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第70話:繋がる点と線、王都での休息と次なる兆候
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廃鉱山の地下深く、汚染されかけた竜脈ノードを浄化するという、困難な任務を終えた俺たちは、満身創痍ながらも王都グランフォールへと帰還した。セーフハウスに戻ると、まるで泥のように眠り込み、丸二日間、ほとんど意識を取り戻すことはなかった。精神力とMPを限界まで酷使した反動は、想像以上に大きかったようだ。
三日目の朝、ようやく身体の自由がある程度利くようになった俺は、リビングで仲間たちと顔を合わせた。クラウスもリリアもシャロンも、まだ疲労の色は残っているものの、表情には安堵と、そして今回の任務をやり遂げた達成感が浮かんでいる。
「……皆さん、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました」
俺は、改めて仲間たちに頭を下げた。あの状況を乗り越えられたのは、間違いなく彼らの力と支えがあったからだ。
「何を言うか、ユズル殿。君こそ、よくぞあの状況で……」クラウスが、恐縮したように言う。
「そうだよ! ユズルさんがいなかったら、今頃どうなってたか……!」リリアも、力強く頷く。
「まあ、お互い様、ということにしておきましょうか」シャロンは、肩をすくめてみせた。
俺たちは、今回の任務で得られた情報と成果を改めて整理し、今後の対策について話し合った。
まず、竜脈ノードの汚染を食い止め、カルト教団の計画の一部を阻止できたことは大きな成果だ。エドワード王子にもアルフレッドを通じて報告済みであり、王宮側でも鉱山跡の封鎖と監視体制の強化が行われることになった。これで、少なくとも当面の間、竜脈が悪用される危険性は低下しただろう。
しかし、カルト教団の脅威が完全に去ったわけではない。彼らの「主」とされる存在、そして真の目的はいまだ謎に包まれている。研究日誌の解読も、まだ完全には終わっていない。彼らは、必ずや次の手を打ってくるはずだ。シャロンの情報網による監視と警戒は、今後も継続する必要がある。
そして、最も重要な課題は、王都地下の「封印」とその「歪みの源流」だ。封印が限界に近づいているという事実は変わらない。俺が一時的に発現させた「調律エネルギー」のような力が、本当に封印強化の鍵となるのか? それを安定して生み出すにはどうすればいいのか?
(【バグ・フィックス】や【システム・オーバーライド】の熟練度を上げることが、鍵になるのだろうか……? だとしたら、もっと多くの『バグ』を見つけ出し、修正、あるいは上書き干渉していく必要がある……)
俺のスキルアップが、世界の命運を左右するかもしれない。その重圧は、計り知れないものがあった。
「……いずれにせよ、今は少し休息が必要でしょう」俺は提案した。「全員、限界まで消耗しています。無理をしても、良い結果には繋がりません。数日間は、ゆっくりと身体を休め、英気を養いましょう」
俺の提案に、異論を唱える者はいなかった。クラウスは騎士団の公務に戻りつつも、休息を優先することにした。リリアは、開発意欲は旺盛だが、さすがに疲労困憊で、しばらくは地下工房で静かに研究に専念すると言う。シャロンは、「ちょうど溜まっていた『裏の仕事』を片付ける良い機会だわ」と言い残し、どこかへ姿を消した(彼女なりの休息なのだろう)。
俺もまた、数日間は積極的な活動を控え、体力と精神力の回復に努めることにした。王宮の書庫で資料を読んだり、セーフハウスで瞑想(MP回復と精神統一のためだ)したり、時にはリューンのように、目的もなく王都の街を散策したりした。
王都の街は、相変わらず活気に満ち溢れていた。宰相の失脚という大きな政変があったにも関わらず、市民の生活は、表面的には以前と変わらないように見える。だが、注意深く観察すれば、そこかしこに変化の兆しが見て取れた。
騎士団の規律が以前よりも引き締まり、街の警備が強化されている。役所の窓口対応が、僅かながら効率化されている(これは王子派の改革の影響か?)。そして何より、人々の間に、新しい時代への期待感と、しかし同時に、水面下で蠢く不穏な動きへの漠然とした不安感が入り混じったような、独特の空気が漂っているのを、俺の【情報読取】は感じ取っていた。
