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第12話:騎士の窮地と不可視の援護
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クラウス・フォン・リンドバーグ。あの堅物そうな騎士との出会いは、正直なところ、あまり良い印象ではなかった。彼の言う「正しさ」は、俺の信条とする「効率」とは相容れない。できれば、もう関わりたくない相手だ。
そんなことを考えながら、俺はゴブリンの洞穴へ向かうため、リューンの南門から街道へと出ていた。今日の目標は、洞穴最深部の封印された扉の解析と、可能であればボスとの対決だ。新調した装備と、これまでのレベルアップにより、自信はあった。
街道は比較的穏やかだったが、先日酒場で聞いた「商隊襲撃」の噂が頭をよぎり、警戒は怠らない。【情報読取】を常に周囲に展開し、不審な気配がないかを探る。
しばらく街道を進み、森が深くなってきた辺りに差し掛かった時だった。前方から、金属音が響き渡り、怒号と悲鳴が聞こえてきた。
(……戦闘!?)
即座に身を隠し、音のする方へと慎重に近づく。茂みの隙間から見えたのは、数人の薄汚れた服装の男たち――おそらく盗賊だろう――が、一人の騎士を取り囲んでいる光景だった。そして、その騎士は……
(クラウス!?)
見間違えるはずもない。白銀の鎧に身を包み、長剣を構えて奮戦しているのは、先日路地裏で出会った、あのクラウス・フォン・リンドバーグだった。彼の周囲には、既に数人の盗賊が倒れているが、まだ五人ほどの盗賊が彼を取り囲み、波状攻撃を仕掛けている。
「ハッハァ! 騎士様も多勢に無勢だな!」
「観念して、身ぐるみ置いていきな!」
盗賊たちは下卑た笑みを浮かべながら、連携してクラウスに襲いかかる。
クラウスは、卓越した剣技と盾術で攻撃を捌き、時には鋭いカウンターを見舞っている。その動きは洗練されており、個々の盗賊よりも格段に強いことは明らかだ。しかし、相手の数が多い。前後左右から同時に繰り出される攻撃に、次第に対応が遅れ始めているように見えた。鎧には既にいくつかの傷がつき、息も少し上がっているようだ。
(……また面倒な場面に遭遇してしまった)
俺は内心でため息をつく。関わりたくない相手とはいえ、目の前で窮地に陥っているのを見て見ぬふりをするのは、やはり後味が悪い。それに、ここでクラウスが倒されれば、盗賊たちは勢いづき、街道の治安はさらに悪化するだろう。それは、俺自身の活動にとってもマイナスだ。
(仕方ない……介入するか。ただし、俺の存在は悟られずに、あくまで「デバッグ」として)
俺は【デバッガー】スキルを発動させ、戦場の情報を詳細に読み取り始めた。
『対象:クラウス・フォン・リンドバーグ
状態:奮戦中(疲労蓄積、軽傷あり)
ステータス:Lv ?? / HP ??/??(残り約60%) / MP ??/??(スキル【騎士の誓い】により自己強化中)
備考:高い戦闘技術を持つが、数的有利な相手に消耗している。鎧の一部に微細な亀裂あり(防御力低下の可能性)。』
『対象:盗賊団(リーダー格)
分類:人間
状態:優勢(油断あり)
ステータス:Lv 10 / HP 90/90 / MP 10/10
スキル:【剣術(我流)】【強奪】【統率(低)】
装備:粗悪な鉄の剣、革鎧
備考:経験豊富な盗賊。油断しているが、実力はある。』
『対象:盗賊(手下)×4
分類:人間
状態:興奮
ステータス:Lv 6~8 (平均)
スキル:【短剣術(我流)】【棍棒術(我流)】【投石】など
装備:粗末な武器、軽装
備考:数は多いが、連携は甘い。リーダーの指示で動いている。』
(クラウスのレベルは依然として不明だが、HPはかなり削られているな。MPは自己強化スキルで消費しているのだろう。一方、盗賊のリーダーはレベル10か……思ったより高いが、油断しているなら隙はあるはずだ)
戦況を分析し、介入ポイントを探る。直接的な戦闘力では、俺が加勢しても焼け石に水だろう。狙うべきは、やはり「バグ」だ。
俺はまず、盗賊リーダーが振るう剣に注目した。【情報読取】でその詳細を解析する。
『対象:粗悪な鉄の剣
分類:武器>剣
状態:劣化(手入れ不足、刃こぼれあり)
攻撃力:+8
付与効果:なし
備考:量産品の粗悪な剣。耐久性に問題あり。特に柄と刀身の接合部が弱い。強い衝撃が加わると破損する可能性:中。』
(耐久性に問題あり……これだ!)
