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第71話:亀裂と予兆、決戦への序曲
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静まり返ったリューンの治療院兼工房。俺の目の前には、沈黙したホログラフ・キューブと、それをこともなげに見下ろすシャロン・ナイトウォーカー。先ほどまで暴走しかけていた古代の遺物は、彼女の手によって(正確には、彼女が事前に仕掛けていた何らかの『保険』によって)鎮められた。だが、俺の心は静まるどころか、疑念と混乱の渦中にあった。
「……シャロンさん。説明していただけますか?」
俺は、疲労の残る身体を奮い立たせ、できるだけ冷静な声で問いかけた。「なぜ、あなたがこのキューブに手を加えていたのか。そして、なぜそれを俺たちに黙っていたのか」
俺の問いに対し、シャロンはゆっくりと振り返った。その赤い瞳には、いつものような余裕の笑みはなく、どこか深淵を覗くような、複雑な色が浮かんでいる。
「……説明、ね。そうね、あなたはそれを知る権利があるわね。私たちの『契約』は、対等なパートナーシップだったはずだもの」
彼女は、あっさりと自分の非を認めるかのような口調で言った。だが、その真意は読めない。
「あのキューブ……ホログラフ・キューブ、と呼んでいたかしら。あれは、単なる情報記録装置ではないわ。あなたも薄々気づいているでしょうけど、あれは古代文明が遺した、世界の『システム』に接続するための、極めて重要なインターフェースの一つなのよ」
「システムのインターフェース……」
「ええ。そして、そのシステムは、今、極めて不安定な状態にある。あなたが見たログにあったようにね。マスターAI『アルファ』の暴走、あるいは他の要因によって、システム全体が『汚染』され、予期せぬ『バグ』が多発している。このキューブも、その影響を受けていたのよ」
シャロンは、キューブに再び視線を落とす。
「あなたとリリア嬢があのキューブを再起動させた時、私はそれに気づいたわ。そして、同時に危険も感じた。あのキューブを通じて、何者かが我々の情報を抜き取るかもしれない、あるいは、キューブ自体が暴走し、さらに大きな災厄を引き起こすかもしれない、とね」
「だから、『保険』を?」
「そうよ。私は、あなたたちが気づかないように、キューブの制御システムに、特殊な『バックドア』と『緊急停止コード』を仕込んでおいたの。万が一、キューブが外部から不正アクセスされたり、暴走したりした場合に、私が遠隔で、あるいは直接介入して、それを阻止できるようにね。今回のように」
彼女は、こともなげに言った。まるで、ソフトウェアにセキュリティパッチを当てるかのように。
「……なぜ、それを黙っていたんですか?」俺は、納得できない気持ちで問い詰める。「俺たちはパートナーのはずです。危険があるなら、情報を共有すべきだったんじゃないですか?」
「それは……」シャロンは、一瞬、言葉を詰まらせたように見えた。そして、ふっと自嘲的な笑みを浮かべた。「……あなたたちを、完全に信用しきれていなかったから、かしらね。特に、あなた、ユズル。あなたの力は未知数で、その目的もまだ見えない。あなたが、キューブの力をどう使うのか……私には確信が持てなかった」
彼女の正直な(?)告白。それは、俺たちの間に存在する、根本的な不信感を浮き彫りにするものだった。俺もまた、彼女の真の目的を知らず、彼女を完全には信用していない。お互い様、ということなのかもしれない。
「……それに」シャロンは続けた。「あなたに全てを話せば、あなたはきっと、さらに危険な領域へと踏み込もうとするでしょう? 古代のシステム、マスターAI、世界の真実……。それは、まだあなたには早すぎると思ったのよ。準備が整う前に、深淵を覗き込めば、呑まれてしまうだけだから」
彼女の言葉は、俺を気遣っているようにも聞こえた。だが、それは同時に、俺の行動をコントロールしようとする意図の表れとも受け取れた。
俺たちの間に、重い沈黙が流れる。互いの疑念と、しかし協力しなければならないという現実。この歪なパートナーシップを、今後どう続けていくべきなのか?
その時だった。
リーン、リーン、リーン……!
俺の懐に入れていた、王宮との連絡用の通信魔石が、甲高い警告音を発した。これは、アルフレッドからの緊急連絡の合図だ。
俺は、シャロンとの対話(あるいは対立)を一時中断し、魔石を起動させる。アルフレッドの、切迫した声が響いてきた。
『ユズル殿! 聞こえるか!? 大変なことになった!』
「アルフレッドさん!? 何があったんですか!?」
『王都で……いや、王都だけではない! 各地で、原因不明の異常現象が多発している! 大規模な魔物のスタンピード、スキルの暴走、空間の歪みによる局地的な転移現象……! まるで、世界全体が軋みを上げているかのようだ!』
「なんだって!?」
俺は息を呑んだ。第七章のプロットにあった、「世界規模での異常現象(大規模バグ)の頻発」。それが、ついに始まったというのか!?
