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第10話:デバッガースキルの光と影
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装備を一新し、懐には十分な資金もある。レベルも上がり、新たなスキル【剣術(基礎)】と【隠密(低級)】も習得した。今の俺なら、ゴブリンの洞穴の最深部まで踏破し、ボスを討伐することも可能だろう。そんな自信を胸に、俺はリューンを出発し、三度(みたび)ゴブリンの洞穴へと向かった。
洞窟の入り口を抜け、慣れた足取りで内部を進む。以前よりも視界が良く感じるのは、気のせいではないだろう。レベルアップによる五感の強化かもしれない。松明の明かりに照らされる通路の様子も、より鮮明に捉えることができる。
序盤のエリアは、もはやウォーミングアップのようなものだ。出現するゴブリンは、【隠密】スキルで気配を消して接近し、【剣術】スキルで強化された魔鋼のダガーの一撃で沈める。障害物認識バグを利用したヒットアンドアウェイ戦法を使うまでもない。数日前、あれほど苦戦したのが嘘のようだ。
(成長している。確実に、異常な速度で)
システムのバグによるブーストを実感しながらも、一抹の不安がよぎる。この力が、いつまで続くのか。そして、その代償は何なのか。警告にあった「管理者」の影が、心の片隅にちらついていた。
考え事をしながらも、警戒は怠らない。ダンジョンのより深いエリアへと進んでいくと、通路の雰囲気が少し変わってきた。壁の材質がより硬質な岩に変わり、空気もさらに冷たく、重くなってきている。そして、出現する魔物にも変化が現れた。
「グルル……」
前方の通路から現れたのは、これまでのゴブリンよりも一回り大きく、筋骨隆々とした緑色の魔物。手には粗末な棍棒ではなく、錆びてはいるが金属製のウォーハンマーを握っている。
『対象:ホブゴブリン
分類:亜人科>ゴブリン属(上位種)
状態:警戒
ステータス:Lv 8 / HP 75/75 / MP 15/15
スキル:【ウォーハンマー術(低級)】【突撃】【咆哮(威嚇)】
特性:ゴブリンより高い知能と統率力、頑丈な肉体
備考:ゴブリンの群れを率いることがある。単体でもゴブリン数体分の戦闘力を持つ。要注意対象。』
「ホブゴブリン……レベル8か」
ゴブリンよりも格段に強い。ステータスもスキルも上だ。真正面からぶつかれば、今の俺でも苦戦は必至だろう。
(だが、こいつもシステムの一部である以上、バグがないとは限らない)
俺は距離を取りつつ、【バグ発見】を発動。ホブゴブリンの行動パターン、スキル、弱点などを解析する。
『……バグ検出:2件
①【突撃スキル発動後の硬直時間延長バグ】
詳細:スキル【突撃】を使用した直後、ごく短時間発生する硬直時間が、特定の条件下(地面の状態?対象との距離?)で僅かに延長されることがある。再現性:低。
②【ウォーハンマーの重心バランス調整ミス】
詳細:ホブゴブリンが使用しているウォーハンマーは、粗雑な作りのため重心バランスが悪く、大振りな攻撃を行った際に体勢を崩しやすいという構造的欠陥(バグ)を持つ。再現性:中(大振り攻撃時)。』
「……なるほど。利用できる隙はあるな」
特に②のウォーハンマーの重心バグは狙い目だ。大振りな攻撃を誘い、体勢を崩した瞬間を突けば、勝機はある。
ホブゴブリンが威嚇の咆哮を上げ、ウォーハンマーを振りかぶりながら突進してくる。スキル【突撃】だ。凄まじい勢いだが、動きは直線的。俺は冷静に横へ跳んで回避する。
ホブゴブリンは目標を見失い、急ブレーキをかけるようにして立ち止まる。一瞬の硬直。本来ならすぐに次の行動に移るはずだが……
(……ん? 硬直が少し長い?)
①の硬直時間延長バグが、偶然発動したのかもしれない。だが、その時間は本当に僅かだ。ここで仕掛けるのはリスクが高い。
俺は距離を保ち、ホブゴブリンの次の動きを待つ。ホブゴブリンは体勢を立て直し、再びウォーハンマーを大きく振りかぶった。地面を叩きつけるような、力任せの一撃。
(今だ! 重心バグ!)
攻撃を最小限の動きで避けながら、懐へ飛び込む。ホブゴブリンは、予想通り、ウォーハンマーの重さに振り回されるようにして、大きく体勢を崩していた。がら空きになった脇腹に、魔鋼のダガーを深々と突き立てる!
