異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第21話:連携戦術とデバッグ情報

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ボス部屋に響き渡るゴブリンキング(変異体)の狂乱の咆哮。その巨躯から放たれる圧倒的なプレッシャーは、前回俺が一人で対峙した時よりもさらに増しているように感じられた。魔力汚染が、奴をさらに蝕み、同時に強化しているのだろうか。

「散開! 陣形を崩すな!」

リーダーであるボルガンの檄が飛ぶ。調査隊のメンバーは、その声に即座に反応した。ボルガンとクラウスが前衛として突進してくるゴブリンキングを受け止め、斥候のジンが素早く側面へ回り込み撹乱を狙う。後方では、セレスティアが杖を構えて魔法詠唱を開始し、アルトが防御と回復の祈りを捧げる。

俺は指示通り、セレスティアとアルトの中間、やや後方に位置取り、戦況全体を見渡せる位置から【デバッガー】スキルを最大限に活用する。目の前で繰り広げられるのは、俺が経験したことのない、高レベルの戦闘だ。

ゴゴォン!

ボルガンが、その巨体に似合わぬ俊敏さでゴブリンキングのバトルアックスを受け止める。ドワーフ製のウォーハンマー”山砕き”と、変異体の巨大なアックスが激突し、火花と衝撃波が散った。ボルガンの足元が僅かに沈み込むが、彼はその重い一撃を確かに受け止めてみせた。

「ぐっ……! なんというパワーだ!」
ボルガンが呻き声を上げる。Bランクの実力者である彼でさえ、正面から受け止めるのは容易ではないようだ。

その隙を突き、クラウスが鋭い剣閃を放つ。騎士流の洗練された剣技が、ゴブリンキングの脇腹を切り裂いた。しかし――

ジュッ……

傷口から黒い煙のようなものが立ち上ったかと思うと、次の瞬間には傷がみるみるうちに塞がっていく。異常再生能力だ。

「くそっ、やはり再生能力が厄介だ!」クラウスが悪態をつく。

「回り込むぞ!」
ジンが、ゴブリンキングの死角から素早く接近し、二本の短剣で脚部の腱を狙う。だが、ゴブリンキングは驚くべき反応速度で身を翻し、ジンの攻撃を巨腕で弾き飛ばした。

「風よ、彼の者を穿て! ウィンド・カッター!」
セレスティアの詠唱が完了し、鋭い風の刃がゴブリンキングに殺到する。数発が確かにヒットし、皮膚を切り裂くが、それもすぐに再生してしまう。

「ボルガンさん、クラウス様、お下がりください! 回復します!」
アルトが叫び、ボルガンとクラウスに回復魔法の光を送る。消耗したHPが回復していくが、根本的な解決にはならない。

(やはり、普通に戦っていてはジリ貧だ。再生能力をどうにかしないと……)

俺は後方から叫んだ。
「ボルガンさん、クラウスさん! そいつの再生能力にはムラがあります! 同じ箇所を、短時間に連続して攻撃すれば、再生が追い付かなくなるはずです!」
前回、俺が見つけた「再生遅延バグ」の情報だ。

「なに? 再生にムラだと?」ボルガンが驚いたようにこちらを振り返る。
「ユズル殿、それは本当か!?」クラウスも、疑いの目を向けながらも問いかけてくる。

「はい! 左膝に試して効果がありました! 他の部位でも同じかは分かりませんが、試す価値はあるかと!」

「……面白い! やってみる価値はありそうだ!」ボルガンはニヤリと笑うと、クラウスに目配せした。「クラウス様、合わせてもらえますかな?」

クラウスは一瞬、躊躇うような表情を見せた。俺の、常識外れの情報源に対する疑念と、騎士としての戦い方へのこだわりが葛藤しているのだろう。しかし、目の前の強敵と、再生能力の厄介さは、彼自身が一番理解しているはずだ。

「……承知した。ボルガン殿、狙いはどこにする?」クラウスは、短く答えた。

「あの図体だ、動きの要である足が良いだろう! 右足首を狙う!」
「了解!」

ボルガンとクラウスの連携が始まった。ボルガンが正面からゴブリンキングの注意を引きつけ、強力な一撃で体勢を崩させる。その隙に、クラウスが鋭く踏み込み、狙いすました剣撃をゴブリンキングの右足首に叩き込む!

ギャリッ!

硬い皮膚と骨を断つ鈍い音。ゴブリンキングが苦痛の声を上げる。しかし、傷はすぐに再生を始めようとする。

「続けろ!」ボルガンの指示と共に、今度はボルガン自身がウォーハンマーを同じ箇所に叩きつける! クラウスも即座に追撃! 二人の攻撃が、目にも止まらぬ速さで右足首に集中する!