さらに【バグ発見】で、より詳細な欠陥を探る。
『……バグ検出:1件
内容:【接合部の金属疲労による耐久値低下バグ】
詳細:製造時の欠陥、または手入れ不足による金属疲労が原因で、柄と刀身の接合部の耐久値が設計値を大幅に下回っている。特定の角度から強い衝撃(特に受け流しや鍔迫り合い)を受けた場合、高確率で破損する。再現性:高(特定の衝撃角度)。』
(再現性:高! これならいける!)
俺は、【限定的干渉】の準備をする。狙いは、この「耐久値低下バグ」をさらに増幅させ、クラウスの剣と打ち合った瞬間に確実に破損させること。
タイミングを見計らう。盗賊リーダーが、クラウスの防御の隙を突いて、大きく剣を振りかぶった。クラウスはそれを盾ではなく、剣で受け流そうとしている!
(今だ! 【限定的干渉】! 接合部の脆さを最大化!)
スキルを発動。今回は魔法罠の時のような強烈なペナルティは感じない。対象が比較的単純な物理的欠陥だからだろうか。
キィン!
甲高い金属音が響き渡った、次の瞬間。
バキッ! という鈍い音と共に、盗賊リーダーの剣が、柄の根元から呆気なく折れた!
「なっ!? なんだと!?」
盗賊リーダーは、手元に残った柄と、宙を舞う刀身を見て、唖然としている。クラウスも、予想外の出来事に一瞬驚いたようだが、すぐに好機と見て踏み込み、剣の柄(ポンメル)でリーダーの顔面を強打した。
「ぐはっ!」
リーダーは鼻血を噴き出し、その場に昏倒した。
リーダーが倒れたことで、残りの盗賊たちの動きが一瞬止まる。連携が乱れた証拠だ。
(よし、次は……地形だ!)
俺は周囲の地形に【情報読取】と【バグ発見】を使う。戦闘場所は、少し開けた場所だが、片側は切り立った崖になっており、その崖の一部が、雨風に晒されて脆くなっているように見えた。
『対象:崖の一部(盗賊が一人寄りかかっている箇所)
分類:地形>岩盤
状態:風化、亀裂あり(内部まで進行)
特性:不安定
備考:見た目以上に脆くなっている。強い衝撃や、特定の振動が加わると崩落する危険性あり。』
『……バグ検出:1件
内容:【亀裂内部の応力集中による崩落トリガーバグ】
詳細:内部の亀裂が特定のパターンで繋がっており、ごく僅かな外部からの振動(足音、戦闘の衝撃など)でも、応力が一点に集中し、連鎖的な崩壊を引き起こす可能性がある。再現性:中(特定の振動パターン)。』
(これも使える!)
一人の盗賊が、ちょうどその不安定な崖に背を預けるようにして、クラウスに短剣で斬りかかろうとしている。
(【限定的干渉】! 崩落トリガーを起動させろ!)
俺は、地面に落ちていた手頃な石を拾い、崖の根元付近、バグが検出された箇所とは少し離れた場所に、力を込めて投げつけた。石が岩盤に当たった鈍い音と振動。それがトリガーとなったのか……
ガラガラガラッ!!
大きな音を立てて、盗賊が寄りかかっていた崖の一部が崩れ落ちた!
