涙と花

カイ異

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狂い咲く愛と軽蔑

違和感

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 携帯に書かれたメッセージを見ながら唯理は一つ大きくため息をついた。メッセージの主は雨車うるまだ。
 沢谷さわたに桜家さくらやの事件以降、二人はたびたび連絡を取っていた。唯理ゆいりとしては自分が関わった二人のその後はかなり気になるものだった。
 正直その場しのぎになっていないか内心不安であった。しかし、雨車の話を聞く限り関係は良好なようでとりあえず安心していたのだ。そんな時に急に送られてきたのが雨車の相談事だった。
「どうしてあいつはこうも……」
 また深いため息が漏れ出る。思い返せば、前回の件は人生で一度あるかないか程の込み入ったものだった。話す言葉や行動を少しでも変えていればどうなるかわからなかった。
 それを何とか乗り越えてまだ数か月しかたっていないというのに、また厄介事を持ち込んできた雨車の悪運には流石に悪態を吐かずにはいられなかった。
「母親が事故にあった子供か……」
 という言葉に唯理は胸が痛むのを感じた。母の顔は覚えていない。幼いころから自分を育ててくれたのは祖母だった。父親もいたのだが、母と同様に唯理を育てることを拒み、祖母に唯理を預けた後逃げるように母と町を去った。
 せめてもの救いは祖母が優しい人間だったことだ。突然預けられた唯理をその命を落とすまで育て上げてくれた。
 それに加え祖母は決して父と母を悪く言うことはなかった。それは今になって思えば唯理への優しさだったとわかる。そして自分が両親を憎む資格もないこともわかっていた。
「冷静になれ。と雨車の従弟は関係ない」
 口に出してはっきり言うと、思考がまとまり頭がはっきりするように思えた。唯理は改めて携帯の地図に目を落とし、その後辺りを軽く見渡した。
 もう秋になり町の街路樹がいろじゅの色も緑から黄色や赤に変わりつつある。その時ふと小さな子供が母親の手を引きながら、色づいた葉を指さすのが見えた。どうやら住宅街はもうすぐらしい。
「そういえば、俺はなんて自己紹介すればいいんだ?」
 新たに湧き上がった疑問に顔をしかめながら、唯理は住宅街にある一つの家、雨車家を目指して、また歩みを進めた。