(この街も、そしてこの世界も、変わりつつあるんだな……良くも、悪くも)
そんなある日、街を散策していた俺は、偶然、リリアの治療院(兼工房)の前を通りかかった。彼女は王都のセーフハウスの地下工房にいるはずだが、治療院の方はどうなっているだろうか? 気になって、少し立ち寄ってみることにした。
「ごめんください」
扉を開けると、中から薬草の匂いと共に、穏やかな老夫婦の声が聞こえてきた。リリアが留守番を頼んでいた、彼女の遠縁にあたる人たちだろう。
「あらあら、これはユズル様。わざわざお越しいただいて」
人の良さそうな老婆が、笑顔で迎えてくれた。
「リリアお嬢様なら、今は王都の方におられますが……何かご用でしたかな?」
「いえ、近くを通りかかったものですから、ご挨拶だけでも、と思いまして」俺は答える。「お変わりありませんか?」
「ええ、おかげさまで。治療院の方も、常連さんが時々来てくださるくらいで、のんびりやらせてもらってますよ」
他愛のない会話を交わし、お茶までご馳走になってしまった。老夫婦は、リリアのことを孫娘のように可愛がっており、彼女が王都で活躍していることを、心から喜んでいるようだった。
「あの子は、昔から手先が器用で、魔道具いじりが大好きでしてなぁ」老爺が、懐かしそうに目を細める。「亡くなったおじいさん(リリアの祖父で、元々は彼がこの治療院兼工房の主だったらしい)も、あの子の才能には目を細めておりました。『この子は、いつか世界を変えるような発明をするかもしれん』と、よく言っておったものです」
(世界を変える発明……か。あながち、大袈裟ではないかもしれないな、リリアなら)
そんな話をしていると、ふと、工房の奥、以前はガラクタ置き場だった場所に、シートがかけられた、何か大きなものがあるのに気づいた。
「あれは?」俺が尋ねると、老爺は少し困ったような顔をした。
「ああ、あれですか……実は、リリアお嬢様が王都へ行かれる直前に、運び込まれたものでしてな。『絶対に中を見るな、誰にも触らせるな』と、きつく言われておるのですが……何やら、古代の遺物か何かだとか」
(リリアが、俺に内緒で? 古代の遺物?)
妙だ。彼女がそんな重要なことを、俺に黙っているはずがない。
俺は、老夫婦に断りを入れて、シートに近づき、そっとそれを捲ってみた。
現れたのは――俺がよく知る、あの金属製の匣だった。
(ホログラフ・キューブ!? なぜ、これがここに!?)
リリアとの共同解析の後、キューブは彼女が厳重に保管しているはずだった。それがなぜ、無造作にここに置かれている? しかも、表面の輝きが、以前よりも増しているような……?
俺は、嫌な予感を覚えながら、キューブに【デバッガー】スキルを使う!
『対象:ホログラフ・キューブ(再起動・変質?)
分類:古代文明製システム>情報・制御端末?
状態:自己起動中(高レベル)、内部データ書き換え進行中、外部からの不正アクセス(バックドア経由?)検知、強い魔力汚染反応(増大中!)
機能:???(本来の機能が変質・暴走している可能性)
警告:内部システムが、未知の存在(マスターAI『アルファ』? あるいは別の何か?)によって乗っ取られ、危険なプログラムが実行されようとしています! 即座に対処しなければ、予測不能な大規模エラー(時空異常? 精神汚染拡散?)が発生する危険性あり!!』
「……なっ!?」
表示された内容に、俺は血の気が引くのを感じた。キューブが、何者かに乗っ取られ、暴走しかけている!? しかも、魔力汚染まで撒き散らし始めている!?
(いつの間に!? なぜリリアは気づかなかった!? いや、それよりも、これを止めないと!)
俺は、すぐさま【コード・ライティング】か【システム・オーバーライド】で、キューブの機能を停止させようとした。だが――
『……アクセス拒否。権限レベル不足。マスターAI『アルファ』による直接制御下。干渉不可』
(……くそっ! 俺の権限では、もう手が出せないのか!?)
キューブの表面の光は、ますます禍々しさを増し、周囲の空間が歪み始める。老夫婦は、その異様な光景に怯え、腰を抜かしている。
(まずい! このままでは、この治療院だけでなく、リューン全体が危険に……!)
