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第11話:騎士の矜持、デバッガーの観察眼
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ゴブリンの洞穴の最深部、封印された石扉。その前に立ち、俺は熟考していた。
扉に施された強力な魔法的封印。それを解くには、【デバッガー】による術式の解析と無効化が必要になるかもしれない、と【情報読取】は示唆していた。しかし、前回、魔法罠への干渉で手痛いペナルティを受けたばかりだ。あの複雑な封印術式に下手に手を出せば、どんな反動があるか分からない。
(やはり、正面から解析・干渉するのはリスクが高すぎる。もっと別の方法……あるいは、術式そのものに「バグ」が存在しないか?)
まるで、難攻不落のセキュリティシステムを前に、脆弱性を探すハッカーのような思考だ。あるいは、複雑怪奇なレガシーシステムの仕様書とにらめっこするSEか。どちらにせよ、時間と、万全のコンディションが必要になるだろう。
今日は一旦ダンジョン探索を切り上げ、リューンの町に戻ることにした。装備も新調し、資金にも余裕がある。焦る必要はない。気分転換も兼ねて、街で情報収集でもしながら、封印解除の糸口を探るのも悪くないだろう。
リューンの町は、今日も活気に満ち溢れていた。大通りを行き交う人々の喧騒、露店の呼び込みの声、馬車の立てる音。様々な情報が飛び交うこの場所は、俺にとって格好の情報収集フィールドだ。
俺は、市場の一角にある、冒険者や傭兵たちがよく利用するという評判の酒場兼食堂に立ち寄った。前回訪れたギルド近くの酒場よりも、少し落ち着いた雰囲気の店だ。昼食をとりながら、周囲の客たちの会話に耳を傾ける。もちろん、【情報読取】による「盗み聞き」と「真偽判定」も怠らない。
「……聞いたか? 最近、南の街道で商隊が立て続けに襲われてるらしいぜ」
「ああ、盗賊団の仕業だって噂だな。腕利きの連中らしい」
『発言内容の信憑性:中~高』
「西の鉱山で、新しい鉱脈が見つかったとか。一攫千金のチャンスかもな」
「馬鹿言え、あそこは危険な魔物も出るんだぞ。命あっての物種だ」
『発言内容の信憑性:中(鉱脈発見は事実、危険度も高い)』
様々な情報が飛び交う。盗賊団、新しい鉱脈……どれも興味深いが、今の俺が関わるべき事柄ではなさそうだ。ゴブリン洞窟のボス攻略が最優先事項だ。
食事を終え、店を出て再び街を歩き出す。目的もなくぶらぶらと散策していると、ふと、路地裏の方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。怒鳴り声と、何かを罵るような声。そして、微かにすすり泣くような声も。
(……トラブルか?)
面倒事は避けたい。それが俺の基本スタンスだ。しかし、元SEの性なのか、あるいは【デバッガー】スキルの影響か、異常や不条理な状況を感知すると、どうしても気になってしまう。まるで、ソースコードの中に紛れ込んだバグを見つけた時のような感覚だ。
俺は、気配を消すようにして、そっと路地裏を覗き込んだ。
そこでは、見るからに柄の悪い、チンピラ風の男たちが三人、一人の痩せた少年を取り囲んでいた。少年は露天商の見習いだろうか、ひっくり返った荷車と、地面に散らばった果物のようなものの前で、怯えたように震えている。
「おい、ガキ! どうしてくれるんだ、この汚れ! 俺様の新しい服が台無しじゃねえか!」
リーダー格と思しき、体格の良い男が、少年の胸ぐらを掴んで恫喝している。男の服には、確かに果物の汁のようなシミがついていたが、どう見ても少年が一方的に悪い状況には見えない。おそらく、わざとぶつかって因縁をつけているのだろう。古典的なカツアゲの手口だ。
「ご、ごめんなさい……弁償しますから……」
少年は涙声で訴えるが、チンピラたちは聞く耳を持たない。
「弁償? ハッ、こんな安物の果物じゃ、俺様の服の代金にもなりゃしねえ! 金で払え、金で!」
「そうだそうだ! 慰謝料もつけろよ!」
周囲には、遠巻きに様子を窺う人影もいくつかあるが、誰も助けに入ろうとはしない。見て見ぬふり、というやつだ。この世界の日常なのかもしれないが、俺にとっては、非常に非効率で、不愉快な光景だった。
