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第七話 孤高の聖騎士
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擬態スライムによる奇襲戦法。それは、俺の狩りの効率を劇的に向上させた。一体では苦戦したゴブリンの群れも、三体の擬態スライムによる飽和攻撃の前にはなすすべなく倒れていく。経験値とドロップアイテムが、面白いように溜まっていった。
レベルはようやく5になった。他のプレイヤーに比べれば亀の歩みだが、俺にとっては大きな前進だ。所持金も増え、創造の幅も広がる。
「よし、もう少し奥へ行ってみよう」
俺はスライム軍団を従え、ゴブリンの縄張りを抜けた。その先には、鬱蒼とした森が広がっている。ここは『嘆きの森』と呼ばれるエリアで、出現するモンスターのレベルも一段階上がる。オークや巨大な狼など、初心者プレイヤーにとってはかなりの脅威となる敵が生息している場所だ。
森に入ると、空気がひんやりと肌を撫でた。木々の隙間から差し込む光が、地面にまだらな模様を描いている。こういう場所は、擬態スライムの独壇場だ。俺は早速、スライムたちを木の根元や茂みに化けさせた。完璧だ。注意深く見ても、そこにモンスターが潜んでいるとは誰も思うまい。
オークの斥候が単体で通りかかるのを待ち伏せ、奇襲で仕留める。そんな狩りを繰り返していると、森の奥から金属がぶつかり合う甲高い音と、人の怒声が聞こえてきた。
「なんだ?」
プレイヤー同士の戦闘だろうか。PK(プレイヤーキラー)の噂は耳にしたことがある。初心者を狙い、アイテムを奪う悪質なプレイヤーたちだ。面倒事には関わりたくない。俺は引き返そうとした。
だが、聞こえてきた声は、ただの戦闘のものではなかった。複数の男たちの、嘲るような笑い声。そして、時折響く女性の苦しげな息遣い。
どうしてか、その場を立ち去ることができなかった。好奇心か、あるいは、わずかな義侠心か。俺は音を立てないように茂みの中を進み、そっと声のする方角を覗き見た。
森の中の、少し開けた場所。そこで、一人の女性プレイヤーが五人の男たちに囲まれていた。
目を奪われた。
陽光を浴びて輝く、白銀の鎧。流れるような銀色の長髪。その手に握られたレイピアは、まるで彼女の体の一部のようにしなやかに煌めいている。顔立ちは人形のように整っており、その青い瞳には氷のような強い意志が宿っていた。職業は聖騎士だろうか。神々しいまでのその姿は、およそゲームのアバターとは思えないほどの存在感を放っていた。
だが、彼女の状況は絶望的に見えた。HPゲージはすでに赤く点滅し、鎧のあちこちには生々しい傷跡が刻まれている。対する男たちは、見るからに悪党といった風貌の連中だった。装備は統一されていないが、その動きには無駄がない。前衛の戦士二人が盾で彼女の動きを封じ、後衛の魔術師と弓使いが遠距離からじわじわとHPを削っていく。回復役らしき神官が、男たちの傷を癒している。完璧なパーティ構成。そして、その戦い方は明らかに、モンスター相手のものではなかった。PK集団だ。
「どうしたお嬢ちゃん!その綺麗な顔が歪んでるぜ!」
リーダー格らしき、大斧を持った男が下品な笑みを浮かべて挑発する。
女性騎士は何も答えない。ただ、荒い息をつきながら、レイピアの切っ先を敵に向け続けている。その瞳の光は、まだ少しも失われていなかった。
彼女は巧みな剣技で攻撃を捌き、時には鋭いカウンターを繰り出す。だが、多勢に無勢。一瞬の隙を突かれ、戦士の盾で体勢を崩される。そこへ魔術師の放った火球が直撃した。
「きゃっ……!」
小さな悲鳴と共に、彼女の体が地面に打ち付けられる。HPゲージが、残り一割を切った。
「終わりだな。そのレア装備、全部置いてってもらうぜ」
リーダーの男が、勝利を確信して斧を振り上げる。
周囲には、俺以外にも遠巻きに様子を伺うプレイヤーが何人かいた。だが、誰も助けに入ろうとはしない。PK集団に目をつけられたら、自分たちが次の標的になる。それがこの世界の暗黙のルールだった。
