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第60話:点と線が紡ぐ言葉
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電磁誘導の発見は、俺の研究にブレークスルーをもたらした。
これまで闇雲に進めてきた電気の研究に、明確な指針が立ったのだ。
俺はアカデミーの協力を得て、強力な磁石(天然の磁鉄鉱をアシュフォード鋼で補強したもの)と大量の銅線を手に入れた。そして、水車を動力源として巨大な磁石を銅線のコイルの中で高速回転させるという、原始的な「発電機」の試作に取り掛かった。
試行錯誤の末、俺はついに安定した電流を継続的に生み出すことに成功した。
その電気を使って細い鉄線を赤熱させたり、水の電気分解を行ったりする実験は、アカデミーの学者たちを熱狂させた。魔導科学に続き、『電気学』という新たな学問が俺を中心に産声を上げようとしていた。
だが、俺の本当の目的は、その先にある。
遠隔通信技術――電信機の開発だ。
原理は単純だ。
送信側でスイッチのON/OFFを操作する。その電気信号が、長い導線を通って受信側に伝わる。
受信側では電磁石の原理を利用する。電流が流れている間だけ、電磁石が鉄片を引きつけ、カタン、という音を立てる。
この音の、短い点(トン)と長い線(ツー)の組み合わせで文字を表現する。
モールス信号だ。
俺は、この世界のアルファベットに独自のモールス符号を割り当てた一覧表を作成した。
開発は王都の屋敷とアシュフォード領の二箇所で、同時に進められた。
王都では俺が送信機と受信機の開発を担当する。
そしてアシュフォード領では、エリアーナの指揮の下、王都までの約二百キロメートルに及ぶ壮大な電信線の敷設工事が開始されたのだ。
それは鉄道の敷設に匹敵する、巨大なプロジェクトだった。
銅の安定供給ルートを確保し、何百キロにも及ぶ銅線へと加工する。それを、街道沿いに建てられた何万本もの木製の電柱に、碍子(がいし)を使って絶縁しながら張っていく。
『アシュフォードの若き賢者、今度は空に奇妙な蜘蛛の巣を張り巡らせている』
領民たちは、またしても始まった俺の奇行を、もはや驚きもせず生暖かい目で見守っていた。
開発の過程で、俺はシルフィのマナが電気と極めて近い性質を持つことをさらに深く理解していった。
「シルフィ、この銅線にほんの少しだけマナを流してみてくれるか?」
俺が頼むと、彼女は不思議そうにしながらも銅線に手をかざした。
すると、銅線の先に繋がれた検流計の針が大きく振れた。
「……やっぱりだ。マナは電気と同じように、導体を流れる性質があるんだ」
さらに驚くべきことに、マナを流した方がボルタ電池で電気を流すよりも遥かに効率が良いことが分かった。
これは、魔導科学と電気学が根源的には同じ法則に基づいている可能性を示唆していた。
この発見は、いずれマナを直接電気エネルギーに変換する、画期的な「魔力発電」へと繋がっていくことになるだろう。だが、今は目の前の電信機を完成させることが先決だった。
そして、電磁誘導の発見から三ヶ月後。
ついに、王都とアシュフォード領を結ぶ一本の銅線が繋がった。
王都の屋敷の開発室には、俺とエリアーナ、そしてアカデミーの学者たちが固唾をのんで、俺が組み立てた受信機を見守っていた。
それは、電磁石とバネ仕掛けの小さな鉄のハンマーが、真鍮の板を叩く仕組みになった簡素な装置だった。
アシュフォード領側の送信室には、バルガスと俺が操作を教え込んだ若い技術者が待機しているはずだ。
約束の時間が来た。
俺は祈るような気持ちで、受信機に耳を澄ませる。
しんと静まり返った部屋に、時計の秒針の音だけが響く。
本当に信号は届くのか。二百キロという長大な距離を、俺たちの生み出した微弱な電気が旅してくることができるのか。
一分、二分が過ぎる。
何も起きない。
学者たちの中から、失望のため息が漏れ始めた。
「……やはり、無理だったか」
「これほどの距離では、電気が途中で消えてしまうのだろう」
俺の額にも嫌な汗が滲み始めた。どこかで計算違いがあったのか。それとも、どこかで断線しているのか。
その、時だった。
カタン。
静寂を破り、受信機から小さく、しかし確かな音が響いた。
