異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第9話:装備新調と情報デバッグ

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ゴブリンの洞穴でのソロ活動を始めてから、数日が経過した。
俺は、発見したシステムのバグ――異常な経験値取得とレベルアップの容易さ――を最大限に活用しつつも、決して無理はしないという方針を貫いていた。一日の探索時間を決め、定期的に町に戻って休息を取る。他の冒険者との接触は極力避け、狩りの現場を見られないように注意を払う。まるで、人目を忍んで不正ツールを使っているような気分だが、背に腹は代えられない。

その甲斐あって、俺のレベル(正確な数値は依然として不明だが)は、体感できるレベルで日々上昇していった。身体能力は飛躍的に向上し、魔鋼のダガーの扱いも、【剣術(基礎)】スキルがレベルアップしたおかげか、かなり様になってきた。【隠密(低級)】スキルも、気配を消してゴブリンに接近する際に地味に役立っている。

そして何より、地道なゴブリン狩り(ドロップ品の耳換金)と、壁抜けバグで発見した隠しエリアの金貨のおかげで、懐具合はかなり潤沢になっていた。初期投資としては破格の資金だろう。

「……そろそろ、本格的に装備を整えるか」

ある日の探索を終え、リューンの安宿に戻った俺は、革袋に入った金貨と銀貨(銅貨10枚=銀貨1枚)を眺めながら呟いた。魔鋼のダガーは強力だが、防具はエムデン村で譲り受けた古びた革鎧だけだ。ゴブリン相手ならまだしも、今後、より強い魔物やダンジョンに挑むには、あまりにも心許ない。

SEの仕事でも、開発環境(PCスペックやツール)への投資は重要だった。効率と安全性を高めるためには、適切な装備(ツール)が必要不可欠だ。この異世界でも、それは同じだろう。

翌日、俺は稼いだ資金を手に、再びリューンの市場へと向かった。今度の目的は、防具と、その他の探索用装備の購入だ。

「さて、まずは防具だな……」

市場には多くの武具店や露店が並んでいる。品揃えも価格も様々だ。ここで役立つのが、やはり【情報読取】スキル。一つ一つの商品を吟味し、品質、素材、付与効果(もしあれば)、そして適正価格をチェックしていく。

『対象:鉄製の胸当て
 分類:防具>鎧(胴)
 状態:良好(量産品)
 防御力:+20
 付与効果:なし
 備考:一般的な傭兵や冒険者が使用する標準的な胸当て。頑丈だが重い。適正価格:銀貨30枚。店主提示価格:銀貨35枚。』

『対象:硬化レザーアーマー
 分類:防具>鎧(胴)
 状態:高品質
 防御力:+18
 付与効果:【軽量化(小)】
 特性:動きやすい
 備考:特殊な薬品で硬化処理された革を使用。鉄製より防御力は僅かに劣るが、格段に軽く動きやすい。斥候や軽戦士向け。適正価格:銀貨50枚。店主提示価格:銀貨55枚。』

(ふむ……防御力重視なら鉄製、機動力重視なら硬化レザーか)
俺の戦い方は、今のところヒットアンドアウェイが主体だ。重い鎧で動きが鈍るのは避けたい。【デバッガー】スキルを駆使するには、フットワークの軽さも重要だろう。

俺は、いくつかの店を回り、【情報読取】で品質と価格を比較検討した結果、硬化レザーアーマー(胴)、同じ素材で作られた籠手(こて)とすね当て、そして頑丈な革製のブーツを購入することに決めた。合計で銀貨100枚近い出費となったが、これで防御力と機動力を両立できるはずだ。

店主との価格交渉も試みた。【情報読取】で適正価格が分かっているので、強気に出られる。「他の店ではもっと安かった」「この部分に僅かな傷がある(実際にはないが、それっぽく指摘する)」などと、元の世界で培った(?)交渉術を駆使し、わずかだが値引きさせることに成功した。これも一種の「情報デバッグ」と言えるかもしれない。

次に、探索用の道具を揃える。丈夫なロープ、壁を登るためのハーケン(鉄製の杭)、傷薬や解毒剤、予備の松明と火口箱、そして携帯食料。これらの細々としたアイテムも、【情報読取】で品質を確かめながら購入していく。特に薬品類は、粗悪品を掴まされると命に関わる可能性があるため、入念にチェックした。

全ての買い物を終え、宿に戻って新しい装備を身につけてみる。硬化レザーアーマーは身体にフィットし、思った以上に動きやすい。籠手とすね当ても、関節の動きを妨げないように作られている。魔鋼のダガーを腰に差し、背中に購入したばかりの冒険者用バックパック(ロープや食料などを収納)を背負うと、ようやく「冒険者」らしい見た目になった気がした。

(よし、これで装備は一通り整った。次は……情報収集だ)

