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2.電流爆破デスマッチ
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2.電流爆破デスマッチ
「――っ、だあぁぁぁぁぁ……!」
今日も今日とて、悪魔が叫び声を上げながら落ちていく。そういえば、隙間だらけの実家では、夜になると灯りに虫が群がってきて大変だった。結界を応用した虫取り装置でもあれば便利だな、と聖女は思う。
次の日の夜も、悪魔は懲りずに現れた。そして性懲りもなく、結界に阻まれている。
昨日は一度だったが、今日はすでに二度飛ばされた。
「クッソ……こんなの、聞いてねぇ……!」
ぼろぼろになった悪魔が、ふらつきながら聖女のところまで戻ってくる。髪も服もプスプスと燻っていて、ほんのり焦げ臭い。塔に入って以来焼きたてのパンも肉も、温かいスープすらも口にしていないが、これはあまり食欲をそそるものではない。
「結界くらいあるでしょ。だからこそ私は、こんなに呑気にしていられるんだし」
本当に無防備な状態なら、非力な人間の娘は部屋の隅で震えていることしかできない。だが実際は、聖女は窓辺で悪魔の奮闘を見学している。昨夜は突然の出来事だったが、今日は悪魔が落ちている間にクッションを持ってきて、快適な観戦環境も整えた。
大切な聖女を放置しておくわけがない。聖域であるため聖女以外は常駐できない代わりに、塔には聖職者たちによって厳重な結界が施されている。
網目状に張り巡らされたそれは、触れたものを悉く弾く。唯一、食事を差し入れるための小さな扉には結界がないが、一階にあるので飛んでいる間はまず気がつかないだろう。
「ねえ、いい加減諦めたら?」
「うるさい、そう簡単に諦めきれるか!」
威勢はいいものの、悪魔の体力は明らかに消耗していた。三度無鉄砲に結界に突っ込まないのが、その証拠だ。
「そこまでして私を食べて、どうなるの?」
黙っていれば美形なのにもったいない。その根性をもっとほかのことに使えばいいのにと、ゼイゼイと肩で息をする悪魔に聖女は問いかける。
「霊力の高い人間を食えばそれだけ強くなる。聖女を食えば、俺はたいした苦労もなくこの世の覇者にもなれるだろう!」
親指を立ててドヤ顔をする悪魔の願いは、くだらいない上に到底聞き入れられるものでもなかった。
「……じゃあ、絶対に食べられてあげない」
しかも、たいした苦労もなくとは、楽をする気が満々なのも気に入らない。
――前言撤回。どうせ願いは叶わないけれど、せいぜい気が済むまで結界相手に死闘を繰り広げればいい。
「どうせ神の元へ行けばこの世との繋がりは絶たれるんだ。だったら、俺に食われるのも同じだろうが」
「全っ然、同じじゃない」
聖女はこの国の人々と、それを守る神のものである。もしも悪魔の糧となれば、守るどころか滅ぼしてしまう。
「守ったところで自分がいなけりゃ意味ないだろ? 自分がいなくなったあとに国が滅びようがどうなろうが、問題ないはずだ」
「問題あるわ――っ!」
人々のためにこの身体を捧げることと、ひとりの悪魔にとでは、雲泥の差がある。
だが、所詮は悪魔だ。人間の倫理や道徳が通じるはずもない。
苛立ちをかき消すように、聖女はふうっと息を吐き出す。それからわざと顎を上げて、目の前の悪魔を見下した。
「……まあ、なんとでも言えばいいわ。どうせ結界も超えられないくせに」
聖女というよりなんだか悪女っぽいと思いながら、フフンと鼻で嘲笑ってみせる。
「随分な態度だな」
挑発されて怒るかと思いきや、悪魔は意外なものを見たと目を丸めた。
「私は元々こんななの。高貴な生まれを期待してたなら、見当違いよ」
清楚なお嬢様と思ったら大間違い。銀の髪に碧い瞳だからといって、聖女は王族でも貴族でもなく、地方の農家の六人きょうだいの長女だ。
朝から晩まで忙しく働き、両親の代わりに弟や妹たちの面倒もみた。家畜を襲う野犬を追い払った経験もあるから、気弱な箱入り娘でもない。