(……さて、どうしたものか)
介入すれば面倒なことになるのは必至だ。だが、このまま放置するのも、後味が悪い。俺は冷静に状況を分析するために、【情報読取】をチンピラたちと少年に向けて発動させた。
『対象:チンピラ(リーダー格)
分類:人間
状態:興奮、攻撃的、強欲
ステータス:Lv 7 / HP 65/65 / MP 5/5
スキル:【脅迫】【殴打(我流)】
備考:チンピラグループのリーダー。短絡的で暴力的。弱者から金を巻き上げる常習犯。所持金:銅貨少々。』
『対象:チンピラ(子分)×2
分類:人間
状態:同調、威嚇
ステータス:Lv 5 / HP 50/50 / MP 0/0 (平均)
スキル:【追従】【石投げ(我流)】
備考:リーダーに追従しているだけ。状況が悪くなると逃げる可能性あり。』
『対象:少年(商人見習い)
分類:人間
状態:恐怖、困惑、無力感
ステータス:Lv 2 / HP 18/18 / MP 10/10
スキル:【商才(極低)】【荷運び】
備考:真面目だが気が弱い。親方の使いで商品を運んでいた途中。所持金:銅貨数枚(売上金)。』
(やはり、チンピラの因縁か。レベルは……大したことないな。今の俺なら、一人ずつなら対処できるかもしれない。だが、三対一は不利だ)
何か、スマートに解決する方法はないか? 例えば、彼らの行動や心理に「バグ」を見つけて利用するとか……
俺が介入のタイミングと方法を計っていた、その時だった。
「――そこで何をしている!」
凛とした、よく通る声が路地裏に響いた。
声のした方を見ると、そこには、陽光を反射して白銀に輝く鎧を身に纏った、一人の若者が立っていた。歳は二十歳前後だろうか。貴族的な整った顔立ちをしているが、その表情は厳しく、強い意志を感じさせる。腰には立派な長剣を佩き、背筋をピンと伸ばした立ち姿は、まさに「騎士」という言葉がふさわしい。
『対象:クラウス・フォン・リンドバーグ
分類:人間(貴族)
状態:憤慨、規律を重んじる
ステータス:Lv ??(表示不可:高レベル?)
スキル:【剣術(騎士流)】Lv ??、【盾術】Lv ??、【重鎧習熟】Lv ??、【騎士の誓い】Lv ?? (他、複数スキル保有の可能性)
備考:リューン近郊を領地とするリンドバーグ男爵家の嫡男。王都の騎士団に所属していたが、現在は訳あってリューンに滞在中。強い正義感を持つが、融通が利かない一面も。家は没落寸前との噂あり。』
(……クラウス・フォン・リンドバーグ? 騎士?)
【情報読取】で得られた情報に、俺は少し驚いた。レベルやスキルレベルの詳細は不明だが、相当な手練れであることは間違いない。そして、「騎士の誓い」というスキル名が気になる。自己強化系のスキルだろうか?
突然現れた騎士に、チンピラたちは明らかに動揺していた。リーダー格の男が、虚勢を張りながらクラウスに食ってかかる。
「な、なんだテメェ! 騎士様がこんな路地裏に何の用だ!」
クラウスは、チンピラたちの恫喝にも全く動じず、冷徹な声で言い放った。
「見ての通りだ。弱き者を寄ってたかって脅迫し、金品を巻き上げようとする不届き者ども。見過ごすわけにはいかんな」
「ふ、不届き者だと!? こいつが俺の服を汚したんだ! 正当な賠償請求だ!」
「言い訳は無用だ」クラウスは、地面に散らばった果物と、怯える少年を一瞥し、再びチンピラたちを睨み据える。「貴様らの悪行は明白だ。速やかに少年を解放し、立ち去るがいい。さもなくば、騎士団の名において、実力をもって排除する」
その言葉には、有無を言わせぬ威圧感があった。レベル差もさることながら、彼が纏うオーラのようなものが、チンピラたちを完全に気圧している。
リーダー格の男は、顔を引きつらせながらも、まだ諦めきれない様子だった。
「……ちっ! 騎士様だからって、偉そうにしやがって! 覚えてろよ!」
捨て台詞を吐き、子分たちと共に、そそくさと路地裏から逃げ去っていった。
嵐が過ぎ去ったように、路地裏に静けさが戻る。
クラウスは、怯えている少年に向き直り、厳しい表情を少し和らげて声をかけた。
「少年、怪我はないか?」
「は、はい……ありがとうございます、騎士様……」
少年は、まだ少し震えながらも、深々と頭を下げた。
「うむ。荷物を片付けるのを手伝おう」
