異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第58話:物流革命と帝国の影

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プロメテウスの試運転成功の熱狂も冷めやらぬまま、アシュフォード領は歴史上最大規模の公共事業に着手した。
黒鉄鉱山から領都アシュフォードまで、全長約五十キロメートルに及ぶ本格的な鉄道路線の敷設工事だ。
エリアーナが立てた計画は、壮大かつ緻密だった。
鉱山で得た莫大な利益をほぼ全てこのプロジェクトに注ぎ込む。アシュフォード鋼で大量生産されたレールと枕木。労働力として、領民だけでなく元グライフ領の民や、仕事を求めて流れ着いてきた者たちを高い賃金で積極的に雇用した。
彼らにとって、これは単なる日雇い仕事ではなかった。自分たちの手で未来の道を作っているのだという、確かな誇りがそこにはあった。
俺は技術総監督として、現場を飛び回った。
「ここのカーブはもっと緩やかにしろ! 速度が落ちる原因になる!」
「川を渡るための鉄橋だ! アシュフォード鋼の強度を信じろ! これくらいの長さなら橋脚なしで一本で渡せる!」
測量、設計、そして現場での施工管理。前世のプラントエンジニアとしての経験が、ここで最大限に活かされた。
工事は驚異的なスピードで進んでいった。
豊かな資金力、高品質な資材、そして何より労働者たちの高い士気。その全てが噛み合った結果だった。

そして、プロジェクト開始からわずか四ヶ月後。
ついに、黒鉄鉱山とアシュフォード領都を結ぶ一本の鉄の道が完成した。
開通式の日には国王の名代として、あのクラウス・フォン・ゲルラッハも王都から視察に訪れていた。
彼は領都の駅に停車している、改良を重ねてより力強くなった蒸気機関車『プロメテウス二号機』と、その後ろに連結された十数両もの貨車を、その氷のような瞳で値踏みするように眺めていた。
「……これが、鉄の道を走る馬か。噂には聞いていたが、実物は想像以上だな」
やがて、出発の汽笛が高らかに鳴り響く。
俺とエリアーナ、そしてクラウスを乗せた特別客車はゆっくりと加速を始めた。
ガタン、ゴトンという心地よい振動。車窓を流れていく見慣れた領地の風景。
だが、その速度は馬車の比ではなかった。
あっという間に最高速度に達した機関車は、風を切るように鉄の道の上を滑るように疾走していく。
クラウスは窓の外の景色に驚きながらも、冷静にその効果を分析していた。
「……黒鉄鉱山からここまで、馬車なら丸二日はかかる。それが、これなら……」
「半日もかかりませんよ」と俺は言った。「しかも、一度に運べる荷物の量は馬車百台分以上に相当します」
その言葉に、クラウスは息をのんだ。
物流コストと時間が文字通り百分の一以下になる。
それがどれほどの経済的、そして軍事的なインパクトを持つか。彼に分からないはずがなかった。
「……恐るべきことだ」
彼は呟いた。「これはもはや単なる輸送手段ではない。国家の形そのものを変えてしまう、革命だ」
彼が初めて見せた、純粋な驚嘆の表情だった。

鉄道の開通は、アシュフォード領の富をさらに爆発的に増大させた。
鉱山から安価かつ大量に運び込まれる鉄鉱石。それを使って生み出される高品質なアシュフォード鋼の製品。それらが今度は鉄道に乗って、近隣の都市へとこれまでとは比較にならない規模で出荷されていく。
アシュフォード領はもはや単なる豊かな領地ではない。それはこの地域全体の産業と物流の中心地へと、急速に変貌を遂げていた。
富はさらなる富を呼ぶ。
アシュフォードの奇跡は、誰の目にも明らかな形でその輝きを増していった。

だが、その輝きは遠く離れた北の大国から、冷徹な視線で監視されていた。
ガルニア帝国、帝都。
皇帝の執務室で一人の男が膝をついて報告を行っていた。その男の体は影に溶け込むような黒い装束に包まれている。帝国の諜報機関『影』の一員だった。
「……以上が、かの王国の辺境、アシュフォード領に関する最新の報告にございます、陛下」
玉座に座る壮年の皇帝は、静かにその報告を聞いていた。
「鉄の道を走る、馬のいらない馬車か。面白いことを考えるものよ」
皇帝の声は凪いだ湖面のように静かだったが、その底には底知れない冷たさが渦巻いていた。
「その若き男爵、リオ・アシュフォードとか言ったな。奴が生み出す技術は、我が帝国の覇道を脅かす危険な火種となるやもしれん」
宰相らしき老人が進み出た。
「陛下、ご懸念には及びますまい。いかに奇妙な技術を持とうと、所詮は辺境の小貴族。我が帝国の誇る竜騎士団が一蹂すれば、赤子の手をひねるようなものにございましょう」
「油断はするな」と皇帝は静かに言った。「かつて、一匹の蟻が巨大な堤を崩したという話もある。火種は小さいうちに摘み取っておくに限る」
皇帝は影の男に命じた。
「『影』よ。引き続き、リオ・アシュフォードの動向を監視せよ。そして、奴の技術に関する情報を可能な限り詳細に集めるのだ。場合によっては……」
皇帝の目が、 predatory な光を放った。
「……その技術ごと、奴をこちらへ『招く』準備もしておけ」
「はっ!」
影の男は音もなくその場から姿を消した。

俺はまだ知らない。
俺たちの生み出した輝かしい成功が、大陸最強の軍事国家の暗い独占欲と警戒心に火をつけてしまったことを。
物流革命がもたらした光の裏で、帝国の影が静かに、しかし確実に俺たちの足元へと忍び寄ってきていた。
俺はただ、次なる技術革新に向けて開発室の灯りを夜遅くまで灯し続けているだけだった。
遠隔地と即座に情報をやり取りするための、全く新しい通信手段。
その可能性を、俺は探り始めていた。
点と線が紡ぎ出す言葉の魔法。
その研究がやがて来る帝国の脅威に対抗するための最強の武器となることを、この時の俺はまだ知る由もなかった。
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