「グゴォッ!?」
ホブゴブリンは苦悶の声を上げ、ウォーハンマーを取り落とした。HPを半分近く削ったようだ。
しかし、ホブゴブリンはまだ倒れない。怒りに燃える目で俺を睨みつけ、素手で殴りかかってくる。俺は冷静に攻撃を捌きながら、的確にダガーで反撃を加えていく。【剣術(基礎)】スキルのおかげで、以前よりも格段にスムーズな動きで連撃を繰り出せる。
数合の打ち合いの後、ホブゴブリンは力尽き、その場に崩れ落ちた。
『対象:ホブゴブリン / HP 0/75 / 討伐完了』
『経験値を獲得しました』
「ふぅ……流石にゴブリンより手強かったな」
息を整えながら、ドロップアイテム(ホブゴブリンの耳と、低級魔石一つ)を回収する。バグを利用したとはいえ、格上の敵を単独で倒せたことは、大きな自信になった。
しかし、この勝利で少し油断が生じていたのかもしれない。
さらに奥へ進むと、通路の床に不自然な模様が描かれているのを見つけた。
(これは……罠か?)
【情報読取】で確認する。
『対象:魔法罠(落とし穴)
分類:罠>魔法仕掛け
状態:待機中
効果:対象が一定範囲内に侵入すると、床が消失し、下層(推定5メートル下)へ落下させる。落下ダメージ+α(下に罠がある可能性)。
解除条件:特定の解除スイッチを押す、または魔法的に無効化する。
備考:比較的単純な構造の魔法罠。注意深く観察すれば発見は可能。』
「落とし穴か。古典的だが、厄介だな」
解除スイッチの場所は不明。魔法も使えない。となれば、迂回するか、あるいは……
(この罠にも、バグはないか?)
俺は【バグ発見】を試みる。
『……バグ検出:1件
内容:【起動センサー感度設定のムラ】
詳細:罠を起動させる魔力センサーの感度設定に僅かなムラがあり、範囲内の一部の座標(約10cm四方)では、センサーが正常に反応せず、罠が起動しない可能性がある。再現性:低(特定の座標のみ)。』
「……なるほど。安全地帯があるわけか」
センサーが反応しないピンポイントの座標。そこを通れば、罠を回避できるかもしれない。
(しかし、10cm四方……失敗したら真っ逆さまだ。リスクが高いな)
【限定的干渉】で、安全地帯を一時的に広げる、あるいはセンサー感度を鈍らせる、といったことはできないだろうか?
俺は罠の手前で立ち止まり、【限定的干渉】を試みようとした。センサーの魔力パターンを読み取り、その動作を阻害するような干渉を……
(【限定的干渉】! センサー感度を、一時的に低下させろ!)
スキルを発動させた瞬間――
ズキィィィン!!!
これまで経験したことのない、強烈な頭痛が俺を襲った。まるで、頭蓋骨の内側から針で突き刺されるような激痛。視界が激しく点滅し、平衡感覚が失われる。立っていることすら困難になり、俺はその場に膝をついた。
「ぐ……っ! なんだ……これは……!?」
『【警告】:システム干渉レベルが許容値を超過しました。対象への一時的なペナルティ(強度の精神負荷、スキル使用制限)を適用します。ペナルティ時間:約5分間。』
脳内に、冷たいシステム音声が響く。ペナルティ!? スキル使用制限!?
慌てて【デバッガー】スキルを使おうとするが、全く反応しない。まるで、脳とスキルの接続が強制的に切断されたかのようだ。
(まずい……! この状態で、敵に襲われたら……!)
幸い、周囲に魔物の気配はない。だが、5分間も無防備な状態が続くというのは、あまりにも危険すぎる。
何故、こんなことになった?
罠のバグに干渉しようとしただけだ。ゴブリンやホブゴブリンのバグに干渉した時とは、明らかに違う強い反動(ペナルティ)。
(考えられる原因は……罠のシステムが、生物のAIよりも複雑、あるいは世界の根幹に近いプログラムだった? それとも、単純に【限定的干渉】の許容量を超えた使い方をしようとしたから?)
