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一輪の花を想い出に添えて〜向日葵の花〜
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————九月二十四日、私の誕生日。
彼と初めて行った思い出の場所。
岬から海が一望出来るあの小高い丘に建てられた老舗の温泉旅館。
そこにまた二人で行こうって彼と約束していたのに。
二泊三日の予定で立てた計画。
有給も取ったし、旅館の予約も新幹線のチケットも全部手配した。
なのに・・・こんなのってあんまりだ。
誕生日の前日に発覚した彼の浮気。
問い詰めたら浮気相手とはもう一年以上になるらしい。
しかも相手は私の親友とか・・・どうして気付かなかったんだろう?
振り返ってみたら怪しいところはいくつもあった。
それでも「まさかそんな事は」って思うじゃん。
自分が心底嫌になる。
同棲までしていたのに、それに気が付かなかったなんて。
一年以上、あの二人が私を影で嘲笑いながら逢瀬を重ねていたのかと思うと自分が凄く惨めに思えて。
怒りに任せて言い訳をする彼の頬を引っ叩いて、そのまま私はあの家を飛び出したんだ。
◆ ◆ ◆
「はあ、何やってんだろ・・・」
今更キャンセルも出来なくて、勢いだけで此処まで来ちゃったけど。
小高い丘の上から見る海は夕陽に照らされていて、皮肉な程にきらきらと輝いていた。
「海はこんなにも綺麗なのに、ね」
話しの途中で逃げたのは私だけど、言い訳なんて聞きたくないって思っていたけど、それでもこうやって鳴らないスマホを見ると「終わったんだな」って改めて実感させられる。
水平線の向こうに太陽が沈んで行くのが見えた。段々と空が夜に包まれる。
何処かで期待していた僅かな気持ちも、可能性も、この空のように黒く塗り潰されて、もう何もかもどうでも良いやって気持ちが心の中で首を跨げる。
「お姉さん。こんな所で何やってるの?」
不意に上の方から声がした。
誰も居ないと思っていたのに。
声のする方向に振り返ってみると、岩場の上に一人の少年がこちらを見下ろして佇んでいた。
「何があったか知らないけどさ。そんな事しちゃダメだよ?」
いきなり現れてこの子は一体何なのだろうか?
こう言う時は一人になりたいのに。
黒い感情が少年に対してふつふつと湧いて来る。
「大きなお世話。君が思ってるような事はしないから。少年こそこんな所で何やってるのよ」
「〝少年〟って、俺には蒼空って名前があるんだけど?それに俺、もう十八だよ」
彼は頭を掻きながら屈託のない笑顔でそう言った。
「未成年じゃん。十八歳なんて私からしたら子供と一緒だよ」
「へえ、お姉さんは?いくつなの?」
臆面もなくストレートに聞いて来る彼に私は思わず苦笑いを浮かべていた。
女性に年齢を聞くなんて・・・と思ったけれど、こんな歳の離れた子に目くじらを立てても仕方がない。
「・・・・・・・・・今日で二十八になったわよ」
「あっ、今日誕生日なの?それはおめでとうだね」
「はいはい、ありがとね」
まさか一番最初にお祝いの言葉をくれたのがこんな見知らぬ少年だなんて。
今は嬉しいよりも虚しい気持ちの方が勝っていて、胸の奥で何とも言えない感情が込み上げて来るのを感じた。
すると、彼は岩場の縁に腰掛けて、そのままそこからひょいと下に飛び降りて来た。
思わず「ちょっ‼︎」と声が出る。
「危ないじゃん!何考えてんの⁉︎」
「平気平気」と無邪気な表情をしたかと思うと、突然、その顔をぐいっと近付けて来て、私の顔を覗き込んだ。
「えっ、」と戸惑う私を他所に彼は気にした風もなく、上着のポケットを弄って何かを取り出すと、それを私の手に握らせた。
それは何処からか取って来た・・・一輪の花だった。
「———えっ、何これ?向日葵の花?」
「こんなんしかなくてごめんなんだけど。誕生日プレゼント」
ポケットに入れていた所為か、ぐにゃりと曲がり何とも不恰好だったけど、手渡されたそれを見ていたら何故だか急に涙が溢れて来て。
