あじさいの城3 ―ヴァルターの夢―

かしわ

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公爵家のカプリース

5 ヘーゼルの瞳

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 ハリーは、ひとりでこっそり楽しみにしていた。アーロンの瞳が、怖いくらいに美しく輝くのを。
 なのに───。
「つかぬ事を伺いますが───」
 ボチェクはそう前置きした。「アーロンに何かしていませんか?」
 ここはハリーが入院させられている病室。社交界デビューのパーティーから、数日が経っていた。話題のアーロンはまだ、謹慎中らしい。
「何か、とは?」
 ハリーにも、ボチェクが何を云いたいかは判っていた。もちろん、アーロンの瞳が光る事ではない。ただ、ボチェクの中では関連付いている。
「あの機内でのアーロンは、誰の声も耳に入っていませんでした。しかし唯一、殿下の声だけは、確実にアーロンの耳に届いていました。お解りですね?」
 念を押すボチェク。ハリーは肯定する代わりに肩をすくめて見せた。
「何か───例えば、暗示や調教のような事をアーロンに施した、などといった事は、ありませんか、ハリー殿下?」
「ない」
「アーロンの様子をひと目見て判断され、命じたのではありませんか、ハリー殿下?」
 ボチェクの表情も、声も、態度も、全てが鼻につく。言葉遣いは丁寧だが、やってるのは尋問だ。
───何だよ、『殿下』『殿下』て、取って付けたみたいにいちいち...。
「いいや。思わず叫んだたけだ。誰でもそうする。現に誰かも先に云っていた」
「ええ。ですが、アーロンは完全無視でした。まるで聞こえてないように。なのに殿下の声にだけ、反応していました。何か、お心当たりは?」
「ない。アーロンどころか、犬さえ調教した経験はない」
 アーロンの調教なら、犬の調教も同じような気もする。
 病院とはいっても、昼間は部屋の外でも人の往来があるもの。市内の病院なので窓の外からも、微かに喧騒が届く。静かだが、静まり返っている訳ではない。
「分かりました。では、もう1つ───」
 一瞬の間の後、「アーロンのあの瞳の色を、ご覧になった事は?」
 ボチェクに隠し事は出来ないだろう。ハリーはため息をついて、
「ある」
「それはいつ、どのような場面でしょうか?」
「夜伽の最中だ」
 答は簡潔、かつ質問は受け付けないぞ。
「なるほど」
───何が『なるほど』なんだっ!
 ボチェクはいたって事務的。
「その際、アーロンの意識は、いかがですか?」
「意識はしっかりしている。特に問題はない」
 云い切ってやった。質問は受け付けないし、そもそも、摂政殿下の夜の営みに質問をぶつけてくる奴なんて、そういないぞ。
「アーロンはその事を───」
「云ってないから、知らないと思う。少なくとも、意識はしてないだろう」
 まだ聞くのか? 夜の営みだぞ。聞くな!
「殿下は───」
 だーかーら、...え?「アーロン=ワイアットのあの時の状態を、どう判断されますか?」
時?」
「機内で暴れた時です」
───そっちか。
 ハリーは訊き直す。
「どう...て」
「周りの声が聞こえず状況が全く見えていない、まるで夢遊病のような状態でアーロンが暴れたのは、実は今回で2度目です。前回は、水をかけて目を覚まさせました。今回は殿下の声に反応して、元に戻っています。これを、どう思われますか?」
 ハリーはあからさまにムッとする。
「アーロンは危険だ、とでも云いたいのか、ボチェク?」
「いえ。これまでのパターンから考えれば、殿下と二人きりの時にはそのような事はないとは思いますが、100%ないとは云い切れません。二人きりでお過ごしの機会もありますので、どうか、お気を付けあそばして───」
「ボチェク───」
 ハリーは低い声で遮った。「アーロンに限って、私に危害を加える事などありえない。心配など無用だ」
「失言でした。大変失礼致しました」
 謝罪するボチェクは、却って慇懃無礼の見本みたいに、ハリーには感じられた。
───なんだよ、気分悪いし嫌な感じ。だいたいカレルは、少なくともアーロンの味方じゃないのか?
 ボチェクの立場としては仕方ない注意ではあるが、ハリーとアーロンとの仲は、特に決定力の強い王室側には、たぶん良く思われてはいないだろう。何があっても味方でいて欲しいのに、あんな云い方はないよな。
 それでなくてもなんとなく、気分が鬱屈しがちだ。
「私の退院はまだなのか、ボチェク?」
 日がな一日寝てばかりでは、体がなまってしまう。仕事も溜まっている筈だ。政治秘書のヴァイグルや会計士のバルドゥイーンが病室に通ってくれるので、事務的な業務は何とか回っているが、訪問や謁見、会見など、ハリーが姿を表さなければならない件は、全てキャンセルになっている。
「それにつきましては、正式な決定はまだですが、近日中には、王宮にお戻りになれるかと思われます」
「近日中か。───頼むよ、なる早で」
 毎回『近日中』と云われ、もう嫌味の1つも出て来ない。
 マスコミやファンから身を隠しておく、という理由もあるが、まだ存在するかも知れない帝弟の残党から身を守る、という理由もあって、散歩どころか、病室を出る事もままならないハリー。アーロンとはメールのやり取りさえ出来ず、よく我慢していた。
───おとなしくしていれば、アーロンがこっそり来てくれるかな、とか思ってたけど...。
 ハリーは大きなため息をついた。そして命じる。
「下がってくれ、ボチェク」
「失礼致します」
 ボチェクは最敬礼をして、病室を出ていった。