どちらにせよ、このスキルは、俺が思っている以上にデリケートで、危険なものなのだと思い知らされた。バグを見つけ、利用できるからといって、何でもできるわけではない。そこには、明確な「ルール」と「リスク」が存在する。
激しい頭痛に耐えながら、5分間が永遠のように長く感じられた。ようやくペナルティが解除され、スキルが再び使えるようになった時には、額に冷や汗がびっしょりとかいていた。
結局、落とし穴は迂回することにした。壁を【情報読取】で調べ、脆くなっている部分を見つけて、ダガーで削り、狭い隙間を作って通り抜けた。遠回りになったが、安全には代えられない。
この一件で、俺は【デバッガー】スキルの「影」の部分を強く意識することになった。
可能性は無限大かもしれないが、同時に、一歩間違えれば自滅しかねない危険性を孕んでいる。そして、俺自身の異常な成長速度も、いつシステムに検知され、ペナルティを受けるか分からない。
(慢心していた……完全に)
壁抜け、AIハメ、異常なレベルアップ。あまりにも順調に進みすぎて、リスクへの意識が薄れていた。この世界は、都合の良いゲームなんかじゃない。リアルな危険と、未知の法則が存在する場所なのだ。
慎重さを取り戻した俺は、ダンジョンの最深部へと続く最後の通路にたどり着いた。その先には、他よりも一回り大きな、重々しい石の扉があった。おそらく、この奥がボス部屋だろう。
扉に【情報読取】を使う。
『対象:封印された石扉
分類:建造物>扉(特殊)
状態:施錠(強力な魔法的封印)
特性:物理破壊耐性(高)、魔法耐性(高)
解除条件:不明(特定の鍵?試練の達成?)、あるいは【デバッガー】による封印術式の解析・無効化?
備考:古代ゴブリン文明、あるいはそれ以前の何者かによって設置された可能性。内部から強大な魔力を感じる。』
「……封印された扉? 解除条件に【デバッガー】?」
備考欄の記述に、俺は目を見開いた。この扉は、俺のスキルで開けられる可能性があるというのか?
扉の表面に手を触れ、【バグ発見】、いや、より深く、【コード・リーディング】に近い意識で、封印の術式そのものを解析しようと試みる。
複雑怪奇な魔力の流れ、幾重にも重ねられた防御機構。それは、これまで見てきたどんなバグよりも高度で、難解な「プログラム」だった。解析には、相当な時間と集中力が必要になりそうだ。そして、下手に干渉すれば、また強烈なペナルティを受けるかもしれない。
(今日のところは、ここまでだな)
疲労も溜まっている。万全の状態で、この扉と、その先に待つであろうボスに挑むべきだ。
俺は、石扉の前を離れ、地上への帰路についた。
今日の探索で得た教訓は大きい。【デバッガー】は万能ではない。リスクを理解し、慎重に扱わなければならない。そして、俺自身の存在も、この世界のシステムにとっては「バグ」のようなものなのかもしれない。
光と影。可能性と危険性。
【デバッガー】スキルと共に歩む異世界での道は、決して平坦ではないことを、俺は改めて胸に刻み込んだ。
洞窟の入り口を抜け、慣れた足取りで内部を進む。以前よりも視界が良く感じるのは、気のせいではないだろう。レベルアップによる五感の強化かもしれない。松明の明かりに照らされる通路の様子も、より鮮明に捉えることができる。
序盤のエリアは、もはやウォーミングアップのようなものだ。出現するゴブリンは、【隠密】スキルで気配を消して接近し、【剣術】スキルで強化された魔鋼のダガーの一撃で沈める。障害物認識バグを利用したヒットアンドアウェイ戦法を使うまでもない。数日前、あれほど苦戦したのが嘘のようだ。
(成長している。確実に、異常な速度で)
システムのバグによるブーストを実感しながらも、一抹の不安がよぎる。この力が、いつまで続くのか。そして、その代償は何なのか。警告にあった「管理者」の影が、心の片隅にちらついていた。
考え事をしながらも、警戒は怠らない。ダンジョンのより深いエリアへと進んでいくと、通路の雰囲気が少し変わってきた。壁の材質がより硬質な岩に変わり、空気もさらに冷たく、重くなってきている。そして、出現する魔物にも変化が現れた。
「グルル……」
前方の通路から現れたのは、これまでのゴブリンよりも一回り大きく、筋骨隆々とした緑色の魔物。手には粗末な棍棒ではなく、錆びてはいるが金属製のウォーハンマーを握っている。
『対象:ホブゴブリン
分類:亜人科>ゴブリン属(上位種)
状態:警戒
ステータス:Lv 8 / HP 75/75 / MP 15/15
