異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

文字の大きさ
67 / 118

第68話:最後の電文

しおりを挟む
王都が反乱軍に包囲されてから四日目の深夜。
絶望が支配する街の片隅で、俺たちの最後の希望が静かに紡がれていた。
アシュフォードの屋敷の最上階、普段は物置として使われている窓のない小さな部屋。そこに俺とエリアーナ、そしてシルフィの三人は息を殺して集まっていた。
部屋の中央には一台の電信機が置かれている。だがその電信機は、他のどの電信機とも違っていた。
その銅線は屋敷の壁を伝い地下へと潜り、そして王都の広大な下水道網の中を人知れず這うようにして伸びている。そして包囲網のはるか西、敵の警戒網の外にある森の中の秘密の中継点へと繋がっていた。
それはこの包囲網を突破するために、俺たちが事前に敷設しておいた秘密の通信ルートだった。
「……リオ、本当にこれでアシュフォードまで届くの?」
エリアーナが不安げな声で囁いた。
「ああ。途中にシルフィのマナで動く小型の増幅器をいくつか仕込んである。信号は必ず届くはずだ」
この電信線こそが、シルフィの魔導科学と俺の電気学が融合した最初の結晶だった。
俺は電鍵(キー)に指を置くと、静かに息を吸い込んだ。
これから送るメッセージはあまりにも短く、そしてこの戦争の全てを凝縮した究極の命令だった。
俺は訓練通りに正確にキーを叩いていく。
ツーツー、トン。
トン、ツーツー、ツーツー。
トン、トン、トン、トン。
……
それはアシュフォード領で待機している俺の忠実な部下たちだけに意味が分かる、暗号化された電文だった。
『計画ヲ実行セヨ』
ただ、それだけ。
送信を終えると、俺は深い安堵のため息をついた。
矢は放たれた。
あとは二百キロ離れた故郷で俺の仲間たちがこのメッセージを受け取り、行動を起こしてくれるのを信じて待つだけだ。

その頃、王都から遠く離れたアシュフォード領。
領都の駅に隣接して建てられた電信管理室には、夜だというのに煌々と明かりが灯っていた。
若い技術者たちが交代で、王都からの微弱な信号に片時も耳を離さずに聞き入っていた。
その、時だった。
カタ、カタカタン……
受信機が静寂を破り、かすかな、しかし確かな信号音を刻み始めた。
「……来た!」
待機していた主任技術者が叫んだ。
彼は震える手でその信号を羊皮紙に書き取っていく。そして暗号表と照らし合わせ、その短いメッセージの意味を解読した。
彼の顔が緊張と興奮で引き締まる。
彼は羊皮紙を握りしめると管理室を飛び出し、隣の駅のプラットホームへと駆け込んだ。
そこには二編成の長大な列車が、まるで眠れる鉄の竜のように静かに出発の時を待っていた。
先頭に立つのは改良に改良を重ねられた最新鋭の蒸気機関車『プロメテウス』の三号機と四号機。その後ろには装甲板で補強された貨車が何十両も連結されている。
貨車の中にはバルガスが鍛え上げた、新型の後装式ライフルで武装した三百名の精鋭兵士たちが息を殺して待機していた。
そして最後尾の特別に補強された貨車には、巨大な防水シートで覆われた二つの巨大な塊が静かに鎮座していた。
新型の後装式カノン砲。
「伝令! リオ様より入電! 『計画ヲ実行セヨ』とのことにございます!」
その声がプラットホームに響き渡った。
その瞬間、眠っていた鉄の竜が目を覚ました。
機関士たちが一斉に火室に石炭をくべる。ボイラーの圧力がみるみるうちに上昇していく。
ポオオオオオオオオッ!
二台の機関車が夜空を引き裂くように同時に汽笛を鳴らした。
アシュフォードに残っていた全ての領民がその音を聞いた。彼らはそれが何を意味するのかを知っていた。
自分たちの英雄が王都で戦っている。そして自分たちの夫や息子たちが、今、その英雄を助けるために旅立つのだと。
家々の窓に次々と明かりが灯り、人々は駅へと駆けつけてきた。
ガタン、ゴトン……!
二編成の鉄の軍馬がゆっくりと動き出す。
プラットホームを埋め尽くした領民たちは、その列車に向かって力の限りの声援を送った。
「行けーっ!」
「リオ様を、お助けしろ!」
「アシュフォードに栄光あれ!」
その声援を背に受け、二頭の鉄竜は徐々に速度を上げていく。そして夜の闇の中へと一直線に続く鉄路の上を、猛然と突き進んでいった。
その目的地はただ一つ。
反乱軍に包囲された王都。
二百キロの距離を彼らはたった一日で駆け抜けるだろう。

そして王都ではもう一つの静かな戦いが始まっていた。
クラウスの執務室の電信機が、俺からのメッセージを受信した。
『援軍、明朝到着予定。東門ヨリ突入ス。呼応シ、城内ノ内通者ヲ一斉ニ検挙サレタシ』
クラウスはその電文を読むと静かに頷いた。
彼はこの日のために、密かに信頼できる部下だけを集め特別部隊を編成していた。
「……時は来たか」
彼は執務室の窓から闇に沈む王都を見下ろした。
マリウス公爵の屋敷。ヴァイス伯爵の屋敷。そして彼らに内通している貴族や役人たちのリストが、彼の頭の中には完璧にインプットされていた。
「今宵、この王都の大掃除を始める」
彼の氷のような瞳の奥で、冷徹な炎が静かに燃え上がった。

俺は屋敷の屋上から東の空をただじっと見つめていた。
エリアーナが俺の隣にそっと寄り添う。
「……信じてるわ。彼らは必ず来てくれる」
「ああ」
俺は短く答えた。「俺の仲間たちは世界で一番優秀だからな」
夜の闇は深い。
だがその闇の向こうで、新しい時代の夜明けが今、猛烈なスピードでこちらへ向かってきているのを俺は確かに感じていた。
それは鉄の咆哮と蒸気の息吹を伴った、希望の光。
反撃の狼煙はもう上がっている。
あとはこの王都がその光を迎える準備を整えるだけだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!

にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。 そう、ノエールは転生者だったのだ。 そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。

処理中です...