部屋にいた全員が、はっと息を飲む。
カカカタン。
カタン、カタン。
カタ、カタン、カタ。
点と線が織りなすリズミカルな信号音が、二百キロの距離を越えて確かに届いている。
俺は震える手で、その信号を羊皮紙に書き取っていく。
『ハ・ジ・メ・マ・シ・テ』
書き終えた文字を、俺は震える声で読み上げた。
「『はじめまして』……と、届いている」
その瞬間、開発室は爆発的な歓声に包まれた。
「「「うおおおおおおおっ!!」」」
学者たちは狂喜乱舞し、抱き合ってこの歴史的な瞬間を喜び合った。
エリアーナは、その光景を信じられないものを見る目で、ただ呆然と見つめていた。
二百キロ離れた場所からのメッセージが、瞬時に届く。
馬なら何日もかかる距離を、言葉が一瞬で飛び越えたのだ。
彼女は商人として、そして経営者として、この技術が持つ計り知れない価値を誰よりも正確に理解していた。
情報の独占。それは、富と権力を支配することと同義だ。
俺はすぐに送信機のスイッチを手に取った。
そして、アシュフォード領への返信を送る。
『コチラ、オウト。シンゴウ、カクニン』
俺は送信を終えると、深い安堵のため息をついた。
やった。
ついに、やったんだ。
この一本の銅線は、もはや単なる金属の線ではない。
それは、この国の、いや、この世界の未来を繋ぐ情報の神経だ。
これさえあれば、帝国の脅威にも国内の政争にも、俺たちは圧倒的な情報的優位を持って立ち向かうことができる。
俺たちの革命は、また一つ決定的な武器を手に入れたのだ。
その頃、アシュフォード領の送信室では、バルガスと若い技術者が王都からの返信を受け取り、歓声を上げていた。
そして、その報せはすぐに領内の全ての民に伝えられた。
『リオ様が、遠く離れた王都と一瞬で話ができる魔法の糸を作りなされた!』
領民たちはもはや驚きもせず、ただ自分たちの若き主君の偉大さに、改めて畏敬の念を抱くだけだった。
だが、誰も知らない。
王都の屋敷の屋根裏部屋で。
アシュフォード領を見下ろす高い木の枝の上で。
帝国の諜報機関『影』の者たちが、その「魔法の糸」の存在を冷徹な目で見つめ、本国へと報告を送っていたことを。
俺たちの生み出した光は、その輝きを増せば増すほど、より濃く、より深い影をすぐ足元に落とし始めていたのだ。
これまで闇雲に進めてきた電気の研究に、明確な指針が立ったのだ。
俺はアカデミーの協力を得て、強力な磁石(天然の磁鉄鉱をアシュフォード鋼で補強したもの)と大量の銅線を手に入れた。そして、水車を動力源として巨大な磁石を銅線のコイルの中で高速回転させるという、原始的な「発電機」の試作に取り掛かった。
試行錯誤の末、俺はついに安定した電流を継続的に生み出すことに成功した。
その電気を使って細い鉄線を赤熱させたり、水の電気分解を行ったりする実験は、アカデミーの学者たちを熱狂させた。魔導科学に続き、『電気学』という新たな学問が俺を中心に産声を上げようとしていた。
だが、俺の本当の目的は、その先にある。
遠隔通信技術――電信機の開発だ。
原理は単純だ。
送信側でスイッチのON/OFFを操作する。その電気信号が、長い導線を通って受信側に伝わる。
受信側では電磁石の原理を利用する。電流が流れている間だけ、電磁石が鉄片を引きつけ、カタン、という音を立てる。
この音の、短い点(トン)と長い線(ツー)の組み合わせで文字を表現する。
モールス信号だ。
俺は、この世界のアルファベットに独自のモールス符号を割り当てた一覧表を作成した。
開発は王都の屋敷とアシュフォード領の二箇所で、同時に進められた。
王都では俺が送信機と受信機の開発を担当する。
そしてアシュフォード領では、エリアーナの指揮の下、王都までの約二百キロメートルに及ぶ壮大な電信線の敷設工事が開始されたのだ。
それは鉄道の敷設に匹敵する、巨大なプロジェクトだった。
銅の安定供給ルートを確保し、何百キロにも及ぶ銅線へと加工する。それを、街道沿いに建てられた何万本もの木製の電柱に、碍子(がいし)を使って絶縁しながら張っていく。
『アシュフォードの若き賢者、今度は空に奇妙な蜘蛛の巣を張り巡らせている』
領民たちは、またしても始まった俺の奇行を、もはや驚きもせず生暖かい目で見守っていた。