 たどり着いた雨車家は想像通りのごく普通な一戸建てだった。三階建ての建物でベランダには布団や服が干されている。
 表札の英語表記を少しかっこいいと思いながら唯理はインターホンを一回鳴らした。それから数秒後に聞きなれた声が機械から発せられる。
「唯理さん、来てくれてありがとうございます」
「お前が聞き逃せないようなことを言うからだろ」
 急に送られてきた母親が事故にあったという子供の話。最初は自分が無視できないことをわかっていて送ったのかとも思った。
 だが、よくよく考えれば雨車の性格からそんなことをするとも思えない。となると本当に自分の意見が聞きたいのだろう。
 事情が事情だけに断るという選択肢は浮かばなかった。かといってまた厄介なことに巻き込まれたという思いもあり、唯理は心なしか自分の語気が強まっているのを感じる。
「ごめんなさい」
 雨車のしおらしい声を聞いて、唯理は湧き上がってくる罪悪感に悩まされた。
 軽く息を吐き、改めて冷静になるよう務める。何であれ関わると決めたのは自分自身だ。ならば雨車に当たるのはただの八つ当たりでしかない。
「嫌、俺の方こそ悪かった。最善は尽くす」
「ありがとうございます」
 インターホン越しでも雨車に笑顔が戻ったのを感じ、唯理は心の中で軽く安堵した。その直後、機械音がなるとともに鍵が開いた。
 唯理は恐る恐る扉を開く。思えば友達の家に入ることなど小学生以来だ。何とも言えない緊張感を感じ、唯理は気を紛らわすようにあたりを観察した。
 そんな時、玄関から続く廊下の奥からまとめられたきれいな長髪がのぞく。どうやら雨車は、誰かに何か話しているらしい。
 そして、雨車はこちらに振り向くとどうぞ上がってくださいと身振りと言葉で示した。
 唯理は軽くうなずいて玄関に視線を戻す。そして自分の靴を脱ぎながら、出ている靴を確認した。あるのは小さな子供用の靴と茶色のブーツ、そしていくつかの革靴だった。
 時間から考えて父親が家にいることはないだろう。そして、母親の物らしき靴も見えないことから、家にいるのは雨車とくだんの子供だけらしい。どうやら変な気を回さないで済みそうだ。
 廊下を抜けリビングに入ると、広々とした空間が広がっていた。天井が高く作られているらしくそれほど広い部屋ではないのに解放感を感じる。
 そしてリビングを入ると、すぐそこにあるソファーに二人は座っていた。
「今日は来てくれてありがとうございます。石人せきとくん、この人は私の友達の唯理さん」
「は、初めまして」
 雨車が紹介を終えた後、すぐに石人は頭を下げた。話に聞いていた通り確かにしっかりした子供らしい。
 子供がしっかりしていることに対して考えられることは主に二通りだ。一つはもとから頭がいい子供だったということ。二つ目はしっかりならざるを得なかったということ。
 恐らくこの少年は後者であろう。その顔からはいろいろと苦労の色が読み取れるように唯理には思えた。
「初めまして。黒崎唯理だ。よろしく」
 唯理は膝をつき視線を合わせて自己紹介した。途端に石人は緊張したように背筋をこわばらせる。
 唯理はとっさに石人から距離を取った。今石人を怖がらせてところでいいことはない。
「急にごめんな。でも、今日はちょっと君と話をしたかったんだ」
 できる限り口調を弱らげながら唯理は石人に話しかけた。それに合わせて雨車も口を開き、石人の緊張をほぐそうとする。
「唯理さんは信頼できる人だよ。だから安心して」
 石人は恐る恐る唯理と目を合わせると意を決したように言葉を発した。
「わかりました。何の話でしょうか?」
 唯理はある程度距離を保つためにソファーの端に座った。しかし、石人は雨車のいる方へ無意識のうちに後ずさる。
 その様子を見て、唯理は頭を限界まで使って何をすべきか考える。想定していたよりも警戒心が強い。最悪の場合心を閉ざしてしまうだろう。
 はっきり言って心の状態を見るだけならば顔や服の袖を見るだけで事足りる。それが唯理の持つ不思議な力だった。
 涙に咲く人の心を表す。それを唯理は見ることができた。そしてはある程度は時間がたっても残っている。
 だからこそ、唯理は一目見ればある程度その人物について推測を立てることができた。
 しかし、より確実なのは実際に本人と話し観察し、考えを読み解くことだ。そのため、唯理はこの話し合いで失敗するわけにはいかなかった。
「ここでの生活には慣れたか?」
 まずは軽い話題から入った。とりあえず、まずは警戒心を解くのが先決だ。
「はい、ここの人はみんな優しいですから」