俺も同じだった。関わるべきじゃない。レベルも低い、戦闘能力もない俺が出て行ったところで、瞬殺されるのがオチだ。スライム軍団は対モンスター戦を想定したもの。対人戦でどこまで通用するか、全くの未知数だ。リスクが、あまりにも高すぎる。
頭では分かっている。なのに、足が動かなかった。
地面に膝をつきながらも、なお敵を睨みつける彼女の瞳。その瞳から、俺は目が離せなかった。諦めていない。絶望的な状況でも、最後まで戦うことをやめていない。その姿が、不遇職だと笑われながらも、必死に自分だけの戦い方を探し続けた自分と、どこか重なって見えた。
現実の俺なら、きっと目をそらしていただろう。見て見ぬふりをして、その場を立ち去ったはずだ。神代悠という人間は、そういう男だった。
だが、ここはM.M.O.の世界だ。俺は、神代悠じゃない。モンスターメイカーの、ユーだ。新しい自分になるために、この世界に来たはずじゃなかったのか。
ここで見過ごしたら、俺はきっと後悔する。このゲームを、心の底から楽しめなくなる。
リーダーの男が、とどめの一撃を振り下ろそうと斧を構える。もう、迷っている時間はない。
「……やるしかないか」
俺は静かに呟くと、茂みに身を伏せたままアイテムボックスを開いた。中から呼び出すのは、三体の擬態スライム。そして、俺が創り出した最高の盾、オブシダン・スライム。
PK集団は、まだ俺の存在に気づいていない。彼らの意識は、目の前の獲物に完全に集中している。これが、俺にとって最大の好機だった。
俺は擬態スライムたちに、音を立てずにPK集団の背後へ回り込むよう指示を出す。一体は魔術師の近くの木の根元へ。もう一体は弓使いの足元の岩へ。最後の一体は、回復役である神官の背後の茂みへ。
スライムたちがゆっくりと移動し、完璧に風景に溶け込んでいく。俺は息を殺し、その時を待った。
リーダーの男が叫ぶ。
「死ねぇ、聖騎士様よぉ!」
斧が振り下ろされる。白銀の騎士が、悔しそうに目を閉じた。
その瞬間。俺は、全軍に攻撃開始の命令を下した。
奇襲、攪乱、そして一点突破。戦闘能力ゼロのモンスターメイカーによる、常識外れの介入が始まろうとしていた。勝算は低い。だが、やらなかった後悔より、やって砕ける後悔を選ぶ。
俺は強く、そう決意した。
レベルはようやく5になった。他のプレイヤーに比べれば亀の歩みだが、俺にとっては大きな前進だ。所持金も増え、創造の幅も広がる。
「よし、もう少し奥へ行ってみよう」
俺はスライム軍団を従え、ゴブリンの縄張りを抜けた。その先には、鬱蒼とした森が広がっている。ここは『嘆きの森』と呼ばれるエリアで、出現するモンスターのレベルも一段階上がる。オークや巨大な狼など、初心者プレイヤーにとってはかなりの脅威となる敵が生息している場所だ。
森に入ると、空気がひんやりと肌を撫でた。木々の隙間から差し込む光が、地面にまだらな模様を描いている。こういう場所は、擬態スライムの独壇場だ。俺は早速、スライムたちを木の根元や茂みに化けさせた。完璧だ。注意深く見ても、そこにモンスターが潜んでいるとは誰も思うまい。
オークの斥候が単体で通りかかるのを待ち伏せ、奇襲で仕留める。そんな狩りを繰り返していると、森の奥から金属がぶつかり合う甲高い音と、人の怒声が聞こえてきた。
「なんだ?」
プレイヤー同士の戦闘だろうか。PK(プレイヤーキラー)の噂は耳にしたことがある。初心者を狙い、アイテムを奪う悪質なプレイヤーたちだ。面倒事には関わりたくない。俺は引き返そうとした。
だが、聞こえてきた声は、ただの戦闘のものではなかった。複数の男たちの、嘲るような笑い声。そして、時折響く女性の苦しげな息遣い。
どうしてか、その場を立ち去ることができなかった。好奇心か、あるいは、わずかな義侠心か。俺は音を立てないように茂みの中を進み、そっと声のする方角を覗き見た。
森の中の、少し開けた場所。そこで、一人の女性プレイヤーが五人の男たちに囲まれていた。
目を奪われた。
