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第44話:王都前哨戦と貴族の影
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カルト教団「深淵を覗く者たち」との遭遇は、俺たちの旅に暗い影を落とした。彼らは明確な敵意を持っており、その目的には俺自身、あるいは俺のスキル【デバッガー】も含まれている可能性が高い。王都への道のりは、もはや単なる移動ではなく、常に警戒を怠れない危険な旅となった。
幸い、あの霧の中での戦闘以降、教団員たちの襲撃はなかった。シャロンの推測では、「おそらく、我々の実力(特にシャロンと俺の連携)を目の当たりにして、一旦引いたのだろう。だが、必ず監視は続けているはずだ」とのことだった。その言葉通り、時折、遠くから監視されているような気配を感じることはあったが、直接的な接触は避けられているようだった。
俺たちは、以前にも増して慎重に行動した。野営場所の選定、見張りの強化、そして情報収集。シャロンはその情報網を駆使し、教団の動きや、街道の治安に関する情報を集め続けた。俺も【デバッガー】スキルで、周囲の環境や人々の状態を常にスキャンし、異常の兆候がないかを探った。
クラウスは、騎士としての責任感から、道中で出会う商人や旅人たちを可能な限り保護しようと努めた。彼の存在は、不安を抱える人々にとって、大きな心の支えとなっているようだった。リリアは、持ち前の明るさでパーティーの雰囲気を和ませつつ、護身用魔道具の改良や、いざという時のための支援アイテムの開発に余念がなかった。
そんな緊張感の中にも、確かな前進はあった。俺自身のレベルは着実に上がり、スキルも向上している実感があった。クラウスとの剣の稽古では、以前よりも互角に近い立ち回りができるようになってきたし、リリアとの魔道具に関する議論は、俺の知識の幅を広げてくれた。シャロンからは、隠密行動や情報操作の基礎的なテクニックを教わる機会もあり、それは【隠密】スキルのレベルアップにも繋がった。
そして、数週間に及ぶ旅の末、俺たちはついに、目的地の王都まであと数日という距離にある、大きな宿場町へとたどり着いた。ここは王都への中継地点として栄えており、リューンよりも遥かに規模が大きく、活気に満ちている。多くの人々、物資、そして情報が集まるこの町は、王都に入る前の最後の拠点となるだろう。
「ふぅ、やっと大きな町に着いたね!」リリアが、久しぶりの賑わいに嬉しそうな声を上げる。「美味しいもの、たくさんあるかなぁ?」
「まずは、情報収集と休息が先だ、リリア嬢」クラウスが、いつものように真面目な口調で窘める。「王都に入る前に、最新の状況を確認しておく必要がある」
「そうね。王都は、リューンとは比較にならないほど複雑な場所よ。様々な勢力が蠢いているわ」シャロンも同意する。「特に、貴族社会、騎士団、そして魔法省……これらの力関係を把握しておくことは重要よ」
俺たちは、町で一番大きな宿屋に部屋を取り、まずは休息を取ることにした。長旅の疲れを癒し、装備を整え、そして情報を集める。王都という新たなステージに挑む前の、最後の準備期間だ。
俺は、宿で一息つくと、早速【デバッガー】スキルを使って、町の中の情報収集を開始した。宿の宿泊客の会話、壁に貼られた掲示物、通りを行く人々の噂話……あらゆる情報をスキャンし、フィルタリングしていく。
(……王都の騎士団内で、派閥争いが激化している? クラウスの復帰にも影響があるかもしれないな)
(……魔法省が、新たな古代魔法の研究プロジェクトを立ち上げた? どんな研究だ?)
(……最近、王都周辺で、原因不明の魔力消失現象が報告されている?)
(……貴族の間で、特定の『アーティファクト』のオークションが近々開催される?)
断片的ながらも、気になる情報がいくつか見つかった。特に、騎士団の派閥争いや、魔法省の研究プロジェクトは、今後の俺たちの活動に直接関わってくる可能性がある。
俺が集めた情報を仲間たちと共有し、今後の対策を話し合っていると、宿の従業員が部屋を訪ねてきた。
「失礼します。お客様の中に、ユズル様はいらっしゃいますでしょうか?」
「俺ですが、何か?」
「お客様宛てに、手紙が届いております」
従業員が差し出したのは、上質な羊皮紙で作られ、立派な封蝋で封じられた手紙だった。差出人の名前はない。
(俺宛ての手紙? いったい誰から……?)