「うわあああっ!?」
盗賊は、崩れた土砂と共に崖下へと滑り落ちていく。幸い、それほど高さはないため、命に別状はないだろうが、完全に戦闘不能だ。
突然の崖崩れに、残りの盗賊三人も、そしてクラウスも驚きを隠せない。
「な、なんだ今の!?」
「呪いか!?」
盗賊たちは完全に怯え、戦意を喪失しかけている。
クラウスは、この不可解な現象続きに眉をひそめながらも、好機を逃さず残りの盗賊たちに斬りかかる。もはや連携も取れず、士気も下がった盗賊たちは、クラウスの敵ではなかった。次々と打ち倒され、あるいは武器を捨てて逃げ出していく。
あっという間に、戦いは終わった。
クラウスは、倒れた盗賊たち(気絶している者、負傷して動けない者、崖から落ちた者)を見下ろし、荒い息をつきながら、周囲を見渡した。その視線が、俺が隠れている茂みの方へと向けられる。
(……気づかれたか)
流石に、これだけ都合の良い偶然が続けば、何かあると感づかれても仕方ない。俺は観念して、茂みから姿を現した。
「……ユズル殿、だったか」
クラウスは、驚きと疑念が入り混じった複雑な表情で俺を見ている。「また君か。そして、またしても、ただ見ていただけか? いや……」
彼は言葉を切り、先ほどの戦闘を思い返すように目を細める。
「あの剣の壊れ方……崖の崩れ方……あまりにも、都合が良すぎる。まるで、何者かが見えざる手で私を助けているかのようだった。……まさか、君が?」
「さあ? 俺はただ、騒ぎを聞きつけて様子を見に来ただけですが」
俺は、しらを切り通すことにした。ここで【デバッガー】の能力を明かすメリットはない。
「……そうか」クラウスは、俺の答えに納得した様子ではない。じっと俺の目を見つめてくる。その視線は、何かを探るように鋭い。「だが、結果的に助けられた形になったのは事実だ。礼を言う、ユズル殿」
「どういたしまして。まあ、俺は何もしていませんが」
俺は肩をすくめてみせる。
クラウスは、ふう、と一つ息をつくと、倒れている盗賊たちを縛り上げる作業を始めた。
「この者たちは、騎士団に引き渡さねばならん。手伝ってもらえると助かるのだが」
「……分かりました。少しだけなら」
ここで断るのも不自然だろう。俺は仕方なく、ロープで盗賊たちを縛るのを手伝った。
作業をしながら、クラウスはぽつりと言った。
「君は、一体何者なのだ? その見慣れぬ服装、不思議な雰囲気……そして、あの時のような、妙な偶然を引き起こす何か。ただのFランク冒険者とは思えん」
「さあ? ご想像にお任せしますよ」
俺は曖昧に笑うだけだ。
「……そうか」クラウスはそれ以上追求してこなかったが、その横顔には、依然として強い疑念と、そして、ほんの僅かな好奇心のようなものが浮かんでいるように見えた。
盗賊たちを縛り上げ、クラウスは彼らを連行するためにリューンへと戻る準備を始めた。
「ユズル殿、君もリューンへ戻るのか?」
「いえ、俺はダンジョンへ向かう途中ですので。ここでお別れです」
「そうか。……では、また会うこともあるかもしれんな。その時は、君の『見ていただけ』ではない活躍を期待しているぞ」
皮肉とも本気とも取れない言葉を残し、クラウスは盗賊たちを引きずるようにして、街道を戻っていった。
一人残された俺は、クラウスの去っていった方向を見つめながら、小さく息をついた。
(ますます、面倒な相手に目をつけられてしまったな……)
しかし、同時に、少しだけ達成感もあった。自分のスキルで、誰かの窮地を救うことができた。それが、あの堅物騎士だったというのは皮肉だが。
【デバッガー】スキル。それは、世界のバグを悪用するだけの力ではないのかもしれない。使い方次第では、誰かを助けるための力にもなり得る。
(まあ、俺の基本はあくまで効率と安全だけどな)
俺は気を取り直し、本来の目的地であるゴブリンの洞穴へと、再び歩き出した。
封印された扉、そしてその先のボス。新たな「デバッグ」対象が、俺を待っている。
クラウスとの奇妙な縁は、まだ始まったばかりなのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はゴブリンの洞穴へ向かうため、リューンの南門から街道へと出ていた。今日の目標は、洞穴最深部の封印された扉の解析と、可能であればボスとの対決だ。新調した装備と、これまでのレベルアップにより、自信はあった。
街道は比較的穏やかだったが、先日酒場で聞いた「商隊襲撃」の噂が頭をよぎり、警戒は怠らない。【情報読取】を常に周囲に展開し、不審な気配がないかを探る。
しばらく街道を進み、森が深くなってきた辺りに差し掛かった時だった。前方から、金属音が響き渡り、怒号と悲鳴が聞こえてきた。
(……戦闘!?)
