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天使代行業
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「まったく。商売上がったりだ」
閑古鳥が鳴く店内を見渡しながら店主は呟いた。客に注文された訳でもなく、自分が飲む為だけに淹れた珈琲を啜りながらどうしたものかと頭を抱えていた。
それもこれも全てはあの向かいに建てられたビルで先月からオープンした大手チェーンのカフェが諸悪の根源だ。
カフェは開店以来、連日満員御礼で、この店の客も根刮ぎ掻っ攫われた。
一見の新規客は勿論の事、長年の常連客さえもあちらの店に掠め取られてしまった。
「これはいよいよ・・・かも知れないな」
この店は元々、両親が若かりし頃に始めた店だ。店主が二代目を継いで三十年。
昔ながらの純喫茶としてこの地に根を張り、商店街の一翼を担って来た。
それがポッと出の新参者に御株を奪われそうになるとは。
どうにかして客を取り戻さねば。
店主は焦っていた。
自分の代で店を潰しては天国の父に顔向けが出来ない。
その時、店の入口に取り付けられたベルがカラリと鳴った。
入って来たのは仕立ての良いスーツを着た初老の男性で、中折れハットを目深に被り、顔には白い髭を豊かに蓄えていた。
その手には高そうなステッキが握られていて、全身から漂う気品はまさに紳士そのものと言う風体だった。
「すみません。こちら、営業はしておられますかな?」
「えっ、あっ、はい。い、いらっしゃいませ!」
見惚れていた。
久々の来客だからと言う事もあるが、紳士風のその身なりに思わず目を奪われて反応が出遅れる。
「良かった。人が多い所はどうも落ち着かないもので。此処は静かで良い店ですね」
純喫茶として、お客様にとっての憩いの場を提供する事こそがこの店の本懐である。
〝静かで落ち着ける空間〟と言うのがこの店のコンセプトであり、店主自身、常々考えていた拘りではあったが、今となってはそれも皮肉に聞こえてしまう。
「ありがとう御座います。此処は昔ながらの純喫茶ですから。洒落た物はありませんが、ごゆるりとお過ごし下さい。お席はお好きな所へどうぞ」
男は軽く会釈をすると窓際の一番奥の席に腰掛けた。テーブルに置かれたメニューを開くと「オススメは何ですかな?」と一言。
オススメですか、と暫し考えて店主は答えた。
「お客様、お腹は空いていらっしゃいますか?自慢じゃないですが当店のナポリタンはこの店を開いた当時から変わらぬ味を提供し続けている唯一無二のナポリタンで御座います。宜しければ如何でしょう?」
「ではそれをひとつ」と男は短く答えると「それとウィンナーコーヒーも」と付け加えた。
食べ終わった後も男は席を立つ様子もなく、ただ窓の外を眺めていた。
「マスター。少し宜しいかな?」
男はこちらを見遣るとちょいちょいと手招き。
突然声を掛けられ、店主は洗い物をしていた手を止めた。
改まって何用か?店主は濡れた手を急いで拭くと男の元に駆け寄った。
「はい、何でしょうか?コーヒーのお代わりですか?」
男は無言のまま首を左右に振る。
そして「話しがあるので」と向かいの席を指しながら店主に座るよう促した。
客に着席を促されるとは、これではどちらが客か分からない。
そんな事を思いながら店主は言われるまま席に腰を下ろした。
「申し遅れました。私、こう言う者になります」
そう言って差し出された名刺に目を通す。
「天使・・・代行業?」
書かれた言葉をそのまま読み上げるが、意味が分からず店主の頭の中では〝?〟が踊る。
「はい。私は天使代行業をやっています天使叶と申します。本当の名前は人間の発声器官では発音が出来ないので仮の名前になりますが」
益々意味が分からない。
店主は眉根を寄せて名刺と男に交互に視線を送る。
「えーと。天使、さん?何の冗談ですか?揶揄わないで下さいよ」
「でしょうな。その反応は至極当然の事です。ただ、これは冗談などではありません」
此処が寂れた純喫茶だからと馬鹿にしているのか?