その時、俺の脳裏に、忘れられた神殿のコアから得た情報が蘇った。
『緊急停止コード』……『自爆コード』……。
(……もはや、これしかないのか?)
キューブを完全に破壊する、あるいは、機能をリセットする。それは、内部に秘められた貴重な情報を永遠に失うことを意味する。だが、このまま暴走させるよりはマシだ。
俺は、最後の手段として、キューブに記録されていたはずの『自爆コード』を、【コード・ライティング】で強制的に起動させることを決意した!
これは、賭けだ。自爆が、周囲にどれだけの被害をもたらすか分からない。だが、他に選択肢はない!
俺は、老夫婦を庇うように立ち塞がり、暴走する古代の遺物に向かって、スキルを発動させようとした――!
その瞬間、キューブの輝きが、ふっと収まった。
そして、まるで糸が切れたように、その機能が完全に停止した。
「……え?」
何が起こったのか分からず、俺は呆然とその場に立ち尽くす。
すると、背後から、聞き覚えのある、しかし今はどこか冷たい響きを帯びた声がした。
「……危ないところだったわね、ユズル。もう少しで、私の『おもちゃ』を壊してしまうところだったわよ」
振り返ると、そこには、いつの間にか、シャロンが立っていた。
彼女の手には、小さな黒い石のようなものが握られており、それが微かに光を放っている。そして、その赤い瞳は、俺ではなく、沈黙したホログラフ・キューブを、じっと見つめていた。その表情は、いつもの余裕のある笑みではなく、何か複雑な、そして暗い感情を湛えているように見えた。
「シャロンさん……? あなたが、これを……?」
「ええ」彼女は頷く。「このキューブ、あなたたちが解析した後、私が少し『調整』しておいたのよ。万が一のためにね。どうやら、その『保険』が役に立ったようね」
彼女が、キューブに何か仕掛けをしていた? いつ? 何のために?
そして、なぜリリアはそれに気づかなかった?
疑問が、次々と湧き上がる。
目の前のダークエルフが、俺の知らない、別の顔を持っているのではないか?
王都での休息は、終わりを告げた。
新たな謎と、そして仲間に対する微かな不信感。
俺たちの足元で、再び、世界の「バグ」が、静かに、しかし確実に、その口を開けようとしていた。
三日目の朝、ようやく身体の自由がある程度利くようになった俺は、リビングで仲間たちと顔を合わせた。クラウスもリリアもシャロンも、まだ疲労の色は残っているものの、表情には安堵と、そして今回の任務をやり遂げた達成感が浮かんでいる。
「……皆さん、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました」
俺は、改めて仲間たちに頭を下げた。あの状況を乗り越えられたのは、間違いなく彼らの力と支えがあったからだ。
「何を言うか、ユズル殿。君こそ、よくぞあの状況で……」クラウスが、恐縮したように言う。
「そうだよ! ユズルさんがいなかったら、今頃どうなってたか……!」リリアも、力強く頷く。
「まあ、お互い様、ということにしておきましょうか」シャロンは、肩をすくめてみせた。
俺たちは、今回の任務で得られた情報と成果を改めて整理し、今後の対策について話し合った。
まず、竜脈ノードの汚染を食い止め、カルト教団の計画の一部を阻止できたことは大きな成果だ。エドワード王子にもアルフレッドを通じて報告済みであり、王宮側でも鉱山跡の封鎖と監視体制の強化が行われることになった。これで、少なくとも当面の間、竜脈が悪用される危険性は低下しただろう。
しかし、カルト教団の脅威が完全に去ったわけではない。彼らの「主」とされる存在、そして真の目的はいまだ謎に包まれている。研究日誌の解読も、まだ完全には終わっていない。彼らは、必ずや次の手を打ってくるはずだ。シャロンの情報網による監視と警戒は、今後も継続する必要がある。
そして、最も重要な課題は、王都地下の「封印」とその「歪みの源流」だ。封印が限界に近づいているという事実は変わらない。俺が一時的に発現させた「調律エネルギー」のような力が、本当に封印強化の鍵となるのか? それを安定して生み出すにはどうすればいいのか?