訝しみながらも、封蝋を破り、手紙を開く。そこには、流麗な筆跡で、短いメッセージが書かれていた。
『”奇跡の解決屋”ユズル殿へ
貴殿の噂は、この王都近郊の地まで届いております。
つきましては、是非とも貴殿にお力添えを願いたい案件がございます。
もしご興味がおありでしたら、今宵、月が中天に昇る頃、町外れの『銀竜亭』にてお待ちしております。
ささやかな『前金』を同封いたしました。
――とある依頼人より』
手紙と共に、小さな革袋が入っており、中には金貨が数枚入っていた。前金としては、決して少なくない額だ。
「……また、依頼ですか」俺は溜息をつく。どうやら、「解決屋」の噂は、俺が思っている以上に広まっているらしい。
「どんな内容なの?」リリアが興味津々に覗き込んでくる。
「差出人は不明か……罠の可能性もあるな」クラウスが警戒する。
「『銀竜亭』……あそこは、貴族や裕福な商人が密談に使うような、少し『高級』な店ね」シャロンが、情報を提供する。「依頼主は、それなりの身分の人物かもしれないわ」
(貴族か、富豪か……。そして、俺に何を依頼しようとしているんだ?)
罠の可能性も否定できない。だが、無視するには、あまりにも思わせぶりな手紙だ。それに、この依頼が、王都に入る前に、何らかの重要な情報や繋がりを得るきっかけになるかもしれない。
「……行ってみる価値はありそうですね」俺は決断した。「ただし、一人で行くのは危険です。シャロンさん、護衛兼監視として、同行していただけませんか?」
「あら、私をご指名? 光栄だわ」シャロンは、妖艶な笑みを浮かべる。「いいでしょう。面白そうだし、付き合ってあげるわ」
「俺も行こう」クラウスが申し出る。「君一人では心配だ」
「わ、私も!」リリアも手を挙げる。
「いえ、クラウスさんとリリアさんは、ここで待機していてください」俺は首を振る。「相手がどんな人物か分かりませんし、多人数で行くのは得策ではないでしょう。それに、もしもの時のために、宿で待機していてくれる方が安心です」
クラウスは不満そうな顔をしたが、俺の判断に最終的には同意してくれた。リリアは少し残念そうだったが、大人しく頷いた。
◆
その夜。俺とシャロンは、月明かりを頼りに、町外れにある「銀竜亭」へと向かった。そこは、噂通り、落ち着いた雰囲気の高級な酒場兼宿屋といった佇まいだった。入り口には屈強な用心棒が立っており、客層も身なりの良い者が多い。
俺たちは、目立たないように席に着き、依頼人を待った。シャロンは、周囲の客や従業員の様子を、鋭い観察眼で探っている。俺も、【デバッガー】で店内の状況や、客たちの「状態」をスキャンしていく。特に異常な気配はないようだ。
やがて、月が中天に昇る頃。一人の男性が、俺たちのテーブルへと近づいてきた。歳は三十代半ばだろうか。仕立ての良い服を着ており、穏やかな物腰だが、その目には知性と、そしてどこか計算高い色が浮かんでいる。
『対象:???(偽名使用の可能性) / 自称:アルフレッド
分類:人間(貴族? あるいはその代理人?)
