異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

文字の大きさ
73 / 80

第73話:神殿再訪と待ち受ける罠

しおりを挟む
王都の静寂を背に、俺たちは忘れられた神殿へと続く道を、再び歩んでいた。前回とは違う。今回は、明確な目的と、そして強大な敵との決戦を覚悟しての旅路だ。エドワード王子から託された王家の護符が、首元で確かな存在感を放っている。これが、俺の、そして俺たちの切り札となるかもしれない。

道中は、以前にも増して警戒を強めた。シャロンの情報によれば、カルト教団「深淵を覗く者たち」もまた、神殿への再侵攻を開始している可能性が高い。彼らとの不必要な前哨戦は避けたい。俺たちは、シャロンの隠密ルートと、俺の【デバッガー】スキルによる索敵を駆使し、人目を避けながら、最短距離で神殿を目指した。

幸い、道中でカルト教団の姿を見かけることはなかった。彼らもまた、俺たちとの接触を避け、秘密裏に行動しているのだろうか? あるいは、既に神殿内部へと到達し、目的である「制御装置」へのアクセスを開始しているのか? 焦りが募る。

数日後、俺たちは再び、険しい山岳地帯に隠された、忘れられた神殿の入り口(俺たちが前回使用した隠し通路)へとたどり着いた。周囲の気配を探るが、特に異常はないように見える。

「……静かすぎるわね」シャロンが、眉をひそめて呟く。「まるで、嵐の前の静けさ、といったところかしら」

「あるいは、既にもぬけの殻、という可能性も?」リリアが、不安そうに言う。

「いや、それは考えにくい」俺は首を振る。【デバッガー】スキルで、神殿内部の魔力の流れを探ってみる。「内部からは、依然として強い、そして不安定な魔力反応を感じます。カルト教団は、まだ中にいる。そして、何かを行っている可能性が高い」

俺は、前回と同じように【コード・ライティング】で封印扉の認証システムをバイパスし、扉を開ける。内部へと続く、長い下り階段。壁の浄化石が放つ青白い光が、俺たちの進むべき道を照らし出している。

神殿内部へと足を踏み入れる。空気は、前回訪れた時よりも、さらに重く、淀んでいるように感じられた。そして、微かに、しかし確実に、あの不快な「魔力汚染」の気配が強まっている。

「……やはり、奴ら、何かを始めているようだな」クラウスが、剣の柄を握りしめ、低い声で言う。

俺たちは、マルチ・センサー・ゴーグルを装着し、互いの情報を共有しながら、慎重に神殿の奥へと進んでいく。前回突破した罠のいくつかは、修復されているか、あるいは新たな罠が仕掛けられている可能性もある。油断はできない。

最初の広間――キメラ・スパイダーと戦った場所――に差し掛かった時だった。
「待って!」
俺は、仲間に停止の合図を送る。ゴーグルの魔力センサーが、広間全体に張り巡らされた、不可視の結界のようなものを捉えていたのだ。

『対象:広域精神汚染トラップ
 分類:罠>魔法仕掛け(広範囲・持続型)
 状態:待機中(トリガー:侵入者の魔力感知)
 効果:範囲内に侵入した者の精神に直接干渉し、幻覚・幻聴を見せ、恐怖や混乱を引き起こす。長時間暴露すると、精神崩壊、あるいは狂気に陥る危険性あり。
 備考:カルト教団が設置した新たな罠。前回は存在しなかった。解除には、特定の魔力パターンによる中和、あるいは発生源となっている複数の『汚染ノード』の破壊が必要。』

(……精神汚染トラップ! しかも広範囲!)
これは厄介だ。物理的な罠よりも、対処が難しい。

「どうするの、ユズルさん?」リリアが、青ざめた顔で尋ねる。
「解除は可能か?」クラウスも、厳しい表情で問う。

「解除には、特殊な魔力パターンか、あるいは、この広間に隠された複数の『汚染ノード』を破壊する必要があります」俺は答える。「ノードの位置は……【デバッガー】で探せば特定できるでしょう。ですが、それを破壊している間に、敵に気づかれるリスクが高い」

「……ならば、強行突破しかない、というわけね」シャロンが、短剣を構えながら言う。「精神汚染への耐性には、多少自信があるけれど……」

彼女ほどの達人でも、完全に影響を受けないとは限らないだろう。俺自身も、王子からもらった護符があるとはいえ、油断はできない。

(何か、別の手は……? バグは?)
俺は、罠のシステム、そしてこの広間の構造そのものに【バグ発見】を試みる。

(……あった! 結界のエネルギー供給ライン! 壁の中に埋設されているが、一部、構造的に弱い箇所がある! そこをピンポイントで破壊すれば、結界全体の出力を大幅に低下させられるかもしれない!)