聖女の条件に身分は含まれない。必要なのは、優れた容姿と清らかな心身の乙女であること。
この国の成り立ちに大いに関係している北の山は、信仰の対象となっている。神を信仰する聖職者たちは教会と呼ばれる組織を作り、人々に神の守護と聖女の役割を説き、聖女に相応しい乙女を見つけて選別する。
教会の教えを受けてきた人々にとって、聖女に選ばれることは大変に名誉なことだ。
神の花嫁となった乙女は、神のもとで幸せに暮らすのだという。そして聖女を輩出した家と出生地には、莫大な褒賞金が与えられる。
選ばれたたったひとりの聖女は、俗世を絶って塔に籠もる。昼夜を問わず祈りを捧げ、神のための霊力を蓄える。
――神に嫁ぐ、その日まで。
「なるほど、聖女には生まれも育ちも関係ないってことか。だったら、やっぱりおまえは、類い稀な力を隠し持っているということだな」
聖職者たちが国中を探して見つけ出した逸材に、悪魔は改めて舌舐めずりする。
「――絶対に、食ってやる」
赤い目が一層煌めき、外の空気が俄に騒がしくなる。
睨まれても威嚇されても、結界があれば怖くない。だが、突然様子を変えた悪魔に、平然を装う聖女の額にもじわりと汗が滲む。
聖域を守る結界は強固なもの。これまでも歴代の聖女が過ごしてきた場所が、そう簡単に聖女以外の侵入を許すものではない。
「考えなしに突っ込んでばかりじゃ芸がないよな。だったら、力と力の勝負だ」
悪魔の身体から、炎のようなゆらめきが吹き出した。
それはまるで、かつて神が封じたという北の山の怒りのように。
――絶対に、破られるはずがない……。
そう信じていても、心がざわめくのを止められない。
力を解放した悪魔の、赤黒い光を帯びた指先が聖女の眼前に迫る。
結界が反応し、バチィッと音を立てて閃光が走り――。
「――っ、だあぁぁぁぁぁ……っ!」
結果は、変わらなかった。
「さっさと帰れっ、ばーか!」
思いっきり弾かれた悪魔が、ひゅるひゅると落ちていく。
塩があれば撒いてやったが、あいにくこの部屋には無駄なものがなにひとつない。
仕方なく、聖女は人差し指を目の下に当てて舌を出し、あっかんべぇをして見送った。
「――っ、だあぁぁぁぁぁ……!」
今日も今日とて、悪魔が叫び声を上げながら落ちていく。そういえば、隙間だらけの実家では、夜になると灯りに虫が群がってきて大変だった。結界を応用した虫取り装置でもあれば便利だな、と聖女は思う。
次の日の夜も、悪魔は懲りずに現れた。そして性懲りもなく、結界に阻まれている。
昨日は一度だったが、今日はすでに二度飛ばされた。
「クッソ……こんなの、聞いてねぇ……!」
ぼろぼろになった悪魔が、ふらつきながら聖女のところまで戻ってくる。髪も服もプスプスと燻っていて、ほんのり焦げ臭い。塔に入って以来焼きたてのパンも肉も、温かいスープすらも口にしていないが、これはあまり食欲をそそるものではない。
「結界くらいあるでしょ。だからこそ私は、こんなに呑気にしていられるんだし」
本当に無防備な状態なら、非力な人間の娘は部屋の隅で震えていることしかできない。だが実際は、聖女は窓辺で悪魔の奮闘を見学している。昨夜は突然の出来事だったが、今日は悪魔が落ちている間にクッションを持ってきて、快適な観戦環境も整えた。
大切な聖女を放置しておくわけがない。聖域であるため聖女以外は常駐できない代わりに、塔には聖職者たちによって厳重な結界が施されている。
網目状に張り巡らされたそれは、触れたものを悉く弾く。唯一、食事を差し入れるための小さな扉には結界がないが、一階にあるので飛んでいる間はまず気がつかないだろう。
「ねえ、いい加減諦めたら?」
「うるさい、そう簡単に諦めきれるか!」
威勢はいいものの、悪魔の体力は明らかに消耗していた。三度無鉄砲に結界に突っ込まないのが、その証拠だ。
「そこまでして私を食べて、どうなるの?」
黙っていれば美形なのにもったいない。その根性をもっとほかのことに使えばいいのにと、ゼイゼイと肩で息をする悪魔に聖女は問いかける。