陽光を浴びて輝く、白銀の鎧。流れるような銀色の長髪。その手に握られたレイピアは、まるで彼女の体の一部のようにしなやかに煌めいている。顔立ちは人形のように整っており、その青い瞳には氷のような強い意志が宿っていた。職業は聖騎士だろうか。神々しいまでのその姿は、およそゲームのアバターとは思えないほどの存在感を放っていた。
だが、彼女の状況は絶望的に見えた。HPゲージはすでに赤く点滅し、鎧のあちこちには生々しい傷跡が刻まれている。対する男たちは、見るからに悪党といった風貌の連中だった。装備は統一されていないが、その動きには無駄がない。前衛の戦士二人が盾で彼女の動きを封じ、後衛の魔術師と弓使いが遠距離からじわじわとHPを削っていく。回復役らしき神官が、男たちの傷を癒している。完璧なパーティ構成。そして、その戦い方は明らかに、モンスター相手のものではなかった。PK集団だ。
「どうしたお嬢ちゃん!その綺麗な顔が歪んでるぜ!」
リーダー格らしき、大斧を持った男が下品な笑みを浮かべて挑発する。
女性騎士は何も答えない。ただ、荒い息をつきながら、レイピアの切っ先を敵に向け続けている。その瞳の光は、まだ少しも失われていなかった。
彼女は巧みな剣技で攻撃を捌き、時には鋭いカウンターを繰り出す。だが、多勢に無勢。一瞬の隙を突かれ、戦士の盾で体勢を崩される。そこへ魔術師の放った火球が直撃した。
「きゃっ……!」
小さな悲鳴と共に、彼女の体が地面に打ち付けられる。HPゲージが、残り一割を切った。
「終わりだな。そのレア装備、全部置いてってもらうぜ」
リーダーの男が、勝利を確信して斧を振り上げる。
周囲には、俺以外にも遠巻きに様子を伺うプレイヤーが何人かいた。だが、誰も助けに入ろうとはしない。PK集団に目をつけられたら、自分たちが次の標的になる。それがこの世界の暗黙のルールだった。
俺も同じだった。関わるべきじゃない。レベルも低い、戦闘能力もない俺が出て行ったところで、瞬殺されるのがオチだ。スライム軍団は対モンスター戦を想定したもの。対人戦でどこまで通用するか、全くの未知数だ。リスクが、あまりにも高すぎる。
頭では分かっている。なのに、足が動かなかった。
地面に膝をつきながらも、なお敵を睨みつける彼女の瞳。その瞳から、俺は目が離せなかった。諦めていない。絶望的な状況でも、最後まで戦うことをやめていない。その姿が、不遇職だと笑われながらも、必死に自分だけの戦い方を探し続けた自分と、どこか重なって見えた。
現実の俺なら、きっと目をそらしていただろう。見て見ぬふりをして、その場を立ち去ったはずだ。神代悠という人間は、そういう男だった。
だが、ここはM.M.O.の世界だ。俺は、神代悠じゃない。モンスターメイカーの、ユーだ。新しい自分になるために、この世界に来たはずじゃなかったのか。
ここで見過ごしたら、俺はきっと後悔する。このゲームを、心の底から楽しめなくなる。
リーダーの男が、とどめの一撃を振り下ろそうと斧を構える。もう、迷っている時間はない。
「……やるしかないか」
俺は静かに呟くと、茂みに身を伏せたままアイテムボックスを開いた。中から呼び出すのは、三体の擬態スライム。そして、俺が創り出した最高の盾、オブシダン・スライム。
PK集団は、まだ俺の存在に気づいていない。彼らの意識は、目の前の獲物に完全に集中している。これが、俺にとって最大の好機だった。
俺は擬態スライムたちに、音を立てずにPK集団の背後へ回り込むよう指示を出す。一体は魔術師の近くの木の根元へ。もう一体は弓使いの足元の岩へ。最後の一体は、回復役である神官の背後の茂みへ。
スライムたちがゆっくりと移動し、完璧に風景に溶け込んでいく。俺は息を殺し、その時を待った。
リーダーの男が叫ぶ。
「死ねぇ、聖騎士様よぉ!」
斧が振り下ろされる。白銀の騎士が、悔しそうに目を閉じた。
その瞬間。俺は、全軍に攻撃開始の命令を下した。
奇襲、攪乱、そして一点突破。戦闘能力ゼロのモンスターメイカーによる、常識外れの介入が始まろうとしていた。勝算は低い。だが、やらなかった後悔より、やって砕ける後悔を選ぶ。
俺は強く、そう決意した。
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