M.M.O. - Monster Maker Online

夏見ナイ

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第十話 迷いの森の共闘

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森の中に一人、取り残された。白銀の騎士が残した『邪道』という言葉が、頭の中で何度も反響する。俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。

俺の戦い方は、間違っているのだろうか。
モンスターを駒として使い潰す、魂のない戦術。彼女にはそう見えた。否定はできない。事実、俺はスライムたちを性能で判断し、役割を与え、効率的に運用することばかり考えていた。

だが、それがモンスターメイカーの戦い方ではないのか。戦闘能力のない俺が、この厳しい世界で生き残るための、唯一の戦術ではなかったのか。

「……くそっ」

俺は地面に落ちていた小石を、力任せに蹴り飛ばした。正々堂々と戦う力を持つ者に、俺の何が分かるというんだ。最初から持っている者が、持たざる者の工夫を笑う。それは、現実の世界でも嫌というほど見てきた光景だった。

しかし、同時に認めている自分もいた。彼女の剣技は、本物だった。絶体絶命の状況でも、その瞳の光は少しも揺らがなかった。あの強さと気高さは、決して偽物ではない。だからこそ、彼女の言葉は重く俺の心にのしかかる。

俺はアイテムボックスから、オブシダン・スライムを呼び出した。黒曜石の体は、相変わらず無口に佇んでいる。
「なあ、お前は、俺に使い潰されてると思ってるか?」
問いかけても、スライムは答えない。ただ、「ユー様。私はあなたの盾です。ぷるん」という電子音声が頭に響くだけだ。

絆。魂のやり取り。今の俺とスライムたちの間に、そんなものがあるのだろうか。分からない。だが、一つだけ確かなことがある。俺は、俺が生み出したこいつらが、好きだということだ。ゴミのような素材から生まれた、俺だけのモンスター。彼らがいるから、俺はこの世界で戦える。

「……よし」

俺は顔を上げた。迷っていても仕方がない。俺には俺のやり方がある。彼女に認められなくたっていい。俺が、俺のモンスターたちを信じてやれなくてどうする。

邪道と言われたのなら、その道を極めてやろう。誰にも文句を言わせないほど圧倒的な結果を出せばいい。そのためには、もっと強くならなければ。もっと多様で、強力なモンスターを創り出す必要がある。

そのためには、レアな素材が不可欠だ。
俺は気持ちを切り替え、フロンティアの街へと帰還した。向かったのは、プレイヤーたちが情報交換に利用する掲示板だ。

『高レベル帯向け、レア素材ドロップ情報』というスレッドを見つける。そこには、様々なダンジョンやフィールドボスの情報が書き込まれていた。その中で、俺の目を引く一つの書き込みがあった。

『迷いの森の最深部。ボス「トレント・エンシェント」から「生命の枝」ドロップ確認。ただし、ソロ攻略は不可能に近い。推奨レベル30以上、最低でも4人パーティ推奨』

生命の枝。名前からして、強力な回復能力や、植物系のモンスターの核になりそうな響きだ。今の俺が持つ素材とは、明らかに格が違う。

問題は、推奨レベル30以上という部分だ。今の俺はレベル7。正攻法で挑めば、ダンジョンの入り口で瞬殺されるのがオチだろう。

だが、俺にはスライム軍団がいる。擬態による奇襲、オブシダン・スライムによる防御。工夫次第では、格上の敵とも渡り合えるはずだ。それに、『迷いの森』という名前も気になった。視界が悪く、入り組んだ地形なら、俺の戦術が最大限に活かせるかもしれない。

無謀な挑戦であることは分かっていた。だが、俺の心は決まっていた。ハイリスクな場所にこそ、誰も手に入れていないハイリターンな素材が眠っている。

俺はポーションを多めに買い込み、装備を整えた。と言っても、俺自身が装備できるのは簡素な革鎧とブーツだけだ。ステータスへの影響は微々たるもの。俺の本当の装備は、アイテムボックスに詰まった多種多様な素材と、そこから生まれるスライムたちだ。

準備を終え、俺は街の北門から『迷いの森』へと向かった。森の入り口は、不気味な霧に包まれていた。一歩足を踏み入れると、ひやりとした空気が全身を包み、方向感覚が曖昧になる。掲示板の情報通り、視界は極めて悪い。

俺は早速、擬態スライムを一体、斥候として先行させた。彼の視界が、俺の視界の隅にあるマップに共有される。これは便利だ。

霧の中から、奇妙な鳴き声と共にモンスターが姿を現した。狼の体に、蛇の尻尾を持つ『スネークウルフ』。レベルは25。今の俺には格上の相手だ。

だが、俺は慌てない。擬態スライムを木の幹に化けさせ、スネークウルフが通り過ぎるのを待つ。そして、無防備な背後から奇襲をかけた。クリティカルヒットでHPを半分削り、残りはオブシダン・スライムを盾にしながら、じっくりと削り切る。時間はかかるが、ノーダメージで勝利できた。

「いける……!」

確かな手応えを感じ、俺は慎重に森の奥へと進んでいく。
数時間、探索を続けた頃だろうか。霧が少し開けた、広場のような場所に出た。そこには、巨大な沼が広がっており、毒々しい紫色の泡が水面で弾けていた。どうやら、この沼を渡らなければ先には進めないらしい。

