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第52話:羅針盤の行方と新たな依頼主
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カルト教団「深淵を覗く者たち」の研究日誌から判明した衝撃的な事実。彼らが「星読みの羅針盤」を使って探していたのは、王都の地下深くに存在する「歪みの源流」あるいは「古代の牢獄」と呼ばれる場所への座標であり、そこに封印された「何か」を解き放つことが彼らの目的であるらしいということ。そして、羅針盤自体が、その封印を解くための「鍵」であり「触媒」となり得るということ。
この情報は、俺たちの状況を一変させた。俺たちが確保した星読みの羅針盤は、もはや単なる高価な遺物ではない。世界の運命を左右しかねない、極めて危険な代物なのだ。
「……この羅針盤、依頼主のアルフレッドに、このまま渡すべきでしょうか?」
セーフハウスのリビングで、俺は仲間たちに問いかけた。重苦しい沈黙が流れる。
「渡すべきではないだろう」最初に口を開いたのは、クラウスだった。彼の表情は、いつになく厳しい。「依頼主の正体も目的も不明な以上、このような危険なものを渡すわけにはいかん。彼らが、カルト教団と同じように、これを悪用しないという保証はどこにもない」
騎士としての正義感が、彼にそう言わせているのだろう。
「私も、クラウスさんの意見に賛成かな……」リリアも、不安そうな顔で頷く。「だって、もし悪い人に渡っちゃったら、大変なことになるんでしょ? 世界が滅んじゃうかもしれないなんて……」
シャロンは、腕を組んで黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「……確かに、リスクは高いわね。アルフレッドの『主』が、王都でも有数の有力者だとしても、その人物が善人であるとは限らない。むしろ、力を持つ者ほど、より大きな力を求め、危険な誘惑に手を染めやすいものよ」
彼女の言葉には、裏社会を生きてきた者ならではの、冷徹な現実認識が込められている。
「ですが」俺は反論する。「依頼を受けた以上、契約を反故にするのは問題があります。それに、アルフレッドの『主』は、王都で相当な影響力を持っている。彼らを敵に回すのも、得策ではありません。彼らもまた、カルト教団とは敵対している可能性だってありますし、協力関係を築ければ、今後の戦いで有利になるかもしれません」
「……それは、一理あるな」クラウスも、俺の言葉に考え込む。「だが、危険な賭けであることに変わりはない。もし、彼らが羅針盤を悪用したら……その責任は、我々にもあるということになる」
意見は割れた。羅針盤を渡すべきか、渡すべきでないか。どちらの選択にも、メリットとデメリット、そして大きなリスクが存在する。
「……一つ、提案があるわ」沈黙を破ったのは、シャロンだった。「羅針盤そのものを渡すのではなく、『情報』だけを提供するというのはどうかしら?」
「情報だけ、ですか?」
「ええ。例えば、羅針盤の解析結果――それが危険なものであること、カルト教団が悪用しようとしていること――を依頼主に伝え、協力を仰ぐのよ。『我々も羅針盤の危険性を認識しており、カルト教団の阻止のために動いている。あなた方も協力してくれるなら、羅針盤の安全な管理、あるいは無力化について、共に方法を探りましょう』とね」
シャロンは、悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「もちろん、羅針盤本体は、我々が厳重に管理下に置く。そして、依頼主の反応を見て、彼らが本当に信頼できる相手なのか、真の目的は何なのかを探るのよ。もし、彼らが本当にカルト教団と敵対しているのであれば、我々の提案に乗ってくるはずだわ」
(なるほど……羅針盤を渡さずに、相手の出方を探る、か。シャロンさんらしい、狡猾で、しかし有効な手かもしれない)
これなら、契約違反のリスクを最小限に抑えつつ、依頼主の真意を探ることができる。そして、もし相手が信頼できるなら、新たな協力関係を築くことも可能だ。
「……いいかもしれませんね、その方法」俺は同意する。「クラウスさん、リリアさんはどう思いますか?」