要領を得ない男の言葉に僅かばかりの苛立ちを覚える。
「なら、その天使代行業と言うのは一体何なんですか?わざわざ私を席に着かせてまでするような話しですか」
客だと言う事は分かっていても、言葉の棘が引っ込められない。
ああ、せっかくこうして来てくれた久し振りのお客様だと言うのに・・・
店主の中で二つの感情が入り混じる。
「天使代行業と言うのはその名の通り、天使様のお役目を代行するお仕事です。私共が天使様に成り代わってあなた達人間の願いを叶える事が課せられた責務なのですよ」
口調は先程までと変わらず物腰柔らかなものだったが、その表情は鬼気迫る程に真剣で、とても嘘を吐いているようには見えない。
とは言え、そんな荒唐無稽な話しを信じろと言うのが無理がある。
「はっ!何を言い出すかと思えば!〝あなた達人間の〟って、それじゃああなたは人間では無いと言う事ですか!」
男はふっと笑うと「その通りです」と答える。
これは何だ?
怪しい信仰宗教か何かの勧誘か?
ただの客だと思ったらとんでもないペテン野郎に捕まったものだと男は益々顔を赤くする。
「そこまで言うならその天使様のお力を見せて下さいよ!叶えてくれるんでしょう⁉︎信じて欲しかったらまずはそれを証明してくれ‼︎」
怒り任せに思わずテーブルを叩く。
が、男は身じろぎ一つせず店主の双眸を見据えていた。
「良いでしょう。それであなたに信じて頂けるなら。何をお望みですか?」
「なら向かいのカフェ!あそこが出来てからこっちは商売上がったりなんだ!あそこに取られた客を!いや、いっそあそこの客が全部こっちに来るようにしてくれよ!」
やけっぱちに店主は捲し立てた。
やれるもんならやってみろと言わんばかりに。
「畏まりました。その願い確かに承りました」
するとどうだろう。
男がそう言った直後、カラリとベルが鳴り一組のカップルがやって来た。
それを皮切りにカラリカラリとベルが鳴り、どんどんと客達が押し寄せ、あっと言う間に店内は満席状態に。
外を見ると長蛇の列。もはや列の最後尾は見えない。
「そんな馬鹿な」と驚く店主は慌てて客達の対応に入るが、入れ替わり立ち代わりやって来る客の数に全く手が回らない。
次々と入る注文にストックしてあった食材も底を尽き、閉店時間、最後の客を見送った頃、遂にはこの店始まって以来の売り上げを叩き出したのだった。
「・・・まさか、本当だったなんて」
奇跡だなんだと言った類いの話しを信じる質ではないが、今日の出来事を偶然で片付ける事の方が無理があった。
そう言えばあの紳士風の男はあの後見ていない。
客が入り始めた時、一瞬目を離している隙に居なくなっていた。
「天使様は本当に居るんだな」
男はあの男、いや「天使叶」と名乗っていた天使代行なる者の事を思い出していた。
「ああ、流石に・・・今日は・・・疲れた、な」
ずっと休む事なく稼働し続けていたのだ。
安心してスイッチが切れたのか、店主は疲労感と共に酷い眠気に襲われた。
瞼が重い。こくりこくりと舟を漕ぎ始め、身体を支えていても立っていられなくなって来た。
今日は大変な一日だったが、最高の一日だった。
そう思いながら、店主は膝から崩れ、そのまま夢の中へと落ちて行った。
◆ ◆ ◆
————翌朝。アルバイトの花咲薫は店の前に立っていた。
彼女はこの店のアルバイトとして働く唯一の店員だった。
純喫茶の落ち着いた雰囲気が好きで働き始めたのが二ヶ月前。
店主に頭を下げて半ば強引に雇ってもらった形だったが、それでも店の役に立とうと頑張った成果が出たのか、店主や常連客にも認められ、やり甲斐と言うものを実感し始めた矢先の事。
例のカフェがオープンした事で長い休みを頂く羽目になってしまった。
この一ヶ月、シフトには全く入っていない。
その事について、店主からは何度となく平謝りされた。
店の状況を考えたら仕方がないと、これ以上謝らないで下さいとこちらも何度も言っていたが、そうは言いつつやはり寂しい気持ちにはなっていた。
そんな時、昨夜の事だ。
店からの着信が入っていた。
録音されたメッセージを聴いてみると、店の客が復活したと。
これからは忙しくなるから明日からまた来て欲しいと言う内容だった。
