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最高の一品
しおりを挟む此処は行列の出来る事で有名な一軒のとある料理店。
山奥にある小さく薄汚れた店にも関わらず、毎日まいにち開店前から長蛇の列で、それは昼時も夕飯時も関係無く、常にお客が絶えない不思議な店であった。
今日も厨房では料理長が檄を飛ばし、コック達がせっせせっせと大忙しに料理を作る。
ある時、この店の噂を聞き付けやって来た一人の客が店員にこっそり聞いてみた。
「このお店、失礼ですけど、こんな場所にあるのに何でこんなに繁盛してるんですか?」
店員はにこりと笑いこう答えた。
「当店が出す料理は特別ですからね!此処でしか食べられない極上の料理を求めて皆様遠路遥々やって来るのですよ!」
お客様も食べてみれば分かります。
そう言うと店員はまた忙しそうに作業に戻って行った。
成る程、それは楽しみだ。
確かに奥から香るその匂いは鼻腔をこれでもかと刺激し、否応無く食欲を唆らせて来る。
その香りにまだかまだかとせっかちなお腹が催促をし始めた。
「お待たせしました!
〝フィレ肉のポワレ~山の幸を添えて~〟で御座います!」
元気良く店員がオーダーした品を届けてくれた。
皿には良い焼き具合の肉が鎮座し、その周りには夏野菜をメインに山の幸が芸術品のように並べられていて、赤ワインで作られたソースが絵画的に回し掛けられていた。
「これは美味しそうですね」
視覚と嗅覚を同時に刺激され、ごくりと唾を飲んだ。
「ありがとう御座います‼︎シェフ渾身の一品ですので冷めない内にどうぞお召し上がり下さい!」
ナイフを通してみると、その柔らかさに驚いた。
力を入れずとも刃先が肉の中にスッと入って行き、まるでゼリーをナイフで切っているような感触だ。
中からは透明度の高い肉汁が溢れ、断面の赤みが美しい。
これは期待出来る。
一口大にカットした肉を崩さないよう優しくフォークで刺すと、取った肉でソースを僅かに掬い取り、そして自らの口に運ぶ。
「————————‼︎」
その美味しさは想像の斜め上を行き、その衝撃に言葉が出ない。
「こ、これは。こんな美味しい肉料理初めてです」
「それは最高のお言葉‼︎シェフもそれを聞いたらお喜びになられます‼︎」
一口食べたのを見届けると、店員は満足そうな顔をして厨房に戻って行った。
あまりの美味しさに手が止められない。
メインディッシュをあっと言う間に平らげると、男は満足そうに天井を仰いだ。
・・・ああ、何と甘美な時間だった事か。
今まで美食家として数々の店を渡り歩いて来たが、これ程の料理に出会ったのは初めてだ。
私とした事が始めに随分と失礼な質問をしてまった。
行列が絶えないのもこれなら納得と言うもの。
外観や立地の問題などこの味を知ってしまったら瑣末な事だ。
また来よう。
此処は私の舌に適う最高の一流店だ。
「すみません。チェックをお願いします」
「畏まりました!お客様のお帰りです!」
精算してもらっている間、男はあの味の余韻を楽しんでいた。
「あのメインディッシュのお肉も然る事乍ら、そこに掛けられていた赤ワインのソースも大変素晴らしかった」
はたと店員がその手を止める。
「赤ワイン?はははは!お客様!何を仰ってるんですか!赤ワインなど使ってはいませんよ!」
「何と。ではあのソースは一体?」
「あれは食材から取れた物を良ーく煮詰めて作った当店特製のソースですよ!最高の食材ですから余す事無く全て料理にするのが当店のポリシーなんです!」
「成る程。料理人の鑑とはまさにこの事ですね」
店員はまた「ありがとう御座います!」と高らかに言うとレジの画面に会計金額が表示された。
「お会計は一八〇〇円となります!」
そのあまりの価格の安さに男は目を丸くして驚いた。
「えっ、こんなお安いんですか?あれだけの料理・・・てっきり数万は下らないと思ったのですが」
店員は笑顔はそのままに無言で首を傾げていた。
「ああ、当店のメイン食材は全て料理長自らが仕入れておりまして。此処だけの話し、食材は無料で手に入るんですよ。だからこそこの価格で料理を提供出来るのです」
内緒ですよ?と言いながら会計を済ませ、店員に見送られながら男は店を後にした。
・・・そう言えば、聞きそびれてしまったが、あのメインディッシュは何だったのか?
牛肉でも豚肉でも無く、ましてや鶏肉でも無い。今まで食べた事の無い味だった。
麻薬的な味とでも言うべきか。
複雑な味わいが醸すハーモニーは極上の一言に尽きる。
その証拠に食べたばかりだと言うのに、既にあの味が恋しくなって来た。
美食の世界は広い。
まだまだ私の知らない味が世界にはあるのだな———と自らを納得させる。
また明日も来よう。
そう胸に誓った男は暮れる夕陽を背に軽快な足取りで山を下り、斜面の向こうへと消えて行った。
———今日も明日も明後日も。
あの味を求めた客達が列を作り訪れる。
「いらっしゃいませ!
〝ドゥ・シュビジスタンス〟へようこそ♫
お客様の御来店、心よりお待ちしておりました!」
あの店員の声が今日も店内に鳴り響く。
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