状態:冷静、観察中、目的あり
ステータス:Lv ??(戦闘能力は低い)
スキル:【交渉術(高等)】【鑑定眼(物品)】【???】
備考:本名を隠している可能性が高い。何らかの組織、あるいは有力貴族に仕えている代理人か。今回の依頼の真の目的は別にある可能性あり。要注意人物。』
(やはり、ただ者ではないな……)
俺は警戒心を高めつつ、相手の出方を待つ。
「あなたが、ユズル殿ですかな?」アルフレッドと名乗る男は、丁寧な口調で尋ねてきた。「お手紙、ご覧いただけましたか」
「ええ。あなたが、依頼人の方ですか?」
「いかにも。本日はお越しいただき、感謝いたします。隣の方は?」男の視線が、シャロンへと向けられる。
「私の護衛です。気にしないでください」俺は短く答える。
「なるほど……」男は納得したのか、それ以上追求せず、本題に入った。「早速ですが、依頼内容について、お話ししてもよろしいですかな?」
「どうぞ」
男は、声を潜め、語り始めた。
「実は、私の主(あるじ)が、ある『品物』を探しておられるのです。それは、古代文明の遺物で、『星読みの羅針盤』と呼ばれるものなのですが……」
「星読みの羅針盤?」
「ええ。失われた技術で作られた、特殊な方位磁針のようなものだと聞いております。ただ方位を示すだけでなく、星々の運行を読み解き、未来の出来事、あるいは隠された場所の位置を示す力があるとか……」
(未来予知、あるいは座標特定能力を持つアーティファクト……か。確かに、価値の高いものだろうな)
「その羅針盤は、最近、王都近郊のある遺跡で発見されたという情報があったのですが、発見直後に何者かに持ち去られてしまったようなのです。私の主は、それを是非とも手に入れたいと願っておられまして……」
男は、懇願するような目で俺を見る。
「そこで、”奇跡の解決屋”であるユズル殿のお力をお借りしたいのです。その羅針盤の行方を突き止め、可能であれば、回収していただきたい。報酬は、金貨200枚。いかがでしょうか?」
金貨200枚。破格の報酬だ。それだけ、その「星読みの羅針盤」とやらに価値があるということだろう。
(しかし、話がうますぎる気がするな……)
俺は、【情報読取】で男の発言の信憑性を探る。
『発言内容の信憑性:中(羅針盤の存在、持ち去られた事実は概ね真実。ただし、依頼の真の目的、依頼主の正体については、何かを隠している可能性が高い)』
(やはり、何か裏があるか……)
依頼を受けるべきか、断るべきか。
羅針盤の行方を追う過程で、古代文明や、あるいは他の勢力に関する情報が得られるかもしれない。だが、同時に、危険な陰謀に巻き込まれるリスクも高い。
俺が答えを決めかねていると、隣に座っていたシャロンが、静かに口を開いた。
「その『星読みの羅針盤』……持ち去ったのは、おそらく『深淵を覗く者たち』でしょうね」
「!?」アルフレッドと名乗る男の表情が、一瞬だけ凍りついた。シャロンの言葉が、彼の予想外だったことを示している。
「なぜ、それを……?」
「ふふ、情報屋ですので」シャロンは微笑む。「彼らもまた、古代の遺物を狙っている。特に、未来や運命に関わるような力を秘めたものをね。あなたの『主』は、そのカルト教団と争ってでも、羅針盤を手に入れたい、というわけですか?」
シャロンの指摘に、男は動揺を隠せない様子だった。どうやら、彼女の推測は的を射ているらしい。
カルト教団が絡んでいるとなれば、この依頼は、単なる探索や回収任務では済まない。彼らとの直接対決になる可能性が高い。
(……だが、面白い)
俺は、むしろ興味を惹かれた。カルト教団の目的を探る良い機会かもしれない。それに、彼らと敵対するのであれば、この依頼主(あるいはその背後にいる存在)と協力関係を結ぶことも、戦略的に有効かもしれない。
「……分かりました。その依頼、お受けしましょう」俺は、アルフレッドに向かって言った。「ただし、条件があります。カルト教団が関与しているのであれば、危険度は格段に上がります。報酬は、成功報酬として金貨300枚。そして、あなたの『主』に関する情報と、羅針盤に関する全ての情報を、可能な限り開示していただく。これが、依頼を受ける条件です」
俺の強気な条件提示に、アルフレッドは一瞬、顔を顰めたが、すぐに計算高い笑みを浮かべた。
「……よろしいでしょう。さすがは”奇跡の解決屋”殿、交渉もお上手だ。その条件で、正式に依頼させていただきます。私の主は……王都でも有数の影響力を持つ、とだけ申し上げておきましょう。詳細は、追ってご連絡いたします」