何があったか知らないが、彼女にとって待ちに待った連絡だ。
断る理由など当然なく、久し振りの出勤に気合いが入り過ぎて予定より一時間も早く店に来てしまった程だ。
「あれ?表のシャッター空いてるじゃん」
普段は裏の勝手口から入っているのだが、不審に思った彼女は試しにドアノブに手を掛けてみる。
すると、鍵は閉まっておらず、カラリと言うベルの音と共に扉がスッと開いてしまった。
「えっ!何?泥棒⁉︎」
恐る恐る中に入るが、人の気配はない。
店内は特に変わった様子もなく、いつもと同じ店内に見える。
「マスター?花咲ですよー?居ますかー?」
厨房の方にも聞こえるよう大きめに声を掛ける。
しかし、反応はない。
「えー、まさかマスター。開けっ放しで帰ったの?」
不用心にも程がある。
そう思いながら取り敢えず着替えようと店の奥に立ち入った瞬間・・・
彼女の目に飛び込んで来たのは倒れている店主の姿だった。
「マスター‼︎」
そう言って駆け寄ったところで彼女は絶句した。
「えっ———死んでる?」
店主は既に息をしていなかった。
あの時、眠りに就くように倒れ込み・・・そのまま。
幸せな夢を見たまま、あちらの世界へ旅立ったのだろう。
その証拠に魂を手放した店主の顔は何処か幸せそうだった。
◆ ◆ ◆
月明かりの中、紳士風の男は高い高いビルの上、立ち入り禁止と書かれた看板の先に立っていた。
「この度はご契約ありがとう御座います。お忙しいそうだったのでお伝えしていなかったのですが、願いを叶えるにはそれなりの代償、対価が必要になります。素敵な夢を見れたでしょう?お父上から続く長年の悲願を叶えられたのですから、本望と言うものでしょう」
そうそう———と男は言葉を続ける。
「一つだけ嘘が御座いました。私は天使の代行などではありません。天使が願いを叶える?ははは、有り得ない。昔から言うでしょう?魂を対価に願いを叶えるのはいつの時代でも悪魔の役割なのですよ」
紳士の装いを脱ぎ捨て「 」は本来の姿を現した。
「クーリングオフは効きませんので、悪しからず。それではまたのご利用お待ちしております♫」
「 」は夜の霞に消えて行く。
最後に見せたその表情は不敵な笑みを湛えていた・・・。
閑古鳥が鳴く店内を見渡しながら店主は呟いた。客に注文された訳でもなく、自分が飲む為だけに淹れた珈琲を啜りながらどうしたものかと頭を抱えていた。
それもこれも全てはあの向かいに建てられたビルで先月からオープンした大手チェーンのカフェが諸悪の根源だ。
カフェは開店以来、連日満員御礼で、この店の客も根刮ぎ掻っ攫われた。
一見の新規客は勿論の事、長年の常連客さえもあちらの店に掠め取られてしまった。
「これはいよいよ・・・かも知れないな」
この店は元々、両親が若かりし頃に始めた店だ。店主が二代目を継いで三十年。
昔ながらの純喫茶としてこの地に根を張り、商店街の一翼を担って来た。
それがポッと出の新参者に御株を奪われそうになるとは。
どうにかして客を取り戻さねば。
店主は焦っていた。
自分の代で店を潰しては天国の父に顔向けが出来ない。
その時、店の入口に取り付けられたベルがカラリと鳴った。
入って来たのは仕立ての良いスーツを着た初老の男性で、中折れハットを目深に被り、顔には白い髭を豊かに蓄えていた。
その手には高そうなステッキが握られていて、全身から漂う気品はまさに紳士そのものと言う風体だった。
「すみません。こちら、営業はしておられますかな?」
「えっ、あっ、はい。い、いらっしゃいませ!」
見惚れていた。
久々の来客だからと言う事もあるが、紳士風のその身なりに思わず目を奪われて反応が出遅れる。
「良かった。人が多い所はどうも落ち着かないもので。此処は静かで良い店ですね」
純喫茶として、お客様にとっての憩いの場を提供する事こそがこの店の本懐である。
〝静かで落ち着ける空間〟と言うのがこの店のコンセプトであり、店主自身、常々考えていた拘りではあったが、今となってはそれも皮肉に聞こえてしまう。
「ありがとう御座います。此処は昔ながらの純喫茶ですから。洒落た物はありませんが、ごゆるりとお過ごし下さい。お席はお好きな所へどうぞ」
