異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第51話:戦果と次なる一手

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忘れられた地下道での死闘から生還した俺たちは、疲労困憊の状態で、夜明け前の王都グランフォールへと戻ってきた。シャロンのセーフハウスにたどり着くと、俺もクラウスも、そしてリリアも、緊張の糸が切れたように、それぞれの部屋(と言っても簡素なものだが)に倒れ込むようにして眠りについた。シャロンだけは、回収した「星読みの羅針盤」とカルト教団の「研究日誌」を、地下の工房スペースに厳重に封印・保管する作業を、淡々とこなしていたようだった。彼女のタフさには、もはや驚きを通り越して呆れるしかない。

俺が次に目を覚ましたのは、その日の夕刻だった。身体の節々の痛みはまだ残っているが、深い眠りのおかげで、MPと精神力はかなり回復していた。ベッドから起き上がり、階下へ降りると、既にクラウスとリリアも起きており、リビングスペースのテーブルで簡単な食事をとっていた。

「おお、ユズル殿、目が覚めたか。身体の具合はどうだ?」
クラウスが、心配そうに声をかけてくる。彼の顔にもまだ疲労の色は残っているが、その目には地下遺跡での死線を乗り越えた自信のようなものが宿っている。

「ええ、なんとか。皆さんは?」

「私も大丈夫だよー! ちょっと筋肉痛だけど、リリア特製回復ドリンク飲んだから元気いっぱい!」
リリアは、相変わらずの明るさで答える。彼女も、あの危険な状況下でよく頑張ったと思う。

テーブルには、温かいスープとパンが用意されていた。シャロンの姿は見えないが、おそらく彼女が用意してくれたのだろう。俺も席に着き、温かいスープを啜る。生きていることを実感する、ささやかな、しかし確かな幸福感があった。

「……それにしても、凄まじい戦いだったな」クラウスが、スープを飲みながら、しみじみと呟く。「あのゴーレムたちも、そして最後のカルト教団員たちも……一歩間違えれば、我々は……」

「でも、勝ったんだよ! ユズルさんの指示と、クラウスさんの剣と、シャロンさんのすごい動きと、私の魔道具のおかげで!」リリアが、拳を握って力説する。

「ああ、そうだ。我々は勝った」クラウスも、リリアの言葉に頷く。「ユズル殿、改めて礼を言う。君の力と判断がなければ、我々は生きてここにはいられなかっただろう」

「いえ、俺一人では何もできませんでした。皆さんの力があったからです」俺は謙遜するが、彼の言葉は素直に嬉しかった。パーティーとして、確かな一体感が生まれているのを感じる。

食事を終えた頃、シャロンが音もなくリビングに現れた。彼女の手には、厳重に封印された「星読みの羅針盤」と、古びた「研究日誌」の束があった。

「お目覚めのようね、皆さん」彼女は、テーブルの上にそれらを置いた。「まずは、戦利品の確認と、今後の取り扱いについて話し合いましょうか」

俺たちは、改めて羅針盤と日誌に視線を集中させる。
羅針盤は、シャロンの施した黒い護符によって、その禍々しいオーラは抑えられているように見える。だが、【情報読取】で確認すると、内部には依然として強力なエネルギーと、そして精神汚染の残滓が感じられた。

「この羅針盤……やはり、危険な代物ね」シャロンが言う。「カルト教団は、これを使って特定の『座標』を探していたようだけど、それが何なのか、どうやって使うのか……解析が必要ね。でも、下手に起動させれば、また暴走するかもしれないわ」

「それに、プロテクトもかかっています」俺は付け加える。「無理に情報を引き出そうとすれば、何が起こるか分かりません」

「うーん……」リリアが、羅針盤を食い入るように見つめる。「でも、すごい技術なのは間違いないよね! もし安全に解析できれば、空間転移とか、未来予知とか、とんでもない魔道具が作れるかもしれないのに……」
彼女の目は、技術者としての好奇心で輝いている。

「解析については、焦らず慎重に進めましょう」俺は提案する。「まずは、この研究日誌の解読が先決かもしれません。ここに、羅針盤の使い方や、カルト教団の目的、そして彼らが探していた『座標』に関する手がかりが書かれている可能性があります」

「そうね。でも、この日誌、古代文字や暗号が多くて、解読は容易ではないわよ」シャロンは、日誌のページをパラパラとめくりながら言う。「専門の解読家でも、何ヶ月、いや何年もかかるかもしれないわ」

「古代文字の解読……ですか」俺は考える。(【デバッガー】スキルなら、あるいは……?)
ホログラフ・キューブの時も、断片的ながらログ情報を読み取れた。この日誌も、文字そのものではなく、情報としての「構造」や「パターン」を解析すれば、解読の糸口が見つかるかもしれない。

「その解読、俺に少し試させていただけませんか?」俺は申し出た。「時間はかかるかもしれませんが、何か分かるかもしれません」

「……あなたなら、あるいは、本当に解読してしまうかもしれないわね」シャロンは、俺の能力を理解しているだけに、驚きはしないようだ。「分かったわ。日誌の解読は、あなたに任せましょう。ただし、無理は禁物よ。あなたのその力は、代償も大きいのでしょう?」
彼女は、俺が黒い匣を停止させた後に倒れたことを、しっかりと覚えていた。

「ええ、気をつけます」

次に、羅針盤の取り扱いについて。これは、依頼主であるアルフレッド(とその主)に引き渡す約束になっている。
「アルフレッドには、私から連絡しておくわ」シャロンが言う。「羅針盤を確保したこと、そしてその危険性について。報酬の受け取りと、約束の『情報開示』についても、交渉する必要があるでしょうね」

