異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第74話:聖域の決戦、交錯する意志

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黄金の扉が、重々しい音を立てて完全に開いた。その先には、清浄さと汚染が奇妙に同居する空間――忘れられた神殿の最深部、「聖域」が広がっている。そして、その中央に鎮座する巨大な封印制御装置の周囲には、俺たちの再訪を待ち構えていたかのように、黒ローブのカルト教団員たちが、禍々しいオーラを放って佇んでいた。

「……やはり、待ち伏せか」
クラウスが、剣と盾を構え直し、低い声で呟く。彼の全身からは、決意に満ちた闘気が溢れ出ている。

「数は……七人。それに、あの仮面の男……前回とは違う。もっと強い気配がするわ」
シャロンが、鋭い視線で敵の構成を分析する。彼女が指摘する通り、教団員たちの中心には、ひときわ異様な存在感を放つ人物がいた。深紅ではなく、漆黒のローブを纏い、顔には髑髏を模したような銀色の仮面を着けている。手には、脈打つ心臓のような不気味な宝珠が埋め込まれた杖を持っている。

『対象:???(コードネーム:ネクロフィリア? 大司教?)
 分類:人間?(アンデッド? 魂魄変異体?)、カルト教団最高幹部
 状態:冷徹、狂信(深層)、高度な魔力制御
 ステータス:Lv ???(測定不能:Sランク冒険者以上に匹敵?)、HP ???、MP ???
 スキル:【死霊魔術(禁忌)】【魂魄支配】【空間歪曲(限定的)】【深淵の契約】【???】
 特性:アンデッド特性(物理耐性・精神耐性・毒耐性:極高)、負のエネルギー吸収・変換、周囲への死霊汚染
 備考:『深淵を覗く者たち』の最高指導者の一人。その正体、目的の多くは謎に包まれている。ドクトル・シュナーベル(仮称)とは比較にならない危険度。接触自体が死を招く可能性あり。』

(……測定不能!? Sランク以上!? しかも、アンデッド特性……!?)
俺は、解析結果に背筋が凍るのを感じた。ドクトル・シュナーベルですらAランク相当だったのに、こいつはそれを遥かに凌駕する存在だ。まさに、ラスボスクラスの敵。

「……よくぞ来た、システムの『バグ』どもよ」
銀仮面の男――大司教(仮称)は、静かだが、魂に直接響くような冷たい声で言った。「貴様らの小賢しい抵抗も、ここまでだ。この聖域にて、我が主の降臨のための、最後の仕上げをさせてもらう」

彼が杖を掲げると、周囲の空間がさらに歪み、床や壁から、黒い影のような、あるいは骸骨のような、無数のアンデッド・モンスターが這い出てきた!

「なっ!? アンデッド召喚!?」リリアが悲鳴を上げる。
「数が多すぎる! これでは……!」クラウスも、その数に圧倒されている。

聖域は、瞬く間に、死者の軍勢で埋め尽くされようとしていた。そして、大司教は、その間に制御装置へと近づき、何らかの操作を開始しようとしている!

(まずい! あれを止めないと! だが、この数のアンデッドをどうやって……!?)

「シャロンさん! 大司教を! 俺たちはアンデッドを食い止めます!」
俺は、咄嗟に指示を出す! 今、大司教を止められる可能性があるのは、シャロンの奇襲だけだ!

「……承知したわ。だが、時間を稼ぎなさいよ!」
シャロンは、一瞬ためらった後、影の中に溶けるように姿を消し、大司教へと向かう!

「クラウスさん、リリアさん! 陣形を組んでください! アンデッドの波を押し返します!」
「うむ!」
「わ、わかった!」

俺、クラウス、リリアの三人は、背中合わせになるように円陣を組み、迫りくるアンデッドの軍勢と対峙する! クラウスが盾で正面の敵を受け止め、リリアが広範囲の浄化魔法(サンライト・ディスクの応用と、王宮で学んだ知識を組み合わせた新魔法だ!)でアンデッドの動きを鈍らせ、俺が【デバッガー】で個々の弱点や動きの「バグ」を指摘し、ダガーで確実に仕留めていく!

「右翼のスケルトン! 肋骨の接合部が脆い!」
「左翼のゾンビ! 動きは鈍いが、毒の息に注意!」
「後方! ゴースト系の敵! 物理攻撃は効きにくい! リリアさん、光属性の攻撃を!」

俺たちの連携は、以前よりも格段に向上していた。クラウスの防御は鉄壁となり、リリアの魔法支援は的確で強力になっている。俺の指示も、より迅速かつ正確になった。数では圧倒的に不利だが、なんとかアンデッドの波を押し返し、戦線を維持していた。

一方、シャロンは大司教へと迫っていた。彼女は、大司教が展開するであろう防御結界や、感知系の罠を巧みに掻い潜り、その背後へと回り込むことに成功した!

「……もらったわ!」
シャロンの双剣が、音もなく大司教の首筋へと閃く!

しかし――

キィン!

シャロンの剣は、まるで硬い金属に阻まれたかのように、甲高い音を立てて弾かれた! 大司教の首筋には、黒いオーラのようなものが薄く展開されており、それがシャロンの渾身の一撃を防いだのだ!