クラウスはそう言うと、自ら屈んで、地面に散らばった果物を拾い始めた。その姿は、先ほどの威厳ある騎士の姿とは少しギャップがあり、彼の真面目で実直な人柄を窺わせた。
俺は、一部始終を物陰から観察していた。見事な介入だった。力を見せつけながらも、無駄な戦闘は避ける。理想的なトラブルシューティングだ。
(さて、俺もそろそろ立ち去るか……)
これ以上ここにいても仕方ない。俺が介入する必要もなくなった。そう思い、静かにその場を離れようとした、その時。
「――そこの君」
クラウスの声が、俺を呼び止めた。
振り返ると、クラウスはこちらを真っ直ぐに見つめていた。その目は、先ほどチンピラたちに向けていたものとは違う、鋭い観察眼の色を帯びている。
「君は、先ほどからそこで何を見ていた?」
(……気づかれていたか)
【隠密】スキルを使っていたわけではないが、気配は殺していたつもりだった。さすが騎士、といったところか。
俺は物陰から姿を現し、平静を装って答えた。
「……騒がしい声が聞こえたので、様子を見ていただけです」
クラウスは、俺の服装(異世界では珍しいシャツとスラックス)と、腰の魔鋼のダガーに視線を走らせ、僅かに眉をひそめた。
「君も冒険者か? それにしては、見かけない身なりだな。そして、何故、見ていただけだった? 不正が行われていると知りながら、助けに入ろうとしなかったのか?」
その声には、明確な非難の色が含まれていた。
(……うわぁ、面倒なタイプだ)
正義感が強く、融通が利かない。まさに、俺とは対極の人間だ。【情報読取】の備考にあった通りだ。
「俺には、介入する義務も力もありませんでしたので。それに、あなたが来てくれたおかげで、結果的に解決したようですし」
俺は、ポーカーフェイスを保ちながら、事実を淡々と述べる。
クラウスは、俺の答えが気に入らなかったようだ。眉間の皺をさらに深くする。
「義務や力がなければ、不正を見て見ぬふりをするのが君の流儀か? それは、騎士の道に反するだけでなく、人としても正しい行いとは言えんのではないか?」
「正しいかどうかは、状況と立場によります。俺は、無用なリスクを冒すよりも、効率と安全を優先するだけです」
俺も一歩も引かない。彼の言う「正しさ」が、必ずしも最適解とは限らない。場合によっては、介入がかえって事態を悪化させることだってあるのだ。
クラウスは、俺の言葉に何か言い返そうとしたが、ちょうど少年が荷物をまとめ終え、「あの、騎士様、本当にありがとうございました!」と改めて礼を言ったことで、話を中断された。
「うむ。気をつけて帰るのだぞ」
クラウスは少年に頷きかけると、再び俺に向き直った。
「……君の名は?」
「ユズル、と申します」
「ユズル……か。私はクラウス・フォン・リンドバーグ。覚えておこう」
彼はそう言うと、俺の返事を待たずに、背筋を伸ばして路地裏を去っていった。その背中からは、どこか不機嫌そうな雰囲気が漂っていた。
(……クラウス・フォン・リンドバーグ。没落貴族の、真面目すぎる騎士か)
面白い人物ではあるが、あまり関わり合いになりたくないタイプだ、というのが第一印象だった。彼の言う「正しさ」と、俺の「効率」は、おそらく永遠に相容れないだろう。
しかし、同時に、彼の持つスキルの詳細や、その実力には興味を惹かれるものがあった。いつか、何かの形で再び関わることになるかもしれない。そんな予感を、俺は漠然と感じていた。
トラブルは解決したが、後味の悪さと、新たな人物との(あまり好ましくない)出会い。気分転換のつもりが、かえって少し疲れてしまった。
(やっぱり、街中は面倒が多いな。さっさとダンジョンに戻って、ボス攻略に集中しよう)
俺は、騎士クラウスの姿が消えた方向を一瞥すると、溜息をつきながら、その場を後にした。
この出会いが、今後の俺の異世界ライフに、どんな影響を与えることになるのか。それはまだ、誰にも分からない。
扉に施された強力な魔法的封印。それを解くには、【デバッガー】による術式の解析と無効化が必要になるかもしれない、と【情報読取】は示唆していた。しかし、前回、魔法罠への干渉で手痛いペナルティを受けたばかりだ。あの複雑な封印術式に下手に手を出せば、どんな反動があるか分からない。
(やはり、正面から解析・干渉するのはリスクが高すぎる。もっと別の方法……あるいは、術式そのものに「バグ」が存在しないか?)
