異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第43話:霧中の遭遇と狂信者の罠

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背後に感じる、異質で不気味な視線。それは、夕闇が深まるにつれて、ますます明確になっていった。単なる殺気や敵意とは違う、もっと粘りつくような、精神に直接干渉してくるかのような、嫌な感覚だ。

「……何か来る」
俺は、パーティーメンバーに短く警告を発した。

クラウスは即座に剣と盾を構え、リリアは護身用の魔道具を握りしめる。シャロンは、音もなく周囲の闇に溶け込むように気配を消し、迎撃態勢を取った。

ゴオォォ……

不意に、周囲の空気が淀み、濃密な霧がどこからともなく湧き出てきた。視界が急速に奪われ、数メートル先も見通せなくなる。霧は、ただ視界を遮るだけでなく、ひんやりとした冷気と、そして微弱ながらも精神を不安にさせるような波動を含んでいた。

「これは……シャロンさんの言っていた『霧』!?」クラウスが、警戒の声を上げる。
「間違いないわね……『深淵を覗く者たち(アビス・ゲイザーズ)』のお出まし、ってわけか」シャロンの声が、霧の中から冷静に響く。

俺は【デバッガー】スキルで、この霧の正体を探る。

『対象:精神干渉性濃霧
 分類:現象>魔法効果(広範囲)
 状態:展開中
 特性:視界阻害(強)、方向感覚喪失誘発、精神汚染(軽微:不安・恐怖感増幅)、魔力感知阻害
 備考:特殊な魔法、あるいは魔道具によって発生させられた人工的な霧。長時間暴露は精神汚染を進行させる危険性あり。発生源は不明。』

(精神汚染効果もあるのか……厄介だな)
幸い、汚染レベルはまだ軽微だ。だが、この霧の中に長くいれば、じわじわと精神を蝕まれていくだろう。

「全員、気をしっかり持て! 霧に惑わされるな!」クラウスが、仲間を鼓舞するように叫ぶ。
「アルトさんがいれば、浄化魔法で……」リリアが不安そうな声を出す。そう、今回の旅には、回復・支援役のアルトは同行していない。

「浄化魔法がなくとも、対処法はあるわ」シャロンの声が聞こえる。「この霧は、おそらく術者の魔力によって維持されているはず。術者を見つけ出し、叩けば霧は晴れる。あるいは……」

彼女の言葉の途中で、霧の中から、複数の人影が音もなく現れた!
黒いローブに身を包み、奇妙な仮面で顔を隠した者たち。手には、歪んだ形状の短剣や、不気味な紋様が刻まれた杖を持っている。その数は……五人、いや六人か?

『対象:カルト教団員(深淵を覗く者たち)×6
 分類:人間(狂信者)
 状態:狂信、精神汚染(中~高)、戦闘態勢
 ステータス:Lv 10~12 (平均)
 スキル:【短剣術(異形)】【呪詛魔法(低級)】【精神攻撃(微弱)】【狂信者の誓い(自己強化・痛覚鈍化)】
 特性:精神汚染への耐性(高)、集団戦術、予測不能な行動
 備考:邪神崇拝カルトの信者。精神汚染の影響で常軌を逸している。連携して襲いかかってくるため注意が必要。』

(レベルはそれほど高くない……だが、スキルや特性が厄介だ。精神汚染への耐性、予測不能な行動……そして、狂信者特有の、死をも恐れぬ突撃)

「来たわね……」シャロンが呟く。
「数はこちらが不利か……だが、怯むな!」クラウスが剣を構え直す。

ローブの集団は、奇妙な詠唱のようなものを呟きながら、一斉にこちらへ襲いかかってきた! 霧の中での戦闘は、視界が悪く、連携も取りにくい。明らかに不利な状況だ。

「クラウスさん、リリアさん、俺から離れないでください! 俺が敵の位置を指示します!」俺は叫ぶ。この霧の中でも、【デバッガー】スキルによる索敵は有効なはずだ。

「了解した!」
「わ、わかった!」

俺は、神経を集中させ、霧の中にいる敵の位置、動き、そして攻撃の予兆を読み取る。
「右前方から二人、短剣! クラウスさん、迎撃を!」
「左後方、一人! 呪詛魔法の詠唱に入ります! リリアさん、防御障壁を!」
「シャロンさん、あなたの後ろに回り込もうとしている影が一つ!」

俺からの情報を元に、クラウスが的確に敵の攻撃を捌き、リリアが開発した携帯型の防御魔道具(バリア・ペンダント)を展開し、シャロンが背後の敵を瞬時に無力化する。

キィン! バチッ! グハッ!

霧の中で、激しい戦闘音が響き渡る。俺の索敵と指示によって、なんとか一方的な奇襲は避けられているが、敵の数は多く、攻撃も執拗だ。特に、時折放たれる精神攻撃系の呪詛魔法は、直接的なダメージはなくとも、じわじわと俺たちの集中力を削いでいく。

(このままでは、消耗戦になってしまう……! 霧を晴らすか、あるいは敵のリーダーを叩く必要がある!)

俺は、【デバッガー】で霧の発生源を探ろうとするが、霧自体が魔力感知を阻害するため、特定が難しい。ならば、敵のリーダーは?

