異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第64話:制御装置の掌握と残された選択

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聖域での死闘は、俺たちの勝利に終わった。カルト教団の幹部、ドクトル・シュナーベル(仮称)は倒れ、彼らが使役していた異形も消滅した。王都地下の「歪みの源流」を解放するという、彼らの当面の計画は阻止されたと言っていいだろう。

しかし、勝利の代償は大きかった。俺は【限定的干渉】で精神力を限界まで使い果たし、意識を失う寸前。クラウスも深手を負い、リリアもMPを消耗しきっている。シャロンだけは比較的軽傷だったが、それでも連戦の疲労は隠せない様子だった。

そして、俺たちの目の前には、依然として巨大な封印制御装置が鎮座している。カルト教団による不正アクセスは阻止できたものの、この装置自体が不安定であり、そして封印されている「歪みの源流」が限界に近づいているという事実は変わらない。

「……まずい、ユズルさんの意識が……!」
リリアが、俺の顔を覗き込み、悲鳴に近い声を上げる。俺の意識は、急速に薄れ始めていた。精神力の過剰消費による反動だ。

「しっかりしろ、ユズル殿!」クラウスが、俺の肩を強く揺さぶる。「ここで気を失うわけにはいかん!」

(……だめだ、もう……限界だ……)
視界が暗転していく。仲間たちの声が、遠くに聞こえる。

だが、完全に意識が途切れる寸前、俺の脳内に、再びあの無機質な声が響いた。
『……緊急事態を認識。アクセス権限レベル3保持者(デバッガー)の生命維持活動を優先。封印制御装置への限定的な『上位アクセス権限』を一時的に再付与。システム安定化のための緊急措置を実行してください……』

そして、俺の枯渇していたはずのMPと精神力が、どこからか流れ込んでくるような、不思議な感覚。意識が、急速に覚醒していく!

「……!?」
俺は、はっと目を開けた。身体はまだ疲労しているが、意識ははっきりしている。MPも、ある程度回復しているようだ。

「ゆ、ユズルさん! よかった……!」リリアが、涙目で俺に抱きついてくる。
「……一体、何が起こったんだ?」クラウスが、訝しげな表情で俺を見る。

「……分かりません。ですが、どうやら、俺はまだ動けるようです。そして……」俺は、目の前の制御装置を見据える。「この装置を、今なら俺が制御できるかもしれません」
一時的に再付与された「上位アクセス権限」。そして、回復したMPと精神力。これを使えば、あるいは……。

「制御できる……? どういうことだ?」

「説明は後です! 時間がありません!」俺は、クラウスとリリアの支えを振り払い、制御装置へと歩み寄る。「シャロンさん、周囲の警戒をお願いします! 何か異変があれば、すぐに知らせてください!」

「……了解したわ。でも、無茶はしないでちょうだい」シャロンは、一瞬ためらった後、頷いた。

俺は、巨大な制御装置の前に立ち、その表面に手を触れた。ひんやりとした、しかし内部に膨大なエネルギーを秘めた感触が伝わってくる。

(【デバッガー】、そして【システム・オーバーライド】……!)

上位アクセス権限を得た今なら、この複雑な古代システムの深層にまでアクセスできるはずだ。俺は、意識を集中させ、制御装置のシステムへとダイブしていく!

膨大な情報が、再び俺の脳内へと流れ込んでくる。封印結界のパラメータ、エネルギー循環のログ、自己修復機能のステータス、そして……カルト教団がアクセスしようとしていた、封印解除のシーケンスプログラム。

(……やはり、解除プロセスが途中まで進んでいたか! しかも、かなり危険な状態で!)
カルト教団は、無理やり封印をこじ開けようとしていたため、解除プロセスはエラーだらけで、いつ暴走してもおかしくない状態になっていた。このまま放置すれば、たとえシュナーベルがいなくても、いずれ封印が破壊されていた可能性が高い。

(まずは、この解除プロセスを停止させ、システムを安定化させる!)

俺は、【コード・ライティング】と【システム・オーバーライド】を組み合わせ、不正な解除コマンドを削除し、エラーを起こしている箇所を修正していく。それは、暴走寸前の巨大なプログラムを、リアルタイムでデバッグしていくような、極めて高度で危険な作業だった。

『……コマンド入力:緊急停止コード実行……承認』
『……エラー発生箇所特定:パラメータ███……修正コード適用……承認』
『……システム安定化プロセス起動……完了』

数分間の集中。俺の額からは再び汗が流れ落ち、MPもみるみる減少していくが、どうにか制御装置の暴走を食い止め、安定した状態へと戻すことができた。装置の表面の光も、穏やかな青白い輝きを取り戻した。

「……ふぅ。どうやら、最悪の事態は避けられたようです」俺は、安堵の息をつきながら、仲間たちに報告した。

「……君は、一体……」クラウスは、もはや言葉を失っているようだった。
「すごすぎるよ、ユズルさん……!」リリアは、尊敬の眼差しで俺を見つめている。

「だが、これで終わりではないわ」シャロンが、冷静に指摘する。「封印の根本的な問題……エネルギー圧の上昇と、結界の劣化は解決していない。これは、あくまで応急処置に過ぎないわ」

彼女の言う通りだ。制御装置を安定化させたとはいえ、封印そのものが限界に近づいているという事実は変わらない。いずれ、この封印は破綻するだろう。

(どうすべきなんだ……? 封印を強化する? それとも、内部の『歪みの源流』……暴走した動力炉そのものを、どうにかする方法を探す?)

