M.M.O. - Monster Maker Online

夏見ナイ

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第十六話 金欠メイカー

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カエデと別れ、俺は一人フロンティアの街を歩いていた。夕暮れの街は、冒険を終えたプレイヤーたちの活気で満ちている。酒場で高らかに笑い合う声。武具屋で新しい装備を吟味するパーティ。その誰もが、この世界を思い思いに楽しんでいる。

俺の心も、確かな高揚感に満たされていた。
手にした『生命の枝』。ずしりとした重みが、ダンジョンでの死闘を物語っている。これを使えばどんなモンスターが生まれるだろう。回復に特化したヒーラーか。あるいは植物を操るドルイドか。想像するだけで、胸が躍る。

俺は逸る気持ちを抑え、モンスターメイカー協会の作業台へと向かった。ギルドマスターのゲッペトは不在のようだ。好都合だった。誰にも邪魔されず、じっくりと新しい創造に没頭できる。

作業台に生命の枝を置く。その隣に、ベースとなるスライムの核を配置した。
「スキル、創造」
光の設計図が頭の中に浮かび上がる。生命の枝を核に、どんな特性を付与するか。様々な素材との組み合わせをシミュレートしていく。

『この配合には、触媒として「光の魔石」が必要です』
『この配合には、安定剤として「妖精の粉」が必要です』

システムメッセージが、次々と追加素材を要求してくる。やはり、伝説級の素材を扱うには、それ相応のレアアイテムが必要らしい。それらの素材は、NPCの店で買うことができるだろう。

そして、俺は最も重要な事実を見落としていたことに気づいた。設計図の右下に、小さく表示された手数料の欄。

【創造手数料:50,000G】

「ご、五万……!?」
俺は思わず声を上げた。Gは、この世界の通貨単位だ。ホーンドラビット一体を倒して手に入るのが、せいぜい10G。ゴブリンでも20G程度。五万Gという金額が、今の俺にとってどれだけ天文学的な数字か。

俺は慌てて自分の所持金を確認した。
ウィンドウに表示された非情な数字は『87G』。

頭が真っ白になった。
そういえば、迷いの森へ行く前に、なけなしの金でポーションを買い込んだ。ダンジョン攻略中も、度重なるスライムの創造で少しずつ手数料は引かれていた。アシッド・スライムやカッタースライムのような特殊な個体は、創造コストも通常より高かったのだ。

勝利の興奮とカエデとの出会いで、完全に頭から抜け落ちていた。金欠。あまりにも現実的で、夢のない問題が、俺の目の前に立ちはだかった。

「どうする……」
これでは、新しいモンスターの創造どころではない。ポーションの一つも買えない。このままでは、狩りに出ることすらままならない。

俺は頭を抱えた。金策。どうやって金を稼ぐ?
地道にゴブリンを狩るか?だが、一体20Gでは、五万G貯めるのに何日かかるか分からない。その前に、ポーション代で赤字になるだろう。

何か、一攫千金の手段はないか。
俺は自分のアイテムボックスの中身を改めて確認した。そこには、ゴーレムからドロップした高レベルの鉱石や魔石が眠っている。カエデと山分けにした戦利品だ。

これを売れば、まとまった金になるかもしれない。
だが、俺はどうしても、それを使う気にはなれなかった。あれは、カエデと共に戦って手に入れた、俺たちの絆の証のようなものだ。それを、ただの金のために手放したくはなかった。

何か、他に売れるものは。
俺の目は、アイテムボックスの隅にある、いくつかのアイテムに留まった。

【メディック・スライムのコア】
【カッタースライムのコア】
【アシッド・スライムのコア】

これらは、俺が創造したユニークスライムを素材に戻した際に、確率で手に入るアイテムだ。モンスターの核であり、その能力の源でもある。これを売れば、もしかしたら。

俺は僅かな望みを胸に、協会の外へ出た。まずは、薬などを扱う道具屋へ向かう。店のカウンターには、人の良さそうな老婆のNPCが座っていた。

「いらっしゃい。何かお探しもんかね?」
「あの、これを買い取ってもらえませんか?」

俺はカウンターに、メディック・スライムのコアを差し出した。淡い青色の光を放つ、美しいゼリー状の塊だ。
老婆はそれを手に取ると、鑑定用の虫眼鏡で覗き込んだ。

「ふむ……。こりゃ、ただのスライムのコアじゃな。珍しい色をしとるが、それだけじゃ。買い取り価格は、10Gじゃな」
「じゅ、10G!?」

あまりの安値に、俺は声を裏返した。
「待ってください!そのコアには、強力な解毒作用と、治癒能力が秘められているんです!市販の解毒薬より、ずっと効果が高いはずです!」