「えっ、何なに?どうしたの?そんな喜んでもらえたんなら嬉しいけどさ」
「バカっ、違うわよおぉ!」
逢ったばかりの、それも十も離れた子供を前に年甲斐もなく泣くなんて。だけど・・・
本当だったらあの人と幸せな時間を過ごしていたのに———そう思ったら溢れる涙がどうしても止められなかった。
◆ ◆ ◆
「少しは落ち着いた?」
どれくらいそうしていたのか。
わんわん泣く私の横で彼は黙って座っているだけで、私が泣き止むのを静かに、ただ待っていてくれた。
「・・・うん、ごめんね。いきなり泣いたりして」
「全然良いよ。そう言う時もあるもんね」
彼はそれ以上は何も聞かなかった。
その優しさが今の私には有難かった。
「ソラくん、だっけ?」
「うん。難しい方の〝蒼〟に大空の〝空〟で蒼空。お姉さんの名前は何て言うの?」
「私は七海だよ。七つの海って書いて七海」
「へえ、空に海かあ。何だかロマンチックだね」
彼は緩んだ表情でにこりと笑った。
「何言ってんの。そう言うクサい台詞は好きな女の子にでも言ってあげなさいよ」
なんて事を言ったけれど、本当はその表情に不覚にもドキッとしてしまった。
幸い、彼には気付かれなかったみたいだけど。
「七海さん、この辺の人じゃないよね?」
「うん、東京の方から。まあ、傷心旅行ってところかな・・・」
「そうなんだ。こっちにはいつまで居る?」
「何で?一応二泊の予定だから明後日には帰るよ」
「明後日かあ」なんて言いながら彼は文字通り明後日の方向を見て何かを考えているみたいだった。
そして一瞬、何かを閃いたような表情をしたかと思うと「ねえ」と言う言葉と共に大きな瞳を私に向けて来た。
「そしたらお願いがあるんだけど」
急に改まる彼の表情はとても真剣で、子供だと分かっていながらもその強い眼差しに私は思わず視線を逸らした。
「三日間だけ。俺の彼女になってくれない?」
「————えっ?」
それが彼と交わした三日間限定の恋物語の始まりだった。
彼と初めて行った思い出の場所。
岬から海が一望出来るあの小高い丘に建てられた老舗の温泉旅館。
そこにまた二人で行こうって彼と約束していたのに。
二泊三日の予定で立てた計画。
有給も取ったし、旅館の予約も新幹線のチケットも全部手配した。
なのに・・・こんなのってあんまりだ。
誕生日の前日に発覚した彼の浮気。
問い詰めたら浮気相手とはもう一年以上になるらしい。
しかも相手は私の親友とか・・・どうして気付かなかったんだろう?
振り返ってみたら怪しいところはいくつもあった。
それでも「まさかそんな事は」って思うじゃん。
自分が心底嫌になる。
同棲までしていたのに、それに気が付かなかったなんて。
一年以上、あの二人が私を影で嘲笑いながら逢瀬を重ねていたのかと思うと自分が凄く惨めに思えて。
怒りに任せて言い訳をする彼の頬を引っ叩いて、そのまま私はあの家を飛び出したんだ。
◆ ◆ ◆
「はあ、何やってんだろ・・・」
今更キャンセルも出来なくて、勢いだけで此処まで来ちゃったけど。
小高い丘の上から見る海は夕陽に照らされていて、皮肉な程にきらきらと輝いていた。
「海はこんなにも綺麗なのに、ね」
話しの途中で逃げたのは私だけど、言い訳なんて聞きたくないって思っていたけど、それでもこうやって鳴らないスマホを見ると「終わったんだな」って改めて実感させられる。
水平線の向こうに太陽が沈んで行くのが見えた。段々と空が夜に包まれる。
何処かで期待していた僅かな気持ちも、可能性も、この空のように黒く塗り潰されて、もう何もかもどうでも良いやって気持ちが心の中で首を跨げる。
「お姉さん。こんな所で何やってるの?」
不意に上の方から声がした。
誰も居ないと思っていたのに。
声のする方向に振り返ってみると、岩場の上に一人の少年がこちらを見下ろして佇んでいた。
「何があったか知らないけどさ。そんな事しちゃダメだよ?」
いきなり現れてこの子は一体何なのだろうか?