クラウスは、しばらく考え込んだ後、頷いた。
「……確かに、それが現時点では最も現実的な落とし所かもしれん。相手の真意を見極めるまでは、軽々しく羅針盤を渡すべきではないだろう」
リリアも、「うん、それが安全だと思う!」と賛成した。
方針は決まった。俺たちは、依頼主アルフレッド(とその主)に対し、羅針盤本体ではなく、「情報」を提供し、協力を持ちかけることにした。
◆
数日後。シャロンがアルフレッドとの接触に成功し、交渉の場が設けられた。場所は、前回と同じ「銀竜亭」だが、今回は人目につかない個室が用意されていた。俺とシャロンが、代表として交渉に臨む。クラウスとリリアは、万が一に備え、セーフハウスで待機だ。
個室で待っていると、アルフレッドが一人で現れた。彼の表情は、前回同様、穏やかだが、その目の奥には鋭い光が宿っている。
「ユズル殿、シャロン殿、お待ちしておりました」彼は丁寧に挨拶する。「羅針盤の件、確保していただけたとのこと、誠に感謝いたします」
「ええ、約束通り、羅針盤は確保しました」シャロンが、交渉の主導権を握るように切り出す。「ただし……調査の結果、いくつかの『問題点』が判明しました」
シャロンは、羅針盤が強力な精神汚染を引き起こす危険性があること、カルト教団「深淵を覗く者たち」がそれを悪用し、王都地下の「封印」を解こうとしていること、そして、羅針盤自体が不安定であり、暴走のリスクを孕んでいることを、淡々と、しかし重々しく説明した。俺も、適宜、【デバッガー】スキルで得られた具体的な情報(ただし、スキルについては伏せる)を補足する。
アルフレッドは、俺たちの説明を黙って聞いていた。その表情は、最初は驚き、次に困惑、そして最後には、何かを深く納得したかのような、複雑な色を浮かべていた。
「……なるほど。やはり、そうでしたか」彼は、重い溜息をついた。「我々も、その羅針盤が危険なものである可能性は、薄々気づいておりました。そして、カルト教団の動きも……」
「では、なぜ、それでも羅針盤を手に入れようと?」俺は尋ねる。
アルフレッドは、少しの間、躊躇うような表情を見せたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……もはや、隠しても仕方ありますまい。ユズル殿、シャロン殿、あなた方には、我々の『真の目的』と、そして私の『主』について、お話しする必要がありそうです」
彼の言葉に、俺とシャロンは息を呑んだ。ついに、依頼主の正体と、その目的が明らかになるのか?
「私の名は、アルフレッド・フォン・ヴァレンシュタイン。王宮に仕える、しがない文官です」彼は、自らの本名を明かした。「そして、私の『主』とは……この国の第一王子、エドワード殿下、その人です」
「第一王子……エドワード殿下!?」
予想外の人物の名前に、俺は驚きを隠せない。シャロンも、僅かに目を見開いている。
「エドワード殿下は、聡明で、正義感の強いお方ですが……近年、王宮内で孤立を深めておられます」アルフレッドは、苦渋の表情で語る。「現国王陛下はご病気がちで、実権は宰相や、一部の有力貴族が握っている。彼らは、自らの権力維持のために、王子を疎んじ、その影響力を削ごうとしているのです」
(王宮内の権力闘争……クラウスが言っていた騎士団の派閥争いも、これと関係があるのかもしれないな)
「殿下は、この国の現状を憂い、腐敗した貴族社会や、水面下で蠢く『闇』……カルト教団のような存在を一掃し、国を正しい方向へ導きたいと願っておられます。しかし、今の殿下には、それを実現するための力が足りない」
アルフレッドは、俺たちを真っ直ぐに見つめる。
「そこで、殿下は、失われた古代の力……例えば、『星読みの羅針盤』のようなアーティファクトに、一縷の望みを託されたのです。もし、その力で未来を見通し、あるいは隠された真実を明らかにできれば、現状を打破できるのではないか、と」
彼の話は、にわかには信じがたいものだった。だが、【情報読取】で確認する限り、その発言の「信憑性」は極めて高いと表示されている。彼は、嘘をついてはいないようだ。
「……なるほど。事情は分かりました」俺は言う。「ですが、羅針盤はあまりにも危険すぎます。殿下の目的のためとはいえ、これを安易に使うべきではありません」