 スマホからクラシックが流れる。
 どこか、変わった場所にピアノを置いて演奏しているらしく、音の反響は、コンサートホールでも教会でもないようだ。しかし、腕前は悪くない。
 アーロンはコーヒーの香りを楽しみながら、旋律に身を委ねていた。
───ハリーと行くなら、クラシックのコンサートとオペラと、どっちがいいかな。
 そんな事を考えていると、どこかで物音がした。
───診察室のドアか!?
 アーロン以外に診察室の鍵を持っていて、予告なくそれを使う人物は、一人しかいない。
 アーロンは音を立てずに椅子を立ち、こっそりとドアの蝶番側の壁に背中を付けた。
 やがて音もなく、ドアが開く。忍び込んでるつもりだろうが、アーロンからはハリーが丸見えで、しかも彼はそれに気付いていない。
───ふたりで同じ事考えてるな。
 そう思ったら、何だか可笑しくて、顔が笑ってしまうアーロン。
「どちら様でしょうか?」
 わざと低い声で云うと、ハリーは飛び上がって振り向いた。
「アーロン!」
 意外にも、ハリーは直ぐに駆け寄って、アーロンに抱き付いた。からかうつもりだったが、恋人の温もりに負けたアーロンも、腕に想いを込めて抱きしめた。
───ヤバい。ハリーの匂いに欲情する。
 と思って体を少し離すと、言葉もないまま見つめ合い、どちらからともなく口付けを交わす。
「ぅん...んむ...ぁ、ふ」
「ん...ハ、リー...?」
「ん...ふ...な、に...?」
 ハリーは更に求めてくるが、アーロンは我慢して唇を離し、向かい合う。
「身体、何ともないの?」
「大丈夫だよ。病院に閉じ込められてる今の方が、具合悪くなりそうな環境だよ」
 ハリーは大きなため息。「───どうして迎えに来てくれなかったんだよ」
「今は、病院にいる方が安全なんだよ、ハリー」
 アーロンはハリーの頬に手を添え、愛しい温もりを確かめながら、云い聞かせる。顔色もいいし、アンバーの瞳は潤んで、熱く見つめ返す。
───今すぐ押し倒したい。
「そうは云っても、オレの関係者が入れ代わり立ち代わりでやって来るんだから、バレバレだよ。その気になれば、病棟ごと吹き飛ばせるぞ」
「物騒な事云うなよ、ハリー。警護の物々しさは、アピールでもあるんだから」
 帝弟の残党だけでなく、マスコミやパパラッチ、そしてハリーのを待つ一般団体に向けてのアピール。
 ハリーはちょっとだけ、不満そうな表情を見せるが、久しぶりに会えたのに、云い合いで台無しにしたくない。
「会いたかったよ、アーロン。お前の事ばっかり考えてた。なのに───」
「オレも───」
 台詞を被せる。「すげー、心配した」
 もう一度、恋人をきつく抱きしめた。ダークブロンドをスンスンする。
「なんだよ、匂い嗅ぐだけで満足するつもりか、アーロン?」
「そんな訳ないだろ」
 答えながら、アーロンはハリーの冷たい耳輪じりんを唇で噛む。
「くっ、ん...や、ばか、くすぐったいだろ、アーロン」
 ふたりでクスクス笑いながら、下手なダンスを踊るように移動し、ベッドに倒れ込む。
「簡単に買収された奴は、誰だ?」
「内緒」
 ハリーの病室警護の担当者の事だ。きっとアーロンの簡易診察室の前まで、着いて来たに違いない。ハリーは絶対にそれを云わないし、だからといって、アーロンもそれを咎めたりはしない。
「アーロンが一度も会いに来てくれなかったから、オレの方から来てやったんだぞ」
 またキスをして、目を見交わすと、ちょっと拗ねた口調でハリーが云う。アーロンは王子様の髪を丁寧に梳きながら、
