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第九話 交わらない視線
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森に静寂が戻る。戦闘の熱気が嘘のように冷え、木々のざわめきだけが耳に届いた。
俺は茂みから姿を現し、ゆっくりと彼女に近づいた。彼女は地面に膝をついたまま、荒い息を整えている。白銀の鎧は傷つき、額には汗が滲んでいた。それでも、俺に向けられた青い瞳の光は、少しも揺らいでいなかった。
「大丈夫ですか」
俺が声をかけると、彼女の肩がわずかに揺れた。警戒しているのが分かる。無理もない。PKに襲われた直後なのだ。俺が奴らの仲間だと思っても不思議ではない。
「……あなたは?」
凛とした、鈴の鳴るような声だった。消耗しているはずなのに、その声には芯が通っている。
「俺はユー。モンスターメイカーです。通りかかっただけなので、敵意はありません」
俺は両手を軽く上げて、武器を持っていないことを示した。
彼女の視線が、俺と、俺が先ほどまでスライムを出していた空間を往復する。状況を把握しようとしているのだろう。やがて、警戒の色が少しだけ和らいだ。
「……そうか。あなたが、あのスライムの使い手か」
彼女はレイピアを杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がった。その所作の一つ一つが、洗練されていて美しい。
「助かった。礼を言う」
彼女はそう言って、小さく頭を下げた。その言葉は丁寧だったが、どこか事務的な響きを持っていた。
「いえ、俺は何も。スライムたちが頑張ってくれたおかげです」
俺がそう答えると、彼女の眉がわずかに動いた。何か、俺の言葉が彼女の気に障ったのかもしれない。
彼女は俺の戦術を思い返すように、しばし沈黙した。
「奇襲、攪乱、足止め、そして絶対的な盾。見事な連携だった。無駄がなく、極めて合理的。あなたは、優秀な指揮官なのだろう」
その言葉は、称賛のはずだった。だが、なぜだろう。その声色からは、温度というものが全く感じられなかった。むしろ、氷のように冷たい響きさえあった。
そして、彼女は続けた。その言葉は、俺の胸に鋭く突き刺さった。
「あなたの言う『スライム』。あれは、駒だ」
「え……?」
「敵の攻撃を受けるためだけに前に出す盾の駒。敵の足止めをするためだけに使い潰す罠の駒。そして、奇襲のためだけに数を揃えられた、捨て駒。あなたはモンスターを、ただの道具としか見ていない」
彼女の青い瞳が、俺をまっすぐに見据える。その視線は、まるで俺の心の中まで見透かしているかのようだった。
「捨て駒なんかじゃありません。一体一体、俺が考え抜いて創り出した、大事なモンスターです」
俺は思わず反論していた。オブシダン・スライムを創り出した時の喜び。擬態スライムが生まれた時の感動。それらは、紛れもなく本物だ。
だが、彼女は静かに首を振った。
「だとしても、あなたの戦い方からは、モンスターへの敬意や絆が一切感じられない。あなたは、彼らの性能という名の『数字』を見ているだけだ。そこに、魂のやり取りは存在しない」
魂のやり取り。その言葉に、俺は何も言い返せなかった。
確かに、俺は効率を求めた。どうすれば勝てるか、どうすれば敵を無力化できるか。そればかりを考えていた。オブシダン・スライムにはひたすら攻撃を受けさせ、スティッキー・スライムは足止めのためだけにばら撒いた。それは、彼女の言う通り「道具」としての使い方だったのかもしれない。
「あなたの戦い方は、おそらく強いのだろう。だが、それは邪道だ。誇りも、魂も感じられない」
邪道。その一言が、決定的に俺たちの間に線を引いた。
彼女は正々堂々、己の剣と技のみで戦うことを信条としているに違いない。そんな彼女にとって、物陰から奇襲を仕掛け、数の力で相手を翻弄する俺のやり方は、卑劣な戦法にしか見えなかったのだ。
俺は、彼女を助けたかった。ただ、それだけだった。その結果として、俺の戦い方そのものを、俺のモンスターへの想いそのものを、全否定されてしまった。
釈然としない気持ちと、自分の未熟さを突きつけられたような悔しさが胸の中で渦巻く。
彼女は回復薬を飲むと、おぼつかない足取りながらも背筋を伸ばした。HPはまだ全快していないだろうに、その立ち姿は少しの隙も見せない。
「この借りは、いずれ何かの形で返させてもらう。だが、あなたのような戦い方をする者と、馴れ合うつもりはない」
それが、彼女の最後の言葉だった。
彼女は俺に背を向けると、森の奥へと一人で歩き去っていく。その白銀の後ろ姿は、孤高という言葉がぴったりだった。誰の手も借りず、誰とも組まず、ただ己の信じる道を往く。そんな揺るぎない覚悟が、その背中から伝わってきた。
あっという間に、彼女の姿は木々の間に見えなくなった。
森には、また静寂が戻る。残されたのは、俺一人。
助けたはずなのに、心に残ったのは感謝の言葉ではなかった。
『邪道』
その言葉が、重い鉛のように俺の心に沈み込んでいく。