こう言う時は一人になりたいのに。
黒い感情が少年に対してふつふつと湧いて来る。
「大きなお世話。君が思ってるような事はしないから。少年こそこんな所で何やってるのよ」
「〝少年〟って、俺には蒼空って名前があるんだけど?それに俺、もう十八だよ」
彼は頭を掻きながら屈託のない笑顔でそう言った。
「未成年じゃん。十八歳なんて私からしたら子供と一緒だよ」
「へえ、お姉さんは?いくつなの?」
臆面もなくストレートに聞いて来る彼に私は思わず苦笑いを浮かべていた。
女性に年齢を聞くなんて・・・と思ったけれど、こんな歳の離れた子に目くじらを立てても仕方がない。
「・・・・・・・・・今日で二十八になったわよ」
「あっ、今日誕生日なの?それはおめでとうだね」
「はいはい、ありがとね」
まさか一番最初にお祝いの言葉をくれたのがこんな見知らぬ少年だなんて。
今は嬉しいよりも虚しい気持ちの方が勝っていて、胸の奥で何とも言えない感情が込み上げて来るのを感じた。
すると、彼は岩場の縁に腰掛けて、そのままそこからひょいと下に飛び降りて来た。
思わず「ちょっ‼︎」と声が出る。
「危ないじゃん!何考えてんの⁉︎」
「平気平気」と無邪気な表情をしたかと思うと、突然、その顔をぐいっと近付けて来て、私の顔を覗き込んだ。
「えっ、」と戸惑う私を他所に彼は気にした風もなく、上着のポケットを弄って何かを取り出すと、それを私の手に握らせた。
それは何処からか取って来た・・・一輪の花だった。
「———えっ、何これ?向日葵の花?」
「こんなんしかなくてごめんなんだけど。誕生日プレゼント」
ポケットに入れていた所為か、ぐにゃりと曲がり何とも不恰好だったけど、手渡されたそれを見ていたら何故だか急に涙が溢れて来て。
「えっ、何なに?どうしたの?そんな喜んでもらえたんなら嬉しいけどさ」
「バカっ、違うわよおぉ!」
逢ったばかりの、それも十も離れた子供を前に年甲斐もなく泣くなんて。だけど・・・
本当だったらあの人と幸せな時間を過ごしていたのに———そう思ったら溢れる涙がどうしても止められなかった。
◆ ◆ ◆
「少しは落ち着いた?」
どれくらいそうしていたのか。
わんわん泣く私の横で彼は黙って座っているだけで、私が泣き止むのを静かに、ただ待っていてくれた。
「・・・うん、ごめんね。いきなり泣いたりして」
「全然良いよ。そう言う時もあるもんね」
彼はそれ以上は何も聞かなかった。
その優しさが今の私には有難かった。
「ソラくん、だっけ?」
「うん。難しい方の〝蒼〟に大空の〝空〟で蒼空。お姉さんの名前は何て言うの?」
「私は七海だよ。七つの海って書いて七海」
「へえ、空に海かあ。何だかロマンチックだね」
彼は緩んだ表情でにこりと笑った。
「何言ってんの。そう言うクサい台詞は好きな女の子にでも言ってあげなさいよ」
なんて事を言ったけれど、本当はその表情に不覚にもドキッとしてしまった。
幸い、彼には気付かれなかったみたいだけど。
「七海さん、この辺の人じゃないよね?」
「うん、東京の方から。まあ、傷心旅行ってところかな・・・」
「そうなんだ。こっちにはいつまで居る?」
「何で?一応二泊の予定だから明後日には帰るよ」
「明後日かあ」なんて言いながら彼は文字通り明後日の方向を見て何かを考えているみたいだった。
そして一瞬、何かを閃いたような表情をしたかと思うと「ねえ」と言う言葉と共に大きな瞳を私に向けて来た。
「そしたらお願いがあるんだけど」
急に改まる彼の表情はとても真剣で、子供だと分かっていながらもその強い眼差しに私は思わず視線を逸らした。
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「————えっ?」
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