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第105話:戦争の代償
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講和条約の調印を終え、俺たちが王都に凱旋した日、街は建国以来最大の祝賀ムードに包まれた。
人々は通りに繰り出し、花吹雪を舞わせ、俺たちの名前を英雄として熱狂的に叫んだ。
『リオ公爵、万歳!』
『王国に永遠の平和を!』
彼らは信じていた。この勝利によってもはや戦争の恐怖はなくなり、永遠に続く平和で豊かな時代が訪れたのだ、と。
だが、その熱狂の中心にいるはずの俺の心は、不思議なほど冷え切っていた。
その夜、王城で開かれた盛大な凱旋パレードと祝賀会。
俺は主賓として国王の隣に座り、次々と訪れる貴族たちの賞賛と追従の言葉を、ただ微笑みを浮かべて受け流していた。
彼らの目には、俺は帝国を打ち破り、この国に前代未聞の栄光をもたらした完璧な英雄として映っているのだろう。
だが、俺自身の目には違う光景が見えていた。
俺の脳裏から、あのグラウ平原の光景が決して離れなかったのだ。
鉄の嵐に薙ぎ倒されていく兵士たちの阿鼻叫喚。
見えない砲撃によって蒸発していく司令部の閃光と轟音。
陸上装甲艦に蹂躙される人々の絶望と恐怖。
その全てを作り出したのは俺だ。
俺の知識と技術が、あの地獄を生み出したのだ。
「……公爵閣下、どうかされましたかな? お顔の色が優れませんが」
隣に座る老大臣が心配そうに声をかけてきた。
「……いえ、少し疲れただけです」
俺はそう言って、無理に笑みを作った。
この華やかな宴の席で、俺が感じているこの深い罪悪感と空虚感を理解できる者は、誰一人としていないだろう。
宴の喧騒から逃れるように、俺は一人、王城のバルコニーへと出た。
冷たい夜風が火照った体を冷ましてくれる。
眼下には勝利の祝祭に沸く王都の美しい夜景が、光の海のように広がっていた。
俺は、この光景を守りたかった。
そのために戦った。
結果として、それは成し遂げられた。
だが、その代償として俺は一体どれほどの命を奪ってしまったのだろうか。
帝国軍の死傷者は、三十万とも四十万とも言われている。
その一人一人に、故郷で帰りを待つ家族がいたはずだ。
父親が、息子が、夫がいたはずだ。
俺は彼らから、その全てを奪い去ってしまった。
たとえそれが国を守るための正義の戦いであったとしても、俺の手が血に塗れているという事実に変わりはない。
科学技術という恐るべき力。
それは使い方を間違えれば、これほどまでに巨大な悲劇を生み出してしまう。
俺は、その力の本当の恐ろしさを改めて痛感していた。
そして、その力をこの世に解き放ってしまった自分自身の罪の重さに、打ちのめされそうになっていた。
「……リオ」
不意に背後から優しい声がした。
エリアーナだった。彼女はいつの間にか、俺の隣に寄り添うように立っていた。
彼女は何も言わなかった。
ただ黙って、俺の冷たくなった手をその両手で温めるように握りしめてくれた。
その温もりが、凍てついていた俺の心を少しずつ溶かしていく。
「……俺は」
俺は絞り出すように言った。「……俺は、正しいことをしたのだろうか」
それは俺がずっと誰にも言えずに、一人で抱え込んできた問いだった。
エリアーナは首を横に振った。
「正しいか、正しくないかなんて誰にも判断できないわ」
彼女は静かに、しかしきっぱりと言った。「でも、一つだけ確かなことがある。あなたは、この国を、この国に住むたくさんの人々を救った。その事実は何があっても変わらない」
彼女は俺の目をまっすぐに見つめた。
「あなたは英雄よ、リオ。たとえあなたが自分自身をそう思えなかったとしても。私にとって、そしてこの国の人々にとって、あなたは唯一無二の英雄なの」
その揺るぎない信頼の言葉。
それが俺の崩れかけていた心を、かろうじて支え止めてくれた。
俺の目から一筋の熱いものが頬を伝った。
それは俺がこの世界に来て、初めて流した涙だった。
俺は英雄などではない。
ただの罪深き、一人の人間に過ぎないのだ。
俺たちはしばらく言葉もなく寄り添っていた。
やがて遠くの空に祝賀の花火が打ち上げられた。
色とりどりの美しい光が夜空を飾り、そして儚く消えていく。
その刹那の輝きが、まるで戦争で失われていった無数の命の最後のきらめきのようにも俺には見えた。
戦争は終わった。
だが、その代償として俺の心には決して消えることのない深い傷跡が刻み込まれた。
科学技術が持つ光と闇。
その両義性の重さを、俺はこれからもずっと背負い続けていかなければならない。
それがこの世界を変えてしまった俺という存在に課せられた宿命なのだと悟りながら。