まるで、難攻不落のセキュリティシステムを前に、脆弱性を探すハッカーのような思考だ。あるいは、複雑怪奇なレガシーシステムの仕様書とにらめっこするSEか。どちらにせよ、時間と、万全のコンディションが必要になるだろう。
今日は一旦ダンジョン探索を切り上げ、リューンの町に戻ることにした。装備も新調し、資金にも余裕がある。焦る必要はない。気分転換も兼ねて、街で情報収集でもしながら、封印解除の糸口を探るのも悪くないだろう。
リューンの町は、今日も活気に満ち溢れていた。大通りを行き交う人々の喧騒、露店の呼び込みの声、馬車の立てる音。様々な情報が飛び交うこの場所は、俺にとって格好の情報収集フィールドだ。
俺は、市場の一角にある、冒険者や傭兵たちがよく利用するという評判の酒場兼食堂に立ち寄った。前回訪れたギルド近くの酒場よりも、少し落ち着いた雰囲気の店だ。昼食をとりながら、周囲の客たちの会話に耳を傾ける。もちろん、【情報読取】による「盗み聞き」と「真偽判定」も怠らない。
「……聞いたか? 最近、南の街道で商隊が立て続けに襲われてるらしいぜ」
「ああ、盗賊団の仕業だって噂だな。腕利きの連中らしい」
『発言内容の信憑性:中~高』
「西の鉱山で、新しい鉱脈が見つかったとか。一攫千金のチャンスかもな」
「馬鹿言え、あそこは危険な魔物も出るんだぞ。命あっての物種だ」
『発言内容の信憑性:中(鉱脈発見は事実、危険度も高い)』
様々な情報が飛び交う。盗賊団、新しい鉱脈……どれも興味深いが、今の俺が関わるべき事柄ではなさそうだ。ゴブリン洞窟のボス攻略が最優先事項だ。
食事を終え、店を出て再び街を歩き出す。目的もなくぶらぶらと散策していると、ふと、路地裏の方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。怒鳴り声と、何かを罵るような声。そして、微かにすすり泣くような声も。
(……トラブルか?)
面倒事は避けたい。それが俺の基本スタンスだ。しかし、元SEの性なのか、あるいは【デバッガー】スキルの影響か、異常や不条理な状況を感知すると、どうしても気になってしまう。まるで、ソースコードの中に紛れ込んだバグを見つけた時のような感覚だ。
俺は、気配を消すようにして、そっと路地裏を覗き込んだ。
そこでは、見るからに柄の悪い、チンピラ風の男たちが三人、一人の痩せた少年を取り囲んでいた。少年は露天商の見習いだろうか、ひっくり返った荷車と、地面に散らばった果物のようなものの前で、怯えたように震えている。
「おい、ガキ! どうしてくれるんだ、この汚れ! 俺様の新しい服が台無しじゃねえか!」
リーダー格と思しき、体格の良い男が、少年の胸ぐらを掴んで恫喝している。男の服には、確かに果物の汁のようなシミがついていたが、どう見ても少年が一方的に悪い状況には見えない。おそらく、わざとぶつかって因縁をつけているのだろう。古典的なカツアゲの手口だ。
「ご、ごめんなさい……弁償しますから……」
少年は涙声で訴えるが、チンピラたちは聞く耳を持たない。
「弁償? ハッ、こんな安物の果物じゃ、俺様の服の代金にもなりゃしねえ! 金で払え、金で!」
「そうだそうだ! 慰謝料もつけろよ!」
周囲には、遠巻きに様子を窺う人影もいくつかあるが、誰も助けに入ろうとはしない。見て見ぬふり、というやつだ。この世界の日常なのかもしれないが、俺にとっては、非常に非効率で、不愉快な光景だった。
(……さて、どうしたものか)
介入すれば面倒なことになるのは必至だ。だが、このまま放置するのも、後味が悪い。俺は冷静に状況を分析するために、【情報読取】をチンピラたちと少年に向けて発動させた。
『対象:チンピラ(リーダー格)
分類:人間
状態:興奮、攻撃的、強欲
ステータス:Lv 7 / HP 65/65 / MP 5/5
スキル:【脅迫】【殴打(我流)】
備考:チンピラグループのリーダー。短絡的で暴力的。弱者から金を巻き上げる常習犯。所持金:銅貨少々。』
