涙と花

カイ異

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狂い咲く愛と軽蔑

旧友

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 お楽しみ会の次の日、唯理はやや緊張した面持ちでとある場所に向かっていた。
 別にその場所に行くのが初めてというわけではない。かれこれもう数年は通っている場所だ。その場所へ向かう道も建物の内部も完璧に頭に入っている。
 唯理は目の前に現れた白を基調とした巨大な施設を一瞥いちべつし、ついて来ていた雨車にここだと告げた。
「大学病院……」
 雨車はここまで大規模の病院に来るのが初めてらしく、辺りをきょろきょろとうかがっていた。
「ここに唯理さんの友達がいるんですよね」
 唯理は声を出さず静かに頷く。ここに来るといつも不思議な気分になる。
 今から会うのは、数少ない唯理が友人と呼べる人間の一人だ。彼に会えることに喜びもある。なのにこんなに複雑な気分になるのは、彼がいる場所のせいだろう。
「こっちだ」
 唯理は雨車に声をかけると迷うことなく入院病棟へと進んでいった。
 病棟は相変わらずきれいな場所であった。入院患者にとって、この病棟は家同然の場所になり得る時もある。
 広々とした窓やきれいな模様の入った床は、病棟で暮らす患者の負担を少しでも減らすための配慮のように唯理には思えた。
 窓口で手続きを終えて、エスカレーターを乗り継ぎ、唯理はとうとう目当ての病室にたどり着いた。
 後ろから付いて来た雨車も、事前に聞いていた名前のネームプレートを見て、ここが目的の部屋だと理解したらしい。緊張しているのか生唾を飲み込んだようだった。
 唯理は扉を軽く二回ノックすると、扉をゆっくりと開け部屋に入った。部屋には四つのベッドが置かれており、手前の一つは空でもう一つはカーテンが閉められていた。
 唯理はそのまま窓側の2つのベッドの方に向かう。そこにはパソコンに向かって作業している壮年の男と、落ち着いた雰囲気で本を読んでいる美丈夫がいた。
 唯理が近づいてきたことに気づいた美丈夫は、ページをめくる手を止めると唯理の方に顔を上げて微笑んだ。
「いつも通り時間ぴったりだね、唯理」
「ああ。体調は大丈夫か、浅見あさみ
 美丈夫、浅見は微笑んで返答を濁らせると、雨車の方へ目を向ける。
「そして、君が唯理の友達になってくれた変わり者の雨車さんかな?」
「変わり者なんてそんな。唯理さんにはいつも助けられてます」
 その言葉に浅見は満足そうに頷いた。
「とにかく、唯理と仲良くしてくれてありがとう。僕は浅見敦あさみあつし。唯理とは幼馴染になるのかな」
 緑の病人服に身を包み、腕に点滴の針の刺さった青年浅見はそう告げると、礼儀正しく頭を下げた。