(【バグ・フィックス】や【システム・オーバーライド】の熟練度を上げることが、鍵になるのだろうか……? だとしたら、もっと多くの『バグ』を見つけ出し、修正、あるいは上書き干渉していく必要がある……)
俺のスキルアップが、世界の命運を左右するかもしれない。その重圧は、計り知れないものがあった。
「……いずれにせよ、今は少し休息が必要でしょう」俺は提案した。「全員、限界まで消耗しています。無理をしても、良い結果には繋がりません。数日間は、ゆっくりと身体を休め、英気を養いましょう」
俺の提案に、異論を唱える者はいなかった。クラウスは騎士団の公務に戻りつつも、休息を優先することにした。リリアは、開発意欲は旺盛だが、さすがに疲労困憊で、しばらくは地下工房で静かに研究に専念すると言う。シャロンは、「ちょうど溜まっていた『裏の仕事』を片付ける良い機会だわ」と言い残し、どこかへ姿を消した(彼女なりの休息なのだろう)。
俺もまた、数日間は積極的な活動を控え、体力と精神力の回復に努めることにした。王宮の書庫で資料を読んだり、セーフハウスで瞑想(MP回復と精神統一のためだ)したり、時にはリューンのように、目的もなく王都の街を散策したりした。
王都の街は、相変わらず活気に満ち溢れていた。宰相の失脚という大きな政変があったにも関わらず、市民の生活は、表面的には以前と変わらないように見える。だが、注意深く観察すれば、そこかしこに変化の兆しが見て取れた。
騎士団の規律が以前よりも引き締まり、街の警備が強化されている。役所の窓口対応が、僅かながら効率化されている(これは王子派の改革の影響か?)。そして何より、人々の間に、新しい時代への期待感と、しかし同時に、水面下で蠢く不穏な動きへの漠然とした不安感が入り混じったような、独特の空気が漂っているのを、俺の【情報読取】は感じ取っていた。
(この街も、そしてこの世界も、変わりつつあるんだな……良くも、悪くも)
そんなある日、街を散策していた俺は、偶然、リリアの治療院(兼工房)の前を通りかかった。彼女は王都のセーフハウスの地下工房にいるはずだが、治療院の方はどうなっているだろうか? 気になって、少し立ち寄ってみることにした。
「ごめんください」
扉を開けると、中から薬草の匂いと共に、穏やかな老夫婦の声が聞こえてきた。リリアが留守番を頼んでいた、彼女の遠縁にあたる人たちだろう。
「あらあら、これはユズル様。わざわざお越しいただいて」
人の良さそうな老婆が、笑顔で迎えてくれた。
「リリアお嬢様なら、今は王都の方におられますが……何かご用でしたかな?」
「いえ、近くを通りかかったものですから、ご挨拶だけでも、と思いまして」俺は答える。「お変わりありませんか?」
「ええ、おかげさまで。治療院の方も、常連さんが時々来てくださるくらいで、のんびりやらせてもらってますよ」
他愛のない会話を交わし、お茶までご馳走になってしまった。老夫婦は、リリアのことを孫娘のように可愛がっており、彼女が王都で活躍していることを、心から喜んでいるようだった。
「あの子は、昔から手先が器用で、魔道具いじりが大好きでしてなぁ」老爺が、懐かしそうに目を細める。「亡くなったおじいさん(リリアの祖父で、元々は彼がこの治療院兼工房の主だったらしい)も、あの子の才能には目を細めておりました。『この子は、いつか世界を変えるような発明をするかもしれん』と、よく言っておったものです」
(世界を変える発明……か。あながち、大袈裟ではないかもしれないな、リリアなら)
そんな話をしていると、ふと、工房の奥、以前はガラクタ置き場だった場所に、シートがかけられた、何か大きなものがあるのに気づいた。
「あれは?」俺が尋ねると、老爺は少し困ったような顔をした。
「ああ、あれですか……実は、リリアお嬢様が王都へ行かれる直前に、運び込まれたものでしてな。『絶対に中を見るな、誰にも触らせるな』と、きつく言われておるのですが……何やら、古代の遺物か何かだとか」
(リリアが、俺に内緒で? 古代の遺物?)
