涙と花

カイ異

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狂い咲く愛と軽蔑

居候

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 六限の終わりを知らせるチャイムが鳴った。今日の放課後は学校には用事がなく、すぐに家に帰れるはずだ。雨車うるまはそわそわしながら生徒に連絡をしている先生と時計とを交互に見る。
「大丈夫、後数分で終わりますよ」
 横を向く雨車に、微かに笑みを浮かべた桜家が、この後先生は会議のはずだと告げた。桜家さくらやは数か月前まで沢谷さわたににいじめられていた人物だった。しかし、商店街で出会った唯理ゆいりという不思議な力を持つ人物の協力によって、沢谷と桜家のわだかまりを解くことができたのだ。
 今の桜家は前のようなつらそうな様子はない。沢谷とは二人で家に帰ったり、勉強会を開いたりしているそうだ。ただ、自分では二人の頭についていけず勉強会に参加出来ていないのが残念に感じる。
「ちゃんと心のケアしてあげてくださいね」
 桜家の言葉に雨車は強くうなずいた。気づいた時には、終礼ももう終わりに差し掛かっていた。
 
 家に着くと雨車は玄関の靴を確認した。母の靴に自分の靴、そして男の子用のマジックテープの靴。相手が家にいるとわかり、雨車は緊張しながらもしっかりしなくてはと背筋を伸ばした。
「ただいま!」
 努めて明るい声であいさつをする。それに対して、母と、そしてもうひとり男の子の声が返ってきた。
「おかえりなさい」
「おかえり、お姉ちゃん」
 リビングの扉を開けて雨車はにっこりとほほ笑んだ。
「ただいま、石人せきとくん」
 石人は雨車の従弟だった。そして石人の母、つまり雨車の伯母はシングルマザーでよく雨車家を頼っていた。
 そのため、雨車は幼いころから石人をよく知っている。中でもよく覚えているのは、石人が昔からお母さん思いの優しい子だったということだ。
 小学生と幼いながらも母親の事情は察していたようで、料理や掃除などを石人は率先してこなしていた。
 雨車家で預かったときは、雨車が遊ぼうと誘っても、まだ掃除が終わってないよと返すほどだった。雨車の母も雨車よりしっかりしていて助かるとはっきり言っていた。
 雨車は唇を噛みしめる。今回石人はいつものように雨車家に預けられたわけではない。この間の台風の日、石人の母は階段で転び大けがを負ったのだ。今も石人の母は入院しており意識は回復していない。
 あれほど母思いの石人がどれほど傷ついているか考えると、いたたまれない気持ちでいっぱいになる。雨車は手に提げたレジ袋をごそごそとあさると、その中から石人の好物と記憶していたプリンを出した。
「今日帰り道で買ったんだ。一緒に食べよ」
 石人は子供らしく顔を輝かせて頷いた。その様子を見て雨車の母もほっと胸を撫で下ろす。
「この子しっかり者だから、私相手だと緊張しちゃってね。ちゃんと面倒見てあげてね」
 雨車の母はそういうと、石人を雨車に託し、キッチンの方へ行ってしまった。この時間から料理の準備を始めるということは、今日の料理は凝ったものなのだろう。
 石人の苦しみは想像することもできないが、ちょっとずつ前を向いてくれればいいなと雨車は改めて祈った。

「小学生って今はこんなこともやるんだね」
 雨車と石人は二人で学校の課題を解いていた。お母さんのためにもしっかり勉強しなくてはと石人は言っていた。しかし、雨車の両親が話し合って、しばらくは学校を休ませ様子を見ることにしていた。
 しっかりしているといっても石人はまだ子供だ。大人でさえ心の傷の対処は難しいのだから、石人にはより一層慎重にならざるを得ないのも当然だと思う。
 こんな課題だって、学校の勉強に遅れないようにと石人の先生から渡されたものに過ぎない。あくまで石人が望んだ時だけやらせればよく、提出期限もないと言われていた。
 それにも関わらず、課題に臨むのは根の真面目さからだろうか。そこでふと思った。唯理だったらこの状況をどう判断するんだろう。もしかしたら、この状況を見て自分とは全く違うことを想像しているかもしれない。
「手伝ってくれてありがと。もう後は簡単なのばっかりだから、大丈夫だよ」
 ぼうっとしていると、石人が話しかけてきた。確かに後は基礎プリントといった物ばかりだ。学校では優等生と言われていた石人なら問題ないだろう。
 とは言っても小学生の理科などは高校生にもなると完全に忘れている。実際のところは教えようもないというのが真実だった。
 こんな時、天才の沢谷が側にいてくれたらと思わずにはいられない。沢谷ならどんな質問でも答えられていただろう。
 自分にはない力を持った人たちを思い出し、雨車はがっくりと肩を落とした。自分が二人みたいな存在になれるとは思っていない。しかし、胸を張って誰かの役に立てるという人間になりたかった。
「ごめん、やっぱり迷惑かけちゃってるかな?」
 急にため息をついた雨車を見て心配そうに石人が訪ねる。
「お父さんが後二週間くらいで出張から帰ってくるから。そうしたら、もう迷惑かけないよ」
 石人の言葉に雨車は慌てて首を振った。石人を元気づけなくちゃいけないのに心配させてどうするのだ。
 雨車は心の中で、自分のことをしかりつける。それにお父さんが来るといっても、石人が幼い頃に親が離婚してから、石人はほとんど父親と会っていない。今こうしているうちもすごく不安なはずだ。
「迷惑だなんて思ってないよ。石人くんは心配せずに気楽にここにいてくれていいんだからね」
 雨車の言葉に石人はほっとしたように頷いた。雨車も顔に出さないようにほっと一息ついた。
 そんな時、キッチンから母の声が聞こえた。時計を見るともう家に帰ってから数時間っている。きっと夕食ができたのだろう。
「今日のご飯はなんだろうね?」
「う~ん、匂いはデミグラスソースっぽいけど」
 石人は、当てようと真剣に考える。その際にいろんなことを考えたのか表情を明るくしていく。
 ご飯はなんだろう、そんな些細ささいなことでも人は前を見て明るい気持ちになれる。
 この瞬間は母のことを忘れご飯を楽しみにしている小学生に戻ったのではないかと考え、雨車は微笑みながら石人を見守っていた。
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