「依頼主の正体、探ることはできそうですか?」俺は尋ねる。

「難しいでしょうね。彼らも用心しているはずよ。でも、報酬の受け渡し場所や方法から、ある程度の推測はできるかもしれないわ。探りは入れてみるつもりよ」

こうして、当面の役割分担が決まった。俺は研究日誌の解読に挑戦し、シャロンは依頼主との交渉と情報収集を担当する。クラウスとリリアは、それぞれの目標(騎士団復帰と魔道具研究)に向けて動きつつ、必要に応じて俺たちをサポートする、という形だ。



翌日から、王都での俺たちの活動は、新たなフェーズへと移行した。

俺は、セーフハウスの自室に籠もり、カルト教団の研究日誌の解読に没頭した。【デバッガー】スキルを駆使し、古代文字のパターン、文法構造、そして暗号化されていると思われる部分のアルゴリズムを解析していく。それは、未知のプログラミング言語をリバースエンジニアリングするような、地道で、しかし知的に刺激的な作業だった。時折、リリアが差し入れを持ってきてくれたり、クラウスが気分転換にと剣の稽古に誘ってくれたりした。彼らの存在が、孤独な作業になりがちな解読作業の、大きな支えとなった。

クラウスは、騎士団本部へ足繁く通い、復帰への道を模索していた。派閥争いや、没落した家への風当たりは依然として強いようだったが、彼は決して諦めなかった。地下遺跡での活躍や、「奇跡の解決屋」との繋がり(これも噂として広まっていた)が、彼の評価を少しずつ変え始めている兆候もあるようだった。俺も、陰ながら【デバッガー】スキルで騎士団内部の情報を集め、彼にアドバイスを送った。例えば、「〇〇派閥のキーマンは、実は古代魔法に強い関心を持っている。共通の話題で接近してみては?」とか、「あなたの復帰を妨害している△△卿は、裏で不正な取引に関わっている『バグ』がある。その証拠を掴めば、立場を逆転できるかもしれない」といった具合に。俺のアドバイスがどこまで有効かは分からないが、クラウスは真剣に耳を傾け、行動に移してくれていた。

リリアは、王都の魔道具ギルドや図書館に入り浸り、知識と技術を猛烈な勢いで吸収していた。時折、目を輝かせながら工房に戻ってきては、「すごい発見をしたよ!」「こんな術式、見たことない!」と興奮気味に語り、すぐに新たな開発や実験に取り掛かる。彼女の才能は、王都という刺激的な環境で、まさに開花の時を迎えようとしていた。『バグ・ストレージ Ver.0.2』の改良も進んでおり、安定性と容量がさらに向上したVer.0.3の完成も近いようだった。俺たちの共同開発は、着実に成果を生み出しつつある。

シャロンは、その姿をくらますことが多かった。王都の裏社会に潜り込み、情報収集や、おそらくは「夜蛇」やカルト教団への牽制活動を行っているのだろう。時折、セーフハウスに戻ってきては、断片的ながらも重要な情報をもたらしてくれた。「夜蛇の追手が、王都にも複数潜入している」「カルト教団が、次の『儀式』を計画している兆候がある」「王宮内で、不審な動きを見せる貴族がいる」……。彼女の情報は、常に俺たちに緊張感を与え、次なる脅威への備えを促した。

そんな日々の中で、俺が解読を進めていたカルト教団の研究日誌から、ついに重要な情報が明らかになり始めた。
それは、彼らが「星読みの羅針盤」を使って探していた「座標」に関する記述だった。

『……羅針盤が示す座標は、王都の地下深くに存在する『歪みの源流』、あるいは『古代の牢獄』と呼ばれる場所を示唆している……』
『……その場所には、かつて古代文明が封印した『何か』が眠っている……』
『……我らが主(深淵の主?)は、その『封印』を解き放ち、世界に真の『変革』をもたらすことを望んでおられる……』
『……羅針盤は、その場所への『鍵』となるだけでなく、封印を解くための『触媒』ともなり得る……』

(歪みの源流……古代の牢獄……封印された何か……!)
断片的な記述だが、その内容は衝撃的だった。カルト教団の目的は、単なる破壊や混乱ではなく、この世界の根幹に関わる「封印」を解き放つことにあるらしい。そして、星読みの羅針盤は、そのための重要な鍵なのだ。

俺は、この情報をすぐに仲間たちと共有した。
「……つまり、奴らは、王都の地下で、何かとんでもないものを解き放とうとしている、ということか?」クラウスが、厳しい表情で言う。
「もしそれが本当なら、王都全体、いや、世界全体が危機に瀕するかもしれないわね」シャロンも、事態の深刻さを認識しているようだ。
「そ、そんな……! どうしよう……!」リリアは、青ざめている。

俺たちの手の中にある「星読みの羅針盤」。それは、単なる古代の遺物ではなく、世界の運命を左右しかねない、危険な「鍵」だったのだ。依頼主アルフレッド(とその主)に、このまま引き渡してしまって良いのだろうか? 彼らもまた、この羅針盤を悪用しようとしている可能性はないのか?

新たな情報によって、俺たちの目の前には、さらに困難で、重大な選択が突きつけられた。
王都での活動は、まだ始まったばかりだというのに、既に俺たちは、この世界の核心に触れる、危険な領域へと足を踏み入れてしまっていたのかもしれない。

俺は、解読途中の研究日誌と、封印された羅針盤を前に、次なる一手について、深く考え込むのだった。

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