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狂い咲く愛と軽蔑
嵐の日に
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その日は秋の初め、大きく発達した台風が関東を襲い雨と風によって地面が洗われていく、そんな一日だった。
通りを歩く人間は誰もいない。激しい雨風は人間の体では身に余る。だからこそ、だれもが安心できる自分たちの家で嵐が過ぎ去るのを待っていた。
「どうしよう、どうしよう……」
激しい雨風の音が全く耳に入らないほど少年は憔悴していた。まだ十一歳の幼い体は小刻みに震え、その瞼は目の前の光景を否定するかのようにぎゅっと閉じられていた。立ち上がって何かしようにも、膝に全く力が入らず生まれたての小鹿のようにガタガタとしている。
「お母さん……」
すぐそこで母が倒れていた。だが、起き上がる気配は全くない。少年は恐る恐る目を開いた。
「ひっ!」
情けない声が口から洩れる。母の目は閉じられていた。そして瞼に赤い鮮血がすっと滴り落ちる。血はそのまま床にたどり着くと大きな血だまりの一部と化した。
血を見るのが恐ろしかった。この血が母のものだと信じたくなかった。なぜなら、母の血だと認めてしまえば母は死の危機に瀕しているということだからだ。
広がった血だまりが少年の手にまで広がってきた。反射的に後ろへとのけぞってしまった。その時、手に硬いものがふれる。恐る恐る目の前に持ってくると、母の携帯だとわかった。
「そうだ! 電話!」
目標が一つ与えられたことで止まっていた頭が急激に動き出した。すぐにロックを解除すると一一九番へと電話する。呼び出し音が永遠に続くように感じられた。
「お母さんの頭から血が出てるんです! 助けてください!」
電話がつながった瞬間、考えるよりも早い絶叫に近い声が口から放たれた。少年はそのままオペレーターがなだめる声も耳に入らないまま助けてくださいと繰り返す。
だが、誰かと話しているという感覚が次第に少年を落ち着かせた。そして我に返ってオペレーターに自分の住所を伝える。
頭の中で保健体育の授業が思い出された。疲れた頭で救急車が来るのは通報してから何分だったか思い出そうとする。いろいろな数字が浮かび上がるが、感じるのは遅い、ただそれだけだった。
母に目を戻すと、母の手が微かに動いているのが見えた。その手を少年は咄嗟に握る。
「大丈夫だから、もうすぐ助けが来るから」
母の手がいつもより冷たく感じられた。少年はただひたすら手を握ることしかできなかった。
どれほど待った頃か、気づくと遠くでサイレンの音が聞こえていた。はっとして耳を澄ますと、こちらに近づいて来ているとはっきり分かった。
少年はいてもたってもいられず玄関へ走ると扉を開けて外へ出る。礫のような雨が体を打ち付けるが全く気にならなかった。
「早く来てください!」
少年は目の前に現れた救急隊員に向かって声を張り上げた。救急隊員も声を張り上げる。しかし雨の音がその声をかき消してしまう。それでも救急隊員は慣れた手つきで家に入ると、母の救助を開始した。
少年の心にやっと安堵の気持ちが生まれる。その瞬間、視界がぐわんと大きく揺れた。なにが起きたのか自分ではわからない。しかし、気づいた時には少年は意識を手放していた。
通りを歩く人間は誰もいない。激しい雨風は人間の体では身に余る。だからこそ、だれもが安心できる自分たちの家で嵐が過ぎ去るのを待っていた。
「どうしよう、どうしよう……」
激しい雨風の音が全く耳に入らないほど少年は憔悴していた。まだ十一歳の幼い体は小刻みに震え、その瞼は目の前の光景を否定するかのようにぎゅっと閉じられていた。立ち上がって何かしようにも、膝に全く力が入らず生まれたての小鹿のようにガタガタとしている。
「お母さん……」
すぐそこで母が倒れていた。だが、起き上がる気配は全くない。少年は恐る恐る目を開いた。
「ひっ!」
情けない声が口から洩れる。母の目は閉じられていた。そして瞼に赤い鮮血がすっと滴り落ちる。血はそのまま床にたどり着くと大きな血だまりの一部と化した。
血を見るのが恐ろしかった。この血が母のものだと信じたくなかった。なぜなら、母の血だと認めてしまえば母は死の危機に瀕しているということだからだ。
広がった血だまりが少年の手にまで広がってきた。反射的に後ろへとのけぞってしまった。その時、手に硬いものがふれる。恐る恐る目の前に持ってくると、母の携帯だとわかった。
「そうだ! 電話!」
目標が一つ与えられたことで止まっていた頭が急激に動き出した。すぐにロックを解除すると一一九番へと電話する。呼び出し音が永遠に続くように感じられた。
「お母さんの頭から血が出てるんです! 助けてください!」
電話がつながった瞬間、考えるよりも早い絶叫に近い声が口から放たれた。少年はそのままオペレーターがなだめる声も耳に入らないまま助けてくださいと繰り返す。
だが、誰かと話しているという感覚が次第に少年を落ち着かせた。そして我に返ってオペレーターに自分の住所を伝える。
頭の中で保健体育の授業が思い出された。疲れた頭で救急車が来るのは通報してから何分だったか思い出そうとする。いろいろな数字が浮かび上がるが、感じるのは遅い、ただそれだけだった。
母に目を戻すと、母の手が微かに動いているのが見えた。その手を少年は咄嗟に握る。
「大丈夫だから、もうすぐ助けが来るから」
母の手がいつもより冷たく感じられた。少年はただひたすら手を握ることしかできなかった。
どれほど待った頃か、気づくと遠くでサイレンの音が聞こえていた。はっとして耳を澄ますと、こちらに近づいて来ているとはっきり分かった。
少年はいてもたってもいられず玄関へ走ると扉を開けて外へ出る。礫のような雨が体を打ち付けるが全く気にならなかった。
「早く来てください!」
少年は目の前に現れた救急隊員に向かって声を張り上げた。救急隊員も声を張り上げる。しかし雨の音がその声をかき消してしまう。それでも救急隊員は慣れた手つきで家に入ると、母の救助を開始した。
少年の心にやっと安堵の気持ちが生まれる。その瞬間、視界がぐわんと大きく揺れた。なにが起きたのか自分ではわからない。しかし、気づいた時には少年は意識を手放していた。
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