「GRRRR!? GAAAAAAH!」
ゴブリンキングが、明らかに焦りの色を見せ始めた。集中攻撃を受けている右足首の傷は、他の部位のように瞬時に再生せず、血のような黒い液体を流し続けている。

(効いている! やはり、再生遅延バグは有効だ!)
俺は内心で快哉を叫ぶ。

「ジン! 今だ、動きを止めろ!」
ボルガンの指示で、ジンが特殊な投げナイフをゴブリンキングの関節部に打ち込む。それは敵の動きを鈍らせる効果があるようだ。

「風よ、渦巻け! サイクロン・バインド!」
セレスティアも、風の魔法でゴブリンキングの動きを拘束しようと試みる。

「アルト! 二人に支援を!」
「はい! プロテクション! ストレングス!」
アルトが、ボルガンとクラウスに防御力と筋力を向上させる支援魔法をかける。

パーティー全体の連携が、一つの目的に向かって機能し始めている。俺の情報(バグ)が、その連携の起点となったのだ。

しかし、ゴブリンキングも黙ってはいない。動きを封じられ、足首に激痛が走る中で、奴は再び咆哮を上げた!

「GROOOOAAAAAHHHHH!!!」(スキル【狂戦士化】!)

全身の血管を浮き上がらせ、さらなる凶暴化を始める。そして同時に、周囲の空間からゴブリンたちを召喚しようと魔力を高め始めた!

「まずい! 召喚と狂戦士化の同時使用か!?」ボルガンが叫ぶ。

「ユズル君! 何か手はないのか!?」クラウスが、必死の形相で俺に問いかけてきた。もはや、俺の情報に頼らざるを得ない状況だと判断したのだろう。彼の騎士としてのプライドをかなぐり捨てたかのようなその問いに、俺は全神経を集中させて【バグ発見】を再試行する。

(狂戦士化時のターゲット認識不安定バグ……再現性は低いが、今なら発動する可能性があるかもしれない! それと、召喚……召喚プロセス自体にバグは!?)

脳が焼き切れそうなほどの負荷。だが、ここで諦めるわけにはいかない!

『……バグ検出:更新1件
 ②【狂戦士化時のターゲット認識不安定バグ】:狂乱状態が極度に達した場合、最も近くで動く対象、または最も強い敵意(魔力?)を放つ対象を優先的に攻撃する傾向。
 ④【ゴブリン召喚プロセスにおける座標指定の軽微なエラー】
  詳細:召喚位置を指定する座標計算に稀にエラーが発生し、召喚されたゴブリンが、術者のすぐ近く、あるいは壁の中など、意図しない場所に出現することがある。再現性:低。』

(これだ!)
ターゲット認識バグは、使い方次第では同士討ちを誘えるかもしれない。そして、召喚座標エラー! これが起これば、召喚自体が無意味になるか、あるいはボス自身にダメージを与える可能性すらある!

俺は叫んだ。
「狂戦士化で、近くの動くものや敵意に反応しやすくなっている可能性があります! うまく誘導すれば、同士討ちも狙えるかも! それと、召喚は失敗する可能性があります! 座標指定にバグがあるようです!」

「なに? 同士討ちだと? 召喚が失敗?」
俺の情報に、メンバーは一瞬戸惑いを見せる。あまりにも突飛な内容だからだ。

しかし、状況は待ってくれない。ゴブリンキングの周囲に、既に数体のゴブリンが出現し始めていた!

クラウスが、決断したように叫んだ。
「ボルガン殿! 俺がボスを引きつける! あなたは召喚されたゴブリンの対処を! ジン、セレスティア、アルトは俺の援護を!」

「しかし、クラウス様!」

「行くぞ!」
クラウスは、俺の「ターゲット認識バグ」の情報を信じたのか、あえてゴブリンキングの目の前で挑発的な動きを見せ、強い敵意(おそらくスキル【騎士の誓い】による闘気のようなもの)を放ち始めた!

狂戦士化したゴブリンキングは、その挑発に反応した! 召喚したばかりのゴブリンたちには目もくれず、クラウス目掛けて、猛然とバトルアックスを振り下ろす!

「よし!」クラウスは巧みな盾捌きで攻撃を受け流し、ゴブリンキングを引きつけながら後退する。

その間に、ボルガンは出現したゴブリンたちをウォーハンマーで薙ぎ払い、ジンとセレスティア、アルトがクラウスを援護する。

そして、ゴブリンキングがさらにゴブリンを召喚しようとした瞬間、それは起こった。
空間の歪みが、ゴブリンキング自身のすぐ足元や、壁の中に発生し、そこから出現したゴブリンが、ボス自身に押し潰されたり、壁に埋まって消滅したりし始めたのだ!

(召喚座標エラーバグ! 発動した!)

「な……なんだこれは!?」
「召喚が失敗している……? ユズル君の言った通りだ!」
メンバーから驚きの声が上がる。

召喚を封じられ、ターゲットをクラウスに固定されたゴブリンキング。そして、再生が追い付かない右足首の傷。状況は、明らかにこちらに傾き始めていた。

クラウスは、俺の方を一度だけ振り返った。その目には、驚愕と、そしてこれまでにない複雑な感情――疑念だけでなく、ある種の信頼のようなものが、確かに宿っているように見えた。

(いける……! このまま押し切れるかもしれない!)

俺は、戦況が好転したことに興奮しながらも、冷静に【デバッガー】スキルでゴブリンキングの状態を監視し続ける。
しかし、この規格外のボスが、このまま大人しく倒されるとは思えなかった。まだ何か、隠された「バグ」や、予期せぬ「エラー」が起こるのではないか?

油断はできない。デバッグ作業は、最後の最後まで気を抜けないのだ。
俺は、仲間たちの奮闘を見守りながら、次なる一手に備える。
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