「……ほう。影に紛れるネズミか。なかなか素早い」
大司教は、ゆっくりと振り返った。その銀色の仮面の奥の瞳が、シャロンを捉える。
「だが、無駄だ。我が身は、既に深淵の一部。生半可な攻撃など、届きはしない」

大司教は、杖から黒い衝撃波を放ち、シャロンを吹き飛ばす! シャロンは受け身を取り、どうにかダメージを軽減するが、その表情には焦りの色が見える。

(まずい! シャロンさんでも、歯が立たない!?)

その時、俺の脳内に、再びあの声が響いた。
『警告:封印制御装置への不正アクセス検知。マスターAI『アルファ』による、強制オーバーライド実行中。封印解除シーケンス、強制再開。残り時間:推定180秒……』

「なに!?」
大司教の狙いは、シャロンとの戦闘ではなかった! 俺たちを引きつけている間に、遠隔操作か何かで、制御装置の封印解除プロセスを再開させたのだ! しかも、その操作を行っているのは、マスターAI『アルファ』!?

(アルファが、カルト教団に協力しているというのか!? いや、それとも、アルファ自身が暴走し、封印を解こうとしている……?)

どちらにせよ、事態は最悪だ! あと3分で、封印が完全に解かれてしまう!

「皆さん! 時間がありません! 3分以内に、あの制御装置を完全に停止させるか、あるいは封印解除プロセスを中断させないと!」俺は絶叫する!

「3分だと!?」クラウスが、アンデッドを薙ぎ払いながら叫ぶ。
「ど、どうすればいいの!?」リリアも、パニックになりかけている。

シャロンも、大司教の猛攻を受けながら、苦しい状況だ。制御装置に近づくことすらできない。

(万事休すか……? いや、まだだ!)
俺は、最後の可能性に賭けることにした。制御装置そのものに、俺の意志を直接送り込み、【システム・オーバーライド】で、封印解除プロセスに「待った」をかける!

(王家の護符よ、力を貸してくれ……!)
首にかけた護符が、俺の決意に呼応するように、温かい光を放ち始める。

「俺が、制御装置を止めます! 皆さんは、それまで持ちこたえてください!」

俺は、クラウスとリリアにアンデッドの足止めを託し、一直線に制御装置へと駆け出した! 大司教が、俺の動きに気づき、妨害の魔術を放ってくるが、シャロンが身を挺してそれを防いでくれる!

「行け、ユズル!」

俺は、制御装置の前にたどり着き、再びその表面に手を触れた! 上位アクセス権限は、まだ有効なはずだ!

(【システム・オーバーライド】! 対象:封印解除シーケンス! 状態を『中断』、そして『ロック』!)

MPと精神力、そして仲間たちの想い、王子から託された護符の力……俺の中にある全てのエネルギーを注ぎ込み、システムへの強制介入を試みる!

マスターAI『アルファ』の強力な抵抗! 制御装置内部で、俺の意志とアルファの意志が、激しく衝突する! 脳が焼き切れそうだ! 意識が飛びそうになる!

だが、俺は諦めない! この世界を守る! 仲間たちを守る! その強い意志が、俺の力を増幅させる!

『……強制介入コード、受理……封印解除シーケンス、中断……システム、一時ロックダウン……』

やった……! 間に合った……!
俺は、その場に崩れ落ち、意識を失いかけた。

しかし、安堵したのも束の間だった。
「ハハハ……ハハハハハ!!!」
大司教の高らかな哄笑が、聖域に響き渡った。

「愚かな……実に愚かなことをしてくれたな、デバッガーよ!」彼は、俺を見下ろし、嘲るように言った。「確かに、封印解除は一時的に阻止された。だが、貴様がシステムに介入したことで、予期せぬ『バグ』が発生したようだぞ?」

「……何?」

「見よ!」大司教が、杖で制御装置を指し示す。
制御装置の表面が、赤黒く明滅し始め、内部から不気味な脈動が伝わってくる。そして、装置から伸びるエネルギーラインを通じて、その「異常」が、聖域全体、いや、神殿全体、さらには王都の地下へと、急速に広がっていくのが【デバッガー】スキルで感知できた!

『警告:システム内部矛盾(バグ)発生。封印結界の安定性が著しく低下。エネルギー逆流現象確認。歪みの源流からの、高濃度魔力汚染及び、未知の存在(コードネーム:???)の漏出開始……』

(……なんだと!? 俺のオーバーライドが、新たなバグを生んだ!? しかも、封印が弱まり、中から何かが……!?)

「ハハハ! これぞ、我が主が望まれた『混沌』! 貴様の浅はかな『修正』が、結果的に、より大きな『破綻』を招いたのだ! さあ、共に味わおうではないか! この世界の、本当の『終わり』の始まりを!」

大司教は、狂ったように哄笑し続ける。
聖域全体が激しく振動し、空間が悲鳴を上げるように歪み始める。床や壁に亀裂が走り、そこから黒い泥のような、形容しがたい「何か」が溢れ出してくる。

俺たちは、自らの手で、パンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。
【デバッガー】としての俺の行為は、果たして正しかったのか? それとも、取り返しのつかない過ちを犯してしまったのか?

絶望的な状況の中、俺は、溢れ出す混沌の闇を見つめながら、自問自答するしかなかった。
世界のデバッグは、失敗に終わるのか?
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