装備が充実しても、情報がなければ宝の持ち腐れだ。リューンは大きな町であり、多くの情報が集まる場所でもある。冒険者ギルド、市場の商人、そして酒場。これらの場所で、今後の活動に役立つ情報を集める必要がある。

俺はまず、冒険者ギルドへ向かった。依頼ボードを眺め、他の冒険者たちの会話に耳を澄ます。Fランク向けの依頼だけでなく、Eランク、Dランクの依頼内容にも目を通し、どんな魔物がどこに出現するのか、どんなダンジョンがあるのか、といった情報を頭に入れていく。

【情報読取】は、人に対しても限定的ながら使用可能だ。ステータスやスキルまでは読み取れないことが多いが、その人物の「状態」(平常、興奮、嘘をついている、など)や、発言内容の「信憑性レベル」のようなものを、断片的に感じ取ることができる場合がある。

例えば、ギルドの隅で自慢話をしているベテラン風の冒険者。

『対象:冒険者(ランクC推定)
 状態:やや酩酊、自己顕示欲が高い
 発言内容(ドラゴン討伐の武勇伝)の信憑性:低(大幅な誇張、一部捏造の可能性)』

(……まあ、そんなもんだろうな)
酒の席の武勇伝は、話半分に聞いておくのが無難だ。

一方で、カウンターで真剣な顔でギルド職員と話している斥候風の男。

『対象:冒険者(ランクE推定)
 状態:疲労、やや切迫
 発言内容(南の森で奇妙な魔物の目撃情報)の信憑性:中~高(本人の経験に基づく報告、詳細は不明瞭)』

(奇妙な魔物……エムデン村の「魔力汚染」と関係があるのだろうか?)
気になる情報だ。しかし、今の俺が深入りするにはリスクが高すぎるだろう。頭の片隅に留めておくことにする。

ギルドである程度の情報を集めた後、俺は市場や職人街も歩き回り、商人や職人たちとの会話からも情報を引き出そうと試みた。最近の物価の動向、珍しい素材の噂、あるいは魔道具に関する情報など。

特に興味を引かれたのは、魔道具に関する話だった。この世界には、魔法の力を用いた便利な道具が存在するらしい。明かりを灯す魔石、遠距離と通話できる通信機、アイテムを収納できる魔法の鞄など。

(魔道具か……もし、【デバッガー】で魔道具の構造や動作原理を解析できれば、何か面白いことができるかもしれない。バグを利用して性能を向上させたり、あるいは自分で新しい魔道具を作ったり……)

SEの血が騒ぐ。システム(魔法)とハードウェア(道具)の融合。まさに、俺の専門分野に近いかもしれない。しかし、魔道具は一般的に高価であり、専門的な知識も必要とされるようだ。これも、今後の課題リストに追加しておく。

最後に、俺は情報収集の定番スポットである酒場へと足を運んだ。昼間から開いている、冒険者御用達といった雰囲気の店を選ぶ。カウンター席に座り、安いエールを注文し、周囲の会話に耳を傾ける。ここでも【情報読取】を使い、情報の真偽や重要度をフィルタリングしていく。

ゴシップ、噂話、成功譚、失敗談……玉石混交の情報が飛び交う中で、俺はいくつかのキーワードに注目した。

「最近、王都から騎士団の一隊が視察に来ているらしい」
「北の山脈で、古代遺跡が見つかったとかいう噂だぜ」
「『影歩き』っていう凄腕の情報屋がいるらしい。どんな情報でも手に入れるとか」

騎士団、古代遺跡、情報屋……どれも、今の俺には直接関係のない話かもしれない。だが、いつか繋がる可能性もある。俺はこれらの情報を、記憶の片隅にインデックスしておく。

情報収集を終え、酒場を出る頃には、日は傾きかけていた。新しい装備、そして集めた情報。リューンに来てからの数日間で、俺を取り巻く状況は大きく変化した。

(装備は整った。情報もある程度集まった。レベルも順調に上がっている。次のステップに進む時だな)

当面の目標は、ゴブリンの洞穴の完全攻略。最深部にいるであろうボスを倒し、このダンジョンをクリアすることだ。それが達成できれば、Eランクへの昇格も見えてくるだろう。

そして、その先は――?

(より高難易度のダンジョンへの挑戦か? それとも、魔道具の研究? あるいは、エムデン村の異変の調査?)

選択肢は多い。だが、焦る必要はない。俺には【デバッガー】という、他の誰にもない武器がある。そして、システムのバグによる異常な成長速度という、隠されたアドバンテージもある。

(まずは、目の前のタスクを確実にこなしていく。それが、元SEとしてのやり方だ)

俺は、新調した硬化レザーアーマーの感触を確かめるように肩を回し、リューンの雑踏の中を宿へと戻る。その足取りは、数日前にこの町に着いた時よりも、ずっと確かで、力強いものになっていた。

異世界でのデバッグ作業は、まだ始まったばかりだ。
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