男は軽く会釈をすると窓際の一番奥の席に腰掛けた。テーブルに置かれたメニューを開くと「オススメは何ですかな?」と一言。
オススメですか、と暫し考えて店主は答えた。
「お客様、お腹は空いていらっしゃいますか?自慢じゃないですが当店のナポリタンはこの店を開いた当時から変わらぬ味を提供し続けている唯一無二のナポリタンで御座います。宜しければ如何でしょう?」
「ではそれをひとつ」と男は短く答えると「それとウィンナーコーヒーも」と付け加えた。
食べ終わった後も男は席を立つ様子もなく、ただ窓の外を眺めていた。
「マスター。少し宜しいかな?」
男はこちらを見遣るとちょいちょいと手招き。
突然声を掛けられ、店主は洗い物をしていた手を止めた。
改まって何用か?店主は濡れた手を急いで拭くと男の元に駆け寄った。
「はい、何でしょうか?コーヒーのお代わりですか?」
男は無言のまま首を左右に振る。
そして「話しがあるので」と向かいの席を指しながら店主に座るよう促した。
客に着席を促されるとは、これではどちらが客か分からない。
そんな事を思いながら店主は言われるまま席に腰を下ろした。
「申し遅れました。私、こう言う者になります」
そう言って差し出された名刺に目を通す。
「天使・・・代行業?」
書かれた言葉をそのまま読み上げるが、意味が分からず店主の頭の中では〝?〟が踊る。
「はい。私は天使代行業をやっています天使叶と申します。本当の名前は人間の発声器官では発音が出来ないので仮の名前になりますが」
益々意味が分からない。
店主は眉根を寄せて名刺と男に交互に視線を送る。
「えーと。天使、さん?何の冗談ですか?揶揄わないで下さいよ」
「でしょうな。その反応は至極当然の事です。ただ、これは冗談などではありません」
此処が寂れた純喫茶だからと馬鹿にしているのか?
要領を得ない男の言葉に僅かばかりの苛立ちを覚える。
「なら、その天使代行業と言うのは一体何なんですか?わざわざ私を席に着かせてまでするような話しですか」
客だと言う事は分かっていても、言葉の棘が引っ込められない。
ああ、せっかくこうして来てくれた久し振りのお客様だと言うのに・・・
店主の中で二つの感情が入り混じる。
「天使代行業と言うのはその名の通り、天使様のお役目を代行するお仕事です。私共が天使様に成り代わってあなた達人間の願いを叶える事が課せられた責務なのですよ」
口調は先程までと変わらず物腰柔らかなものだったが、その表情は鬼気迫る程に真剣で、とても嘘を吐いているようには見えない。
とは言え、そんな荒唐無稽な話しを信じろと言うのが無理がある。
「はっ!何を言い出すかと思えば!〝あなた達人間の〟って、それじゃああなたは人間では無いと言う事ですか!」
男はふっと笑うと「その通りです」と答える。
これは何だ?
怪しい信仰宗教か何かの勧誘か?
ただの客だと思ったらとんでもないペテン野郎に捕まったものだと男は益々顔を赤くする。
「そこまで言うならその天使様のお力を見せて下さいよ!叶えてくれるんでしょう⁉︎信じて欲しかったらまずはそれを証明してくれ‼︎」
怒り任せに思わずテーブルを叩く。
が、男は身じろぎ一つせず店主の双眸を見据えていた。
「良いでしょう。それであなたに信じて頂けるなら。何をお望みですか?」
「なら向かいのカフェ!あそこが出来てからこっちは商売上がったりなんだ!あそこに取られた客を!いや、いっそあそこの客が全部こっちに来るようにしてくれよ!」
やけっぱちに店主は捲し立てた。
やれるもんならやってみろと言わんばかりに。
「畏まりました。その願い確かに承りました」
するとどうだろう。
男がそう言った直後、カラリとベルが鳴り一組のカップルがやって来た。
それを皮切りにカラリカラリとベルが鳴り、どんどんと客達が押し寄せ、あっと言う間に店内は満席状態に。
外を見ると長蛇の列。もはや列の最後尾は見えない。
「そんな馬鹿な」と驚く店主は慌てて客達の対応に入るが、入れ替わり立ち代わりやって来る客の数に全く手が回らない。
