたい。」
俺は、意外な人選を口にした。

「えっ!? 私がですか!?」
リナは驚きの声を上げた。

「そうだ。君には、ミリアの声が入った魔道具を会長に渡し、ミリアの状況を(当たり障りなく)説明してもらう。女性であり、魔術師である君が行くことで、相手に多少なりとも安心感を与えられるかもしれない。それに、万が一、戦闘になった場合、君の魔法が役に立つ可能性もある。」

「で、でも、私、交渉なんて…」

「交渉はジンがやる。君は、あくまで『ミリアの世話役』として、誠実に対応すればいい。大丈夫だ、コアが遠隔でサポートする。」

リナは、まだ不安そうだったが、俺の説得に、最終的には頷いた。

「よし、メンバーは決まったな。ジン、リナ、ゴブジ。三日後、指定された倉庫へ向かってもらう。目的は、ミリアの安否を伝え、会長の信用を得ること。そして、交易条件の詳細を詰めることだ。ミスリルインゴット(中品質)を数本、サンプルとして持っていけ。魔力水晶のことも、少しだけ匂わせてもいいかもしれん。」

俺は、交渉の具体的な指示と、想定される質疑応答、そして緊急時の対応プランを、三人に叩き込んだ。

「いいか、今回の交渉は、我々の未来を左右する重要な局面だ。決して油断するな。だが、必要以上に卑屈になる必要もない。我々は、対等な取引相手として臨むんだ。」

「へいへい、分かってるって。」(ジン)
「は、はい…! 頑張ります!」(リナ)
「ギッ…!」(ゴブジ)

三者三様の返事。大丈夫だろうか、と一抹の不安は残るが、彼らを信じるしかない。

そして、俺はミリアの元へ向かった。彼女に、父親と連絡が取れたことを、そして彼女の声を父親に届けることを、慎重に伝える必要があった。

「ミリア、君のパパと連絡が取れたよ。」

俺の言葉に、ミリアの顔がパッと輝いた。
「本当!? パパ、元気だった!?」

「ああ、君のことをとても心配していた。それでね、君の声をパパに聞かせてあげたいんだ。この魔道具に、パパへのメッセージを録音してくれるかい?」

俺は、コアが生成した小さな水晶玉のような魔道具をミリアに見せた。

「うん! やる!」
ミリアは、満面の笑みで頷いた。そして、少し考えた後、魔道具に向かって、はっきりとした声で話し始めた。
「パパ、ミリアだよ! 元気にしてるよ! ここにいるワタルさんたちが助けてくれたの。お部屋も綺麗だし、リナお姉ちゃんも優しいよ。でも、早くパパに会いたいな…!」

その声は、子供らしい純粋さと、父親を慕う健気な気持ちに満ちていた。これを聞けば、ガルバス会長も、娘が無事であることを確信するだろう。

「…ありがとう、ミリア。きっと、パパも喜ぶよ。」
俺は、ミリアの頭をそっと撫でた。彼女の瞳が、心なしか潤んでいるように見えた。

録音された魔道具を受け取り、俺は交渉チームの出発準備を最終確認した。
ミスリルインゴット数本、魔力水晶の欠片、連絡用魔道具、緊急用転移アイテム、そしてミリアの声が吹き込まれた録音魔道具。

三日後、早朝。
ジン、リナ、そして隠密装備(ゴブジが自作した迷彩マント!)に身を包んだゴブジの三名は、俺とコア、そして見送りに来たミリア(とゴブキチ、ゴブゾウ、スライムたち)に見送られ、フロンティア郊外の倉庫へと向かった。

『交渉チーム、出発しました。コアによる常時監視・サポート体制に入ります。』

コアの報告を聞きながら、俺は彼らの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

果たして、交渉はうまくいくのか。
ガルバス商会との間に、安定した交易ルートを確立できるのか。
そして、その結果は、俺のホワイトダンジョン計画に、どのような影響を与えるのだろうか。

期待と不安が入り混じる中、俺は再びダンジョン運営という名の「盤面」に向き直った。打つべき手は、まだ山ほどあるのだから。狼煙は上がった。あとは、その火がどう燃え広がるか、見届けるだけだ。
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