即座に身を隠し、音のする方へと慎重に近づく。茂みの隙間から見えたのは、数人の薄汚れた服装の男たち――おそらく盗賊だろう――が、一人の騎士を取り囲んでいる光景だった。そして、その騎士は……
(クラウス!?)
見間違えるはずもない。白銀の鎧に身を包み、長剣を構えて奮戦しているのは、先日路地裏で出会った、あのクラウス・フォン・リンドバーグだった。彼の周囲には、既に数人の盗賊が倒れているが、まだ五人ほどの盗賊が彼を取り囲み、波状攻撃を仕掛けている。
「ハッハァ! 騎士様も多勢に無勢だな!」
「観念して、身ぐるみ置いていきな!」
盗賊たちは下卑た笑みを浮かべながら、連携してクラウスに襲いかかる。
クラウスは、卓越した剣技と盾術で攻撃を捌き、時には鋭いカウンターを見舞っている。その動きは洗練されており、個々の盗賊よりも格段に強いことは明らかだ。しかし、相手の数が多い。前後左右から同時に繰り出される攻撃に、次第に対応が遅れ始めているように見えた。鎧には既にいくつかの傷がつき、息も少し上がっているようだ。
(……また面倒な場面に遭遇してしまった)
俺は内心でため息をつく。関わりたくない相手とはいえ、目の前で窮地に陥っているのを見て見ぬふりをするのは、やはり後味が悪い。それに、ここでクラウスが倒されれば、盗賊たちは勢いづき、街道の治安はさらに悪化するだろう。それは、俺自身の活動にとってもマイナスだ。
(仕方ない……介入するか。ただし、俺の存在は悟られずに、あくまで「デバッグ」として)
俺は【デバッガー】スキルを発動させ、戦場の情報を詳細に読み取り始めた。
『対象:クラウス・フォン・リンドバーグ
状態:奮戦中(疲労蓄積、軽傷あり)
ステータス:Lv ?? / HP ??/??(残り約60%) / MP ??/??(スキル【騎士の誓い】により自己強化中)
備考:高い戦闘技術を持つが、数的有利な相手に消耗している。鎧の一部に微細な亀裂あり(防御力低下の可能性)。』
『対象:盗賊団(リーダー格)
分類:人間
状態:優勢(油断あり)
ステータス:Lv 10 / HP 90/90 / MP 10/10
スキル:【剣術(我流)】【強奪】【統率(低)】
装備:粗悪な鉄の剣、革鎧
備考:経験豊富な盗賊。油断しているが、実力はある。』
『対象:盗賊(手下)×4
分類:人間
状態:興奮
ステータス:Lv 6~8 (平均)
スキル:【短剣術(我流)】【棍棒術(我流)】【投石】など
装備:粗末な武器、軽装
備考:数は多いが、連携は甘い。リーダーの指示で動いている。』
(クラウスのレベルは依然として不明だが、HPはかなり削られているな。MPは自己強化スキルで消費しているのだろう。一方、盗賊のリーダーはレベル10か……思ったより高いが、油断しているなら隙はあるはずだ)
戦況を分析し、介入ポイントを探る。直接的な戦闘力では、俺が加勢しても焼け石に水だろう。狙うべきは、やはり「バグ」だ。
俺はまず、盗賊リーダーが振るう剣に注目した。【情報読取】でその詳細を解析する。
『対象:粗悪な鉄の剣
分類:武器>剣
状態:劣化(手入れ不足、刃こぼれあり)
攻撃力:+8
付与効果:なし
備考:量産品の粗悪な剣。耐久性に問題あり。特に柄と刀身の接合部が弱い。強い衝撃が加わると破損する可能性:中。』
(耐久性に問題あり……これだ!)