俺は、発見した「バグ」情報を仲間に伝える。
「壁の、あそこの部分! あそこの内部を通っているエネルギーラインを破壊すれば、罠の効果を弱められる可能性があります!」

「ならば、私が!」
クラウスが、剣を構えて壁へと駆け寄ろうとする。

「待ってください、クラウスさん!」俺は彼を止める。「物理的な破壊は、大きな音を立てて、敵に気づかれるリスクが高い。もっと、静かに、そして確実な方法があります」

俺は、腰のポーチから、リリアが開発した『ゴーレム・スレイヤー・ボルト』を一本取り出した。
「リリアさん、これをクロスボウに。そして、俺が指定する壁の箇所に、正確に撃ち込んでください」

「え? ゴーレム用のボルトを、壁に?」リリアは、不思議そうな顔をする。

「ええ。あのボルトは、着弾時に高周波の魔力振動を発生させますよね? その振動を、壁内部のエネルギーラインにピンポイントで当てるんです。うまくいけば、外部への影響を最小限に抑えつつ、内部回路だけを破壊できるはずです」
これは、【デバッガー】による精密な弱点特定と、リリアの魔道具技術を組み合わせた、応用的な「バグ利用」だ。

「……なるほど! やってみる!」リリアは、目を輝かせて頷くと、改良型のクロスボウにボルトを装填し、俺が指示する壁の一点に狙いを定めた。彼女の【精密作業】スキルは、射撃においても高い精度を発揮する。

ヒュンッ!

放たれたボルトは、吸い込まれるように壁の特定箇所へと命中した!
瞬間、壁の内部から、パチパチという微かなスパーク音と、魔力が霧散するような感覚があった。

(成功か!?)
俺は、罠の結界の状態を【情報読取】で確認する。

『対象:広域精神汚染トラップ
 状態:機能低下(エネルギー供給ラインの一部破損)、効果大幅減衰
 備考:外部からの精密な攻撃により、エネルギー供給に問題発生。精神汚染効果はほぼ消失したが、依然として侵入者を感知する機能は残っている可能性あり。』

「……やりました! 罠の効果は、ほぼ無力化されました!」俺は、安堵の息をつきながら報告する。

「すごい……! 本当にできちゃった……!」リリアは、自分の放った一撃の成果に驚いている。
「……ユズル殿、リリア嬢、見事だ」クラウスも、素直に称賛の言葉を口にする。
「……ふふ、面白い連携ね」シャロンは、満足そうに微笑む。

俺たちは、効果が大幅に減衰した(とはいえ、油断はできないが)罠のエリアを慎重に通過し、再び神殿の奥へと進んでいった。

その後も、道中にはカルト教団が仕掛けたと思われる新たな罠や、あるいは古代の防衛システムが待ち受けていたが、俺たちの連携は、以前にも増してスムーズになっていた。俺が【デバッガー】で弱点やバグを見つけ出し、クラウスが前衛として敵を引きつけ、シャロンが奇襲や無力化を行い、リリアが魔道具で支援・妨害する。それぞれの役割が有機的に繋がり、どんな困難な状況でも、必ず突破口を見つけ出すことができた。

まるで、一つの生命体のように。あるいは、完璧にデバッグされたプログラムのように。俺たちのパーティーは、確実に進化を遂げていたのだ。

そして、ついに俺たちは、忘れられた神殿の最深部、「聖域」へと続く、あの黄金の扉の前へと、再びたどり着いた。
扉は、俺が前回開けた時と同じように、静かに閉ざされている。だが、扉の向こうから感じられる気配は、明らかに以前とは異なっていた。

禍々しい儀式の気配は薄れている。だが、代わりに、複数の人間の気配と、そして……厳重な警戒態勢が敷かれているような、張り詰めた空気が伝わってくる。

(……やはり、カルト教団は、既にこの先に到達している。そして、俺たちの再訪を予期して、待ち構えている……!)

俺は、ゴクリと喉を鳴らす。扉の向こうには、おそらく、ドクトル・シュナーベル(仮称)よりもさらに強力な敵、あるいは、想像を絶するような罠が仕掛けられているだろう。

「……行きますよ」
俺は、仲間たちに視線を送り、静かに告げた。

最後の戦いが、始まろうとしている。
俺は、首にかけた王家の護符をそっと握りしめ、再び【システム・オーバーライド】を発動させるべく、黄金の扉へと向き直った。
今度こそ、この世界の歪みの核心へと、たどり着くために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした

高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!? これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。 日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

処理中です...