『エドワード殿下も、事態を極めて重く見ておられる! これは、単なる偶然ではない! 何か……世界の根幹に関わる、巨大な『システムエラー』が起きているのではないか、と!』
アルフレッドの声は、明らかに動揺していた。王宮も、この異常事態の原因を掴めていないのだろう。
俺は、シャロンと顔を見合わせた。彼女の表情も、いつになく険しいものに変わっている。
「……始まった、というわけね。世界の『悲鳴』が」
ホログラフ・キューブの暴走未遂も、この大規模なシステムエラーの予兆、あるいは一部だったのかもしれない。世界の「バグ」は、もはや隠しきれないレベルで、表面化し始めているのだ。
「……分かりました。すぐに王都へ戻ります!」俺はアルフレッドに告げ、通信を切った。
シャロンとの間のわだかまりは、まだ残っている。だが、今は個人的な感情よりも、優先すべきことがある。
「シャロンさん。俺たちの間の話は、一旦保留です」俺は、彼女に向き直り、きっぱりと言った。「今は、この世界に起きている異常事態の原因を突き止め、対処することが最優先です。協力してくれますね?」
シャロンは、俺の目をじっと見つめた後、静かに頷いた。
「……ええ、もちろんよ。私も、この状況は看過できないわ。それに……これが、私の『本当の目的』に繋がっている可能性もあるのだから」
俺たちは、リューンの老夫婦に後を託し(彼らも、王都の異変の噂を聞いて不安がっていた)、急いで王都グランフォールへと帰還した。
◆
王都に戻ると、街の雰囲気は一変していた。数日前までの活気は鳴りを潜め、代わりに不安と混乱が渦巻いている。空には不気味な色の雲が立ち込め、時折、遠くで地鳴りのような音が響く。街中では、魔物が突如出現したり、人々の持つスキルが暴走したりする事件が頻発しており、騎士団や冒険者たちが、その対応に追われていた。
セーフハウスに戻ると、クラウスとリリアも、深刻な表情で待っていた。
「ユズル殿! シャロン殿! 王都の状況は聞いているか!?」クラウスが、焦ったように駆け寄ってくる。
「うん……なんだか、世界がおかしくなっちゃったみたい……」リリアも、青ざめた顔で呟く。
俺たちは、改めて状況を整理し、今後の対策を協議した。
頻発する異常現象。それは、間違いなく世界のシステムエラー(大規模バグ)が原因だろう。そして、その引き金となったのは、カルト教団の儀式か、あるいはマスターAI『アルファ』の暴走か、それとも、俺自身の【デバッガー】スキルによるシステムへの干渉なのか……。
「原因を特定しなければ、対処のしようがないわね」シャロンが冷静に言う。「異常現象が特に顕著な場所、あるいは、システムの『中枢』にアクセスできる場所……そこを調べる必要があるわ」
「システムの『中枢』……」俺は、忘れられた神殿の中央制御コアや、ホログラフ・キューブのことを思い出す。「あの古代の遺物が、鍵になるかもしれません。ですが、アクセスは危険すぎます」
「それに、カルト教団の動きも気になります」クラウスが付け加える。「この混乱に乗じて、彼らが『封印解除』の計画を再び実行に移す可能性も否定できません」
まさに、八方塞がりの状況だ。どこから手をつけるべきか?