さらに【バグ発見】で、より詳細な欠陥を探る。
『……バグ検出:1件
内容:【接合部の金属疲労による耐久値低下バグ】
詳細:製造時の欠陥、または手入れ不足による金属疲労が原因で、柄と刀身の接合部の耐久値が設計値を大幅に下回っている。特定の角度から強い衝撃(特に受け流しや鍔迫り合い)を受けた場合、高確率で破損する。再現性:高(特定の衝撃角度)。』
(再現性:高! これならいける!)
俺は、【限定的干渉】の準備をする。狙いは、この「耐久値低下バグ」をさらに増幅させ、クラウスの剣と打ち合った瞬間に確実に破損させること。
タイミングを見計らう。盗賊リーダーが、クラウスの防御の隙を突いて、大きく剣を振りかぶった。クラウスはそれを盾ではなく、剣で受け流そうとしている!
(今だ! 【限定的干渉】! 接合部の脆さを最大化!)
スキルを発動。今回は魔法罠の時のような強烈なペナルティは感じない。対象が比較的単純な物理的欠陥だからだろうか。
キィン!
甲高い金属音が響き渡った、次の瞬間。
バキッ! という鈍い音と共に、盗賊リーダーの剣が、柄の根元から呆気なく折れた!
「なっ!? なんだと!?」
盗賊リーダーは、手元に残った柄と、宙を舞う刀身を見て、唖然としている。クラウスも、予想外の出来事に一瞬驚いたようだが、すぐに好機と見て踏み込み、剣の柄(ポンメル)でリーダーの顔面を強打した。
「ぐはっ!」
リーダーは鼻血を噴き出し、その場に昏倒した。
リーダーが倒れたことで、残りの盗賊たちの動きが一瞬止まる。連携が乱れた証拠だ。
(よし、次は……地形だ!)
俺は周囲の地形に【情報読取】と【バグ発見】を使う。戦闘場所は、少し開けた場所だが、片側は切り立った崖になっており、その崖の一部が、雨風に晒されて脆くなっているように見えた。
『対象:崖の一部(盗賊が一人寄りかかっている箇所)
分類:地形>岩盤
状態:風化、亀裂あり(内部まで進行)
特性:不安定
備考:見た目以上に脆くなっている。強い衝撃や、特定の振動が加わると崩落する危険性あり。』
『……バグ検出:1件
内容:【亀裂内部の応力集中による崩落トリガーバグ】
詳細:内部の亀裂が特定のパターンで繋がっており、ごく僅かな外部からの振動(足音、戦闘の衝撃など)でも、応力が一点に集中し、連鎖的な崩壊を引き起こす可能性がある。再現性:中(特定の振動パターン)。』
(これも使える!)
一人の盗賊が、ちょうどその不安定な崖に背を預けるようにして、クラウスに短剣で斬りかかろうとしている。
(【限定的干渉】! 崩落トリガーを起動させろ!)
俺は、地面に落ちていた手頃な石を拾い、崖の根元付近、バグが検出された箇所とは少し離れた場所に、力を込めて投げつけた。石が岩盤に当たった鈍い音と振動。それがトリガーとなったのか……
ガラガラガラッ!!
大きな音を立てて、盗賊が寄りかかっていた崖の一部が崩れ落ちた!