「ええ、あなた方のお話を聞き、私もそう確信しました」アルフレッドは頷く。「羅針盤は、もはや希望ではなく、むしろ災厄の種となりかねない」
「では、どうしますか?」シャロンが問う。「我々は、羅針盤をあなた方に引き渡すつもりはありません。しかし、カルト教団の脅威は、あなた方の、そしてこの国全体の脅威でもある。この点において、我々と殿下の利害は一致するはずです」
アルフレッドは、しばらく黙考した後、顔を上げた。その目には、新たな決意が宿っている。
「……分かりました。ユズル殿、シャロン殿。改めて、あなた方に依頼をさせていただきたい」
彼は、深々と頭を下げた。
「どうか、エドワード殿下のお力になっていただけないでしょうか? 羅針盤の確保、そしてカルト教団の陰謀阻止に、協力していただきたいのです。我々だけでは、力が及びません。報酬は、国の財政が許す限り、最大限お支払いします。そして、殿下は、あなた方の活動を、可能な限り支援することをお約束します。王宮内の情報、騎士団への影響力……あなた方の助けとなるはずです」
第一王子からの、直接的な協力依頼。それは、単なる冒険者の依頼とは、次元の違う、国家レベルの案件への関与を意味する。リスクは計り知れない。だが、成功すれば、得られるものもまた、計り知れないだろう。王宮へのアクセス、騎士団への影響力……それらは、俺たちがこの世界の「バグ」に立ち向かう上で、強力な武器となり得る。
俺は、シャロンと視線を交わす。彼女もまた、この新たな展開に、強い興味を示しているようだった。
「……分かりました、アルフレッドさん」俺は、答えた。「その依頼、お受けします。ただし、我々は誰かの駒になるつもりはありません。あくまで、対等な協力者として、殿下と共に、この国の『デバッグ』に協力させていただきましょう」
俺の言葉に、アルフレッドは、安堵と感謝の入り混じった表情を浮かべた。
「……ありがとうございます、ユズル殿。殿下も、きっとお喜びになるでしょう」
こうして、俺たちは、予期せぬ形で、王国の第一王子という、新たな、そして極めて強力な「依頼主」兼「協力者」を得ることになった。
星読みの羅針盤の行方は、新たな波乱を呼び、俺たちを王国の権力闘争と、その裏に潜む巨大な陰謀の渦中へと引きずり込んでいく。
王都グランフォールでの活動は、俺たちの予想を遥かに超えるスケールで、展開し始めていた。
この情報は、俺たちの状況を一変させた。俺たちが確保した星読みの羅針盤は、もはや単なる高価な遺物ではない。世界の運命を左右しかねない、極めて危険な代物なのだ。
「……この羅針盤、依頼主のアルフレッドに、このまま渡すべきでしょうか?」
セーフハウスのリビングで、俺は仲間たちに問いかけた。重苦しい沈黙が流れる。
「渡すべきではないだろう」最初に口を開いたのは、クラウスだった。彼の表情は、いつになく厳しい。「依頼主の正体も目的も不明な以上、このような危険なものを渡すわけにはいかん。彼らが、カルト教団と同じように、これを悪用しないという保証はどこにもない」
騎士としての正義感が、彼にそう言わせているのだろう。
「私も、クラウスさんの意見に賛成かな……」リリアも、不安そうな顔で頷く。「だって、もし悪い人に渡っちゃったら、大変なことになるんでしょ? 世界が滅んじゃうかもしれないなんて……」
シャロンは、腕を組んで黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「……確かに、リスクは高いわね。アルフレッドの『主』が、王都でも有数の有力者だとしても、その人物が善人であるとは限らない。むしろ、力を持つ者ほど、より大きな力を求め、危険な誘惑に手を染めやすいものよ」
彼女の言葉には、裏社会を生きてきた者ならではの、冷徹な現実認識が込められている。
「ですが」俺は反論する。「依頼を受けた以上、契約を反故にするのは問題があります。それに、アルフレッドの『主』は、王都で相当な影響力を持っている。彼らを敵に回すのも、得策ではありません。彼らもまた、カルト教団とは敵対している可能性だってありますし、協力関係を築ければ、今後の戦いで有利になるかもしれません」