男はそう言うと、満足そうに立ち上がり、再び闇の中へと姿を消した。
後に残された俺とシャロンは、互いに顔を見合わせた。
「……どうやら、王都に入る前から、厄介な案件に首を突っ込むことになりそうね」シャロンが、面白そうに言う。
「ええ。ですが、これも何かの導きかもしれません」俺は答える。「カルト教団、古代の遺物、そして有力貴族……王都で俺たちを待つものが、少し見えてきた気がします」
王都前哨戦とも言うべき、新たな依頼。それは、俺たちを王都の深部へと導く、危険な道標となるだろう。
俺は、手付かずの酒に口をつけながら、これから始まるであろう波乱に満ちた展開に、思いを馳せるのだった。
幸い、あの霧の中での戦闘以降、教団員たちの襲撃はなかった。シャロンの推測では、「おそらく、我々の実力(特にシャロンと俺の連携)を目の当たりにして、一旦引いたのだろう。だが、必ず監視は続けているはずだ」とのことだった。その言葉通り、時折、遠くから監視されているような気配を感じることはあったが、直接的な接触は避けられているようだった。
俺たちは、以前にも増して慎重に行動した。野営場所の選定、見張りの強化、そして情報収集。シャロンはその情報網を駆使し、教団の動きや、街道の治安に関する情報を集め続けた。俺も【デバッガー】スキルで、周囲の環境や人々の状態を常にスキャンし、異常の兆候がないかを探った。
クラウスは、騎士としての責任感から、道中で出会う商人や旅人たちを可能な限り保護しようと努めた。彼の存在は、不安を抱える人々にとって、大きな心の支えとなっているようだった。リリアは、持ち前の明るさでパーティーの雰囲気を和ませつつ、護身用魔道具の改良や、いざという時のための支援アイテムの開発に余念がなかった。
そんな緊張感の中にも、確かな前進はあった。俺自身のレベルは着実に上がり、スキルも向上している実感があった。クラウスとの剣の稽古では、以前よりも互角に近い立ち回りができるようになってきたし、リリアとの魔道具に関する議論は、俺の知識の幅を広げてくれた。シャロンからは、隠密行動や情報操作の基礎的なテクニックを教わる機会もあり、それは【隠密】スキルのレベルアップにも繋がった。
そして、数週間に及ぶ旅の末、俺たちはついに、目的地の王都まであと数日という距離にある、大きな宿場町へとたどり着いた。ここは王都への中継地点として栄えており、リューンよりも遥かに規模が大きく、活気に満ちている。多くの人々、物資、そして情報が集まるこの町は、王都に入る前の最後の拠点となるだろう。
「ふぅ、やっと大きな町に着いたね!」リリアが、久しぶりの賑わいに嬉しそうな声を上げる。「美味しいもの、たくさんあるかなぁ?」
「まずは、情報収集と休息が先だ、リリア嬢」クラウスが、いつものように真面目な口調で窘める。「王都に入る前に、最新の状況を確認しておく必要がある」
「そうね。王都は、リューンとは比較にならないほど複雑な場所よ。様々な勢力が蠢いているわ」シャロンも同意する。「特に、貴族社会、騎士団、そして魔法省……これらの力関係を把握しておくことは重要よ」
俺たちは、町で一番大きな宿屋に部屋を取り、まずは休息を取ることにした。長旅の疲れを癒し、装備を整え、そして情報を集める。王都という新たなステージに挑む前の、最後の準備期間だ。
俺は、宿で一息つくと、早速【デバッガー】スキルを使って、町の中の情報収集を開始した。宿の宿泊客の会話、壁に貼られた掲示物、通りを行く人々の噂話……あらゆる情報をスキャンし、フィルタリングしていく。
(……王都の騎士団内で、派閥争いが激化している? クラウスの復帰にも影響があるかもしれないな)
(……魔法省が、新たな古代魔法の研究プロジェクトを立ち上げた? どんな研究だ?)
(……最近、王都周辺で、原因不明の魔力消失現象が報告されている?)
(……貴族の間で、特定の『アーティファクト』のオークションが近々開催される?)
断片的ながらも、気になる情報がいくつか見つかった。特に、騎士団の派閥争いや、魔法省の研究プロジェクトは、今後の俺たちの活動に直接関わってくる可能性がある。
俺が集めた情報を仲間たちと共有し、今後の対策を話し合っていると、宿の従業員が部屋を訪ねてきた。
「失礼します。お客様の中に、ユズル様はいらっしゃいますでしょうか?」
「俺ですが、何か?」
「お客様宛てに、手紙が届いております」
従業員が差し出したのは、上質な羊皮紙で作られ、立派な封蝋で封じられた手紙だった。差出人の名前はない。
(俺宛ての手紙? いったい誰から……?)