「病院でもどこでも、ハリーに会ったら何もしないではいられないからだよ」
「『何も』て、なに?」
 答えずにアーロンは妖しく微笑んで、その整った顔を傾けて近付ける。
「例えば───」
 何度目かのキスをして、「こんな事とか───」
「んあっ...!」
 ハリーのシャツの中に大きな手を忍ばせて、彼の弱いところをつ、と撫でる。待ち侘びていたハリーの感度は、すこぶる良好。愛しい感触を更に愉しむアーロン。
「こんな事とか...」
「ぁ、ん...ぅんっ」
 慣れた肌の質感。匂い。声。
「愛してる、ハリー」
「もっと...あいし、て...」
 アーロンの頬に手を添えて、熱に潤むアンバーの瞳で見つめる。ヘーゼルの黄色味が、強く輝きだして見える。
 その間もアーロンの手は忙しなく動き、ハリーの服を全て剥ぎ取り、自分の服も脱ぎ捨てた。
 久しぶりに肌を触れ合わせる感覚が、ふたりを高めていく。
「ハリーが欲しくてたまらないよ」
 熱い吐息とともに、衝動に堪えながら囁くと、少し恥じらうように目を伏せて、ハリーは囁き返す。
「あげるよ。オレの全部、アーロンにあげ...るっ」
 アーロンの愛撫に体を震わせるハリー。胸を上下させ、熱く、甘い吐息を零す。
「ハリーの、熱いね」
「ん、ぁんっ...」
 中心に触れると、ハリーは甘い声を洩らし、胸を反らせた。切ない表情でアーロンを見上げ、栗色の髪に白い指を絡ませる。ハリーの唇は欲しそうに開かれている。
 アーロンは恋人の美しい顔を眺めながら、彼の中心を軽く扱き、溢れ出た先走りを指に絡めた。
「凄くいい顔だよ、ハリー」
 そう云いながら、アーロンはハリーの足を目一杯開き、後ろの秘部まで顕にする。そしてハリーの粘液で濡れた指を、そこに押し入れた。
「はあん...あ、あ...っ」
 アーロンの指を押し出そうとする肉壁に逆らって、指をうねらせながら奥へ進める。
「あ、あっ...そこっ...っ!」
「ここ、ハリーの好きなとこ」
 恍惚に歪む眉を見下ろしながら、アーロンは指の感覚に集中する。ハリーの肌が上気して、全身がピンク色に染まる。
「ぁあ、だめ、イ...くっ、あーろ...っん」
 アーロンの指を飲み込むように締め付けた。軽く達してしまったようで、眉根が少し穏やかになった。と、口の端から溢れる液体を、アーロンは自分の口で受け止めた。
「ふぁ...む、ん...んんっ」
 喉を潤すように、アーロンはハリーの口内を吸い、舌を乱暴に這わせると、間もなくハリーも気がついた。応じるハリーの動きに、入れたままだった指が思わず動くと、ハリーの全身が震えた。
 再び飲み込まれそうになる指を抜き、代わりにアーロン自身を突き立てた。
「ひあっ、はあぁ...ん」
「ああ...ハリー...はあ...」
 ハリーの締め付けに、思わず掻き抱き、熱い吐息を洩らすアーロン。かろうじて自我を保つ。
「いいよ、アーロン。オレを愛して」
 うわ言のようなハリーの囁きに、アーロンの腰の動きが止まらなくなる。
「ハリー、愛してる...ハリー...」
「アーロン...アーロン...!」
 ふたりでお互いの名前を呼び合い、吐息と粘液を混じり合わせ、この会えなかった数日を埋めるように、求め合った。そうして正体を失う程に愛し合い、ふたりとも力尽きて気を失った。
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