「うわあああっ!?」
盗賊は、崩れた土砂と共に崖下へと滑り落ちていく。幸い、それほど高さはないため、命に別状はないだろうが、完全に戦闘不能だ。
突然の崖崩れに、残りの盗賊三人も、そしてクラウスも驚きを隠せない。
「な、なんだ今の!?」
「呪いか!?」
盗賊たちは完全に怯え、戦意を喪失しかけている。
クラウスは、この不可解な現象続きに眉をひそめながらも、好機を逃さず残りの盗賊たちに斬りかかる。もはや連携も取れず、士気も下がった盗賊たちは、クラウスの敵ではなかった。次々と打ち倒され、あるいは武器を捨てて逃げ出していく。
あっという間に、戦いは終わった。
クラウスは、倒れた盗賊たち(気絶している者、負傷して動けない者、崖から落ちた者)を見下ろし、荒い息をつきながら、周囲を見渡した。その視線が、俺が隠れている茂みの方へと向けられる。
(……気づかれたか)
流石に、これだけ都合の良い偶然が続けば、何かあると感づかれても仕方ない。俺は観念して、茂みから姿を現した。
「……ユズル殿、だったか」
クラウスは、驚きと疑念が入り混じった複雑な表情で俺を見ている。「また君か。そして、またしても、ただ見ていただけか? いや……」
彼は言葉を切り、先ほどの戦闘を思い返すように目を細める。
「あの剣の壊れ方……崖の崩れ方……あまりにも、都合が良すぎる。まるで、何者かが見えざる手で私を助けているかのようだった。……まさか、君が?」
「さあ? 俺はただ、騒ぎを聞きつけて様子を見に来ただけですが」
俺は、しらを切り通すことにした。ここで【デバッガー】の能力を明かすメリットはない。
「……そうか」クラウスは、俺の答えに納得した様子ではない。じっと俺の目を見つめてくる。その視線は、何かを探るように鋭い。「だが、結果的に助けられた形になったのは事実だ。礼を言う、ユズル殿」
「どういたしまして。まあ、俺は何もしていませんが」
俺は肩をすくめてみせる。
クラウスは、ふう、と一つ息をつくと、倒れている盗賊たちを縛り上げる作業を始めた。
「この者たちは、騎士団に引き渡さねばならん。手伝ってもらえると助かるのだが」
「……分かりました。少しだけなら」
ここで断るのも不自然だろう。俺は仕方なく、ロープで盗賊たちを縛るのを手伝った。
作業をしながら、クラウスはぽつりと言った。
「君は、一体何者なのだ? その見慣れぬ服装、不思議な雰囲気……そして、あの時のような、妙な偶然を引き起こす何か。ただのFランク冒険者とは思えん」
「さあ? ご想像にお任せしますよ」
俺は曖昧に笑うだけだ。
「……そうか」クラウスはそれ以上追求してこなかったが、その横顔には、依然として強い疑念と、そして、ほんの僅かな好奇心のようなものが浮かんでいるように見えた。
盗賊たちを縛り上げ、クラウスは彼らを連行するためにリューンへと戻る準備を始めた。
「ユズル殿、君もリューンへ戻るのか?」
「いえ、俺はダンジョンへ向かう途中ですので。ここでお別れです」
「そうか。……では、また会うこともあるかもしれんな。その時は、君の『見ていただけ』ではない活躍を期待しているぞ」
皮肉とも本気とも取れない言葉を残し、クラウスは盗賊たちを引きずるようにして、街道を戻っていった。
一人残された俺は、クラウスの去っていった方向を見つめながら、小さく息をついた。
(ますます、面倒な相手に目をつけられてしまったな……)
しかし、同時に、少しだけ達成感もあった。自分のスキルで、誰かの窮地を救うことができた。それが、あの堅物騎士だったというのは皮肉だが。
【デバッガー】スキル。それは、世界のバグを悪用するだけの力ではないのかもしれない。使い方次第では、誰かを助けるための力にもなり得る。
(まあ、俺の基本はあくまで効率と安全だけどな)
俺は気を取り直し、本来の目的地であるゴブリンの洞穴へと、再び歩き出した。
封印された扉、そしてその先のボス。新たな「デバッグ」対象が、俺を待っている。
クラウスとの奇妙な縁は、まだ始まったばかりなのかもしれない。
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