異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第13話:封印解除とボスへの扉

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クラウスとの予期せぬ再会と共闘(?)の後、俺はようやく本来の目的地であるゴブリンの洞穴、その最深部にたどり着いていた。目の前には、重々しい石扉がそびえ立っている。前回、【情報読取】で判明した通り、この扉は強力な魔法的封印によって閉ざされており、その解除には【デバッガー】スキルが鍵となる可能性が示唆されていた。

「さて、どう攻略したものか……」

俺は石扉の前に立ち、改めてその表面を観察する。扉の材質自体も頑丈そうだが、問題は表面に刻まれた複雑な紋様――封印術式だ。微かに魔力の光を放ち、一種のエネルギーフィールドのようなものを形成しているのが【情報読取】で分かる。

『対象:封印された石扉(再解析)
 分類:建造物>扉(特殊)
 状態:施錠(古代魔法による多重防御結界)
 特性:物理・魔法攻撃無効化(高レベル)、自己修復機能(低)、侵入者検知・反撃機能(休止中?)
 解除条件:正規の鍵、あるいは術式コアへの特定パターンでの魔力供給、または【デバッガー】によるシステム的脆弱性の利用。
 備考:術式は極めて複雑かつ古いため、内部に予期せぬ動作不良(バグ)を抱えている可能性あり。警告:術式への直接干渉は高リスク。』

再解析で、さらに詳細な情報が得られた。多重防御結界、自己修復機能、侵入者検知・反撃機能(幸い休止中?)。そして、解除条件に「システム的脆弱性の利用」が明記されている。やはり、【デバッガー】の出番ということか。

しかし、前回の魔法罠でのペナルティが頭をよぎる。あの時の激しい頭痛とスキル使用不可の状態は、二度と経験したくない。この複雑な古代魔法の術式に下手に干渉すれば、前回以上のペナルティを受ける可能性が高い。

(リスク管理が重要だ。直接的な【限定的干渉】は最終手段。まずは、徹底的に解析し、術式そのものに内在する「バグ」を探し出すことから始めよう)

俺は集中力を高め、【バグ発見】の意識を封印術式全体へと向ける。それは、巨大なプログラムのソースコードを一行ずつチェックしていくような、途方もない作業に似ていた。魔力の流れ、術式の構成要素、それらの連携、エネルギー循環のループ……あらゆる情報を読み取り、論理的な矛盾や、設計上の欠陥、あるいは経年劣化による不具合を探していく。

脳への負荷は、ゴブリンのAIを解析した時とは比較にならないほど大きい。こめかみがズキズキと痛み、額に汗が滲む。まるで、徹夜でデバッグ作業をしている時のような感覚だ。いや、それ以上かもしれない。

(……くそっ、複雑すぎる。どこから手をつければ……)

術式は、まるで幾重にも絡み合った糸のように構成されており、一つの部分を解析しようとすると、別の部分との関連性が浮かび上がり、なかなか全体像を掴めない。古代の魔法技術は、俺の想像以上に高度で、難解なものらしい。

数十分が経過しただろうか。精神的な消耗は激しいが、諦めるわけにはいかない。休憩を挟みながら、粘り強く解析を続ける。SEの仕事で培った、問題解決への執念が、俺を突き動かしていた。

そして、ついに――

(……ん? ここの魔力循環ループ、僅かにエネルギーロスが発生している……? 設計上の想定値と、実際の測定値にズレがあるぞ……)

それは、ほんの僅かな非効率性。普通なら見過ごしてしまうような、微細なエネルギーの漏れ。しかし、俺の【デバッガー】スキルは、その「異常」を明確に捉えた。

『……バグ検出:1件
 内容:【魔力循環サブシステムの経年劣化によるエネルギー効率低下バグ】
  詳細:封印を維持するための魔力循環システムの一部が、長年の稼働により僅かに劣化。魔力エネルギーの変換・伝達効率が低下しており、特定のタイミングで外部から微弱な魔力ショックを与えることで、システム全体に一時的なオーバーロード(機能不全)を引き起こせる可能性がある。再現性:中(特定のタイミングと魔力パターン)。影響:短時間の封印機能停止。』

「……あった! これだ!」
思わず声が出た。直接的な干渉ではなく、システムの「弱点」を突くタイプのバグだ。これなら、ペナルティのリスクも低いかもしれない。

問題は、「特定のタイミング」と「特定の魔力パターン」だ。魔力パターンについては、バグの詳細情報から、おそらく特定の周波数、あるいは属性を持った魔力のことだろう。タイミングは、エネルギー循環の位相のようなものか?

(俺は魔法が使えない。だが、魔鋼のダガーには【魔力伝導(微)】の効果があったはずだ。俺自身の微弱な魔力でも、ダガーを通して特定のパターンで流し込めば、トリガーになるかもしれない)

タイミングについては、術式の魔力循環の周期を【情報読取】で計測し、エネルギー効率が最も低下する瞬間を特定する必要がある。これも、精密な測定と集中力が必要とされる作業だ。

俺は再び集中し、扉の術式の魔力循環パターンを解析する。まるで、オシロスコープで波形を観察するように、魔力の流れの周期と振幅を読み取っていく。そして、エネルギーロスが最大になる一瞬のタイミングを特定した。

(……よし、タイミングは掴んだ。次は、魔力パターンだ)
バグ情報から推測される魔力パターンを、魔鋼のダガーを通して流し込むイメージを作る。俺自身の魔力は微々たるものだが、質とタイミングが合えば、触媒として機能するはずだ。

息を深く吸い込み、精神を統一する。魔力循環の周期に合わせて、カウントダウン。
(3……2……1……今だ!)

