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第103話:皇帝の降伏
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帝都は死の静寂に包まれていた。
城壁の外には、王国軍の整然とした、しかし不気味なほど静かな陣地がどこまでも広がっている。
空を見上げれば、銀色の巨大な船がまるで死神のようにゆっくりと旋回していた。
市民たちは家に閉じこもり、息を殺して運命の時が訪れるのをただ待っていた。
彼らは知っていた。
抵抗など無意味であることを。
城壁も兵士も、もはや何の役にも立たない。
自分たちの命は完全に、丘の上に陣取るあの若き公爵の指先一つにかかっているのだと。
帝国の皇城、玉座の間。
そこには、皇帝と数えるほどしか残っていない側近たちだけが集まっていた。
かつての栄華と傲慢さに満ちた空気はどこにもない。ただ、敗北と絶望の重い沈黙が、大理石のホールを支配していた。
「……陛下」
老宰相が震える声で最後の進言を行った。「もはや万策尽きました。これ以上の抵抗は帝都を火の海に変え、罪なき民を無駄死にさせるだけでございます。どうか……ご聖断を……」
その言葉に反論する者は誰もいなかった。
皆、分かっていたのだ。
自分たちの時代が完全に終わったことを。
皇帝は玉座に座ったまま、虚ろな目で天井の豪華な装飾を見つめていた。
彼の脳裏に、これまでの帝国の輝かしい栄光の歴史が走馬灯のように駆け巡っていた。
何世代にもわたって大陸に君臨してきた、偉大なる我が帝国。
それが、なぜ。
たった一人の辺境から現れた小僧によって、こうもあっけなく崩れ去ってしまったのか。
彼はまだ、その答えを見つけられずにいた。
だが、彼にも一つだけ分かっていることがあった。
このまま抵抗を続ければ、待っているのは文字通りの殲滅だけだ。
あの若き公爵はためらわないだろう。
彼にはその力があり、そしてそれを実行する冷徹な意志がある。
民を守る。
皇帝として最後に残された、そして最も重いその責任が彼の肩にのしかかっていた。
「……分かった」
長い、長い沈黙の後。
皇帝は、まるで百年も歳を取ったかのようなか細い声で呟いた。
「……白旗を掲げよ」
その一言が、ガルニア帝国の数百年にわたる栄光の歴史の最後のページを閉じた。
俺が丘の上の本陣で戦況を見つめていると、帝都の最も高い城壁の上に一つの小さな変化が現れた。
一本の竿がゆっくりと掲げられる。
その先には深紅の軍旗ではない、真っ白な布が力なく春の風にはためいていた。
白旗。
完全降伏の意思表示。
「……!」
俺の隣にいたバルガスや王国の将軍たちが息をのむ。
そして次の瞬間、王国軍の陣地全体から地鳴りのような割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
「勝った! 俺たちは勝ったんだ!」
「帝国が降伏したぞ!」
兵士たちは抱き合い、涙を流し、この歴史的なありえない勝利を心から喜び合った。
だが俺は、その歓声の輪に加わることはなかった。
俺はただ静かに、あの白旗を見つめていた。
その小さな白い布の向こう側にいる、一人の敗者の絶望と屈辱を思って。
勝者と敗者。
その残酷なまでのコントラスト。
戦争とは常にこの二つの側面を併せ持つのだ。
俺は、その事実を改めて胸に刻み込んでいた。
数時間後。
帝都の城門がゆっくりと開かれた。
そこから馬に乗った一人の男が、わずかな供だけを連れて静かに現れた。
その男は豪華な皇帝の装いではなく、簡素な黒い礼服を身にまとっていた。
だが、その背筋は敗者としてまっすぐに伸び、その顔には皇帝としての最後の威厳が保たれていた。
彼は、俺が陣取る丘の上まで一人で登ってきた。
そして俺の目の前に立つと、静かに馬上から降りた。
