涙と花

カイ異

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狂い咲く愛と軽蔑

お楽しみ会

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 お楽しみ会の提案があってから数日後、唯理と雨車、そして石人は最寄りの動物園に来ていた。
 有名な所ではないが、その分料金が安くそこまで混み合っていない。そのため、自分たちのペースで動物を見ることができ、石人にとってもいいと考え故の決断だった。
 付け加えれば、石人が前に母親と来たという動物園ではいが、初めての御場所でも同じ動物園ならきっと楽しんでくれるという期待もあった。
 唯理は後ろで話しながら歩いている雨車と石人の様子をちらちらと確認し、地図に目を落とす。
 季節的にはもう秋だが今日はまるで夏がぶり返したように暑く、日差しがじりじりと照り付けてきた。
 唯理は手提げに入れておいたペットボトルを取り出すと、喉に水を流し込んだ。
「二人とも熱中症には気をつけろよ」
 唯理は雨車と石人に声をかけるが、二人は話に夢中になっており全く聞いていないようだった。
 口からため息が漏れるが、仕方ないとばかりに唯理は石人の観察を始める。
 石人のは黄色のカーネーション。カーネーションの花言葉は『無垢で深い愛』だ。
 唯理に見える花はその人の心の状態を表すだけではなく、花言葉と関りのあるを持っていた。
 が周りの人間や自分自身に与える影響のことだ。前回雨車と共に調べた桜家の花は『後悔』の花言葉を持つ紫のバーベナであった。桜家はその特性の影響を受けて、過去の自分の過ちを悔やみ、精神をすり減らしていた。
 唯理は石人と雨車の話を聞きながら、石人の花の特性を探っていく。雨車と石人の話は、前に石人が自分の母と動物園に来た時のもののようだった。
 石人は目をキラキラさせながら過去に見た動物を話し、また見れるかなと興奮した口調で雨車に尋ねる。
 記憶喪失になっても、どうやら母とのこうした輝かしい思い出は今でも鮮明に覚えているようだった。
 パンダにキリンにゴリラ、そして魚類などいろいろな物を見たらしい。東京でかなり有名な動物園なだけあって、最寄りで小規模のこの動物園とは展示している動物の種類が全く違うらしい。
『無垢で深い愛』、そのの通り石人の思い出からは母への深い愛が伝わってくるものだった。
 唯理はその結論に安堵する。特性と花の状態、どちらともおかしな兆候は見られない。
 それにはっきり言ってしまえば、自分の感じた違和感の正体が石人の記憶喪失だとすればすべて説明がつく。
 現状、全く問題がないと言っても良い状態であった。
 それでも不思議なことに違和感は消えてくれなかった。まるで間違ったピースを無理やりはめ込んで納得しようとしている、そんな気分だ。
 唯理は肩を回して荷物で凝り固まった筋肉をほぐす。恐らく今のままでは石人の観察を続けたとしても、これ以上ヒントは得られないだろう。
 それならば、今明確にしなければならないのは石人の無くした記憶の方だ。
 突如石人が思い出した、石人の母が怯えていたという謎の人物。正直本当に実在するのかもわからない存在だが、残る手がかりはそれしかない。
「そういえば、ここに来て何か思い出したことはないか?」
 唯理は出来る限り優しく石人に尋ねる。石人は困ったような顔をすると静かに首を振った。それに対して唯理は石人を不安にさせないように軽く言葉を返す。
「そうか。変なことを聞いて悪かったな。今日は気が済むまで付き合うから、安心して回ってくれ」
 石人は嬉しそうに頷くと、唯理から地図を受け取った。そして、見たい動物のところに持ってきていたペンで印をつけていった。
「お弁当もちゃんと用意してきてるから安心してね」
 雨車も明るい口調で言うと、自分のカバンを二人に見せる。大荷物だと思っていたがどうやらかなり準備をしてくれていたらしい。相変わらずの面倒見の良さに唯理は心の中で賞賛を送った。