迂回ルートを探そうとした、その時だった。沼の対岸で、剣戟の音が響いた。誰か、先行しているプレイヤーがいるらしい。

俺は木の陰に隠れ、そっと様子を伺った。そして、息を呑んだ。

そこにいたのは、あの白銀の聖騎士だった。
彼女は、沼の主らしき巨大な蛙のモンスター『ポイズン・トード』と戦っていた。蛙の体はぬめぬめとした毒の粘液に覆われており、口からは麻痺効果のある毒液を吐き出す。

彼女は華麗な剣技で毒液を避け、レイピアで的確にダメージを与えている。だが、苦戦しているのは明らかだった。蛙の粘液は、物理攻撃の威力を半減させる特性を持っているらしく、彼女の渾身の一撃ですら、思うようにダメージが通らない。さらに、足場の悪い沼地では、自慢の機動力も殺されている。

じりじりとHPを削られ、彼女の動きに焦りが見え始めた。このままでは、いずれ押し切られるだろう。

俺は、どうすべきか迷った。また彼女を助けるのか?助けたところで、また『邪道』と罵られるだけかもしれない。そもそも、俺一人で介入したところで、この状況を覆せるとは思えなかった。

だが、彼女もまた、俺と同じ『生命の枝』を求めてここに来たのかもしれない。目的が同じなら、利害は一致する。

俺が逡巡している間に、戦況はさらに悪化した。ポイズン・トードが大きく口を開け、今までで最大級の毒液ブレスを吐き出そうとしていた。あれをまともに喰らえば、いくら彼女でもただでは済まないだろう。

もう、考える時間はなかった。俺は木の陰から飛び出すと、大声で叫んだ。
「伏せろ!」

彼女は俺の声に驚いたように一瞬こちらを見たが、すぐに状況を判断したのだろう。毒液が放たれる直前に、地面に身を伏せた。

その頭上を、俺がアイテムボックスから射出した一体のスライムが通り過ぎる。それは、俺が道中で手に入れた素材、『乾燥した土』と『砂』を大量に配合して創り出した【ドライ・スライム】だった。

ドライ・スライムは、ポイズン・トードが吐き出した毒液に正面から突っ込むと、その体を構成する無数の乾燥した粒子を爆散させた。液体を吸収する特性を持つ粒子が、毒液を空中で吸収し、無力化する。毒液は彼女に届くことなく、湿った土くれとなって地面に落ちた。

「なっ……」
彼女が驚愕の声を上げる。ポイズン・トードも、自慢の攻撃を無効化され、一瞬動きを止めた。

「今です!奴の弱点は口の中だ!」
俺は鑑定スキルで突き止めていた情報を叫ぶ。

彼女は一瞬ためらったようだったが、すぐにレイピアを握り直し、地面を蹴った。驚異的な踏み込みで蛙の懐に潜り込むと、大きく開かれたままの口の中に、レイピアを深々と突き立てた。

断末魔の叫びと共に、ポイズン・トードは光の粒子となって消えていく。

再び、静寂が訪れた。沼地には、俺と彼女、二人だけが立っていた。

彼女はレイピアから滴る毒液を振り払うと、ゆっくりとこちらを向いた。その青い瞳には、先ほどの敵意とは違う、複雑な色が浮かんでいる。

「……また、あなたか」
「どうも。お互い、ソロじゃ厳しそうですね、このダンジョンは」

俺は努めて軽く言った。気まずい空気が流れる。
沈黙を破ったのは、彼女の方だった。

「……確かに、一人では限界がある。それは認めよう」
彼女は悔しそうに唇を噛んだ。プライドの高い彼女にとって、それを認めるのは屈辱的だったのかもしれない。

「あなた、目的は最深部の『生命の枝』か?」
「ええ。あなたも?」
「そうだ」

やはり、目的は同じだった。
彼女はしばらく何かを考えていたが、やがて意を決したように顔を上げた。

「提案がある。このダンジョンを攻略するまで、一時的に手を組まないか」
「……いいんですか?俺の戦い方は、邪道なんじゃ?」
俺は、少しだけ意地悪く返した。

彼女は一瞬、言葉に詰まった。だが、すぐに俺をまっすぐに見据え、言い放った。
「勘違いするな。あなたの戦い方を認めたわけではない。だが、目的達成のためには、あなたの『奇策』が必要だと判断しただけだ。これは、取引だ」

ツンとした、いかにも彼女らしい物言いだった。だが、俺はその言葉に、彼女なりの誠実さを感じた。

「分かりました。取引成立です。最深部に着くまで、よろしくお願いします。聖騎士さん」
「……カエデだ」
「え?」

「私の名前は、カエデだ。あなたも、名前を」
「ユーです」

こうして、俺と孤高の聖騎士カエデの、奇妙な共闘関係が始まった。
交わらない視線。相容れない信念。それでも俺たちは、同じ目的のために、背中を預け合うことを選んだ。この先に何が待ち受けているのか、まだ知る由もなかった。
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