「……それは、一理あるな」クラウスも、俺の言葉に考え込む。「だが、危険な賭けであることに変わりはない。もし、彼らが羅針盤を悪用したら……その責任は、我々にもあるということになる」
意見は割れた。羅針盤を渡すべきか、渡すべきでないか。どちらの選択にも、メリットとデメリット、そして大きなリスクが存在する。
「……一つ、提案があるわ」沈黙を破ったのは、シャロンだった。「羅針盤そのものを渡すのではなく、『情報』だけを提供するというのはどうかしら?」
「情報だけ、ですか?」
「ええ。例えば、羅針盤の解析結果――それが危険なものであること、カルト教団が悪用しようとしていること――を依頼主に伝え、協力を仰ぐのよ。『我々も羅針盤の危険性を認識しており、カルト教団の阻止のために動いている。あなた方も協力してくれるなら、羅針盤の安全な管理、あるいは無力化について、共に方法を探りましょう』とね」
シャロンは、悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「もちろん、羅針盤本体は、我々が厳重に管理下に置く。そして、依頼主の反応を見て、彼らが本当に信頼できる相手なのか、真の目的は何なのかを探るのよ。もし、彼らが本当にカルト教団と敵対しているのであれば、我々の提案に乗ってくるはずだわ」
(なるほど……羅針盤を渡さずに、相手の出方を探る、か。シャロンさんらしい、狡猾で、しかし有効な手かもしれない)
これなら、契約違反のリスクを最小限に抑えつつ、依頼主の真意を探ることができる。そして、もし相手が信頼できるなら、新たな協力関係を築くことも可能だ。
「……いいかもしれませんね、その方法」俺は同意する。「クラウスさん、リリアさんはどう思いますか?」
クラウスは、しばらく考え込んだ後、頷いた。
「……確かに、それが現時点では最も現実的な落とし所かもしれん。相手の真意を見極めるまでは、軽々しく羅針盤を渡すべきではないだろう」
リリアも、「うん、それが安全だと思う!」と賛成した。
方針は決まった。俺たちは、依頼主アルフレッド(とその主)に対し、羅針盤本体ではなく、「情報」を提供し、協力を持ちかけることにした。
◆
数日後。シャロンがアルフレッドとの接触に成功し、交渉の場が設けられた。場所は、前回と同じ「銀竜亭」だが、今回は人目につかない個室が用意されていた。俺とシャロンが、代表として交渉に臨む。クラウスとリリアは、万が一に備え、セーフハウスで待機だ。
個室で待っていると、アルフレッドが一人で現れた。彼の表情は、前回同様、穏やかだが、その目の奥には鋭い光が宿っている。
「ユズル殿、シャロン殿、お待ちしておりました」彼は丁寧に挨拶する。「羅針盤の件、確保していただけたとのこと、誠に感謝いたします」
「ええ、約束通り、羅針盤は確保しました」シャロンが、交渉の主導権を握るように切り出す。「ただし……調査の結果、いくつかの『問題点』が判明しました」
シャロンは、羅針盤が強力な精神汚染を引き起こす危険性があること、カルト教団「深淵を覗く者たち」がそれを悪用し、王都地下の「封印」を解こうとしていること、そして、羅針盤自体が不安定であり、暴走のリスクを孕んでいることを、淡々と、しかし重々しく説明した。俺も、適宜、【デバッガー】スキルで得られた具体的な情報(ただし、スキルについては伏せる)を補足する。
アルフレッドは、俺たちの説明を黙って聞いていた。その表情は、最初は驚き、次に困惑、そして最後には、何かを深く納得したかのような、複雑な色を浮かべていた。
「……なるほど。やはり、そうでしたか」彼は、重い溜息をついた。「我々も、その羅針盤が危険なものである可能性は、薄々気づいておりました。そして、カルト教団の動きも……」
「では、なぜ、それでも羅針盤を手に入れようと?」俺は尋ねる。
アルフレッドは、少しの間、躊躇うような表情を見せたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……もはや、隠しても仕方ありますまい。ユズル殿、シャロン殿、あなた方には、我々の『真の目的』と、そして私の『主』について、お話しする必要がありそうです」
彼の言葉に、俺とシャロンは息を呑んだ。ついに、依頼主の正体と、その目的が明らかになるのか?