俺もまた椅子から立ち上がり、彼と向き合った。
大陸の古い覇者と、新しい時代の創造主。
二人の視線が静かに交錯する。
「……余がガルニア帝国皇帝、ゼノン・フォン・ガルニアだ」
「リオ・アシュフォードです」
俺たちはただ、それだけを告げた。
皇帝は、俺のそのあまりにも若い姿を見てわずかに目を見開いた。そして、自嘲するかのようにふっと息を吐いた。
「……この余が、このような小僧に敗れたというのか」
その声にはもはや怒りも憎しみもなかった。
ただ、どうしようもない運命への諦観だけが滲んでいた。
「……見事な戦いぶりであった。リオ・アシュフォード公。いや、もはやそなたは公爵などという器には収まるまい」
彼はゆっくりと、その腰に差していた皇帝の権威の象徴である儀礼用の長剣を抜き放った。
そして、その剣を逆さに持ち、柄の方を俺に差し出した。
それは完全な降伏の儀式だった。
「……我らの負けだ。この国の民の命だけは、どうか寛大な処置を頼む」
俺は黙ってその剣を受け取った。
ずしりと重い。
それは剣そのものの重さだけではない。
一つの偉大な帝国が築き上げてきた、数百年の歴史の重み。
そして、その歴史を俺が終わらせてしまったという、勝者の責任の重みだった。
俺は受け取った剣を傍らに控えていたバルガスに渡すと、皇帝に静かに告げた。
「……ご安心を、陛下。俺が望むのは破壊ではありません。創造です」
俺は彼に、そして彼の背後にある古い時代そのものに宣言した。
「これから始めましょう。戦争ではなく対話で問題を解決する、新しい世界の秩序作りを」
皇帝ゼノンは、俺のその言葉の真の意味をまだ理解することはできなかった。
だが彼は、俺のその静かな瞳の奥に、自分たちとは全く違う新しい時代の指導者の姿を確かに見ていた。
白旗が掲げられる。
皇帝が降伏する。
大陸の最も長く、そして最も血塗られた戦争は、こうして一つの時代の完全な終わりと共に、その幕を静かに下ろしたのだった。
城壁の外には、王国軍の整然とした、しかし不気味なほど静かな陣地がどこまでも広がっている。
空を見上げれば、銀色の巨大な船がまるで死神のようにゆっくりと旋回していた。
市民たちは家に閉じこもり、息を殺して運命の時が訪れるのをただ待っていた。
彼らは知っていた。
抵抗など無意味であることを。
城壁も兵士も、もはや何の役にも立たない。
自分たちの命は完全に、丘の上に陣取るあの若き公爵の指先一つにかかっているのだと。
帝国の皇城、玉座の間。
そこには、皇帝と数えるほどしか残っていない側近たちだけが集まっていた。
かつての栄華と傲慢さに満ちた空気はどこにもない。ただ、敗北と絶望の重い沈黙が、大理石のホールを支配していた。
「……陛下」
老宰相が震える声で最後の進言を行った。「もはや万策尽きました。これ以上の抵抗は帝都を火の海に変え、罪なき民を無駄死にさせるだけでございます。どうか……ご聖断を……」
その言葉に反論する者は誰もいなかった。
皆、分かっていたのだ。
自分たちの時代が完全に終わったことを。
皇帝は玉座に座ったまま、虚ろな目で天井の豪華な装飾を見つめていた。
彼の脳裏に、これまでの帝国の輝かしい栄光の歴史が走馬灯のように駆け巡っていた。
何世代にもわたって大陸に君臨してきた、偉大なる我が帝国。
それが、なぜ。
たった一人の辺境から現れた小僧によって、こうもあっけなく崩れ去ってしまったのか。
彼はまだ、その答えを見つけられずにいた。
だが、彼にも一つだけ分かっていることがあった。
このまま抵抗を続ければ、待っているのは文字通りの殲滅だけだ。
あの若き公爵はためらわないだろう。
彼にはその力があり、そしてそれを実行する冷徹な意志がある。
民を守る。
皇帝として最後に残された、そして最も重いその責任が彼の肩にのしかかっていた。
「……分かった」
長い、長い沈黙の後。
