涙と花

カイ異

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朽ち行く花の後悔

プロローグ

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 ずっと昔、まだ物心付く前の頃、世界の鮮やかさに俺はいつも目を輝かせていた気がする。親代わりの祖母と手を繋いで歩く街では、いろんな人がせわしなく動いていた。
 時計を気にしながら道を走っているスーツ姿の男。
 ブランド物のカバンを持って堂々と歩いている女性。
 二、三人で集まってふざけあっている制服姿の学生たち。
 見た目も職業も、立場も能力も、そして心も全く違う人々は、それぞれが異なるを持っていた。
 は大抵は手の周りや顔の周りに見えた。時々ポケットからひょっこりと出ているのも見たことがある。そして人によってぼやけて消えかかっていたり、はっきりしていたりした。
 子供のときは、それが気になって空中によく手を伸ばしていた。でも、その度に祖母は俺の手を痛くない程度に叩いていた。
唯理ゆいりの目にはきっと何かが見えているんだろうね。でも、それを気にしてはいけないよ。普通の人には見えないものが見えてしまうことは、いいことでも悪いことでもある」
 祖母はここからが大事だというように一拍おいた。その時の俺は、いったいどんな顔をしていたのだろうか? 
 それがどれほど大事な話かもわからず、あちこち目を泳がせていたのかもしれない。
 何を言っているのかわからず、大きなあくびをしていたかもしれない。
 だが、はっきりとわかるのは、この時の祖母はきっと真剣な顔をしていたということだ。
「きっと唯理は辛い思いをすることになる。見えるってことは考えることが多いってことだからね。だから、ちゃんと蓋をするんだ。見たものは全て流してしまえばいい。そのことを心のどこかで覚えておいておくれ」
 俺は何もわからないままに頷いていたのだろう。この時の祖母の悲しそうな、憐れむような顔は今でもはっきり覚えている。シワのよった目頭に、微かに溜まった雫が陽光を反射していた。
 そしてその雫にが現れる。雪山の新雪のように清らかな白色。幼いながらに、きれいだと口を開けて見ていた気がする。祖母の言葉など頭からすっかり抜け落ちていた。
 それから数年後に祖母が死んだ。その時のことは記憶に焼き付いている。俺が中学生になった頃だ。
 死因は心不全だと後で医師に告げられた。数日前には元気だった祖母が目の前で倒れているのを俺は呆然と見ていた。死因が心不全ならば、年齢を考えれば仕方なかったと言える。
 だが、俺にとってはそうはならなかった。なぜなら俺の視界がまるで水中にいるかのように滲んでいたから。そして、視界の端に、ぼんやりと滲んではいたがはっきりとが見えたからだ。
 まるで夜のような色。見ているだけで飲み込まれそうな色。黒い花弁が俺の滲んだ視界の中に、はっきりと映りこんでいた。
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