開発の過程で、俺はシルフィのマナが電気と極めて近い性質を持つことをさらに深く理解していった。
「シルフィ、この銅線にほんの少しだけマナを流してみてくれるか?」
俺が頼むと、彼女は不思議そうにしながらも銅線に手をかざした。
すると、銅線の先に繋がれた検流計の針が大きく振れた。
「……やっぱりだ。マナは電気と同じように、導体を流れる性質があるんだ」
さらに驚くべきことに、マナを流した方がボルタ電池で電気を流すよりも遥かに効率が良いことが分かった。
これは、魔導科学と電気学が根源的には同じ法則に基づいている可能性を示唆していた。
この発見は、いずれマナを直接電気エネルギーに変換する、画期的な「魔力発電」へと繋がっていくことになるだろう。だが、今は目の前の電信機を完成させることが先決だった。
そして、電磁誘導の発見から三ヶ月後。
ついに、王都とアシュフォード領を結ぶ一本の銅線が繋がった。
王都の屋敷の開発室には、俺とエリアーナ、そしてアカデミーの学者たちが固唾をのんで、俺が組み立てた受信機を見守っていた。
それは、電磁石とバネ仕掛けの小さな鉄のハンマーが、真鍮の板を叩く仕組みになった簡素な装置だった。
アシュフォード領側の送信室には、バルガスと俺が操作を教え込んだ若い技術者が待機しているはずだ。
約束の時間が来た。
俺は祈るような気持ちで、受信機に耳を澄ませる。
しんと静まり返った部屋に、時計の秒針の音だけが響く。
本当に信号は届くのか。二百キロという長大な距離を、俺たちの生み出した微弱な電気が旅してくることができるのか。
一分、二分が過ぎる。
何も起きない。
学者たちの中から、失望のため息が漏れ始めた。
「……やはり、無理だったか」
「これほどの距離では、電気が途中で消えてしまうのだろう」
俺の額にも嫌な汗が滲み始めた。どこかで計算違いがあったのか。それとも、どこかで断線しているのか。
その、時だった。
カタン。
静寂を破り、受信機から小さく、しかし確かな音が響いた。
部屋にいた全員が、はっと息を飲む。
カカカタン。
カタン、カタン。
カタ、カタン、カタ。
点と線が織りなすリズミカルな信号音が、二百キロの距離を越えて確かに届いている。
俺は震える手で、その信号を羊皮紙に書き取っていく。
『ハ・ジ・メ・マ・シ・テ』
書き終えた文字を、俺は震える声で読み上げた。
「『はじめまして』……と、届いている」
その瞬間、開発室は爆発的な歓声に包まれた。
「「「うおおおおおおおっ!!」」」
学者たちは狂喜乱舞し、抱き合ってこの歴史的な瞬間を喜び合った。
エリアーナは、その光景を信じられないものを見る目で、ただ呆然と見つめていた。
二百キロ離れた場所からのメッセージが、瞬時に届く。
馬なら何日もかかる距離を、言葉が一瞬で飛び越えたのだ。
彼女は商人として、そして経営者として、この技術が持つ計り知れない価値を誰よりも正確に理解していた。
情報の独占。それは、富と権力を支配することと同義だ。
俺はすぐに送信機のスイッチを手に取った。
そして、アシュフォード領への返信を送る。
『コチラ、オウト。シンゴウ、カクニン』
俺は送信を終えると、深い安堵のため息をついた。
やった。
ついに、やったんだ。
この一本の銅線は、もはや単なる金属の線ではない。
それは、この国の、いや、この世界の未来を繋ぐ情報の神経だ。
これさえあれば、帝国の脅威にも国内の政争にも、俺たちは圧倒的な情報的優位を持って立ち向かうことができる。
俺たちの革命は、また一つ決定的な武器を手に入れたのだ。
その頃、アシュフォード領の送信室では、バルガスと若い技術者が王都からの返信を受け取り、歓声を上げていた。
そして、その報せはすぐに領内の全ての民に伝えられた。
『リオ様が、遠く離れた王都と一瞬で話ができる魔法の糸を作りなされた!』
領民たちはもはや驚きもせず、ただ自分たちの若き主君の偉大さに、改めて畏敬の念を抱くだけだった。
だが、誰も知らない。
王都の屋敷の屋根裏部屋で。
アシュフォード領を見下ろす高い木の枝の上で。
帝国の諜報機関『影』の者たちが、その「魔法の糸」の存在を冷徹な目で見つめ、本国へと報告を送っていたことを。
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