次々と入る注文にストックしてあった食材も底を尽き、閉店時間、最後の客を見送った頃、遂にはこの店始まって以来の売り上げを叩き出したのだった。
「・・・まさか、本当だったなんて」
奇跡だなんだと言った類いの話しを信じる質ではないが、今日の出来事を偶然で片付ける事の方が無理があった。
そう言えばあの紳士風の男はあの後見ていない。
客が入り始めた時、一瞬目を離している隙に居なくなっていた。
「天使様は本当に居るんだな」
男はあの男、いや「天使叶」と名乗っていた天使代行なる者の事を思い出していた。
「ああ、流石に・・・今日は・・・疲れた、な」
ずっと休む事なく稼働し続けていたのだ。
安心してスイッチが切れたのか、店主は疲労感と共に酷い眠気に襲われた。
瞼が重い。こくりこくりと舟を漕ぎ始め、身体を支えていても立っていられなくなって来た。
今日は大変な一日だったが、最高の一日だった。
そう思いながら、店主は膝から崩れ、そのまま夢の中へと落ちて行った。
◆ ◆ ◆
————翌朝。アルバイトの花咲薫は店の前に立っていた。
彼女はこの店のアルバイトとして働く唯一の店員だった。
純喫茶の落ち着いた雰囲気が好きで働き始めたのが二ヶ月前。
店主に頭を下げて半ば強引に雇ってもらった形だったが、それでも店の役に立とうと頑張った成果が出たのか、店主や常連客にも認められ、やり甲斐と言うものを実感し始めた矢先の事。
例のカフェがオープンした事で長い休みを頂く羽目になってしまった。
この一ヶ月、シフトには全く入っていない。
その事について、店主からは何度となく平謝りされた。
店の状況を考えたら仕方がないと、これ以上謝らないで下さいとこちらも何度も言っていたが、そうは言いつつやはり寂しい気持ちにはなっていた。
そんな時、昨夜の事だ。
店からの着信が入っていた。
録音されたメッセージを聴いてみると、店の客が復活したと。
これからは忙しくなるから明日からまた来て欲しいと言う内容だった。
何があったか知らないが、彼女にとって待ちに待った連絡だ。
断る理由など当然なく、久し振りの出勤に気合いが入り過ぎて予定より一時間も早く店に来てしまった程だ。
「あれ?表のシャッター空いてるじゃん」
普段は裏の勝手口から入っているのだが、不審に思った彼女は試しにドアノブに手を掛けてみる。
すると、鍵は閉まっておらず、カラリと言うベルの音と共に扉がスッと開いてしまった。
「えっ!何?泥棒⁉︎」
恐る恐る中に入るが、人の気配はない。
店内は特に変わった様子もなく、いつもと同じ店内に見える。
「マスター?花咲ですよー?居ますかー?」
厨房の方にも聞こえるよう大きめに声を掛ける。
しかし、反応はない。
「えー、まさかマスター。開けっ放しで帰ったの?」
不用心にも程がある。
そう思いながら取り敢えず着替えようと店の奥に立ち入った瞬間・・・
彼女の目に飛び込んで来たのは倒れている店主の姿だった。
「マスター‼︎」
そう言って駆け寄ったところで彼女は絶句した。
「えっ———死んでる?」
店主は既に息をしていなかった。
あの時、眠りに就くように倒れ込み・・・そのまま。
幸せな夢を見たまま、あちらの世界へ旅立ったのだろう。
その証拠に魂を手放した店主の顔は何処か幸せそうだった。
◆ ◆ ◆
月明かりの中、紳士風の男は高い高いビルの上、立ち入り禁止と書かれた看板の先に立っていた。
「この度はご契約ありがとう御座います。お忙しいそうだったのでお伝えしていなかったのですが、願いを叶えるにはそれなりの代償、対価が必要になります。素敵な夢を見れたでしょう?お父上から続く長年の悲願を叶えられたのですから、本望と言うものでしょう」
そうそう———と男は言葉を続ける。
「一つだけ嘘が御座いました。私は天使の代行などではありません。天使が願いを叶える?ははは、有り得ない。昔から言うでしょう?魂を対価に願いを叶えるのはいつの時代でも悪魔の役割なのですよ」
紳士の装いを脱ぎ捨て「 」は本来の姿を現した。
「クーリングオフは効きませんので、悪しからず。それではまたのご利用お待ちしております♫」
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