訝しみながらも、封蝋を破り、手紙を開く。そこには、流麗な筆跡で、短いメッセージが書かれていた。
『”奇跡の解決屋”ユズル殿へ
貴殿の噂は、この王都近郊の地まで届いております。
つきましては、是非とも貴殿にお力添えを願いたい案件がございます。
もしご興味がおありでしたら、今宵、月が中天に昇る頃、町外れの『銀竜亭』にてお待ちしております。
ささやかな『前金』を同封いたしました。
――とある依頼人より』
手紙と共に、小さな革袋が入っており、中には金貨が数枚入っていた。前金としては、決して少なくない額だ。
「……また、依頼ですか」俺は溜息をつく。どうやら、「解決屋」の噂は、俺が思っている以上に広まっているらしい。
「どんな内容なの?」リリアが興味津々に覗き込んでくる。
「差出人は不明か……罠の可能性もあるな」クラウスが警戒する。
「『銀竜亭』……あそこは、貴族や裕福な商人が密談に使うような、少し『高級』な店ね」シャロンが、情報を提供する。「依頼主は、それなりの身分の人物かもしれないわ」
(貴族か、富豪か……。そして、俺に何を依頼しようとしているんだ?)
罠の可能性も否定できない。だが、無視するには、あまりにも思わせぶりな手紙だ。それに、この依頼が、王都に入る前に、何らかの重要な情報や繋がりを得るきっかけになるかもしれない。
「……行ってみる価値はありそうですね」俺は決断した。「ただし、一人で行くのは危険です。シャロンさん、護衛兼監視として、同行していただけませんか?」
「あら、私をご指名? 光栄だわ」シャロンは、妖艶な笑みを浮かべる。「いいでしょう。面白そうだし、付き合ってあげるわ」
「俺も行こう」クラウスが申し出る。「君一人では心配だ」
「わ、私も!」リリアも手を挙げる。
「いえ、クラウスさんとリリアさんは、ここで待機していてください」俺は首を振る。「相手がどんな人物か分かりませんし、多人数で行くのは得策ではないでしょう。それに、もしもの時のために、宿で待機していてくれる方が安心です」
クラウスは不満そうな顔をしたが、俺の判断に最終的には同意してくれた。リリアは少し残念そうだったが、大人しく頷いた。
◆
その夜。俺とシャロンは、月明かりを頼りに、町外れにある「銀竜亭」へと向かった。そこは、噂通り、落ち着いた雰囲気の高級な酒場兼宿屋といった佇まいだった。入り口には屈強な用心棒が立っており、客層も身なりの良い者が多い。
俺たちは、目立たないように席に着き、依頼人を待った。シャロンは、周囲の客や従業員の様子を、鋭い観察眼で探っている。俺も、【デバッガー】で店内の状況や、客たちの「状態」をスキャンしていく。特に異常な気配はないようだ。
やがて、月が中天に昇る頃。一人の男性が、俺たちのテーブルへと近づいてきた。歳は三十代半ばだろうか。仕立ての良い服を着ており、穏やかな物腰だが、その目には知性と、そしてどこか計算高い色が浮かんでいる。
『対象:???(偽名使用の可能性) / 自称:アルフレッド
分類:人間(貴族? あるいはその代理人?)