俺は、制御装置の記録ログをさらに深く探索する。上位アクセス権限があれば、もっと多くの情報にアクセスできるはずだ。封印の設計思想、動力炉の構造、そして……「デバッグ」の可能性。

『……ログ検索中……『プロジェクト・アーク』関連ファイル……アクセス試行……権限承認……』

『ファイル名:『動力炉アルファ・コア安定化計画(失敗記録)』
 概要:暴走したコアのエネルギーを外部へ安全に排出し、安定化させる試み。複数の方法が検討されたが、いずれも失敗、またはリスクが高すぎると判断。特に、『異次元排出口』を利用する方法は、予測不能な因果律汚染を引き起こす危険性から却下。』

『ファイル名:『封印結界強化プロトコル(未実装)』
 概要:外部から清浄な魔力、または特定の『調律エネルギー』を供給することで、結界強度を一時的に回復・強化する設計案。ただし、必要なエネルギー量が膨大であり、安定供給が困難なため、実装は見送られた。』

『ファイル名:『最終手段:世界再構築(リブート)計画』
 概要:封印が限界に達した場合に備え、世界システム全体を初期化し、再構築する計画。ただし、現行世界の全存在(生命、情報含む)の消滅を伴うため、倫理的・技術的課題が多く、最終手段としてのみ検討。実行には、マスターAI『アルファ』の承認と、複数の『ワールド・キー』が必要。』

(……安定化は失敗、強化は未実装、そして最終手段は世界リセット……か)
ログに記されていた内容は、どれも絶望的なものばかりだった。古代文明の技術をもってしても、この暴走したコアと封印の問題を、根本的に解決することはできなかったのだ。

(いや、待てよ……『調律エネルギー』? これは、なんだ?)
封印結界強化プロトコルにあった、聞き慣れない言葉。俺は、そのキーワードでさらに検索をかける。

『……『調律エネルギー』に関する情報:
 定義:世界の法則(システム)そのものに干渉し、その『歪み(バグ)』を修正・調和させる特殊なエネルギー。
 発生源:不明(特定の条件下でのみ発生? あるいは、特定の存在が生み出す?)。
 観測記録:極めて稀。古代の記録に、ユニークスキル【調律師(チューナー)】を持つ存在が、このエネルギーを扱ったという記述あり(真偽不明)。また、スキル【デバッガー】による高度な『バグ・フィックス』または『システム・オーバーライド』が、副次的に類似のエネルギーを発生させる可能性も示唆されている(理論段階)。』

(調律エネルギー……世界のバグを修正する力……? そして、俺のスキルが、それに関係している可能性……?)

これは、重要なヒントかもしれない。もし、俺が【デバッガー】スキルをさらに進化させ、【バグ・フィックス】や【システム・オーバーライド】を完全に使いこなせるようになれば、この封印を強化、あるいは安定化させる「調律エネルギー」を生み出せるかもしれないのだ!

(……道は、まだ残されているかもしれない)
絶望的な状況の中に、僅かな希望の光が見えた気がした。

俺は、仲間たちに、制御装置から得られた情報と、自分の考えを伝えた。
「……どうやら、この封印を根本的に解決する方法は、今のところ見つかりません。ですが、封印を強化するための『調律エネルギー』というものが存在するようです。そして、俺のスキルが、それに関係している可能性がある」

「調律エネルギー……君のスキルが?」クラウスが、驚きと期待の入り混じった表情で聞き返す。

「はい。まだ仮説ですが……俺が【デバッガー】スキルをさらに成長させれば、封印を強化できるかもしれません。それまでの間、この制御装置を俺たちが管理し、封印の状態を監視し続ける必要があります」

「……つまり、私たちは、この世界の『時限爆弾』の管理人になる、というわけね」シャロンが、静かに言う。「そして、その爆弾を解除できるかもしれない鍵を、ユズル、あなたが握っている、と」

「……そういうことになります」

俺たちの目の前には、二つの道が示された。
一つは、この制御装置を掌握し、封印が限界を迎えるその日まで、世界の歪みと戦い続ける道。俺自身の成長が、そのタイムリミットを延ばす鍵となる。
もう一つは……あるいは、この制御装置を使って、封印を意図的に解除し、古代文明が諦めた「安定化」あるいは「再構築」に挑むという、さらに危険な道。

(……今は、まだ、そのどちらかを選ぶ時ではない)
俺たちには、まだ情報も、力も足りなすぎる。

「……まずは、この聖域を確保し、制御装置を俺たちの管理下に置きましょう」俺は、最終的な結論を告げる。「そして、王都に戻り、エドワード殿下に状況を報告し、今後の対策を協議する必要があります。カルト教団も、まだ諦めてはいないはずです」

仲間たちは、俺の言葉に静かに頷いた。誰もが、事態の重さと、自分たちが背負うことになった責任の大きさを理解しているようだった。

俺は、制御装置に再び向き直り、【システム・オーバーライド】を使って、装置のアクセス権限を、俺(及び、俺が許可した者)以外には操作できないようにロックした。これで、少なくとも、カルト教団が再びこの装置を悪用することは防げるだろう。

聖域の確保、制御装置の掌握。俺たちは、忘れられた神殿での最大の目的を達成した。だが、それは同時に、世界の根幹に関わる、より大きな問題と責任を背負い込むことを意味していた。

俺たちは、古代の制御装置が静かに稼働する聖域を後にし、地上への帰還を開始した。
王都に戻ったら、王子に報告し、そして、俺自身のスキルを、さらに高めるための新たな道を探さなければならない。

【バグ・フィックス】、【システム・オーバーライド】……そして、未知の【調律エネルギー】。
俺の「デバッグ」は、もはや単なるバグ利用ではなく、この世界のシステムそのものを修正し、守るための戦いへと、その意味合いを変えようとしていた。

その先に待ち受ける未来が、どんなものであろうとも。
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