 石人ははっきりと頷いた。それを見て唯理も良かったと相打ちを打つ。その時、恐る恐るといった様子で石人の方から唯理に話しかけてきた。
「唯理さんはお姉ちゃんとは何で知り合ったんですか?」
 唯理はちょっと困ったように顔をゆがませた。本当のことを言ってもプラスに働くとは思えない。
 かといっても、この少年ならば嘘にすぐ気づくだろう。少し話しただけでも、そのしぐさから相手をよく見ている節がうかがえた。
「友達と喧嘩しちゃった時があったんだけど、仲裁を手伝ってくれたんだよ」
 見守っていた雨車が話に入る。唯理は安堵した。この返答ならば嘘ではないし、何より雨車の言葉であるため信じるはずだ。
「そうだったんですか!」
 石人は笑顔を浮かべた。それから石人は、少し安心したように唯理へたわいのない質問を繰り返した。
 普段どんなことをしているのか、外では雨車はどんな感じなのか。その質問に唯理は一つ一つ丁寧に答えていった。
「思い出に残ってるのは、おばあちゃんと初めてフラワーショップに行った日かな。おばあちゃんが花好きで、いろいろ教えてくれたのがすごく楽しかった。そういう思い出、石人にはどんなのがある?」
 楽しかった思い出を答える際、唯理は軽く探りを入れた。
「一番楽しかったのは僕が低学年の時に行った動物園ですね。一緒にパンダ見て可愛いねって話したんです」
 それから石人は母との楽しかった思い出を話した。それはよほど大事な思い出らしかった。
 まだ幼かった時の記憶にも関わらず、石人は動物園の名前や出かけた時に食べたお弁当さえ話してみせる。このことには唯理も雨車も驚かずにはいられなかった。
 だが、次第に楽しい思い出を話す声が小さくなっていく。
「冬もどこかに行きたいなって話してたんです。でも無理なのかな……」
「「そんなことない」よ」
 唯理と雨車の声が重なった。雨車は優しく石人の手を握って、その目をまっすぐ認めた。
「お母さんはきっと大丈夫。だから楽しいこと考えよ。お母さんと冬にどこに行くかとか」
「……そうだよね。僕がこんなんじゃお母さんも悲しいよね」
 石人は涙を拭うと明るく笑って見せる。雨車もそれに応えるように微笑み返した。
「辛いことを思い出させて悪かったな。もうこれで充分だ。付き合ってくれてありがとう」
 唯理は精一杯の笑顔を浮かべると雨車にアイコンタクトを取る。雨車はその意味を理解し、ばれないように頷いた。
「ちょっと雨車とも二人で話があるんだけどいいか?」
「はい、わかりました」
 そう言うと石人は机に置いてあった本に手を伸ばす。そんな石人の様子を見守りながら、唯理と雨車は二階に急いだ。
「結論としては多分大丈夫だと思う」
 それを聞き、雨車は安心したように良かったと呟く。脱力して壁に背を預ける様子から、余程心配していたことがうかがえた。
 唯理は石人のを思い出した。母親が事故にうなど子供にとってはかなりショックなはずだ。だからこそ、最悪な状態であることも視野に入れていた。
 しかし、ある程度傷はあるものの、石人のは普通よりは悪いというほどであった。恐らく雨車たちのサポートと時間が癒してくれるはずだ。
「しばらくは注意が必要だと思うが、取り返しがつかないほどじゃない。しっかりサポートしてやれよ」
「わかっています。石人くんのために頑張ります。今日は本当にありがとうございました」
 唯理は手を振って礼はいいと伝える。そして、石人が待っているだろうと雨車と共にリビングへと戻った。
 それから三人は軽く会話を交わした。今回は調べるためというより雑談だ。そのため話す内容は最初の方の石人と唯理の話以上に脈絡のないものだった。
 石人は二人の話を聞いて楽しそうに相槌を打つ。それを見て唯理はふと尋ねた。
「石人は普段学校のない日ではどんなことをしてたんだ?」
 質問を受けて石人はに首をひねった。そして唯理に対して軽く微笑む。
「たいしたことは何もしてないですよ」
 そう言った直後、石人はついさっき話題にしていた唯理のアルバイトについて質問をした。
 唯理は一瞬固まるとすぐ答えを返す。だが、その一瞬で何かもやもやとしたものが心の中に生まれた。
 初めての経験だった。何かがおかしいと感じたのだが、それが何なのかがはっきりと言えない。まるで霧を必死になってつかもうとしているようだった。
 それ以降も三人はしばらく会話を続けた。しかし、唯理だけは奇妙な感覚にさいなまれ、それが何なのかは最後まで掴むことができなかった。
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