M.M.O. - Monster Maker Online

夏見ナイ

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第七十二話 雷帝、見参

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『7…6…5…』

死のカウントダウンが、カエデの頭上で無慈悲に時を刻む。
処刑場は絶対的な恐怖に支配されていた。百人を超える連合の軍勢はもはや戦うことをやめ、ただ一人の仲間が理不尽に処刑されるのを、為す術もなく見つめることしかできなかった。

「カエデさん!」
俺は何かできることはないかと必死に頭を回転させる。だが、答えは出ない。スライムの壁は、この概念的な攻撃の前には意味をなさない。ゴブの魔法も呪いを解くことはできない。

カエデは静かに目を閉じていた。
だが、その顔に恐怖の色はなかった。彼女は聖騎士としての誇りを胸に、自らの運命を受け入れようとしていた。
「……すまない、ユー、リオ。どうやら私の旅はここまでのようだ」

「いやだ! 諦めないでよ、カエデさん!」
リオが涙ながらに叫ぶ。

『4…3…2…』

カウントダウンが終わりを告げようとしていた。
俺は絶望に奥歯を噛み締めた。
くそっ、何もできないのか、俺は!

その、瞬間だった。
空が鳴った。
アビスの岩盤であるはずの天井から、轟音と共に一筋の雷が迸った。

ピシャアアアアアン!

凄まじい閃光と衝撃が、処刑場全体を揺るがす。
何事かと全員が空を見上げた。
ギロチンでさえ、その予期せぬ現象に驚きの表情を浮かべている。

そして、雷光が切り裂いた闇の中から、一つの巨大な影が猛スピードで降下してきた。
真紅の翼。

「――その下劣な遊びはそこまでだ」

冷たく、そして絶対的な自信に満ちた声が処刑場に響き渡った。
その声の主がワイバーンの背から軽やかに飛び降り、カエデとギロチンの間に立ちはだかる。

燃えるような赤い髪。真紅の竜鱗鎧。
ドラゴンテイマー、ゼノン。

『1…0』

カエデの頭上の死の砂時計が、ゼロを刻んだ。
だが、何も起こらなかった。
カエデの体は光の粒子となって消えることなく、そこに確かに存在していた。

「なっ……!?」
ギロチンが信じられないという顔で、自らのスキルが不発に終わったことと、突如現れた闖入者を交互に見た。
「なぜだ!? なぜ『断罪宣告』が発動しない!?」

ゼノンはそんな彼を、心底軽蔑したような目で見下ろした。
「……俺のワイバーンが放った電磁パルスが、お前のスキルの発動をコンマ一秒だけ遅らせた。それだけのことだ」

彼はまるで子供の遊びの種明かしをするかのように、こともなげに言った。
常人には知覚すらできない、スキル発動のほんの僅かなラグ。それを完璧に見抜き、そして雷鳴の速度で阻止してみせたのだ。

「て、てめえ……! ドラゴンテイマーのゼノンか! なぜ、ここに!」
ギロチンが狼狽の声を上げる。

ゼノンはそんな彼に答える価値もないとばかりに、静かに言った。
「俺は、卑怯な戦いが好かん」
その言葉は俺たちが闘技会で言われたものと同じだった。だが、今、その言葉は何よりも頼もしく俺たちの耳に響いた。

「貴様のやっていることは戦いではない。ただの処刑だ。強者が己の力を誇示するために、弱者を嬲り殺す醜悪な見世物。それに付き合う気はない」

ゼノンの登場に、崩壊寸前だったフロンティアのメンバーたちが息を吹き返した。
「ゼノンだ! アステリア最強のゼノンが来たぞ!」
「助かったのか……! 俺たち、助かったんだ!」
希望の光が、絶望の闇を急速に払い始めていた。

「フン……! 一人増えたところで何も変わらん!」
ギロチンは自らを鼓舞するように叫ぶと、その指をゼノンへと向けた。
「思い上がるなよ、チャンピオン! お前も俺様のスキルの前ではただの虫けらだ! 断罪を宣告する!」

死の砂時計が、今度はゼノンの頭上に現れる。
『10…9…8…』

「ゼノンさん!」
俺は思わず叫んだ。
だが、彼は少しも慌てる様子を見せなかった。
それどころか、彼は呆れたようにため息をついた。

「……だから、言っただろう。それは戦いではない、と」

カウントダウンが進んでいく。
『3…2…1…0』

ゼロを刻んだ。
だが、やはり何も起こらない。
ゼノンは平然とそこに立っていた。

「ば、馬鹿な!? なぜだ! なぜ、お前には効かん!」
ギロチンが完全に理性を失い、絶叫する。

ゼノンは自らの胸に下げていた、竜の紋章が刻まれた小さなアミュレットを指で弾いた。
「『竜魂のタリスマン』。全ての即死系デバフを一度だけ完全に無効化する。トップランカーなら誰でも持っている、基本的な対策アイテムだ」

「……お前は自分の必殺技に絶対の自信を持ちすぎていた。故にその対策を怠った。それがお前の最大の敗因だ」

ゼノンが静かに告げる。
それはギロチンにとって、絶対的な力の、そして彼の存在そのものの完全な否定だった。

「だまれええええええええええ!」
ギロチンは狂ったように処刑斧を振り回し、ゼノンに襲いかかった。
「殺してやる! 俺の力で八つ裂きにしてやる!」

だが、その攻撃はもはやゼノンには届かない。
「イグニス」
ゼノンが静かに相棒の名を呼ぶ。

空から紅蓮のブレスがギロチンへと降り注いだ。
「ぐぎゃああああああああ!」

自慢の黒鉄の鎧が一瞬で赤熱し、焼け爛れていく。
ギロチンは地面を転げ回り、無様に苦しみもがいた。

「……さて」
ゼノンはそんな彼を一瞥すると、俺たちフロンティアのメンバーに向き直った。
「話は聞いた。貴様ら、パンデモニウムと全面戦争を始めたそうだな」

バルガンがゴクリと喉を鳴らし、頷いた。
「……ああ。そうだ」

「よかろう」
ゼノンは静かに、しかし誰もが聞き取れる声で宣言した。
「この戦い、俺も乗ってやる」

その一言が処刑場に、地鳴りのような歓声を巻き起こした。
アステリア最強の男が、俺たちの連合に加勢を表明したのだ。

「勘違いするな」
ゼノンは浮かれる俺たちを冷ややかに制した。
「貴様らに仲間入りするつもりはない。ただ、俺は俺の誇りを汚す者たちをこの手で叩き潰す。目的が一致した。ただ、それだけのことだ」

素直ではない彼らしい物言い。
だが、その瞳には確かに俺たちと同じ反撃の炎が宿っていた。

絶体絶命の窮地に、雷鳴と共に現れた最強の助っ人。
俺たちの連合は最強の矛を手に入れた。
断罪のギロチンの悪夢のショーは終わりを告げた。
ここから先は、俺たちの処刑の時間だ。
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