俺は必死に説明した。だが、老婆は困ったように首を振るだけだった。
「おやおや、兄ちゃん、夢でも見とるのかね。スライムはスライムじゃよ。そんな大層な力があるわけないじゃないか。ポーションなら、ここに上等なものがある。そっちを買いなされ」

話が、全く通じない。どうやらNPCの鑑定能力では、コアに秘められた特殊なスキルまでは見抜けないらしい。「スライムのコア」というアイテム名だけで、その価値を判断されてしまっているのだ。

俺は諦めきれず、次に武具屋の門を叩いた。屈強なドワーフの親方が、火花を散らしながら鉄を打っている。

「なんだ、若いの。用があるなら手短に言え」
「これを、素材として買い取ってほしいんです」

俺はカッタースライムのコアを差し出した。金属的な輝きを放つ、銀色のコアだ。
ドワーフの親方は、ちらりとそれに目をやると、鼻で笑った。

「ぷにぷにしたゼリーが、武器の素材になるか。冗談はよせ。そんなもんで作れるのは、子供のおもちゃくらいのもんだ。どうしても置いていくってんなら、5Gで引き取ってやるが?」
「5G……」

俺は愕然とした。あのツタの壁をバターのように切り裂いた、驚異の切断能力。その価値が、たったの5G。
俺はドワーフにその能力を力説したが、彼は「寝言は寝て言え」とばかりに、再び槌を振り下ろし始めてしまった。

錬金術師ギルド、仕立屋、宝飾店。俺は街中の店を回った。だが、結果はどこも同じだった。俺のユニークなスライムコアたちは、どの店でも「得体の知れないガラクタ」として扱われ、二束三文の値段しか提示されなかった。

日が暮れ、街にランプの灯がともり始める頃。俺は広場の噴水の縁に、力なく座り込んでいた。
所持金は、87Gのまま。何も変わらなかった。

カエデに認められた。強敵を打ち破った。その高揚感は、すっかり消え失せていた。
結局、この世界でも俺は独りなのだ。俺が創り出すものの価値は、誰にも理解されない。カエデという例外を除いては。

自分の子供とも言えるスライムたちが、ゴミのように扱われる。その悔しさが、じわじわと胸に広がっていく。

諦めるか?
カエデとの思い出の品を売って、金を作るか?

いや、だめだ。それをやったら、俺は俺でなくなる。俺のモンスターメイカーとしての誇りが、それを許さない。

俺は、最後の手段に出ることにした。
NPCがダメなら、プレイヤーに直接売ればいい。プレイヤーの中には、アイテムの真価を見抜く『鑑定』スキルを持つ者もいるはずだ。

俺は広場の隅にある、プレイヤーが自由に店を出せる露店スペースに向かった。小さな敷物を広げ、その上に、俺の創造の結晶であるスライムコアたちを並べる。

【メディック・スライムのコア:5000G】
【カッタースライムのコア:8000G】
【アシッド・スライムのコア:10000G】

俺は、自分が信じる価値で値札をつけた。相場など分からない。だが、これくらいの価値は絶対にあるはずだ。

しかし、現実は非情だった。
俺の露店の前を、多くのプレイヤーが通り過ぎていく。時折、足を止める者もいたが、彼らは値札を見ると、例外なく鼻で笑うか、呆れたような顔をして去っていった。

「スライムのコアが1万G?ははっ、ボッタクリもいいとこだな」
「新しい詐欺か?運営に通報しとくか」

悪意に満ちた言葉が、容赦なく俺に投げつけられる。俺はただ、唇を噛み締めて耐えるしかなかった。

一時間、二時間。客は一人も来ない。
俺の心は、もう折れる寸前だった。自分の信じる価値と、世界の評価の間に横たわる、あまりにも大きな溝。それを埋める術を、俺は持っていなかった。

「……こんなもの、誰が買うっていうんだ」

俺は、力なく呟いた。もう店を畳んでしまおうか。そう思った、その時だった。
俺の露店の前に、一つの影が立った。

「へえ、面白いものを売ってるじゃない」

軽やかで、鈴を転がすような、楽しげな声だった。
俺が顔を上げると、そこに立っていたのは、大きな麦わら帽子を目深にかぶった、小柄な少女だった。
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