特定したタイミングで、魔鋼のダガーの先端を、扉の術式のコアと思われる部分に軽く接触させ、イメージした魔力パターンを流し込む!

瞬間、ダガーの先端から、微かな青白い光が迸った。扉の表面に刻まれた紋様が、一瞬だけ激しく明滅する。そして――

ゴゴゴゴゴ……

重々しい音と共に、石扉がゆっくりと、内側へと開き始めた!
術式の光は消え、封印が解かれたことを示している。

「……やった!」
成功だ! 強烈なペナルティを受けることなく、封印を解除できた! 安堵感と共に、達成感が込み上げてくる。複雑なバグを見つけ出し、それを攻略する。これこそが、デバッガーとしての醍醐味だ。

ゆっくりと開いていく扉の隙間から、内部の様子が見えてくる。そこは、これまで通ってきた洞窟の通路とは明らかに異なる、広大な空間だった。天井は高く、ドーム状になっているようだ。そして、その空間の中央には……

(……いる!)

強大な魔力の気配。ゴブリンやホブゴブリンとは比較にならない、圧倒的なプレッシャー。間違いなく、このダンジョンのボスだ。

扉が完全に開き、ボス部屋の全貌が明らかになる。
そこは、古代の祭壇か何かを思わせるような場所だった。壁には、やはり解読不能な古代文字がびっしりと刻まれ、床には複雑な魔法陣のような模様が描かれている。そして、その中央、巨大な石の玉座のようなものに、一体の異形の影が鎮座していた。

それは、ホブゴブリンをさらに巨大化させ、禍々しいオーラを纏わせたような姿だった。身長は3メートル近くあるだろうか。筋骨隆々とした肉体は、暗緑色の分厚い皮膚で覆われ、頭には捻じれた角が生えている。手には、人の背丈ほどもある巨大な戦斧(バトルアックス)を握りしめていた。そして何より印象的なのは、その両目。赤黒く濁り、憎悪と狂気に満ちた光を放っている。

『対象:ゴブリンキング(変異体?)
 分類:亜人科>ゴブリン属(王種・異常変異)
 状態:狂乱、強い魔力汚染の影響下
 ステータス:Lv 15 / HP ???/??? / MP ???/??? (表示限界超過)
 スキル:【バトルアックス(王者の剛撃)】【狂戦士化】【ゴブリン召喚(小)】【???】(他、複数スキル保有の可能性)
 特性:異常な再生能力、高い物理・魔法耐性、周囲への魔力汚染
 備考:本来のゴブリンキングとは異なる、異常な変異を遂げた個体。エムデン村周辺で観測された「魔力汚染」の発生源である可能性が高い。極めて危険。討伐推奨レベル:Cランク以上(パーティー推奨)。』

「……ゴブリンキング? しかも変異体……魔力汚染の発生源!?」
表示された情報に、俺は戦慄した。レベル15。ステータスは表示限界超過。異常な再生能力と高い耐性。そして、スキルも強力なものが揃っている。推奨レベルはCランク以上、パーティー推奨。今の俺が、単独で勝てる相手では到底ない。

(これが、ゴブリンの洞穴のボス……? いや、本来のボスではないのか? 魔力汚染の影響で変異した……?)

エムデン村で感じた不穏な気配の正体が、これだったのか。そして、この汚染は、このダンジョンだけに留まらず、外の世界にまで影響を及ぼし始めていたのだ。

ゴブリンキングが、ゆっくりと玉座から立ち上がった。その巨体が動くだけで、空気がビリビリと震えるような圧力を感じる。赤黒い目が、侵入者である俺を捉えた。

「……GRRRRROOOOOOAAAAAAHHHH!!!」

人間には理解不能な、しかし明確な殺意と狂気を孕んだ咆哮が、ドーム状の空間全体に響き渡った。

(……まずい。完全に、格が違う)
逃げるべきか? いや、封印を解いてしまった以上、こいつを放置すれば、いずれ外の世界に出てくるかもしれない。そうなれば、リューンや、あるいはエムデン村が壊滅的な被害を受ける可能性もある。

(やるしかないのか……? だが、どうやって?)
正面からの戦闘では、勝ち目は万に一つもないだろう。頼れるのは、やはり【デバッガー】スキル。このゴブリンキング(変異体)にも、何らかの「バグ」が存在するはずだ。

俺は、魔鋼のダガーを強く握りしめ、ゴブリンキングと対峙した。背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら、全神経を集中させる。

元SEの異世界ダンジョン攻略。その最初のクライマックスが、今、始まろうとしていた。相手は、想定を遥かに超えた、規格外の「バグ」を内包したボスだ。
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