『対象:チンピラ(子分)×2
分類:人間
状態:同調、威嚇
ステータス:Lv 5 / HP 50/50 / MP 0/0 (平均)
スキル:【追従】【石投げ(我流)】
備考:リーダーに追従しているだけ。状況が悪くなると逃げる可能性あり。』
『対象:少年(商人見習い)
分類:人間
状態:恐怖、困惑、無力感
ステータス:Lv 2 / HP 18/18 / MP 10/10
スキル:【商才(極低)】【荷運び】
備考:真面目だが気が弱い。親方の使いで商品を運んでいた途中。所持金:銅貨数枚(売上金)。』
(やはり、チンピラの因縁か。レベルは……大したことないな。今の俺なら、一人ずつなら対処できるかもしれない。だが、三対一は不利だ)
何か、スマートに解決する方法はないか? 例えば、彼らの行動や心理に「バグ」を見つけて利用するとか……
俺が介入のタイミングと方法を計っていた、その時だった。
「――そこで何をしている!」
凛とした、よく通る声が路地裏に響いた。
声のした方を見ると、そこには、陽光を反射して白銀に輝く鎧を身に纏った、一人の若者が立っていた。歳は二十歳前後だろうか。貴族的な整った顔立ちをしているが、その表情は厳しく、強い意志を感じさせる。腰には立派な長剣を佩き、背筋をピンと伸ばした立ち姿は、まさに「騎士」という言葉がふさわしい。
『対象:クラウス・フォン・リンドバーグ
分類:人間(貴族)
状態:憤慨、規律を重んじる
ステータス:Lv ??(表示不可:高レベル?)
スキル:【剣術(騎士流)】Lv ??、【盾術】Lv ??、【重鎧習熟】Lv ??、【騎士の誓い】Lv ?? (他、複数スキル保有の可能性)
備考:リューン近郊を領地とするリンドバーグ男爵家の嫡男。王都の騎士団に所属していたが、現在は訳あってリューンに滞在中。強い正義感を持つが、融通が利かない一面も。家は没落寸前との噂あり。』
(……クラウス・フォン・リンドバーグ? 騎士?)
【情報読取】で得られた情報に、俺は少し驚いた。レベルやスキルレベルの詳細は不明だが、相当な手練れであることは間違いない。そして、「騎士の誓い」というスキル名が気になる。自己強化系のスキルだろうか?
突然現れた騎士に、チンピラたちは明らかに動揺していた。リーダー格の男が、虚勢を張りながらクラウスに食ってかかる。
「な、なんだテメェ! 騎士様がこんな路地裏に何の用だ!」
クラウスは、チンピラたちの恫喝にも全く動じず、冷徹な声で言い放った。
「見ての通りだ。弱き者を寄ってたかって脅迫し、金品を巻き上げようとする不届き者ども。見過ごすわけにはいかんな」
「ふ、不届き者だと!? こいつが俺の服を汚したんだ! 正当な賠償請求だ!」
「言い訳は無用だ」クラウスは、地面に散らばった果物と、怯える少年を一瞥し、再びチンピラたちを睨み据える。「貴様らの悪行は明白だ。速やかに少年を解放し、立ち去るがいい。さもなくば、騎士団の名において、実力をもって排除する」
その言葉には、有無を言わせぬ威圧感があった。レベル差もさることながら、彼が纏うオーラのようなものが、チンピラたちを完全に気圧している。
リーダー格の男は、顔を引きつらせながらも、まだ諦めきれない様子だった。
「……ちっ! 騎士様だからって、偉そうにしやがって! 覚えてろよ!」
捨て台詞を吐き、子分たちと共に、そそくさと路地裏から逃げ去っていった。
嵐が過ぎ去ったように、路地裏に静けさが戻る。
クラウスは、怯えている少年に向き直り、厳しい表情を少し和らげて声をかけた。
「少年、怪我はないか?」
「は、はい……ありがとうございます、騎士様……」
少年は、まだ少し震えながらも、深々と頭を下げた。
「うむ。荷物を片付けるのを手伝おう」
クラウスはそう言うと、自ら屈んで、地面に散らばった果物を拾い始めた。その姿は、先ほどの威厳ある騎士の姿とは少しギャップがあり、彼の真面目で実直な人柄を窺わせた。
俺は、一部始終を物陰から観察していた。見事な介入だった。力を見せつけながらも、無駄な戦闘は避ける。理想的なトラブルシューティングだ。