「私の名は、アルフレッド・フォン・ヴァレンシュタイン。王宮に仕える、しがない文官です」彼は、自らの本名を明かした。「そして、私の『主』とは……この国の第一王子、エドワード殿下、その人です」
「第一王子……エドワード殿下!?」
予想外の人物の名前に、俺は驚きを隠せない。シャロンも、僅かに目を見開いている。
「エドワード殿下は、聡明で、正義感の強いお方ですが……近年、王宮内で孤立を深めておられます」アルフレッドは、苦渋の表情で語る。「現国王陛下はご病気がちで、実権は宰相や、一部の有力貴族が握っている。彼らは、自らの権力維持のために、王子を疎んじ、その影響力を削ごうとしているのです」
(王宮内の権力闘争……クラウスが言っていた騎士団の派閥争いも、これと関係があるのかもしれないな)
「殿下は、この国の現状を憂い、腐敗した貴族社会や、水面下で蠢く『闇』……カルト教団のような存在を一掃し、国を正しい方向へ導きたいと願っておられます。しかし、今の殿下には、それを実現するための力が足りない」
アルフレッドは、俺たちを真っ直ぐに見つめる。
「そこで、殿下は、失われた古代の力……例えば、『星読みの羅針盤』のようなアーティファクトに、一縷の望みを託されたのです。もし、その力で未来を見通し、あるいは隠された真実を明らかにできれば、現状を打破できるのではないか、と」
彼の話は、にわかには信じがたいものだった。だが、【情報読取】で確認する限り、その発言の「信憑性」は極めて高いと表示されている。彼は、嘘をついてはいないようだ。
「……なるほど。事情は分かりました」俺は言う。「ですが、羅針盤はあまりにも危険すぎます。殿下の目的のためとはいえ、これを安易に使うべきではありません」
「ええ、あなた方のお話を聞き、私もそう確信しました」アルフレッドは頷く。「羅針盤は、もはや希望ではなく、むしろ災厄の種となりかねない」
「では、どうしますか?」シャロンが問う。「我々は、羅針盤をあなた方に引き渡すつもりはありません。しかし、カルト教団の脅威は、あなた方の、そしてこの国全体の脅威でもある。この点において、我々と殿下の利害は一致するはずです」
アルフレッドは、しばらく黙考した後、顔を上げた。その目には、新たな決意が宿っている。
「……分かりました。ユズル殿、シャロン殿。改めて、あなた方に依頼をさせていただきたい」
彼は、深々と頭を下げた。
「どうか、エドワード殿下のお力になっていただけないでしょうか? 羅針盤の確保、そしてカルト教団の陰謀阻止に、協力していただきたいのです。我々だけでは、力が及びません。報酬は、国の財政が許す限り、最大限お支払いします。そして、殿下は、あなた方の活動を、可能な限り支援することをお約束します。王宮内の情報、騎士団への影響力……あなた方の助けとなるはずです」
第一王子からの、直接的な協力依頼。それは、単なる冒険者の依頼とは、次元の違う、国家レベルの案件への関与を意味する。リスクは計り知れない。だが、成功すれば、得られるものもまた、計り知れないだろう。王宮へのアクセス、騎士団への影響力……それらは、俺たちがこの世界の「バグ」に立ち向かう上で、強力な武器となり得る。
俺は、シャロンと視線を交わす。彼女もまた、この新たな展開に、強い興味を示しているようだった。
「……分かりました、アルフレッドさん」俺は、答えた。「その依頼、お受けします。ただし、我々は誰かの駒になるつもりはありません。あくまで、対等な協力者として、殿下と共に、この国の『デバッグ』に協力させていただきましょう」
俺の言葉に、アルフレッドは、安堵と感謝の入り混じった表情を浮かべた。
「……ありがとうございます、ユズル殿。殿下も、きっとお喜びになるでしょう」
こうして、俺たちは、予期せぬ形で、王国の第一王子という、新たな、そして極めて強力な「依頼主」兼「協力者」を得ることになった。
星読みの羅針盤の行方は、新たな波乱を呼び、俺たちを王国の権力闘争と、その裏に潜む巨大な陰謀の渦中へと引きずり込んでいく。
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