状態:冷静、観察中、目的あり
ステータス:Lv ??(戦闘能力は低い)
スキル:【交渉術(高等)】【鑑定眼(物品)】【???】
備考:本名を隠している可能性が高い。何らかの組織、あるいは有力貴族に仕えている代理人か。今回の依頼の真の目的は別にある可能性あり。要注意人物。』
(やはり、ただ者ではないな……)
俺は警戒心を高めつつ、相手の出方を待つ。
「あなたが、ユズル殿ですかな?」アルフレッドと名乗る男は、丁寧な口調で尋ねてきた。「お手紙、ご覧いただけましたか」
「ええ。あなたが、依頼人の方ですか?」
「いかにも。本日はお越しいただき、感謝いたします。隣の方は?」男の視線が、シャロンへと向けられる。
「私の護衛です。気にしないでください」俺は短く答える。
「なるほど……」男は納得したのか、それ以上追求せず、本題に入った。「早速ですが、依頼内容について、お話ししてもよろしいですかな?」
「どうぞ」
男は、声を潜め、語り始めた。
「実は、私の主(あるじ)が、ある『品物』を探しておられるのです。それは、古代文明の遺物で、『星読みの羅針盤』と呼ばれるものなのですが……」
「星読みの羅針盤?」
「ええ。失われた技術で作られた、特殊な方位磁針のようなものだと聞いております。ただ方位を示すだけでなく、星々の運行を読み解き、未来の出来事、あるいは隠された場所の位置を示す力があるとか……」
(未来予知、あるいは座標特定能力を持つアーティファクト……か。確かに、価値の高いものだろうな)
「その羅針盤は、最近、王都近郊のある遺跡で発見されたという情報があったのですが、発見直後に何者かに持ち去られてしまったようなのです。私の主は、それを是非とも手に入れたいと願っておられまして……」
男は、懇願するような目で俺を見る。
「そこで、”奇跡の解決屋”であるユズル殿のお力をお借りしたいのです。その羅針盤の行方を突き止め、可能であれば、回収していただきたい。報酬は、金貨200枚。いかがでしょうか?」
金貨200枚。破格の報酬だ。それだけ、その「星読みの羅針盤」とやらに価値があるということだろう。
(しかし、話がうますぎる気がするな……)
俺は、【情報読取】で男の発言の信憑性を探る。
『発言内容の信憑性:中(羅針盤の存在、持ち去られた事実は概ね真実。ただし、依頼の真の目的、依頼主の正体については、何かを隠している可能性が高い)』
(やはり、何か裏があるか……)
依頼を受けるべきか、断るべきか。
羅針盤の行方を追う過程で、古代文明や、あるいは他の勢力に関する情報が得られるかもしれない。だが、同時に、危険な陰謀に巻き込まれるリスクも高い。
俺が答えを決めかねていると、隣に座っていたシャロンが、静かに口を開いた。
「その『星読みの羅針盤』……持ち去ったのは、おそらく『深淵を覗く者たち』でしょうね」
「!?」アルフレッドと名乗る男の表情が、一瞬だけ凍りついた。シャロンの言葉が、彼の予想外だったことを示している。
「なぜ、それを……?」
「ふふ、情報屋ですので」シャロンは微笑む。「彼らもまた、古代の遺物を狙っている。特に、未来や運命に関わるような力を秘めたものをね。あなたの『主』は、そのカルト教団と争ってでも、羅針盤を手に入れたい、というわけですか?」
シャロンの指摘に、男は動揺を隠せない様子だった。どうやら、彼女の推測は的を射ているらしい。
カルト教団が絡んでいるとなれば、この依頼は、単なる探索や回収任務では済まない。彼らとの直接対決になる可能性が高い。
(……だが、面白い)
俺は、むしろ興味を惹かれた。カルト教団の目的を探る良い機会かもしれない。それに、彼らと敵対するのであれば、この依頼主(あるいはその背後にいる存在)と協力関係を結ぶことも、戦略的に有効かもしれない。
「……分かりました。その依頼、お受けしましょう」俺は、アルフレッドに向かって言った。「ただし、条件があります。カルト教団が関与しているのであれば、危険度は格段に上がります。報酬は、成功報酬として金貨300枚。そして、あなたの『主』に関する情報と、羅針盤に関する全ての情報を、可能な限り開示していただく。これが、依頼を受ける条件です」
俺の強気な条件提示に、アルフレッドは一瞬、顔を顰めたが、すぐに計算高い笑みを浮かべた。
「……よろしいでしょう。さすがは”奇跡の解決屋”殿、交渉もお上手だ。その条件で、正式に依頼させていただきます。私の主は……王都でも有数の影響力を持つ、とだけ申し上げておきましょう。詳細は、追ってご連絡いたします」
男はそう言うと、満足そうに立ち上がり、再び闇の中へと姿を消した。
後に残された俺とシャロンは、互いに顔を見合わせた。
「……どうやら、王都に入る前から、厄介な案件に首を突っ込むことになりそうね」シャロンが、面白そうに言う。
「ええ。ですが、これも何かの導きかもしれません」俺は答える。「カルト教団、古代の遺物、そして有力貴族……王都で俺たちを待つものが、少し見えてきた気がします」
王都前哨戦とも言うべき、新たな依頼。それは、俺たちを王都の深部へと導く、危険な道標となるだろう。
俺は、手付かずの酒に口をつけながら、これから始まるであろう波乱に満ちた展開に、思いを馳せるのだった。
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