「霊力の高い人間を食えばそれだけ強くなる。聖女を食えば、俺はたいした苦労もなくこの世の覇者にもなれるだろう!」
親指を立ててドヤ顔をする悪魔の願いは、くだらいない上に到底聞き入れられるものでもなかった。
「……じゃあ、絶対に食べられてあげない」
しかも、たいした苦労もなくとは、楽をする気が満々なのも気に入らない。
――前言撤回。どうせ願いは叶わないけれど、せいぜい気が済むまで結界相手に死闘を繰り広げればいい。
「どうせ神の元へ行けばこの世との繋がりは絶たれるんだ。だったら、俺に食われるのも同じだろうが」
「全っ然、同じじゃない」
聖女はこの国の人々と、それを守る神のものである。もしも悪魔の糧となれば、守るどころか滅ぼしてしまう。
「守ったところで自分がいなけりゃ意味ないだろ? 自分がいなくなったあとに国が滅びようがどうなろうが、問題ないはずだ」
「問題あるわ――っ!」
人々のためにこの身体を捧げることと、ひとりの悪魔にとでは、雲泥の差がある。
だが、所詮は悪魔だ。人間の倫理や道徳が通じるはずもない。
苛立ちをかき消すように、聖女はふうっと息を吐き出す。それからわざと顎を上げて、目の前の悪魔を見下した。
「……まあ、なんとでも言えばいいわ。どうせ結界も超えられないくせに」
聖女というよりなんだか悪女っぽいと思いながら、フフンと鼻で嘲笑ってみせる。
「随分な態度だな」
挑発されて怒るかと思いきや、悪魔は意外なものを見たと目を丸めた。
「私は元々こんななの。高貴な生まれを期待してたなら、見当違いよ」
清楚なお嬢様と思ったら大間違い。銀の髪に碧い瞳だからといって、聖女は王族でも貴族でもなく、地方の農家の六人きょうだいの長女だ。
朝から晩まで忙しく働き、両親の代わりに弟や妹たちの面倒もみた。家畜を襲う野犬を追い払った経験もあるから、気弱な箱入り娘でもない。
聖女の条件に身分は含まれない。必要なのは、優れた容姿と清らかな心身の乙女であること。
この国の成り立ちに大いに関係している北の山は、信仰の対象となっている。神を信仰する聖職者たちは教会と呼ばれる組織を作り、人々に神の守護と聖女の役割を説き、聖女に相応しい乙女を見つけて選別する。
教会の教えを受けてきた人々にとって、聖女に選ばれることは大変に名誉なことだ。
神の花嫁となった乙女は、神のもとで幸せに暮らすのだという。そして聖女を輩出した家と出生地には、莫大な褒賞金が与えられる。
選ばれたたったひとりの聖女は、俗世を絶って塔に籠もる。昼夜を問わず祈りを捧げ、神のための霊力を蓄える。
――神に嫁ぐ、その日まで。
「なるほど、聖女には生まれも育ちも関係ないってことか。だったら、やっぱりおまえは、類い稀な力を隠し持っているということだな」
聖職者たちが国中を探して見つけ出した逸材に、悪魔は改めて舌舐めずりする。
「――絶対に、食ってやる」
赤い目が一層煌めき、外の空気が俄に騒がしくなる。
睨まれても威嚇されても、結界があれば怖くない。だが、突然様子を変えた悪魔に、平然を装う聖女の額にもじわりと汗が滲む。
聖域を守る結界は強固なもの。これまでも歴代の聖女が過ごしてきた場所が、そう簡単に聖女以外の侵入を許すものではない。
「考えなしに突っ込んでばかりじゃ芸がないよな。だったら、力と力の勝負だ」
悪魔の身体から、炎のようなゆらめきが吹き出した。
それはまるで、かつて神が封じたという北の山の怒りのように。
――絶対に、破られるはずがない……。
そう信じていても、心がざわめくのを止められない。
力を解放した悪魔の、赤黒い光を帯びた指先が聖女の眼前に迫る。
結界が反応し、バチィッと音を立てて閃光が走り――。
「――っ、だあぁぁぁぁぁ……っ!」
結果は、変わらなかった。
「さっさと帰れっ、ばーか!」
思いっきり弾かれた悪魔が、ひゅるひゅると落ちていく。
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