(あの、杖を持っている奴か? 他の奴らよりも、少しだけ魔力が強い……それに、動きに統率者のような雰囲気がある)

『対象:カルト教団員(リーダー格)
 ステータス:Lv 13 / HP 110/110 / MP 80/80
 スキル:【呪杖術(中級)】【精神支配(低級)】【霧操作(要・魔道具)】【狂信者の指揮】
 備考:この集団のリーダー。霧を発生させる魔道具を所持している可能性が高い。精神支配系の能力も持つため、優先的に無力化すべき対象。』

(やはり、あいつだ! しかも、霧操作は魔道具を使っている……!)

俺は叫んだ。
「シャロンさん! 杖を持った奴がリーダーです! そいつが霧を発生させている魔道具を持っている可能性が高い!」

「了解したわ!」霧の中から、シャロンの鋭い返事が返ってくる。「少し、派手にいくわよ!」

次の瞬間、シャロンの周囲から、複数の黒い影――おそらくは彼女が使役する特殊な影魔法か、あるいは分身か――が生まれ、カルト教団員たちを撹乱し始めた! その隙に、シャロン本体は、音もなくリーダー格の男へと接近する!

リーダー格の男は、シャロンの奇襲に気づき、慌てて防御魔法を展開しようとするが、シャロンの動きの方が速い! 二本の短剣が、リーダーの防御を切り裂き、その懐へと飛び込む!

しかし、リーダー格の男も、ただやられるだけではなかった。彼は、懐から歪んだ形状の魔道具――おそらく霧を発生させている元凶――を取り出し、それを起動させようとした!

(まずい! あれを使われたら、さらに霧が濃くなるか、あるいは別の厄介な効果が……!)

俺は咄嗟に、リーダー格の男が持つ魔道具に【バグ発見】を使う! 時間がない!

『……バグ検出:1件
 内容:【魔力制御回路のオーバーロード耐性不足バグ】
  詳細:霧を発生させるための魔力制御回路が、設計上の欠陥により、外部から瞬間的に強い魔力(特に逆位相の魔力)を流し込まれると、オーバーロードを起こして暴走、または自壊する可能性がある。再現性:中。』

(オーバーロード耐性不足……!)
俺は、最後の手段として、再び【コード・ライティング(初級)】の使用を決意する! 今度は、対象が魔道具であり、停止ではなく「暴走・自壊」を狙う!

「シャロンさん! その魔道具に、逆位相の魔力干渉を! 暴走させてください!」俺は叫ぶ。

「逆位相……! 面白いことを言うわね!」シャロンは、俺の意図を瞬時に理解したのか、リーダー格の男の手から魔道具を奪い取ると、そこに自身の魔力を特殊なパターンで流し込み始めた! 暗殺者としての技術は、魔力操作にも応用が利くのだろう。

ビー! ビー! ビー!

魔道具が、甲高い警告音のようなものを発し始め、表面が赤く明滅する! 内部の魔力回路が、シャロンの干渉によって過負荷を起こしているのだ!

「まずい! 暴走するぞ!」リーダー格の男が叫ぶが、もう遅い!

シャロンは、暴走寸前の魔道具を、霧の中、敵が集まっている方向へと素早く投げ返した!

そして――

ドォォォン!!!

魔道具は、閃光と衝撃波を伴って大爆発を起こした!
爆風によって、周囲の濃霧が一気に吹き飛ばされ、視界が開ける。

爆心地周辺にいたカルト教団員たちは、爆発に巻き込まれ、あるいは吹き飛ばされ、その多くが戦闘不能に陥っていた。リーダー格の男も、爆風で壁に叩きつけられ、ぐったりとしている。

残った数人の教団員も、突然の爆発とリーダーの敗北に動揺し、戦意を喪失したようだ。彼らは、憎悪の視線をこちらに向けながらも、霧が晴れたことで状況不利と判断したのか、素早く撤退していった。

「……行ったか」
クラウスが、剣を下ろしながら呟く。
「ふぅ……危なかったぁ……」リリアが、へたり込んでいる。

俺も、安堵の息をついた。【コード・ライティング】を使わずに済んだのは幸いだったが、シャロンの機転と実力がなければ、どうなっていたことか。

「シャロンさん、助かりました」

「ふふ、どういたしまして。あなたの『情報』がなければ、私もここまで上手くはいかなかったわ」シャロンは、優雅に微笑む。「しかし……彼らの狙いが、やはりあなたにも向いていたとはね。厄介なことになったわ」

霧は晴れたが、脅威が去ったわけではない。カルト教団「深淵を覗く者たち」は、確実に俺たちを認識し、敵と見なしただろう。そして、彼らの背後には、さらに大きな陰謀や、あるいは俺たちの知らない世界の「歪み」が存在するのかもしれない。

俺は、カルト教団員たちが去っていった北東の方向――奇しくも、廃村で感じた残留エネルギーの指向性と同じ方向――を睨み据える。

王都への道は、もはや単なる旅路ではない。
それは、この世界の闇と、そこに潜む「バグ」との戦いの始まりなのかもしれない。

俺は、仲間たちと共に、再び気を引き締め、王都へと続く道を歩き始める。
霧は晴れても、本当の「闇」は、まだ深まるばかりだった。
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