 それから一時間ほど経ちお腹もすき始めた頃、三人ともそろそろ昼食を取ろうと思い至った。
 雨車がお弁当を用意してくれていたため、後は食べる場所さえあればいい。だが、問題は日差しの強さだった。
 昼にもなると気温は朝よりも数度上がっており、それなりに歩いたこともあってかなり汗をかいてしまっている。
 できることなら、日陰で涼みたいという気分だった。
 唯理はいい場所がないか地図を見ながら首をひねる。その時、石人が突如唯理に声をかけた。
「確かこっちにいい建物があったはずです。行きましょう」
 石人はそう言うと、駆け足気味に道を進んでいく。雨車と唯理は、石人の年相応の元気さに顔を見合わせて苦笑いすると、急いで石人を追いかけた。
 石人が向かっていた建物は長机と長椅子が複数置かれた食事用のスペースだった。
 壁には一面にお勧めの動物やキャンペーンのポスターなどが張られており、ここで食事をしているだけでいろいろと想像が膨らむ。
 だが何よりうれしいのは壁と屋根があることだ。簡易的な建物だったためエアコンはさすがに無かったが、少なくとも日差しを遮ることができ、それだけでも外とかなり違った。
「生き返る~」
 雨車は荷物を机の上に置くとハンカチで汗をぬぐう。
「大丈夫、お姉ちゃん」
 心配そうに石人が雨車に声をかけるが、雨車は大丈夫だよと答えて、自身のカバンから三人分のお弁当を取り出す。三つともたくさんのおかずとお米が入っていた。
「結構食べるんだな」
 自分と同じ大きさのお弁当が渡された石人と雨車を見て唯理は少し驚きながら声を漏らした。
「そうなんですよ! 成長期ってすごいですよね!」
 唯理の言葉に雨車は顔を赤らめながら慌てて石人の話に話題をそらす。唯理はまずいことを言ってしまったと自分の発言を後悔した。
 その時ふと例のをまた感じた。すぐさまその正体を掴もうとするが、違和感はまたもまるで魚のように自分の手をすり抜けていく。
「食べないんですか?」
 釈然としない気持ちでぼうっとしていると、石人が話しかけてきた。唯理は慌ててお弁当に箸をつける。
 せっかくのお楽しみ会なのだ。石人を不安にさせるわけにはいかない。
 それから三人は軽く話しながら食事をとった。石人の食欲は凄まじく、唯理は自身のおかずをいくらか石人に分け与えた。
 石人は悪いですよと遠慮するが、今日は思う存分自分を甘やかすように唯理が言うと、嬉しそうに貰ったおかずを食べていた。
 そうしておなかが膨れてくると、三人はまた動物を見に行こうと動き出す。
 お昼休憩を取っている間に大まかなルートは決めていたため、地図と道を見比べながら進んでいく。
 しかし、初めて来るところであるため、簡易的な動物園の地図ではわかりにくいところもあった。
 唯理は仕方なく近にいるスタッフに道を聞くことにした。
「すみません。この動物を見に行きたいんですが、ここからどう行けばいいですか?」
 唯理が道を聞いている間、雨車と石人はまた雑談をしていた。その内容はパンダをまた見てみたかったというものだった。
 唯理はスタッフの説明を聞きながらやはり子供はパンダが好きなんだなと改めて考える。
 そしてスタッフは一通りの道を教えると、二人の雑談聞いていたらしく目線を石人に合わせて解説してくれた。
「パンダはとても大切な動物だから、中国っていう国に貸してくださいってお願いして展示してるんだよ。だから、見れる園はすごく少ないんだ。ごめんね」
「そうなんですね」
 石人はこの話を初めて聞いたらしく目を見開いて驚いた。確かに動物園と言えばパンダという子供はそれなりに多い。
 もしかしたら、何人かの子供はパンダがどの動物園にいると考えているのかもしれない。
 唯理はそんな石人を見て少し頬が緩んだ。石人はシングルマザーに育てられていたためか多少大人びたところがある。
 だが、ちゃんと見てみるとこういった子供らしい面もたくさんあるのだ。
 唯理たちはスタッフにお礼を言うと、言われた道を進んでいく。この動物園にも次第に慣れてきて、もう迷うことはなく、閉園時間までにたくさんの動物を見ることができた。
 特に盛り上がったのがアイアイという小さな動物だった。折の中が暗いこともあり、なかなか見つけることができなかったため、三人で誰が早く見つけられるか競争をすることになったのだ。
 その勝負は石人の圧勝で終わり、石人もかなりうれしそうにしていた。きっといい思い出になっただろう。その証拠に動物園の門をでる石人の顔はとても満足そうな笑顔だった。
「今日は楽しかったか?」
 唯理はそっと石人に尋ねる。石人は当然とばかりに大きく頷いた。
「こんな日がずっと続けばいいのに」
 石人は名残惜しそうに動物園を振り返る。
「大丈夫! 絶対また来れるよ」
 一瞬のしんみりとした空気を吹き飛ばそうとしたのか雨車は力強い声で断言した。
 確かに、石人が父とどう暮らしていくのか雨車にも唯理にもわからない。もしかしたら遠くに引っ越してしまい、三人で会うのはこれが最後になるかもしれない。
 それこそ、悪く考えればいろんな可能性が頭をちらついた。だが、その可能性は悪いことばかりにではなく、いい方向にも広がっているはずだ。
 唯理は自分の幼少期を思い出し、石人とはまた別の感傷に浸る。人間の考え方は二十歳にもなれば固まってくる。
 時々思わずにはいられなかった。自分が普通の人間だったら、もう少し自由に人生を楽しめていたのではないかと。
 だが、自分と違い石人はまだ若い。これからいろんなものに触れてを作っていく。ならば、自分にできることは石人の憂いを断ち切り、前を向かせてあげることだ。
「いい未来を掴むためにも、ちゃんとはっきりさせないとな」
 唯理のつぶやきは誰の耳にも入ることなく、夕焼けに溶けて消えていった。
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