俺は、考えた。異常現象、カルト教団、封印、世界のシステム……全てが複雑に絡み合っている。だが、全ての根源にあるのは、おそらく、この世界のシステムそのものの「歪み」であり、「バグ」なのだろう。
ならば、俺がやるべきことは一つだ。
その根源へとアクセスし、真実を突き止め、そして、可能ならば「修正」する。
「……行きましょう」俺は、仲間たちに向かって言った。「世界の根幹システム……ログにあった『ワールド・コア』と呼ばれる場所へ。そこに、全ての答えと、そして解決策があるはずです」
「ワールド・コア……?」
仲間たちは、初めて聞く言葉に、訝しげな表情を見せる。
「ええ。俺が、神殿の制御コアから得た情報です。この世界のシステムの中枢であり、おそらくは『管理者』が存在する場所。そこにアクセスできれば、この異常事態の原因を突き止め、そして……あるいは、この世界を『デバッグ』できるかもしれません」
それは、あまりにも壮大で、そして危険な提案だった。だが、もはや、小手先の対処では、この世界の崩壊は止められないだろう。
クラウス、リリア、シャロン……仲間たちは、俺の言葉を聞き、それぞれの表情で、しかし、確かな決意を目に宿らせて、頷いた。
俺たちの、最後の、そして最大の「デバッグ・オペレーション」が、始まろうとしていた。
目指すは、世界の心臓部、ワールド・コア。
決戦への道が、今、開かれたのだ。
「……シャロンさん。説明していただけますか?」
俺は、疲労の残る身体を奮い立たせ、できるだけ冷静な声で問いかけた。「なぜ、あなたがこのキューブに手を加えていたのか。そして、なぜそれを俺たちに黙っていたのか」
俺の問いに対し、シャロンはゆっくりと振り返った。その赤い瞳には、いつものような余裕の笑みはなく、どこか深淵を覗くような、複雑な色が浮かんでいる。
「……説明、ね。そうね、あなたはそれを知る権利があるわね。私たちの『契約』は、対等なパートナーシップだったはずだもの」
彼女は、あっさりと自分の非を認めるかのような口調で言った。だが、その真意は読めない。
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「システムのインターフェース……」
「ええ。そして、そのシステムは、今、極めて不安定な状態にある。あなたが見たログにあったようにね。マスターAI『アルファ』の暴走、あるいは他の要因によって、システム全体が『汚染』され、予期せぬ『バグ』が多発している。このキューブも、その影響を受けていたのよ」
シャロンは、キューブに再び視線を落とす。
「あなたとリリア嬢があのキューブを再起動させた時、私はそれに気づいたわ。そして、同時に危険も感じた。あのキューブを通じて、何者かが我々の情報を抜き取るかもしれない、あるいは、キューブ自体が暴走し、さらに大きな災厄を引き起こすかもしれない、とね」
「だから、『保険』を?」
「そうよ。私は、あなたたちが気づかないように、キューブの制御システムに、特殊な『バックドア』と『緊急停止コード』を仕込んでおいたの。万が一、キューブが外部から不正アクセスされたり、暴走したりした場合に、私が遠隔で、あるいは直接介入して、それを阻止できるようにね。今回のように」
彼女は、こともなげに言った。まるで、ソフトウェアにセキュリティパッチを当てるかのように。
「……なぜ、それを黙っていたんですか?」俺は、納得できない気持ちで問い詰める。「俺たちはパートナーのはずです。危険があるなら、情報を共有すべきだったんじゃないですか?」
「それは……」シャロンは、一瞬、言葉を詰まらせたように見えた。そして、ふっと自嘲的な笑みを浮かべた。「……あなたたちを、完全に信用しきれていなかったから、かしらね。特に、あなた、ユズル。あなたの力は未知数で、その目的もまだ見えない。あなたが、キューブの力をどう使うのか……私には確信が持てなかった」
彼女の正直な(?)告白。それは、俺たちの間に存在する、根本的な不信感を浮き彫りにするものだった。俺もまた、彼女の真の目的を知らず、彼女を完全には信用していない。お互い様、ということなのかもしれない。
「……それに」シャロンは続けた。「あなたに全てを話せば、あなたはきっと、さらに危険な領域へと踏み込もうとするでしょう? 古代のシステム、マスターAI、世界の真実……。それは、まだあなたには早すぎると思ったのよ。準備が整う前に、深淵を覗き込めば、呑まれてしまうだけだから」
彼女の言葉は、俺を気遣っているようにも聞こえた。だが、それは同時に、俺の行動をコントロールしようとする意図の表れとも受け取れた。
俺たちの間に、重い沈黙が流れる。互いの疑念と、しかし協力しなければならないという現実。この歪なパートナーシップを、今後どう続けていくべきなのか?
その時だった。
リーン、リーン、リーン……!
俺の懐に入れていた、王宮との連絡用の通信魔石が、甲高い警告音を発した。これは、アルフレッドからの緊急連絡の合図だ。
俺は、シャロンとの対話(あるいは対立)を一時中断し、魔石を起動させる。アルフレッドの、切迫した声が響いてきた。
『ユズル殿! 聞こえるか!? 大変なことになった!』
「アルフレッドさん!? 何があったんですか!?」
『王都で……いや、王都だけではない! 各地で、原因不明の異常現象が多発している! 大規模な魔物のスタンピード、スキルの暴走、空間の歪みによる局地的な転移現象……! まるで、世界全体が軋みを上げているかのようだ!』
「なんだって!?」
俺は息を呑んだ。第七章のプロットにあった、「世界規模での異常現象(大規模バグ)の頻発」。それが、ついに始まったというのか!?
