M.M.O. - Monster Maker Online

夏見ナイ

文字の大きさ
66 / 100

第六十六話 無法都市アビス

しおりを挟む
奈落街アビス。その入り口は、アстеリアの繁華街から最も離れた薄汚れたスラム地区の、古びた下水道のマンホールの下にひっそりと存在していた。
鉄格子を開け、螺旋階段を下りていく。湿った空気とカビの匂いが鼻をついた。

どれくらい下っただろうか。
不意に視界が開け、俺たちは息を呑んだ。

目の前に広がっていたのは、まさしく「街」だった。
アステリアの地下にこれほど広大な空洞が広がっていたとは。天井には発光する苔や水晶が星々のようにきらめき、薄暗い空間を妖しく照らし出している。
そこには粗末な小屋や、岩をくり抜いて作られた建物が無秩序に立ち並んでいた。酒場の喧騒、賭博場の怒号、そして時折響き渡る剣戟の音と悲鳴。

ここは、法も秩序も存在しない、力だけが全てを支配する無法の都。
道行く者たちは誰もがその目に猜疑心と暴力を宿していた。すれ違うだけで持ち物を奪われかねない危険な緊張感が、街全体を支配している。

「……ひどい場所だ」
カエデが忌々しげに呟いた。彼女のような正義を信奉する聖騎士にとって、この街は存在そのものが許しがたい悪なのだろう。

「みんな、フードを目深にかぶって。絶対に目立たないようにね」
リオが小声で俺たちに注意を促す。
俺たちは汚れたローブで身を包み、顔を隠しながら慎重に街のメインストリートを進んでいく。

シャドウスライムによる斥候と、リオが闇ルートで手に入れた不完全な地図。それを頼りに、俺たちは街の最深部にあるという創造の祭壇を目指した。

だが、アビスは俺たちの想像以上にパンデモニウムの支配が浸透していた。
街のあちこちに翼の生えた髑髏の紋章が掲げられ、ギルドメンバーと思わしき物々しい装備の男たちが我が物顔で闊歩している。彼らは他のプレイヤーに因縁をつけ、金を巻き上げたり暴力を振るったりと、やりたい放題だった。

「チッ、またパンデモニウムの連中かよ」
「目を合わせるな。奴らに睨まれたらおしまいだ」
他のプレイヤーたちは彼らを恐れ、ただ見て見ぬふりをするしかない。

この街は巨大な監獄だ。
パンデモニウムという看守が支配する、絶望の牢獄。

俺たちが酒場の前を通りかかった、その時だった。
中から一人の若いプレイヤーが、胸ぐらを掴まれて表へと放り出された。

「ぐはっ!」
「おい小僧。俺たちのシマで商売したけりゃあ、ショバ代を払うのがルールだろうが」
パンデモニウムのメンバーらしき大男が、下卑た笑みを浮かべて若いプレイヤーを見下ろしている。

「そ、そんな金、ありません……!」
「ほう。なら、その腕に付けてるレア物の腕輪で勘弁してやってもいいぜ?」
男が若いプレイヤーの腕を無理やり掴もうとする。

「……やめろ」
声が漏れた。
俺の口からではない。俺の隣を歩いていたカエデの口からだった。

彼女はフードの下で固く拳を握りしめていた。
「見過ごすことは、できん」
「ダメです、カエデさん!」
俺は慌てて彼女を制止した。
「ここで騒ぎを起こせば、俺たちの目的が台無しになる!」

「だが!」
「気持ちは分かります。でも、今は耐えてください」
俺は彼女の腕を掴み、その場を無理やり通り過ぎようとした。
悔しさで奥歯がギリリと音を立てる。

俺たちは無力だった。
この街の歪んだルールを変える力は、今の俺たちにはない。

俺たちがその場を立ち去ろうとした、その時。
「――待ちな」
静かだがよく通る声が、その場に響いた。

声の主は、酒場の薄暗い入り口に腕を組んで立っていた。
その男は俺たちと同じように、汚れたローブで顔を隠していた。だが、その佇まいは明らかにこの街の他の無法者たちとは一線を画していた。