勝利の熱狂のその裏側で。
俺は一人静かに、戦争の本当の代償を噛み締めていた。
人々は通りに繰り出し、花吹雪を舞わせ、俺たちの名前を英雄として熱狂的に叫んだ。
『リオ公爵、万歳!』
『王国に永遠の平和を!』
彼らは信じていた。この勝利によってもはや戦争の恐怖はなくなり、永遠に続く平和で豊かな時代が訪れたのだ、と。
だが、その熱狂の中心にいるはずの俺の心は、不思議なほど冷え切っていた。
その夜、王城で開かれた盛大な凱旋パレードと祝賀会。
俺は主賓として国王の隣に座り、次々と訪れる貴族たちの賞賛と追従の言葉を、ただ微笑みを浮かべて受け流していた。
彼らの目には、俺は帝国を打ち破り、この国に前代未聞の栄光をもたらした完璧な英雄として映っているのだろう。
だが、俺自身の目には違う光景が見えていた。
俺の脳裏から、あのグラウ平原の光景が決して離れなかったのだ。
鉄の嵐に薙ぎ倒されていく兵士たちの阿鼻叫喚。
見えない砲撃によって蒸発していく司令部の閃光と轟音。
陸上装甲艦に蹂躙される人々の絶望と恐怖。
その全てを作り出したのは俺だ。
俺の知識と技術が、あの地獄を生み出したのだ。
「……公爵閣下、どうかされましたかな? お顔の色が優れませんが」
隣に座る老大臣が心配そうに声をかけてきた。
「……いえ、少し疲れただけです」
俺はそう言って、無理に笑みを作った。
この華やかな宴の席で、俺が感じているこの深い罪悪感と空虚感を理解できる者は、誰一人としていないだろう。
宴の喧騒から逃れるように、俺は一人、王城のバルコニーへと出た。
冷たい夜風が火照った体を冷ましてくれる。
眼下には勝利の祝祭に沸く王都の美しい夜景が、光の海のように広がっていた。
俺は、この光景を守りたかった。
そのために戦った。
結果として、それは成し遂げられた。
だが、その代償として俺は一体どれほどの命を奪ってしまったのだろうか。
帝国軍の死傷者は、三十万とも四十万とも言われている。
その一人一人に、故郷で帰りを待つ家族がいたはずだ。
父親が、息子が、夫がいたはずだ。
俺は彼らから、その全てを奪い去ってしまった。
たとえそれが国を守るための正義の戦いであったとしても、俺の手が血に塗れているという事実に変わりはない。
科学技術という恐るべき力。
それは使い方を間違えれば、これほどまでに巨大な悲劇を生み出してしまう。
俺は、その力の本当の恐ろしさを改めて痛感していた。
そして、その力をこの世に解き放ってしまった自分自身の罪の重さに、打ちのめされそうになっていた。
「……リオ」
不意に背後から優しい声がした。
エリアーナだった。彼女はいつの間にか、俺の隣に寄り添うように立っていた。
彼女は何も言わなかった。
ただ黙って、俺の冷たくなった手をその両手で温めるように握りしめてくれた。
その温もりが、凍てついていた俺の心を少しずつ溶かしていく。
「……俺は」
俺は絞り出すように言った。「……俺は、正しいことをしたのだろうか」
それは俺がずっと誰にも言えずに、一人で抱え込んできた問いだった。
エリアーナは首を横に振った。
「正しいか、正しくないかなんて誰にも判断できないわ」
彼女は静かに、しかしきっぱりと言った。「でも、一つだけ確かなことがある。あなたは、この国を、この国に住むたくさんの人々を救った。その事実は何があっても変わらない」
彼女は俺の目をまっすぐに見つめた。
「あなたは英雄よ、リオ。たとえあなたが自分自身をそう思えなかったとしても。私にとって、そしてこの国の人々にとって、あなたは唯一無二の英雄なの」
その揺るぎない信頼の言葉。
それが俺の崩れかけていた心を、かろうじて支え止めてくれた。
俺の目から一筋の熱いものが頬を伝った。
それは俺がこの世界に来て、初めて流した涙だった。
俺は英雄などではない。
ただの罪深き、一人の人間に過ぎないのだ。
俺たちはしばらく言葉もなく寄り添っていた。
やがて遠くの空に祝賀の花火が打ち上げられた。
色とりどりの美しい光が夜空を飾り、そして儚く消えていく。
その刹那の輝きが、まるで戦争で失われていった無数の命の最後のきらめきのようにも俺には見えた。
戦争は終わった。
だが、その代償として俺の心には決して消えることのない深い傷跡が刻み込まれた。
科学技術が持つ光と闇。
その両義性の重さを、俺はこれからもずっと背負い続けていかなければならない。
それがこの世界を変えてしまった俺という存在に課せられた宿命なのだと悟りながら。
勝利の熱狂のその裏側で。
俺は一人静かに、戦争の本当の代償を噛み締めていた。
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