皇帝は、まるで百年も歳を取ったかのようなか細い声で呟いた。
「……白旗を掲げよ」
その一言が、ガルニア帝国の数百年にわたる栄光の歴史の最後のページを閉じた。
俺が丘の上の本陣で戦況を見つめていると、帝都の最も高い城壁の上に一つの小さな変化が現れた。
一本の竿がゆっくりと掲げられる。
その先には深紅の軍旗ではない、真っ白な布が力なく春の風にはためいていた。
白旗。
完全降伏の意思表示。
「……!」
俺の隣にいたバルガスや王国の将軍たちが息をのむ。
そして次の瞬間、王国軍の陣地全体から地鳴りのような割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
「勝った! 俺たちは勝ったんだ!」
「帝国が降伏したぞ!」
兵士たちは抱き合い、涙を流し、この歴史的なありえない勝利を心から喜び合った。
だが俺は、その歓声の輪に加わることはなかった。
俺はただ静かに、あの白旗を見つめていた。
その小さな白い布の向こう側にいる、一人の敗者の絶望と屈辱を思って。
勝者と敗者。
その残酷なまでのコントラスト。
戦争とは常にこの二つの側面を併せ持つのだ。
俺は、その事実を改めて胸に刻み込んでいた。
数時間後。
帝都の城門がゆっくりと開かれた。
そこから馬に乗った一人の男が、わずかな供だけを連れて静かに現れた。
その男は豪華な皇帝の装いではなく、簡素な黒い礼服を身にまとっていた。
だが、その背筋は敗者としてまっすぐに伸び、その顔には皇帝としての最後の威厳が保たれていた。
彼は、俺が陣取る丘の上まで一人で登ってきた。
そして俺の目の前に立つと、静かに馬上から降りた。
俺もまた椅子から立ち上がり、彼と向き合った。
大陸の古い覇者と、新しい時代の創造主。
二人の視線が静かに交錯する。
「……余がガルニア帝国皇帝、ゼノン・フォン・ガルニアだ」
「リオ・アシュフォードです」
俺たちはただ、それだけを告げた。
皇帝は、俺のそのあまりにも若い姿を見てわずかに目を見開いた。そして、自嘲するかのようにふっと息を吐いた。
「……この余が、このような小僧に敗れたというのか」
その声にはもはや怒りも憎しみもなかった。
ただ、どうしようもない運命への諦観だけが滲んでいた。
「……見事な戦いぶりであった。リオ・アシュフォード公。いや、もはやそなたは公爵などという器には収まるまい」
彼はゆっくりと、その腰に差していた皇帝の権威の象徴である儀礼用の長剣を抜き放った。
そして、その剣を逆さに持ち、柄の方を俺に差し出した。
それは完全な降伏の儀式だった。
「……我らの負けだ。この国の民の命だけは、どうか寛大な処置を頼む」
俺は黙ってその剣を受け取った。
ずしりと重い。
それは剣そのものの重さだけではない。
一つの偉大な帝国が築き上げてきた、数百年の歴史の重み。
そして、その歴史を俺が終わらせてしまったという、勝者の責任の重みだった。
俺は受け取った剣を傍らに控えていたバルガスに渡すと、皇帝に静かに告げた。
「……ご安心を、陛下。俺が望むのは破壊ではありません。創造です」
俺は彼に、そして彼の背後にある古い時代そのものに宣言した。
「これから始めましょう。戦争ではなく対話で問題を解決する、新しい世界の秩序作りを」
皇帝ゼノンは、俺のその言葉の真の意味をまだ理解することはできなかった。
だが彼は、俺のその静かな瞳の奥に、自分たちとは全く違う新しい時代の指導者の姿を確かに見ていた。
白旗が掲げられる。
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大陸の最も長く、そして最も血塗られた戦争は、こうして一つの時代の完全な終わりと共に、その幕を静かに下ろしたのだった。
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