(さて、俺もそろそろ立ち去るか……)
これ以上ここにいても仕方ない。俺が介入する必要もなくなった。そう思い、静かにその場を離れようとした、その時。
「――そこの君」
クラウスの声が、俺を呼び止めた。
振り返ると、クラウスはこちらを真っ直ぐに見つめていた。その目は、先ほどチンピラたちに向けていたものとは違う、鋭い観察眼の色を帯びている。
「君は、先ほどからそこで何を見ていた?」
(……気づかれていたか)
【隠密】スキルを使っていたわけではないが、気配は殺していたつもりだった。さすが騎士、といったところか。
俺は物陰から姿を現し、平静を装って答えた。
「……騒がしい声が聞こえたので、様子を見ていただけです」
クラウスは、俺の服装(異世界では珍しいシャツとスラックス)と、腰の魔鋼のダガーに視線を走らせ、僅かに眉をひそめた。
「君も冒険者か? それにしては、見かけない身なりだな。そして、何故、見ていただけだった? 不正が行われていると知りながら、助けに入ろうとしなかったのか?」
その声には、明確な非難の色が含まれていた。
(……うわぁ、面倒なタイプだ)
正義感が強く、融通が利かない。まさに、俺とは対極の人間だ。【情報読取】の備考にあった通りだ。
「俺には、介入する義務も力もありませんでしたので。それに、あなたが来てくれたおかげで、結果的に解決したようですし」
俺は、ポーカーフェイスを保ちながら、事実を淡々と述べる。
クラウスは、俺の答えが気に入らなかったようだ。眉間の皺をさらに深くする。
「義務や力がなければ、不正を見て見ぬふりをするのが君の流儀か? それは、騎士の道に反するだけでなく、人としても正しい行いとは言えんのではないか?」
「正しいかどうかは、状況と立場によります。俺は、無用なリスクを冒すよりも、効率と安全を優先するだけです」
俺も一歩も引かない。彼の言う「正しさ」が、必ずしも最適解とは限らない。場合によっては、介入がかえって事態を悪化させることだってあるのだ。
クラウスは、俺の言葉に何か言い返そうとしたが、ちょうど少年が荷物をまとめ終え、「あの、騎士様、本当にありがとうございました!」と改めて礼を言ったことで、話を中断された。
「うむ。気をつけて帰るのだぞ」
クラウスは少年に頷きかけると、再び俺に向き直った。
「……君の名は?」
「ユズル、と申します」
「ユズル……か。私はクラウス・フォン・リンドバーグ。覚えておこう」
彼はそう言うと、俺の返事を待たずに、背筋を伸ばして路地裏を去っていった。その背中からは、どこか不機嫌そうな雰囲気が漂っていた。
(……クラウス・フォン・リンドバーグ。没落貴族の、真面目すぎる騎士か)
面白い人物ではあるが、あまり関わり合いになりたくないタイプだ、というのが第一印象だった。彼の言う「正しさ」と、俺の「効率」は、おそらく永遠に相容れないだろう。
しかし、同時に、彼の持つスキルの詳細や、その実力には興味を惹かれるものがあった。いつか、何かの形で再び関わることになるかもしれない。そんな予感を、俺は漠然と感じていた。
トラブルは解決したが、後味の悪さと、新たな人物との(あまり好ましくない)出会い。気分転換のつもりが、かえって少し疲れてしまった。
(やっぱり、街中は面倒が多いな。さっさとダンジョンに戻って、ボス攻略に集中しよう)
俺は、騎士クラウスの姿が消えた方向を一瞥すると、溜息をつきながら、その場を後にした。
この出会いが、今後の俺の異世界ライフに、どんな影響を与えることになるのか。それはまだ、誰にも分からない。
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一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
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