『エドワード殿下も、事態を極めて重く見ておられる! これは、単なる偶然ではない! 何か……世界の根幹に関わる、巨大な『システムエラー』が起きているのではないか、と!』
アルフレッドの声は、明らかに動揺していた。王宮も、この異常事態の原因を掴めていないのだろう。
俺は、シャロンと顔を見合わせた。彼女の表情も、いつになく険しいものに変わっている。
「……始まった、というわけね。世界の『悲鳴』が」
ホログラフ・キューブの暴走未遂も、この大規模なシステムエラーの予兆、あるいは一部だったのかもしれない。世界の「バグ」は、もはや隠しきれないレベルで、表面化し始めているのだ。
「……分かりました。すぐに王都へ戻ります!」俺はアルフレッドに告げ、通信を切った。
シャロンとの間のわだかまりは、まだ残っている。だが、今は個人的な感情よりも、優先すべきことがある。
「シャロンさん。俺たちの間の話は、一旦保留です」俺は、彼女に向き直り、きっぱりと言った。「今は、この世界に起きている異常事態の原因を突き止め、対処することが最優先です。協力してくれますね?」
シャロンは、俺の目をじっと見つめた後、静かに頷いた。
「……ええ、もちろんよ。私も、この状況は看過できないわ。それに……これが、私の『本当の目的』に繋がっている可能性もあるのだから」
俺たちは、リューンの老夫婦に後を託し(彼らも、王都の異変の噂を聞いて不安がっていた)、急いで王都グランフォールへと帰還した。
◆
王都に戻ると、街の雰囲気は一変していた。数日前までの活気は鳴りを潜め、代わりに不安と混乱が渦巻いている。空には不気味な色の雲が立ち込め、時折、遠くで地鳴りのような音が響く。街中では、魔物が突如出現したり、人々の持つスキルが暴走したりする事件が頻発しており、騎士団や冒険者たちが、その対応に追われていた。
セーフハウスに戻ると、クラウスとリリアも、深刻な表情で待っていた。
「ユズル殿! シャロン殿! 王都の状況は聞いているか!?」クラウスが、焦ったように駆け寄ってくる。
「うん……なんだか、世界がおかしくなっちゃったみたい……」リリアも、青ざめた顔で呟く。
俺たちは、改めて状況を整理し、今後の対策を協議した。
頻発する異常現象。それは、間違いなく世界のシステムエラー(大規模バグ)が原因だろう。そして、その引き金となったのは、カルト教団の儀式か、あるいはマスターAI『アルファ』の暴走か、それとも、俺自身の【デバッガー】スキルによるシステムへの干渉なのか……。
「原因を特定しなければ、対処のしようがないわね」シャロンが冷静に言う。「異常現象が特に顕著な場所、あるいは、システムの『中枢』にアクセスできる場所……そこを調べる必要があるわ」
「システムの『中枢』……」俺は、忘れられた神殿の中央制御コアや、ホログラフ・キューブのことを思い出す。「あの古代の遺物が、鍵になるかもしれません。ですが、アクセスは危険すぎます」
「それに、カルト教団の動きも気になります」クラウスが付け加える。「この混乱に乗じて、彼らが『封印解除』の計画を再び実行に移す可能性も否定できません」
まさに、八方塞がりの状況だ。どこから手をつけるべきか?
俺は、考えた。異常現象、カルト教団、封印、世界のシステム……全てが複雑に絡み合っている。だが、全ての根源にあるのは、おそらく、この世界のシステムそのものの「歪み」であり、「バグ」なのだろう。
ならば、俺がやるべきことは一つだ。
その根源へとアクセスし、真実を突き止め、そして、可能ならば「修正」する。
「……行きましょう」俺は、仲間たちに向かって言った。「世界の根幹システム……ログにあった『ワールド・コア』と呼ばれる場所へ。そこに、全ての答えと、そして解決策があるはずです」
「ワールド・コア……?」
仲間たちは、初めて聞く言葉に、訝しげな表情を見せる。
「ええ。俺が、神殿の制御コアから得た情報です。この世界のシステムの中枢であり、おそらくは『管理者』が存在する場所。そこにアクセスできれば、この異常事態の原因を突き止め、そして……あるいは、この世界を『デバッグ』できるかもしれません」
それは、あまりにも壮大で、そして危険な提案だった。だが、もはや、小手先の対処では、この世界の崩壊は止められないだろう。
クラウス、リリア、シャロン……仲間たちは、俺の言葉を聞き、それぞれの表情で、しかし、確かな決意を目に宿らせて、頷いた。
俺たちの、最後の、そして最大の「デバッグ・オペレーション」が、始まろうとしていた。
目指すは、世界の心臓部、ワールド・コア。
決戦への道が、今、開かれたのだ。
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