妙だ。彼女がそんな重要なことを、俺に黙っているはずがない。
俺は、老夫婦に断りを入れて、シートに近づき、そっとそれを捲ってみた。
現れたのは――俺がよく知る、あの金属製の匣だった。
(ホログラフ・キューブ!? なぜ、これがここに!?)
リリアとの共同解析の後、キューブは彼女が厳重に保管しているはずだった。それがなぜ、無造作にここに置かれている? しかも、表面の輝きが、以前よりも増しているような……?
俺は、嫌な予感を覚えながら、キューブに【デバッガー】スキルを使う!
『対象:ホログラフ・キューブ(再起動・変質?)
分類:古代文明製システム>情報・制御端末?
状態:自己起動中(高レベル)、内部データ書き換え進行中、外部からの不正アクセス(バックドア経由?)検知、強い魔力汚染反応(増大中!)
機能:???(本来の機能が変質・暴走している可能性)
警告:内部システムが、未知の存在(マスターAI『アルファ』? あるいは別の何か?)によって乗っ取られ、危険なプログラムが実行されようとしています! 即座に対処しなければ、予測不能な大規模エラー(時空異常? 精神汚染拡散?)が発生する危険性あり!!』
「……なっ!?」
表示された内容に、俺は血の気が引くのを感じた。キューブが、何者かに乗っ取られ、暴走しかけている!? しかも、魔力汚染まで撒き散らし始めている!?
(いつの間に!? なぜリリアは気づかなかった!? いや、それよりも、これを止めないと!)
俺は、すぐさま【コード・ライティング】か【システム・オーバーライド】で、キューブの機能を停止させようとした。だが――
『……アクセス拒否。権限レベル不足。マスターAI『アルファ』による直接制御下。干渉不可』
(……くそっ! 俺の権限では、もう手が出せないのか!?)
キューブの表面の光は、ますます禍々しさを増し、周囲の空間が歪み始める。老夫婦は、その異様な光景に怯え、腰を抜かしている。
(まずい! このままでは、この治療院だけでなく、リューン全体が危険に……!)
その時、俺の脳裏に、忘れられた神殿のコアから得た情報が蘇った。
『緊急停止コード』……『自爆コード』……。
(……もはや、これしかないのか?)
キューブを完全に破壊する、あるいは、機能をリセットする。それは、内部に秘められた貴重な情報を永遠に失うことを意味する。だが、このまま暴走させるよりはマシだ。
俺は、最後の手段として、キューブに記録されていたはずの『自爆コード』を、【コード・ライティング】で強制的に起動させることを決意した!
これは、賭けだ。自爆が、周囲にどれだけの被害をもたらすか分からない。だが、他に選択肢はない!
俺は、老夫婦を庇うように立ち塞がり、暴走する古代の遺物に向かって、スキルを発動させようとした――!
その瞬間、キューブの輝きが、ふっと収まった。
そして、まるで糸が切れたように、その機能が完全に停止した。
「……え?」
何が起こったのか分からず、俺は呆然とその場に立ち尽くす。
すると、背後から、聞き覚えのある、しかし今はどこか冷たい響きを帯びた声がした。
「……危ないところだったわね、ユズル。もう少しで、私の『おもちゃ』を壊してしまうところだったわよ」
振り返ると、そこには、いつの間にか、シャロンが立っていた。
彼女の手には、小さな黒い石のようなものが握られており、それが微かに光を放っている。そして、その赤い瞳は、俺ではなく、沈黙したホログラフ・キューブを、じっと見つめていた。その表情は、いつもの余裕のある笑みではなく、何か複雑な、そして暗い感情を湛えているように見えた。
「シャロンさん……? あなたが、これを……?」
「ええ」彼女は頷く。「このキューブ、あなたたちが解析した後、私が少し『調整』しておいたのよ。万が一のためにね。どうやら、その『保険』が役に立ったようね」
彼女が、キューブに何か仕掛けをしていた? いつ? 何のために?
そして、なぜリリアはそれに気づかなかった?
疑問が、次々と湧き上がる。
目の前のダークエルフが、俺の知らない、別の顔を持っているのではないか?
王都での休息は、終わりを告げた。
新たな謎と、そして仲間に対する微かな不信感。
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