「パンデモニウムの犬ども。弱い者いじめしか能のないお前らが、この街のルールを語るな」
その言葉は明確な敵意に満ちていた。

「ああん? なんだ、てめえは」
パンデモニウムの男が凄む。

ローブの男はゆっくりとフードを取った。
その顔を見て、俺は息を呑んだ。
精悍な顔つき、鋭い眼光。そして、その背中には巨大な盾と戦斧が背負われている。
見覚えがあった。エンシェントドラゴン討伐のレイドでリーダーを務めていた、あのドワーフの重戦士。

「……バルガンさん!」
俺が思わず名を呼ぶと、彼は、こちらを見てにやりと笑った。

「よう、ユーの旦那。あんたもこんな掃き溜めに用があったとはな」

彼はパンデモニウムの男に向き直った。
「こいつらは俺のダチだ。てめえらが手を出していい相手じゃねえ。分かったらさっさと消えな」
その言葉には、レイドリーダーとしての揺るぎない風格が備わっていた。

「……バルガンだと? 『竜狩り』のバルガンか!」
パンデモニウムの男は、その名を聞いて明らかに顔色を変えた。エンシェントドラゴンを討伐した英雄。その名は、このアビスにまで轟いていたのだ。

男は忌々しげに舌打ちすると、捨て台詞を吐いて仲間と共にその場を立ち去っていった。

助けられた若いプレイヤーは、バルガンに深々と頭を下げ、逃げるように去っていく。
「……助かりました。バルガンさん」
俺が礼を言うと、彼は豪快に笑った。

「気にするな。俺はああいう連中が虫唾が走るほど嫌いなだけだ」
彼は俺たちの姿を見て、何かを察したようだった。
「あんたたちも、パンデモニウムに何かされたクチか?」

俺は隠しても仕方がないと判断し、俺たちの目的――創造の祭壇を探していること、そしてパンデモニウムと敵対していることを正直に話した。

俺の話を聞き終えたバルガンは、腕を組み深く唸った。
「……なるほどな。そういうことだったか」

彼はしばらく何かを考えていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「ユーの旦那。一つ、面白い提案があるんだが、乗ってみる気はねえか?」

彼のその真剣な眼差し。
それは俺たちの運命を、そしてこの奈落街アビスの勢力図を大きく塗り替えることになる、一つの大きな狼煙の始まりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

日本国 召喚獣管理省 関東庁 召喚獣総合事案即応科。

wakaba1890
ファンタジー
召喚獣。 それは向こう側とされる所から、10歳を迎えた日本人の子供の下に召喚されるモンスターのことである。 初代天皇・神武天皇が日本を建国した際に書かれた絵画には彼は金鵄と呼ばれる金色に輝く鵄(とび)と契約したのが原初となっている。 そして、縄文、弥生、古墳、飛鳥、平安、戦国時代から近代から今に至るまで、時代を動かしてきた人物の側には確かに召喚獣は介在していた。 また、奇妙な事に、日本国に限り、齢10歳を迎えた日本在住の日本人にのみ体のどこかから多種多様な紋章が発現し、当人が念じると任意の場所から召喚陣が現れ、人ならざるモンスターを召喚される。 そして、彼らモンスターは主人である当人や心を許した者に対して忠実であった。 そのため、古来の日本から、彼ら召喚獣は農耕、治水、土木、科学技術、エネルギー、政治、経済、金融、戦争など国家の基盤となる柱から、ありとあらゆる分野において、今日に至るまで日本国とアジアの繁栄に寄与してきた。 そして、建国から今まで、国益の基盤たる彼ら数万種類以上をも及ぶ召喚獣を取り締まり管理し、2600年以上と脈々と受け継がれてきた名誉ある国家職がーーーーー国家召喚獣管理官である。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

処理中です...