スキル:【ウォーハンマー術(低級)】【突撃】【咆哮(威嚇)】
特性:ゴブリンより高い知能と統率力、頑丈な肉体
備考:ゴブリンの群れを率いることがある。単体でもゴブリン数体分の戦闘力を持つ。要注意対象。』
「ホブゴブリン……レベル8か」
ゴブリンよりも格段に強い。ステータスもスキルも上だ。真正面からぶつかれば、今の俺でも苦戦は必至だろう。
(だが、こいつもシステムの一部である以上、バグがないとは限らない)
俺は距離を取りつつ、【バグ発見】を発動。ホブゴブリンの行動パターン、スキル、弱点などを解析する。
『……バグ検出:2件
①【突撃スキル発動後の硬直時間延長バグ】
詳細:スキル【突撃】を使用した直後、ごく短時間発生する硬直時間が、特定の条件下(地面の状態?対象との距離?)で僅かに延長されることがある。再現性:低。
②【ウォーハンマーの重心バランス調整ミス】
詳細:ホブゴブリンが使用しているウォーハンマーは、粗雑な作りのため重心バランスが悪く、大振りな攻撃を行った際に体勢を崩しやすいという構造的欠陥(バグ)を持つ。再現性:中(大振り攻撃時)。』
「……なるほど。利用できる隙はあるな」
特に②のウォーハンマーの重心バグは狙い目だ。大振りな攻撃を誘い、体勢を崩した瞬間を突けば、勝機はある。
ホブゴブリンが威嚇の咆哮を上げ、ウォーハンマーを振りかぶりながら突進してくる。スキル【突撃】だ。凄まじい勢いだが、動きは直線的。俺は冷静に横へ跳んで回避する。
ホブゴブリンは目標を見失い、急ブレーキをかけるようにして立ち止まる。一瞬の硬直。本来ならすぐに次の行動に移るはずだが……
(……ん? 硬直が少し長い?)
①の硬直時間延長バグが、偶然発動したのかもしれない。だが、その時間は本当に僅かだ。ここで仕掛けるのはリスクが高い。
俺は距離を保ち、ホブゴブリンの次の動きを待つ。ホブゴブリンは体勢を立て直し、再びウォーハンマーを大きく振りかぶった。地面を叩きつけるような、力任せの一撃。
(今だ! 重心バグ!)
攻撃を最小限の動きで避けながら、懐へ飛び込む。ホブゴブリンは、予想通り、ウォーハンマーの重さに振り回されるようにして、大きく体勢を崩していた。がら空きになった脇腹に、魔鋼のダガーを深々と突き立てる!
「グゴォッ!?」
ホブゴブリンは苦悶の声を上げ、ウォーハンマーを取り落とした。HPを半分近く削ったようだ。
しかし、ホブゴブリンはまだ倒れない。怒りに燃える目で俺を睨みつけ、素手で殴りかかってくる。俺は冷静に攻撃を捌きながら、的確にダガーで反撃を加えていく。【剣術(基礎)】スキルのおかげで、以前よりも格段にスムーズな動きで連撃を繰り出せる。
数合の打ち合いの後、ホブゴブリンは力尽き、その場に崩れ落ちた。
『対象:ホブゴブリン / HP 0/75 / 討伐完了』
『経験値を獲得しました』
「ふぅ……流石にゴブリンより手強かったな」
息を整えながら、ドロップアイテム(ホブゴブリンの耳と、低級魔石一つ)を回収する。バグを利用したとはいえ、格上の敵を単独で倒せたことは、大きな自信になった。
しかし、この勝利で少し油断が生じていたのかもしれない。
さらに奥へ進むと、通路の床に不自然な模様が描かれているのを見つけた。
(これは……罠か?)
【情報読取】で確認する。
『対象:魔法罠(落とし穴)
分類:罠>魔法仕掛け
状態:待機中
効果:対象が一定範囲内に侵入すると、床が消失し、下層(推定5メートル下)へ落下させる。落下ダメージ+α(下に罠がある可能性)。
解除条件:特定の解除スイッチを押す、または魔法的に無効化する。
備考:比較的単純な構造の魔法罠。注意深く観察すれば発見は可能。』
「落とし穴か。古典的だが、厄介だな」
解除スイッチの場所は不明。魔法も使えない。となれば、迂回するか、あるいは……
(この罠にも、バグはないか?)
俺は【バグ発見】を試みる。
『……バグ検出:1件
内容:【起動センサー感度設定のムラ】
詳細:罠を起動させる魔力センサーの感度設定に僅かなムラがあり、範囲内の一部の座標(約10cm四方)では、センサーが正常に反応せず、罠が起動しない可能性がある。再現性:低(特定の座標のみ)。』
「……なるほど。安全地帯があるわけか」
センサーが反応しないピンポイントの座標。そこを通れば、罠を回避できるかもしれない。
(しかし、10cm四方……失敗したら真っ逆さまだ。リスクが高いな)
【限定的干渉】で、安全地帯を一時的に広げる、あるいはセンサー感度を鈍らせる、といったことはできないだろうか?