 雨車は浅見のベッドの横にある椅子に座りながら、唯理と浅見の会話を聞いていた。
 先ほどの幼馴染という発言は本当らしく、二人はここ最近にあったこと、そして自分にはわからない思い出話に花を咲かせていた。
 雨車は自分が来るのは場違いだったのではないかという気まずさを感じずにはいられなかった。
 その一番の理由は唯理の表情だ。唯理は自身の異能から人の悪い面もよく見えてしまう。だから人と関わることが嫌いだとよく言っていた。
 だが、今の唯理はまるで安心しきったように軽く笑みを浮かべながら浅見の声に耳を傾けている。それは雨車が初めて見る唯理の姿だった。
「そういえば君は唯理と一緒にいて大丈夫なのかな?」
 雨車が無言でいたことに気づいたらしく、浅見はこちらの方へ視線を向けた。
「大丈夫っていうのは……?」
 突然振られた話題に雨車は驚きしどろもどろになってしまう。そんな雨車に浅見は軽く謝ると、変な意図はないのだと告げた。
「唯理は少し他の人と違うから、その分警戒心もひと際高いし、仮に仲良くなれたとしてもぶっきらぼうな態度しか取れない。そうだろう?」
 浅見は軽く唯理に目を流す。唯理はきまり悪そうに俯いてしまうが、耳が赤くなっているのが雨車でもわかった。
「図星みたいだね。もう少し愛想よくしないと人はどんどん離れていくっていつも言ってるのに」
「俺は別にそれでも問題ない……」
 唯理は顔を赤くしたまま食い下がる。
「問題ないことはないよ。君はいろいろな負の面を見てきた。だからこそ、人の悪い面ばかり見るのが癖になっている。それは健全なことではないよ」
 唯理は何か言い返したいようだったが全く言葉が口を出ないようだった。雨車はその光景に目を丸くする。
 唯理がここまで言い任せれているのを見るのは初めてだった。いつもは冷静で誰にも動じないが、浅見にだけは頭が上がらないらしい。
「だから、僕は嬉しかったんだ。唯理に新しい友達ができたことが。それはもしかしたら、もう僕が見られない事だったかもしれなかったから」
 本当にうれしそうな浅見を声を聞き、雨車はすぐに悟った。この人は本当に優しい人間で、唯理を思いやっているということを。こんな幼馴染がいれば信頼して当然だろう。
「私こそ唯理さんと友達になれてよかったと思っています」
 雨車の言葉に唯理は恥ずかしそうに頭をかく。その光景を見て、浅見はふふっと軽く笑った。
「それに唯理が言うには、君はきれいな花を持っているらしいね。唯理がきれいっていうのはめったにないことだよ」
「花のことを知ってるんですか!」
 つい声を出してしまったが、よくよく考えれば当たり前のことだ。自分以上の関りのある浅見が知らないはずがない。
「ちなみに僕の花はアゲラタムらしい。君もその力を数回見たことがあるって唯理に聞いたよ」
 そこで雨車は合点がいった。数か月前、自分がいじめにあった時などに唯理は涙の入ったがガラス容器を使っていた。協力者からもらっていたと話していたが、それが浅見だったようだ。
「唯理とはちょっとしたをしていてね、僕の涙をあげてるんだ。見方によっては少し気味の悪い話かもしれないけどね」
 浅見はそういうと、からかうような視線を唯理に送る。それに対して、唯理は軽く咳払いをして口を開く。
「俺のことはもういいだろ、それより今日は相談があって来たんだ」
 唯理の言葉に部屋の雰囲気が一瞬で変わったのを雨車は感じた。浅見はさっきまでと同様に軽く微笑んでいる。しかし、どこかさっきよりもその顔が真剣みを帯びているように雨車には感じられた。
「君が僕からの助言を聞きたがるなんてよっぽどらしいね。いいよ。何でも話してくれ」
「ありがとう。まずは事の詳細を説明してくれないか、雨車?」
 唯理はそういうと椅子を立ちあがる。雨車は頷くと、先ほどまで唯理が座っていた椅子に腰を掛けた。
 そして石人の身に起きたことを、幼いことから自分が見てきたことも踏まえ浅見に伝えた。
 雨車がこの病院に来た理由がこれだった。普段のお見舞いならば唯理一人で行く。
 しかし、今回唯理は自分が感じた違和感を相談したかったらしく、事故のことや当事者のことをよく知る雨車に来てもらっていたのだ。
 その後も雨車は思いつく限りの情報を浅見に伝えていった。それに対して、唯理は自分に見えたものや考えたことをちょくちょく補足していく。
 そして浅見は、時折相槌を打ち、そして時折軽く質問をはさみながらもゆっくりと話を聞いてくれた。
 ここに来て話すまで、雨車は重要なことをすべてちゃんと伝えられるかどうか少なからず不安があった。しかし、不思議なことに話をしているとすらすらと言葉が口から出てきた。
 おそらく浅見が人の話を聞くのがうまいからだろう。浅見の、それはこういうことかな、といった質問は自分の言いたいことの要点をしっかりとまとめてくれており、自分が次に何を話せばよいのかしっかりと理解できた。
 さらに浅見の落ち着きながらも優しさのある雰囲気が心を落ち着かせ、安心して話すことができるのだろう。
 雨車は流石唯理の友達であると感嘆せずにはいられなかった。
「それで、浅見はどう思う?」
 雨車が一通り話すのを聞き終え、唯理は立ったまま浅見に声をかける。
「初めに言っておくけど、これはあくまで僕の考えだ。参考にするのは構わないけど鵜呑みにはしない。いいね?」
「ああ、わかってる」
 唯理の返答を受けて考え込むように下を向いた後、浅見は重々しく口を開いた。
「多分、君の感じた違和感は君が一番考えたくない結論のヒントだと思う。君は無意識のうちにその結論を避けようとしているんじゃないのか?」
 振り返って唯理を見ると、唯理は驚いたように目を見開いた。
「それは……」
 唯理は違うと言おうとする。しかし、言葉を最後まで言い切る前に、唯理は口を片手で覆うと、思考を巡らせるように動きを止めた。
「君と石人はだ。そこは必ず割り切るんだ。君は冷静を装うのが上手いだけで、本心では傷つきやすいし熱くなりやすい。あまり入り込みすぎるなよ」
 浅見は心配するように唯理に声をかけた。唯理はかなり動揺しているらしく、しばらく無言でいると小さくああと声を出した。
「どういうことでしょうか……?」
 二人の会話の意図が見えず、雨車は混乱気味に唯理と浅見の顔をそれぞれ見る。だが唯理は答えず、浅見も苦々しい顔をするだけだった。
「悪いけど、これは唯理のプライバシーに関わることだから、許可がない限り僕には言えない」
 浅見の返答に雨車はさらに質問しようとするが、諦めて口を結んだ。唯理が信頼を寄せる人物だ。何の事情もなく教えてくれるとは思えなかった。
 それに唯理も問いただした所で自分のことは答えようとしないだろう。数か月の付き合いだが、それくらいは雨車でもわかっていた。
「ありがとう。おかげで方針が立った」
 やきもきしている雨車を横に、唯理は話を切り上げようとする。お礼の言葉を受けた浅見は、心配そうに唯理の顔を覗き込んだ。
「大丈夫かい?」
「問題ない」
 唯理の返答に浅見は不服らしく浮かない顔であった。だが、唯理はこれ以上その話をぶり返したくないらしく、また来ると告げると病室のドアへ進んでいった。
「僕からこんなお願いをするのはおかしいことかもしれない。けど、唯理を頼んだよ」
 唯理と共に病室を出ようとする雨車に、浅見は唯理に聞こえないほどの声で伝える。浅見は出会った時とは違いどこか不安げだった。
「私に何ができるのかわかりません。でも、できることなら全力で頑張ります」
 雨車のその返答に安心したのか、浅見は弱々しいながらもまた笑みを浮かべた。
 そんな浅見に一礼して、病室をもう出てしまった唯理を雨車は小走りで追いかける。
「まずいことにならなければいいけど」
 二人が出ていった扉を見つめながら、浅見は不安そうに言葉を漏らすと静かにベットに横になった。
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