俺のやり方は、間違っているのだろうか。
モンスターへの愛情も、絆も、全ては俺の独りよがりなのだろうか。
答えは出ない。ただ、彼女の氷のような青い瞳と、凛とした佇まいだけが、強く、強く、俺の脳裏に焼き付いて離れなかった。
俺は茂みから姿を現し、ゆっくりと彼女に近づいた。彼女は地面に膝をついたまま、荒い息を整えている。白銀の鎧は傷つき、額には汗が滲んでいた。それでも、俺に向けられた青い瞳の光は、少しも揺らいでいなかった。
「大丈夫ですか」
俺が声をかけると、彼女の肩がわずかに揺れた。警戒しているのが分かる。無理もない。PKに襲われた直後なのだ。俺が奴らの仲間だと思っても不思議ではない。
「……あなたは?」
凛とした、鈴の鳴るような声だった。消耗しているはずなのに、その声には芯が通っている。
「俺はユー。モンスターメイカーです。通りかかっただけなので、敵意はありません」
俺は両手を軽く上げて、武器を持っていないことを示した。
彼女の視線が、俺と、俺が先ほどまでスライムを出していた空間を往復する。状況を把握しようとしているのだろう。やがて、警戒の色が少しだけ和らいだ。
「……そうか。あなたが、あのスライムの使い手か」
彼女はレイピアを杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がった。その所作の一つ一つが、洗練されていて美しい。
「助かった。礼を言う」
彼女はそう言って、小さく頭を下げた。その言葉は丁寧だったが、どこか事務的な響きを持っていた。
「いえ、俺は何も。スライムたちが頑張ってくれたおかげです」
俺がそう答えると、彼女の眉がわずかに動いた。何か、俺の言葉が彼女の気に障ったのかもしれない。
彼女は俺の戦術を思い返すように、しばし沈黙した。
「奇襲、攪乱、足止め、そして絶対的な盾。見事な連携だった。無駄がなく、極めて合理的。あなたは、優秀な指揮官なのだろう」
その言葉は、称賛のはずだった。だが、なぜだろう。その声色からは、温度というものが全く感じられなかった。むしろ、氷のように冷たい響きさえあった。
そして、彼女は続けた。その言葉は、俺の胸に鋭く突き刺さった。
「あなたの言う『スライム』。あれは、駒だ」
「え……?」
「敵の攻撃を受けるためだけに前に出す盾の駒。敵の足止めをするためだけに使い潰す罠の駒。そして、奇襲のためだけに数を揃えられた、捨て駒。あなたはモンスターを、ただの道具としか見ていない」
彼女の青い瞳が、俺をまっすぐに見据える。その視線は、まるで俺の心の中まで見透かしているかのようだった。
「捨て駒なんかじゃありません。一体一体、俺が考え抜いて創り出した、大事なモンスターです」
俺は思わず反論していた。オブシダン・スライムを創り出した時の喜び。擬態スライムが生まれた時の感動。それらは、紛れもなく本物だ。
だが、彼女は静かに首を振った。
「だとしても、あなたの戦い方からは、モンスターへの敬意や絆が一切感じられない。あなたは、彼らの性能という名の『数字』を見ているだけだ。そこに、魂のやり取りは存在しない」
魂のやり取り。その言葉に、俺は何も言い返せなかった。
確かに、俺は効率を求めた。どうすれば勝てるか、どうすれば敵を無力化できるか。そればかりを考えていた。オブシダン・スライムにはひたすら攻撃を受けさせ、スティッキー・スライムは足止めのためだけにばら撒いた。それは、彼女の言う通り「道具」としての使い方だったのかもしれない。
「あなたの戦い方は、おそらく強いのだろう。だが、それは邪道だ。誇りも、魂も感じられない」
邪道。その一言が、決定的に俺たちの間に線を引いた。
彼女は正々堂々、己の剣と技のみで戦うことを信条としているに違いない。そんな彼女にとって、物陰から奇襲を仕掛け、数の力で相手を翻弄する俺のやり方は、卑劣な戦法にしか見えなかったのだ。
俺は、彼女を助けたかった。ただ、それだけだった。その結果として、俺の戦い方そのものを、俺のモンスターへの想いそのものを、全否定されてしまった。
釈然としない気持ちと、自分の未熟さを突きつけられたような悔しさが胸の中で渦巻く。
彼女は回復薬を飲むと、おぼつかない足取りながらも背筋を伸ばした。HPはまだ全快していないだろうに、その立ち姿は少しの隙も見せない。
「この借りは、いずれ何かの形で返させてもらう。だが、あなたのような戦い方をする者と、馴れ合うつもりはない」
それが、彼女の最後の言葉だった。
彼女は俺に背を向けると、森の奥へと一人で歩き去っていく。その白銀の後ろ姿は、孤高という言葉がぴったりだった。誰の手も借りず、誰とも組まず、ただ己の信じる道を往く。そんな揺るぎない覚悟が、その背中から伝わってきた。
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その言葉が、重い鉛のように俺の心に沈み込んでいく。
俺のやり方は、間違っているのだろうか。
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