俺は罠の手前で立ち止まり、【限定的干渉】を試みようとした。センサーの魔力パターンを読み取り、その動作を阻害するような干渉を……
(【限定的干渉】! センサー感度を、一時的に低下させろ!)
スキルを発動させた瞬間――
ズキィィィン!!!
これまで経験したことのない、強烈な頭痛が俺を襲った。まるで、頭蓋骨の内側から針で突き刺されるような激痛。視界が激しく点滅し、平衡感覚が失われる。立っていることすら困難になり、俺はその場に膝をついた。
「ぐ……っ! なんだ……これは……!?」
『【警告】:システム干渉レベルが許容値を超過しました。対象への一時的なペナルティ(強度の精神負荷、スキル使用制限)を適用します。ペナルティ時間:約5分間。』
脳内に、冷たいシステム音声が響く。ペナルティ!? スキル使用制限!?
慌てて【デバッガー】スキルを使おうとするが、全く反応しない。まるで、脳とスキルの接続が強制的に切断されたかのようだ。
(まずい……! この状態で、敵に襲われたら……!)
幸い、周囲に魔物の気配はない。だが、5分間も無防備な状態が続くというのは、あまりにも危険すぎる。
何故、こんなことになった?
罠のバグに干渉しようとしただけだ。ゴブリンやホブゴブリンのバグに干渉した時とは、明らかに違う強い反動(ペナルティ)。
(考えられる原因は……罠のシステムが、生物のAIよりも複雑、あるいは世界の根幹に近いプログラムだった? それとも、単純に【限定的干渉】の許容量を超えた使い方をしようとしたから?)
どちらにせよ、このスキルは、俺が思っている以上にデリケートで、危険なものなのだと思い知らされた。バグを見つけ、利用できるからといって、何でもできるわけではない。そこには、明確な「ルール」と「リスク」が存在する。
激しい頭痛に耐えながら、5分間が永遠のように長く感じられた。ようやくペナルティが解除され、スキルが再び使えるようになった時には、額に冷や汗がびっしょりとかいていた。
結局、落とし穴は迂回することにした。壁を【情報読取】で調べ、脆くなっている部分を見つけて、ダガーで削り、狭い隙間を作って通り抜けた。遠回りになったが、安全には代えられない。
この一件で、俺は【デバッガー】スキルの「影」の部分を強く意識することになった。
可能性は無限大かもしれないが、同時に、一歩間違えれば自滅しかねない危険性を孕んでいる。そして、俺自身の異常な成長速度も、いつシステムに検知され、ペナルティを受けるか分からない。
(慢心していた……完全に)
壁抜け、AIハメ、異常なレベルアップ。あまりにも順調に進みすぎて、リスクへの意識が薄れていた。この世界は、都合の良いゲームなんかじゃない。リアルな危険と、未知の法則が存在する場所なのだ。
慎重さを取り戻した俺は、ダンジョンの最深部へと続く最後の通路にたどり着いた。その先には、他よりも一回り大きな、重々しい石の扉があった。おそらく、この奥がボス部屋だろう。
扉に【情報読取】を使う。
『対象:封印された石扉
分類:建造物>扉(特殊)
状態:施錠(強力な魔法的封印)
特性:物理破壊耐性(高)、魔法耐性(高)
解除条件:不明(特定の鍵?試練の達成?)、あるいは【デバッガー】による封印術式の解析・無効化?
備考:古代ゴブリン文明、あるいはそれ以前の何者かによって設置された可能性。内部から強大な魔力を感じる。』
「……封印された扉? 解除条件に【デバッガー】?」
備考欄の記述に、俺は目を見開いた。この扉は、俺のスキルで開けられる可能性があるというのか?
扉の表面に手を触れ、【バグ発見】、いや、より深く、【コード・リーディング】に近い意識で、封印の術式そのものを解析しようと試みる。
複雑怪奇な魔力の流れ、幾重にも重ねられた防御機構。それは、これまで見てきたどんなバグよりも高度で、難解な「プログラム」だった。解析には、相当な時間と集中力が必要になりそうだ。そして、下手に干渉すれば、また強烈なペナルティを受けるかもしれない。
(今日のところは、ここまでだな)
疲労も溜まっている。万全の状態で、この扉と、その先に待つであろうボスに挑むべきだ。
俺は、石扉の前を離れ、地上への帰路についた。
今日の探索で得た教訓は大きい。【デバッガー】は万能ではない。リスクを理解し、慎重に扱わなければならない。そして、俺自身の存在も、この世界のシステムにとっては「バグ」のようなものなのかもしれない。
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